202、ルー雪山 〜 引きこもり精霊
「ミーコ、また捨て子、見つけたよ〜ん」
「えっ? ルーちゃん、守護獣の里にケンカ売りにいったんじゃなかったの?」
「クリスタルの中にいたのよ〜ん」
(えっ? クリスタルなんてなかったよ)
僕は、マフラーを巻いた状態で空中に逆さまで浮かべられていた。だんだん頭に血がのぼって、僕は気持ち悪くなってきた。
それに気づいた少女が、パッと手を放したために、僕は床にドカッと背中から落ちた。
(痛っ! 息が止まるかと思った)
「ルーちゃん、そんな急に放したらダメじゃない。打ちどころが悪いと死んじゃうよ?」
「あー、焦った〜。なんか苦しそうだったから」
「もうちょっと丁寧に扱ってあげないとー。お嬢さん、大丈夫?」
「その子、男の子らしいよー」
「えっ? 男なのに捨てられたの?」
「笑っちゃうくらい弱いよー」
「もう、ルーちゃん! ダメでしょ、そんなことばかり言ってー…。坊や、立てる? 大丈夫?」
僕は、頷くだけで必死だった。回復を唱えようかと思ったけど、この人達が何者かわからない。下手に刺激することになってもまずいか。
さっき、僕がいた石の間から、奥へ続く道を通ってここに連れてこられたんだ。
ここは、先程のような石室っぽい感じではなく、ゴツゴツとした岩肌の普通の洞窟のような広い空間だった。
だが、床は石が貼られているようで、ツルツルしている。だから、放されたとき、あんなに痛かったんだ。
まわりを見渡してみると、たくさんの人達がいた。たくさんの動物もいる。だが、みな不気味なほど静かだった。
僕が、上体を起こすと、さっきの少女が気まずそうに僕の様子をうかがっていた。
ふと、目が合うと、あれ? と、首をかしげている。
「あんた、何者? なぜここにいるの?」
「ルーちゃんが捕獲してきたんでしょ」
「しっ、ミーコは黙って。この子、おかしい」
ピンクのツインテールの少女は、僕をジッと見ていた。サーチをしているのかな。
「さっきも言いましたが、ヌーヴォ様の里から、こちらに来ました」
「クリスタルの採掘か? じゃあ、なぜここまで入り込んだ?」
「いきなり貴女に捕まったんですけど……捨て子じゃないと言ったのに、話を聞いてくれなかったじゃないですか」
「えっ? そうだっけ?」
「はい。笑っちゃうくらい弱いから捨てられたんだとか言って…」
「あー……かもしれない」
「もう、ルーちゃん!」
ミーコさんという女性は、ずっとこの少女をルーちゃんと呼んでいる。母親にしては若いかな。
頭に猫耳がついていることから、猫系の獣人だろうと予想できた。
「で、あんた何者? 何をしに来た?」
「僕は、ライトです。ヌーヴォの里の里長様から、自分に合うクリスタルを妖精さんに一緒に探してもらえと」
「なんで、精霊じゃなくて妖精なのよ」
「そこまでは聞いていません。精霊様はお忙しいからじゃないですか」
「じゃあ、あの扉は、まだ開いてるのね」
「いえ、すぐに閉じられました。用事が済んだら自力で帰れと言われました」
「それって、やっぱ、あんた騙されてここに放り込まれたんじゃない。こんな最下層から、どうやって外に出るつもり? 絶対、死ぬわよ」
「あ、僕、バリアはわりと…」
「ここは簡単には、最下層に下りられないようにしてあるのよ。なるほど、やっぱ、あんたを殺そうって魂胆ね。あの里長、今度こそ許さない」
「あ、いえ……僕は大丈夫だからだと思います」
「何? アイツの肩を持つわけ?」
「いえ…」
「で、何者? クリスタルを採掘しに来たにしては、ただ呆然と、泣きそうになっていただけじゃない」
「えっ、あ、いえ、ちょっと心配ことがあったから」
「何? ここと関係あるわけ?」
「いえ、関係ないです」
「そう…」
ルーちゃんという名前、そして、なぜ精霊じゃなくて妖精なのかという話し方…。もしかしたら、この少女は、精霊ルー様なのかな?
「あの、もしかして貴女は…」
「この雪山を守っている精霊ルーよ。正確に言えば、この雪山が生み出す氷のクリスタルを守っている」
「やはり、精霊ルー様…」
「私は、ミーコですよー。このルーちゃんのお世話係よ。守護獣と魔族のハーフ、あ、怖がらないでね〜、ライトくん」
「ミーコさん、大丈夫です。ありがとうございます」
「ちょっと! どうしてミーコにはありがとうと言って、あたしにはないわけ?」
「えっ……あー、あの…」
「それに守護獣とのハーフでもないし、ただの人族よね。それなのにその能力は、どういうこと? 不自然にいびつだわ」
「あー、このように与えられたから…」
「魔族が人体実験をしているけど、あんたその失敗作ね。だから捨てられたんだ」
「いえ、別に捨てられてませんから。あの、精霊様なら、僕が何者かご存知じゃないですか?」
「知らないわ」
「えっ、精霊ならみんな知っているって…」
「あたしは精霊会議なんて出ないもの」
「もしかして、ずっとここに引きこもっておられるのですか」
「引きこもってなんかいないわよ。外のことになんて興味ないだけよ」
「もしかして、この星にいま、結界ができていることもご存知ないですか?」
「はぁ? 結界なんて星にできるわけないじゃないの。そんなの、星の再生回復魔法でも……えっ? どういうこと?」
僕は少し驚いていた。この少女、精霊ルー様は、あまりにもズレている。まさかとは思ったが、女神様が星の再生をしたことを知らなかったんだ。
「女神様が、演説もされていましたが…」
「えっ……こんなとこで、外の様子なんか見えるわけないじゃないの」
「そ、そうですか…」
「ちょっと、あんた、こっちに来なさいよ」
そう言うと彼女は、僕の頭をマフラーでたぐり寄せた。あのマフラーは、投げ縄なのか?
そして彼女は、僕の顔をぐわしっと掴み、その手に魔力を流して何かしていた。
頭がチリチリする、なんだか頭の中を引っかきまわされているようで、気持ち悪い。
「な、何してるんですか。気持ち悪いです」
「ちょっと黙ってなさい!」
「ライトくん、ルーちゃんね、あなたの記憶を見ているだけだから、害はないわ」
「記憶って…」
「しっ!」
強制的に黙らされ、振りほどいても逆に大変なことになりそうだ。僕は、気持ち悪い感覚を、じっと耐えるしかなかった。
彼女は、口で説明されても信じないタイプなのかもしれない。だからって、急にこれはないと思う。
えっ、もしかして、記憶すべて覗かれてるわけ? ちょっと、僕のプライバシーは…。
『引きこもりルー! 知らなかったとは何じゃ。精霊会議には出ろと何百年もずっと言うておるじゃろうが』
(うわっ!)
突然、頭の中に、女神様の怒鳴り声が響いた。驚いた精霊ルー様も、思わず僕の頭から手を離した。
『チッ、ライト、その引きこもり婆に触れるのじゃ』
(えっ?)
『クリスタルの中では念話が届かぬ。ライトのうでわ経由で話をするのじゃ』
(あ、わかりました)
僕は、ルー様が僕に巻きつけているマフラーに触れると、再び念話が始まった。
ギャンギャンと文句を言う女神様の声にうんざりしてきた頃に、やっと二人の話は終わったようだ。
精霊ルー様は、げんなりと少しやつれたような表情を浮かべている。たぶん、僕も、似たような顔をしているのだろう。
「はぁ、あんた神族なら最初からそう言いなさいよ」
「でも、僕の話を全然聞こうとしないじゃないですか」
「まったく、ひどい目にあったわ」
(それは僕のセリフだよ…)
「クリスタル、サイズ調整してあげるから、それを持って、さっさと帰ってよねー」
「いや、僕は別にクリスタルが必要なわけじゃなくて…」
「はぁ……じゃあ、さっさと帰って」
「あ、あの……ここって念話が届かないならワープもできないですか?」
「当たり前でしょ」
「クリスタルの中って、どれがクリスタルなのですか?」
「は? 最下層の壁も床も天井も、すべてクリスタルよ。いま、居る場所はクリスタルをくり抜いた内部よ」
「へぇ、じゃあ、最下層から出ないとワープ使えないのかな」
「当たり前でしょ」
(あ、そういえば…)
僕は、チゲ平原の近くの果樹園で、クリスタルは半分霊体化した状態では、通り抜けできなかったことを思い出した。
完全に霊体化すればいけるか? いや、でも、このクリスタルの厚さはわからない。もし、途中で引っかりでもすると、僕はクリスタルに閉じ込められる危険がある。
僕の頭の中から、霊体化して壁をすり抜けるという選択肢が消えた。
「帰るには、最下層から出ないといけないんだ…」
僕は、ふと、たくさんの静かな人達の姿が目に入った。そっか、たくさんの人がいるということは、当然出入り口はあるんだよね。
「あの、ルー様、あの人達って…」
「何よ。仕方ないでしょ。あたしは回復魔法なんてできないんだから」
「えっ? 別に責めているわけではないのですが」
「あんたのいびつな数値、回復特化よね。なんとかしてくれたら、ここからの出口まで連れていってあげるわよ」
「クリスタルの中で魔法を使っても大丈夫なのですか?」
「あ……クリスタルが吸収するわ」
「あの人達は、静かですが…」
僕達ばかりが騒いでいるが、たくさんの人達はうつろな目をしていた。こちらの話を聞いている人もいるが、それはほんのわずかだ。
ほとんどの人の目は、まるで死人のようで、全く生気が感じられない。
「ライトさん、ここに逃げてきた人は、まずこの部屋に移すんです。クリスタルの中だと、体力も魔力も回復が早いですし、生きる元気が出てきますから」
「そうなんですか。ミーコさん、あの、皆さんがまるで死人のような目をされているのは…」
「生きる希望を失うようなひどい目にあったってことです。この雪山は、奴隷を捨てに来る人も多いので…」
「そう、ですか…」
この国はずっと戦乱が続いてるんだっけ。だから、弱って使えなくなると捨てるのか…。
仕方ないことかもしれないけど、ひどすぎる。
僕は、静かな人達に近づいた。中には僕を見て怖がる人もいたが、ほとんどが無表情だった。
ゲージサーチをしてみると、体力魔力とも赤かオレンジ、つまり40%未満だった。
僕は、左手を上に向けて魔力を放った。この室内を覆うようしてぷよぷよな透明バリアができた。
さらに僕は魔力を放った。バリア内を黄緑色の雨が降り始めた。
「ちょ、ちょっと、なんであんた、精霊魔法なんか使えるわけ? それ、体力も魔力も回復して毒消しも、って、森の浄化じゃないの」
「あー、なぜかできるようになったんです」
「ず、ずるいわね、精霊じゃないくせに」
「ルーちゃん、教えてもらえばいいじゃない」
「無理! 回復できないもん」
そう言いつつ、彼女は黄緑色の雨を浴び、透明なぷよぷよバリアもそぉっと触ったりして、何やら分析しているようだ。素直じゃないね。
僕は、症状の重い人の治療を始めた。




