201、ルー雪山 〜 空飛ぶマフラー?
僕はいま、里長にどこかへ案内すると言われ、ヌーヴォの里を奥へ奥へと歩いていた。
多くの視線を浴びながら歩くのは、はっきり言ってかなりつらい。興味津々で見られるのも、怖そうに怯えながら見られるのも疲れる。
いったいこの里はどれくらいの広さがあるのだろう。
視線の中を歩くからか、ただ単純に広いのか、僕はかなり歩き疲れてきた。途中からずっと下り坂になっていることで、ひざもガクガクしてきてた。
しかしほんと、体力が残念すぎるのは、なんとかしなければならない。
半分アンデッドだから仕方ないと思っていたけど、そういえば、ゲームに出てくるアンデッドって、体力は多かったよね。なかなか倒せない記憶があった。あ、いや、なかなかダメージを与えられないんだっけ?
僕があまりにもつらくて、変なことを考えながら歩いていると、ようやく里長の進行方向の先に、行き止まりになっている崖を見つけた。
「ライト…様、この先だ」
「ずいぶん、里の中は広いのですね…」
「一つの集落でこれくらいの広さは珍しくないが? あぁ、トリガの里が小さすぎるだけだ。アイツら、数も何も増やす気がないからな」
「はぁ…」
話すのもつらくなり、僕は回復! を唱えた。おお〜、めちゃくちゃ楽になった。魔法ってすごい。
その崖にたどり着くと、里長は僕の到着を待っていた。やはり、崖が目的地だったんだ。
上を見上げると、どこまでも高く、崖というよりはすべての侵入を防ぐ壁のようにも見える。上の方は、なんだか白くなっていて、空との境界線がわからない。
「高い崖ですね」
「いや、崖に見えるがここは、この雪山の洞窟の最深部だ。ここにくるまでずっと下り坂だっただろう?」
「はい、えっ? 雪山? 寒いのですか」
「山は極寒だが、洞窟内は精霊ルーが、動きやすい温度になっているからマシだ。多くの者が富を求めてこの洞窟に入るから、上の方には小さな宿場町ができている」
「へぇ」
「鍵を渡すわけにはいかないから、用事が済んだら、ワープワームを使って帰ってくれ。すぐにまた封印するから、中からこの里へは戻れぬ」
「えっ? 用事って?」
「は? ここまできて、まさか要らないとか言わないでくれよ。じゃないと、里の別の宝を渡さねばならない」
「僕は何もいらないですけど…」
「そういうわけにはいかない。里の者への説明ができない。ライト…様に、無礼を働いた詫びとして、クリスタルの採掘場への入場を許可したと言えば、みな、納得する」
「えー」
「もし、何も受け取ってもらえないなら、まだ怒りが鎮まっていないと、みなが怯えて暮らすことになる」
「はぁ…別に怒ってないですけど」
里長は、僕がそう言っても聞き入れる気はないらしい。あちこちで、この会話を聞いている人達がいることに、僕は気づいた。
(まぁ、入るだけ入って、すぐに生首達で帰ればいっか)
するとスーッと音もなく、僕の目の前にヌーヴォ様が現れた。ほんと、この人、幽霊みたいだよね…。
「ライト様、ありがとうございました。なんとお礼を言えばよいやら…」
「いえ…」
「ここの扉の先は、この洞窟の最下層、氷のクリスタルの採掘場になっています。ここまでたどり着く者はほとんどいませんから、ライト様に合うサイズのクリスタルを、選んでいただけると思います」
「合うサイズですか? うーん…」
「精霊ルーなら簡単に見極めができますが、彼女はいろいろと問題があるので…。妖精に声をかけていただければ、一緒に探してくれると思います」
「あ、はぁ」
「そのあと、洞窟を上へと上がっていかれると、この国の者達が大量にいるはずです。もし、ご覧になりたいなら少し上がってみられてもいいでしょう。ただ、洞窟入り口付近まで上がっていくと気温は一気に下がりますから、ご注意ください」
「かなり寒いのですか?」
「はい、おそらく、ライト様の国では経験したことのない寒さです。常に火のバリアを張っておかないと、生き物は瞬く間に凍ってしまいます」
「えっ! わ、わかりました」
「ライト様のワープワームは、火の魔物でしたね」
「はい、そうです」
「なら、ワープワームをまわりに配置させればいいかもですね」
「ん? ワープワームは極寒に強いのですか?」
「いえ、弱いと思います。ですが火を吐かせておけば、少しは…」
「あー、アイツらを犠牲にして、だなんて考えは僕にはありません。まぁ、バリアは得意なので。アドバイスありがとうございます」
「えっ? そ、そうですか。魔物なのにいたわられるのですね。驚きました」
「別に、いたわるとかではなく、単にそういうことが嫌いなだけです。配下をまるで道具のように使い捨てにしようという発想は、僕には理解できません」
「そうですか。あ、そういえば、生ある者はみな平等にとおっしゃっていましたね」
「そんな大げさなことでもないですけど」
僕の返事を聞いてすぐ、精霊ヌーヴォ様は、わずかに微笑みながら僕に会釈をし、スーッと消えた。この人、ほんと、幽霊みたい…。
「じゃあ、ライト…様、ここから入ってくれ。すぐに、扉は閉めてくれよ? 精霊同士がケンカしちまう」
「えっ、あ、それぞれの精霊が治める地が、この扉で仕切られているんですね」
「あぁ。そういうことだ。次に会うときは、里長同士かもしれなんな」
「あ、そうでしょうかね」
「ふっ、また会おう!」
そう言うと、里長は鍵を開け、僕を扉の中へと促した。そして、僕が扉を閉じるとすぐにカチャッと鍵のきる音がして、扉はスッと消えた。
(ちょっと待って! めちゃくちゃ寒い)
僕はとりあえず魔法袋から、魔導ローブを取り出して身につけた。石でできているから、ひゃっと驚くほど冷たかったが、だんだん暖かくなってきた。
(相変わらず重い…)
僕は、ローブにゆるく重力魔法をかけて、重さを調節した。うん、これでよし。
ヌーヴォ様や里長は、クリスタルの採掘場と言っていたが、ここはガランとした石の間だった。この石がわずかに光っているのか、洞窟内だが、普通に見渡すことができた。
(何もないな)
妖精がいるようなことを言っていたが、妖精どころか何もいない。シーンと静まり返った冷たい石の間だった。
僕は、なんだか、初めてこの世界に来たときに見た、あの部屋を思い出した。死体安置所だっけ…。あそこは結局、火に焼かれてしまったけど、あのときに声をかけられた爺さんのことも、頭に浮かんだ。
ライトにとっての大切な家族だったんだろうな。
『家族ではないけど、ずっと世話になってたよ、翔太』
『えっ? あ、ライト? びっくりした。えっ、いま闇が漏れてる?』
『いや、ちょっと懐かしい雰囲気に目が覚めたんだ。ここはどこ?』
『あー、僕もよくわからないんだけど、氷のクリスタルの採掘場だと聞いてたけど…』
『もしかして、俺の部屋?』
『ん? 意味わからない……部屋いるの?』
『あー、なんだ。俺が暴れないように閉じ込める気かと思った』
『へ? なんで?』
『いや、翔太に負担になってるだろう? 俺のこと』
『ん? 全然そんなことないよ? 逆にライトがいないと、僕、今頃とっくにどこかで殺されてるよ』
『そう? 俺がいてもいいのか?』
『いやいや、もともとこの身体はライトのものじゃん。どちらかといえば僕の方が邪魔者でしょ?』
『俺は、あの日で人生は終わったんだ。でも、女神様が、ある男と共に生きないか? なーんて言ってきて』
『そ、そうなんだ』
『と言っても、他の男がこの先の俺の人生を引き継ぐってだけだったんだが…』
『そうか…』
『でも、俺はそれでこの世界が、理不尽に殺されたり焼き払われたりすることから救われるなら、その景色を見たいと思ったんだ』
『うん』
『で、女神様の提案に乗った』
『そっか。僕が、この世界の理不尽さを変えたいと感じたのは、ライトの心だったんだね。僕は、前世では、ここまで正義感とかはなかったと思う』
『えっ? そうなのか』
『うん、僕の考え方は大きくは変わってないけど、たまにスイッチが入って熱く語るときがあって…。ちょっと自分でも不思議だったんだ』
『へぇ、面白いな。闇を通じて、俺の思考が翔太に伝わっていたのか』
『たぶんね。僕達はふたりで一人だからね』
『ふっ、そうだな。俺はほとんど眠っている幽霊だけどな』
『あー、そっか、幽霊だよね。ん? 待って? どっちが幽霊? 僕も一度死んだんだよ?』
『あはは、じゃあ、両方幽霊?』
『そうなるねー』
『ふっ、でも俺は翔太には感謝してる。仇をとらせてくれた』
『僕も、ライトに感謝してるよ。僕に戦い方を教えてくれて』
『あぁ、そういえば乗っ取ったことがあったな。翔太は、戦い方を全く知らないみたいだったから』
『うんうん。……ねぇ、なんだか、死亡フラグのような会話になってない? やめようよ』
『ふっ、俺は死んでるんだが。ただ、この身体にしがみついているのにも疲れてきたかな』
『えっ! 消えたりしないでよ』
『闇は消えないだろうが……自我を保つのはな。これまでは復讐心が強くて気づかなかったが…』
そう言ったのを最後に、この身体の元の持ち主ライトは、何も話さなくなった。
(えっ? なに? ちょっと消えないでよー! ライト! しっかりしてー)
僕は、焦って必死に呼びかけてみたが、返事はなかった。
(うそ…)
僕は、今までの暴走のときのことを思い出していた。彼がいたから僕は戦えた。
生首達の元主人のヘビ頭の邪神との戦い、迷宮での赤の神、青の神との戦い、ロバタージュを襲った邪神との戦い…。
ロバタージュを襲った邪神の配下が、ライトの復讐の相手だった。あれで、もう思い残すことがなくなったのだろうか…。
(やだよ、消えないでよー)
しばらくすると、僕の目の前に、ボンっと変な女の子が現れた。ピンク色の髪をツインテールにして、全身ショッキングピンクと黒のコーディネートだ。
「あんた、こんなとこで何してるのよ。まさか、ヌーヴォのとこの子じゃないでしょうね」
「えっ、あの、ヌーヴォ様の里から、こちらに…」
「はは〜ん、わかっちゃったわ! あんた、捨て子ね」
「へ?」
「こんなとこで泣いていても凍死するだけよ? あたしの下僕になれば、生かしてあげるわ」
「いえ…」
「遠慮はいらないわ。ここには守護獣がらみの捨て子がたくさん逃げてきているもの。あなたも守護獣の子なんでしょ? 片親は人族かしら?」
「いや…」
「ちょっと聞くけど、あんた、男の子よね?」
「あ、はい」
「そう、捨てられる男ってことは……ふむふむ、笑っちゃうくらい弱いのね。こっちにいらっしゃい」
「えっ、いえ僕は…」
反論しても、彼女は全く聞く気がない。この不思議な少女が、僕にマフラーを巻きつけた瞬間、僕はふわりと空中に浮かんだ。
(えっ? 空飛ぶマフラー?)
彼女は、マフラーの端を持って、僕をどこかへ連れて行く気のようだ。
僕は、まるで首輪をつけられたかのように、空中をふわふわ移動させられていた。
(ほ、捕獲された!?)




