200、ヌーヴォの里 〜 なかなか帰れない
リュックくんが、里のみんなを怖がらせたことで、里長様もおとなしくなった。彼は、僕と目を合わそうとさえしなくなった。
「ヌーヴォ様、僕は、あとはどうすればいいですか?」
「えっ、あ、そうですね。おそらくもう、里長の頭の中での序列は入れ替わったと思いますから…」
「じゃあ、僕は、失礼します。あ、この鍵、お返ししますね」
僕は、里長様から奪った鍵を、彼に返した。僕が近寄るだけで、ビクッと怯えた表情をする。なんて極端な人なんだろう…。
「あ、あぁ、確かに」
「じゃ、失礼します」
僕がそう言って、足元に集まってきた生首達のクッションに乗ろうとすると、里長に呼び止められた。
僕が、振り返ると、また怯えた表情を浮かべる。あ、リュックくんが怖いのかな?
「オレじゃなくて、ライトのことが怖いんじゃねーの」
「でも……リュックくん」
「あー、わかったわかった」
そう言うと、リュックくんはスッと消え、僕の左肩に戻ってきた。
「これで、もう怖くないですよね」
僕が、そう話しかけると、まだビクッと怯えた表情を見せる。えー……どういうこと? まぁ、いっか。
「何か、まだご用ですか?」
すると、里長は僕の前にサッとひざまずき、頭を下げた。それを見たまわりの守護獣達も、同じように、あちこちでひざまずいている。
「ライト様、申し訳ない…。俺は…」
「しつこい態度には困惑しましたけど、この里の長なのですから、見知らぬ来訪者に注意を払うことは、おかしくはないと思いますよ」
「はぁ、だが…」
「貴方の中での序列は、入れ替わりましたか?」
「あー、はい。女神様の番犬が怖ろしいということは、ひしひしと感じた。あの二人も強いのだな?」
「女神様の番犬は、みな戦闘力は高いですよ。たぶん僕が一番弱いです。僕は回復役ですから、回復やバリアが得意です」
「えっ……そ、そうなのか。俺は、あまりにも無知だったというわけか…」
「知らなかったことを恥じる必要はありません。新たな知識を得ることができたと前向きに捉える方が、気分がいいでしょう?」
「ふっ、まぁそうだな」
「じゃあ、僕は失礼しますね」
「いや、ちょっと待ってくれ。おま…ライト様は、クリスタルが必要なんじゃないのか?」
「ん? あ、さっき不安定だと言ったからですか? 別に大丈夫ですよ。リュックくんが調整してくれるので不自由はしていません」
「そ、そうか……では…」
「あ、ごめんなさい、ちょっと待って。念話が入ってきたので…」
僕は、里長を黙らせ、そして念話に返事をした。
『はい、ジャックさん、どうしました?』
『ライトさん、いま、虎の里っすよね?』
『そうですよ』
『じゃあ、狼の里と争わないように言ってほしいっす。新しい島で、バチバチやってるっす』
『えっ? もしかして、アトラ様も?』
『アトラは様子見をしてる感じっす。あとの二人が完全にキレてるっす』
『ケトラ様は短気ですもんね。もうひとりも?』
『リガフは、チャラいくせに、めちゃくちゃ短気っす』
『チャラいのと短気なのは関係ない気もするけど…』
『俺は、やばくなったら止めてみるっす。ライトさんも、虎を止めさせてほしいっす』
『わかりましたー』
僕は、里長の方を向いた。すると彼はまた少しビクッと怯えた表情を浮かべたが、僕が念話を終えたことがわかったようだ。
「あの、里長様、お話ができました」
「な、なんだ。妙な話は、立場上…」
立場上なに? 僕がジッと見ているからか、語尾は聞き取れないほど小さな声になっていた。
たぶん立場上、聞けないということなんだと思うけど、あまりにもビビりすぎじゃないの?
「狼と仲が悪いのですか?」
「はぁ? 狼? トリガの里の連中のことか?」
「ええ。同じく守護獣として、精霊を守る役目を担っていますよね」
「はん! アイツらと俺達は同じじゃないぞ。アイツらは人族しかいない地で平和ボケしている。俺達は、戦乱の中で、精霊を守っているんだ」
(狼の話になると、急に元気になったよ…)
「国が違うから、という理由で嫌っているのですか?」
「アイツらが、俺達と同格だという態度だからだ。俺達の方が圧倒的に大変な仕事をしている。それに俺達の方が数も多いし、強いんだ。だいたい、あの里長は、精霊トリガに自分の意見も言えない腰抜けだ」
「そうですか? トリガ様の性格を熟知し、うまく扱っておられるように見えますけど。それに、狼も虎も等しく強いと思いますよ。どちらも女神様が選ばれたわけですから」
「同じなものか! それにアイツらの次期里長には、また、人族を選んだらしい。どうせ、すぐに俺達が食い殺してやるがな」
「ん? なぜ、次期里長を食い殺すのですか?」
「アイツらは、平和ボケしたせいで、今までにも何度も人族の長をおいている。人族は弱い。だから、争いを無くさせようとするのだ」
「争いが減るのはいいことじゃないのですか? さっき、里長様も、戦乱の中で精霊を守るのは大変だという風におっしゃってましたよね」
「なにを?」
一瞬、カッと頭に血がのぼった里長だったが、僕が何も言わずにまっすぐに見ていると、どんどんクールダウンしていったようだった。
「す、すみません……ライト様」
「里長様、すぐにカッとなるタイプなのですね。もっと冷静さを身につけてください。その方が威厳が増しますよ」
「えっ、あ、あぁ。わかっ……わかりました」
「僕は、争いは嫌いです。生きるために食料を狩ることは仕方がない。でも、道楽のためや権力をひけらかすために殺すという考えは、僕には理解できない」
「それが人族的な考え方なんだ。力こそが全てだ。生きるためには、力を示さねばならない。なめられると終わりだ」
「魔族っぽい考え方ですね。狼は、そんなことは言っていませんでしたよ。それぞれが与えられた使命を果たすことために一生懸命です」
「それはアイツらの数が少ないからだろう? もっと増やせばいいのに、妙なこだわりを作って、その機会を減らしている」
「妙なこだわりとは?」
「アイツらは、人族と同じく婚姻関係を結ぼうとするのだ。だから、なかなか数が増えない」
「虎は、違うのですか」
「俺達は、数を増やすことが力に繋がると知っているからな。そのような人族のおかしな習慣とは無縁だ」
僕は、ふと、タイガさんの家で会った大きな白い虎のことを思い出した。シャルって呼ばれていたっけ。ミサさんのペットのようだった。
確か、あのシャルは、守護獣と魔物との間にできた子だと言っていたよね。そっか、こちらの国ではそれが当たり前なんだ。
「それは、種族ごとの考え方の違いだから、否定すべきものではないと思いますが」
「だが、それで、数が少なくて弱いじゃないか」
「もしかして、わざと狼の数が少なくなるようにしているのですか? この国すべての守護獣が虎になるように…」
「えっ? あ、いや…」
「さっき、狼の里の次期里長を食い殺すとおっしゃっていましたが、人族を里長にすることが許せないのですか? それとも、種族に関係なく襲撃の対象に?」
「それは、次期里長候補に与えられた試練だ。簡単に殺されるようでは役割を果たすことはできない。そもそも、守護獣の里は二つもいらないのだ」
「やはり、ひとつを、トリガの里を潰そうというわけですか」
「いや、神族の前で、そんなことを言えば、逆に俺達が潰されかねないじゃないか…」
「じゃあ、狼の里の次期里長の前だったら言えるのですか? おまえ達は邪魔だから殺すと?」
「あー、いや、それはおま…ライト様には関係のないことだ。いくら女神様の番犬だからといって、そこまで踏み込む権利はないはずだ……と、思いま…」
僕が、ジッと見ていると、やはり語尾が聞こえなくなる。そんなにリュックくんのことが怖いのか。なら、ちょうどいいかな。
「ふぅ……。僕が、その次期里長候補ですよ」
「えっ? ええーっ? 嘘だろ!」
「精霊ヌーヴォ様はご存知のようですよ。まだ聞いておられませんでしたか」
「い、いや……里長の娘と婚約した人族だと…」
「僕は、人族か魔族かといえば、人族ですからね。確か、神族という種族はないという考え方もありますもんね」
里長は、精霊ヌーヴォの方を振り返った。ずっと静観していたヌーヴォ様だったが、ハッと我に返ったように里長にうんうんと肯定の意を示した。
すると、さっきまで興奮し赤くなっていた里長の顔から、一気に血の気が引くのがわかった。青黒い顔になっている。
「あぅ、あわわ…」
「あの、ところで、いま、新しい島に調査のために3人派遣されていますよね? 狼とバチバチな状態らしいのですが、ケンカしないように言ってもらえませんか?」
「えっ、あ、うー、それは…」
「もしかして、狼を殺せとでも命令しましたか?」
「あ、いや、あのその…」
「交戦しているのは僕の婚約者と、その妹も含まれているのです。貴方が指示しないなら、僕が直接、止めに行くだけですが」
「えっ!」
「交戦中の虎を捕まえて、里長様からの指示をすべて聞き出すこともできますよ? 僕の配下には優秀な幻術士がいますから」
「なっ?……わかった」
里長は、空を見上げて固まっている。遠い地との念話はこうするのか。
『ライトさん、虎が止まったっす』
『ジャックさん、みんなの怪我は?』
『小競り合い程度だから大丈夫っす。ガチでやりあったら虎が殺されてたっす』
『えっ? そうなの?』
『アトラが参戦しない状態で互角だったっすから』
『そ、そっか。アトラ様ってそんなに強いんだ』
『めちゃくちゃ強いっすよー。新人の頃は俺、怖くて近寄れなかったっす』
『そうなんだ…』
『うっす、おつかれっす』
『あ、はーい、またー』
「里長様、ありがとうございます。ケンカは止まったようです」
「あ、あぁ」
「では、僕はこれで…」
「それだけか?」
「はい?」
「俺が何をしてきたのか知っているのだろう?」
(そんなの知らない)
僕は、困って曖昧な笑顔を浮かべた。すると、ふっと里長が笑った。
「あーあ、おまえみたいなガキに、完全に負けだな」
「そんなことないと思いますよ?」
「ふっ、もともと変わった奴だと思っていたが…。いいだろう。俺は、いや、俺達はおまえの下についてやる」
「何をおっしゃっているのですか? 僕はこの里の担当じゃないですよ。そのセリフは、オルゲンさんとセリーナさんに、言ってください」
「あー、そっちもあったか。俺達、虎の里は、狼の里に序列上位を譲ると言ったんだが」
「虎と狼に、序列など必要ありませんよ。対等です」
僕がそう言うと、里長は何かが吹っ切れたかのように大笑いしていた。何? 頭でも打った?
「ガハハ! こんなに笑ったのはいつ以来だろうか。ワハハハッ」
「じゃあ、僕はこれで」
「まぁ、待て。案内する」
「へ?」
「鍵を奪ったのだから、権利者だ。ついてこい」
そう言うと、彼は里の奥へと、ズンズンと歩いていった。僕は、ため息をつき、仕方なく後を追った、
(僕、いつになったら帰れるんだろう)




