2、はじまりの地 〜『能力』を使う
うす暗く、冷たい空気の中、僕は目覚めた。
背中が痛くて、身体が固まっているような不快感とともに、少しずつ意識がはっきりしてくる。
(やっぱり夢だったかぁ)
夢のわりには、なんかリアルな感じがしたけど…。酔っ払って逆に神経が過敏になっていたのかもしれない。
それにしても身体がダルい…。異常なほどの空腹を感じる。
(とりあえず何か食べよう。パン、まだあったよね)
そして、起き上がろうとして異変に気付いた。
僕は、てっきり自分の部屋の床の上で寝てしまったかと思っていたが、違った。見慣れない場所…。冷たい平らな石の上で寝ていたらしい。
(石の上? なんで?)
どうりで背中痛いわけだよね…。ここどこだろ? ってことは、昨日は結局 家に帰らず、どこかで寝こけてしまったのか…。
まわりを見渡してみると、うす暗くてよく見えないが、いくつもの平らな石の上に、かなりの数の人が寝ているようだった。いや…寝ている? にしては、誰も微動だにしない。
扉がひとつあるだけで、窓もないようだ。
(なんか、死体安置所みたいだなぁ…って、えっ?)
ふと、自分の腕に白い紙が巻かれていることに気づいた。
『ルーカシスの息子、ライト、17歳』
「なんで、こんな紙? これ日本語じゃないよね? なんで読めるんだよ」
思わず、大きな声が出てしまった。迷惑だったかと、慌ててまわりを見たが、やはり誰も動かない。
(もしかしたら、ほんとに……まわりは死体だったりして…)
なーんて、笑えないことを考えていても意味がない。さっさと、ここから出て家に帰ろう。
「おい……誰か? もしかして、生きているのか?」
隣の部屋か? 扉の向こうから、弱々しいかすれた声が聞こえた。
「はい。あの……手首に、ライトって書いた紙が巻かれているのですが…」
「おぉー! ライトか! まだ息があったか。話せて嬉しいぞ。わしも…もうすぐそちらにいく…。こんな奇妙な病に…。ゴホッ、ゴホッ」
(えっと…。どうなってるんだ? 僕は、翔太なんだけどな)
すると突然、どこからか何人かの悲鳴と怒号が聞こえた。上か?
そして、数人の足音が聞こえた。何者かが隣の部屋に、ドカドカと降りてきたようだった。
「見つけたぞ! ここにも感染者がいる! 火を放て!」
何かが撒かれるような音がした直後、ボゥオッ! と不気味な音がして、多くの悲鳴が聞こえる。
「この扉の奥は? 安置所か? ついでに燃やしておけ」
「ライト! 逃げろ! ゴホッ」
さっき話した人の声がした。
「なに? 隠れている住人がいるんだな? こっちも、このまま燃やせ! こちらから扉を開けなければ出られまい」
「はっ、了解しました」
「かわいそうだが、感染者を外に出すわけにはいかないのだよ、許せ」
(え、扉に火を?)
ちょっとちょっとちょっと! 勘弁してよ、なんだってんだ? 人権侵害!って、やばっ!
扉の外からは、もう、何かが燃える音しか聞こえなくなった。煙が、扉の隙間からこちらにも流れ込んできた。
出入り口は あの扉しかないようだが、扉の外は、おそらく火の海…。
(絶体絶命じゃん…)
こんなとこで? こんなわけわからない状況で、僕は死ぬのか? あの変な夢は、今日のこれの予知夢だったのか…?
(あーもう! 神様のバカ!)
『ちょっと、キミ…。バカって言う方がバカなのじゃ、 知らぬのか?』
突然、頭の中に、のんびりしたお気楽な声が響いた。
(えっ? やっぱ、これ、夢の続き?)
『ちがーう! 夢じゃなくて、キミの現実じゃ! いい加減に受け入れろ、なのじゃ!』
「えっ? どうして…えっ?」
『こら! シーッ! そんなデカイ声出したら、外の連中にキミの居場所がバレるのじゃ! これは念話じゃ。頭の中で思い浮かべればよい』
(念話…? テレパシーとか? まじっすか!)
「熱っ!」
ガタンと扉が焼け落ち、ボゥオーッと、炎が入ってきた。まるで生き物のようにうねり、火は勢いを増しながら、こちらに迫ってきている。
(あ…。絶体絶命…)
『なにをバカなこと言っておるのじゃ! 妾がキミに与えた能力を使って、さっさと外に出るのじゃ』
(そんな…魔法なんて使ったことないし、やり方わからない)
『あー、それはムリじゃ。キミのしょぼい魔法では、この火は消せないのじゃ』
(じゃ、じゃあ、どうするんですかっ)
『だから、さっさと霊体化して、上に上がればよいだけじゃ。はよ、せい! 建物が焼け落ちると、再び死ぬことになるぞ』
(れ、霊体化って、何? 幽霊になれって?)
『そうじゃ。キミは、霊体化と透明化ができるのじゃ。死人に宿った命じゃからの。はよ、はよ』
(そ、そんな…。どうやって? って、あれ?)
必死になって、あわあわ、わたわたとしていたら、突然、身体が軽くなり霧のように…。上に行こうと意識すると、ふわりと浮き上がる。
(わ、わ、わ、わー! 天井にぶつか……らない?)
僕は、そのまま天井をすり抜け、そして建物の外に出たのだった。
その外の景色は、僕の知る景色ではなかった。見たこともない山の中、そして この村のほとんどが焼け落ちていた。
(えっ? 本当に、僕は…別の世界にいるの? これって、まさかの異世界転生? うそ…)
まさかの光景と、なによりも自分が天井をすり抜けたという事実に、僕は呆然としてしまった。
そして ふらふらと、霊体化したまま 村をさまよう。
あちらこちらに、まだ残る火、ゆらゆらと立ち昇る黒い煙、そして人らしきモノが黒こげになって転がっている様子が見える。
「なんで、こんなひどいことを…」
思わずつぶやいた僕のすぐ下を、ちょうど、兵士らしき数人が歩いていた。
「おい、いまなんか聞こえなかったか?」
「あ? いや? 俺は聞いてないが?」
「なんか、人の話声が、上の方から……あっ!」
彼らが上を見上げる。そう、僕の方を見た!
(や、やばい!)
「ん? 何もいないじゃねぇか。この森の守護獣か何かが怒ってやってきたのかと、一瞬焦ったぞ」
「い、いや、なんかいるぞ! 青白い霧みたいな…亡霊か? 魔物か?」
「お、おい、やめろって! 怖いこと言うなよ。人は焼かれても、すぐに魔物化なんてしないぞ。それに、そもそも こんな真っ昼間に、亡霊なんか出てこねぇよ」
「でも、なんかいるんだが……。消すか」
そう言うと、一人の兵士らしき者がこちらに向けて手をかざす。すると、ボゥオ〜ッと、突然火の玉がこっちに一直線に飛んできた!
(や、やばい、やばい、やばい! また、絶体絶命じゃ………あ、あれ? 通り抜けた…?)
放たれた火の玉は、僕のすぐ後ろの木に当たり、木は一瞬にして燃え上がる。
(あ! あ、そだ! 透明化とか言ってた! どうやるんだろ。神様! イロハカルティア様! どうしたらいいのですか?)
『………』
(き、聞こえない! 圏外? 圏外なのか? あわあわ! どうしよう)
僕は、必死に、わたわたする。透明になれ! 見えなくなれ! 神様! 仏様! いい子にしますから! なんとかしてください! と、ひたすら願う。
「よし、消し去ったようだな」
「さすがっ。やっぱ火属性持ちは強いね。俺なんて水属性だからなぁ…」
「おまえ、水を出せるんだから飲み水に困らないじゃねぇか。それにキチンと鍛えれば、氷も使えるようになるだろ? 訓練しろよ」
「うー、まぁ、そうだけど、氷を扱うにはそれなりに魔力も上げないとな…」
「氷が使えりゃ、かなり強くなるぞ。基本的な風属性と組み合わせて飛ばせば、破壊力ハンパねぇし、よ」
「俺、風属性、使えねぇ…」
「……あ、うん、なら、ま、でも、相手を凍らせるとかでも十分に強烈だぜ? 訓練して損はねぇよ」
なんだかんだと話しつつ、兵士らしき者達は、村の出入り口の方へと歩いて行った。
そして、任務を終えたのだろう、他の兵士らしき者達と共に村から出て行った。
(た、助かった…)
念のため、もう一度まわりを見渡しても、もう兵士らしき者達はいない。動く物は何もない。
僕は、ホッと力を抜いた。
その瞬間、元の人の姿に戻り、高い所から落ちる感覚が……。そして、ボテッとお尻から地面に激突する。
「い、痛っ…。ちょっとなんで突然落ちるわけ?」
もう、わけがわからない。
お尻が痛すぎて思わず固まる。これは骨にヒビが入ったんじゃないかと、僕は涙目になった。でも、なんとか立ち上がれそうだ。
「ぷぷっ。キミ…実は、どんくさいじゃろ?」
突然、あののんびりしたお気楽な声が聞こえた。
(あれ? 頭の中からじゃなくて、声が聞こえる?)
まわりを見渡しても、あの女神様はいない。
(ん? 落ちて頭ぶつけたのかな?)
いや……違う。お尻は痛いけど頭は痛くない。
「あー、あー、聞こえておるかー? あー、あー、あー」
「き、聞こえてます! そんな、マイクのテスト中みたいに、あーあー言わなくてもー」
「なんじゃ? マイクって? 誰じゃ?」
「あ、いえ、いいです。こちらの話です…」
「ふむ。まぁよい。とりあえず、キミに与えた能力の使い方は わかったようじゃな?」
「へ? いや、全然わかりません」
「は? 霊体化して透明化しておったではないか」
「あ、あれは焦って、わたわたしてたら勝手に…。てか、呼んでも教えてくれなかったじゃないですかー、ひどいですよ」
「ぷっ。やっぱ、キミ、どんくさいじゃろ?」
「………そんなことないと…思います」
「あー、キミにひとつ教えておくのじゃ。キミの左手首についてる女神のうでわを通して話してるから、キミが実体化していないときは、妾と会話はできぬぞ。透明化だけなら、念話くらいなら できるがの」
「あ、それで、さっき圏外だったんだ」
「圏外?ってなんじゃ? 話はできぬが妾からは見えておるが…」
「はぁ…」
「まぁ、よい。そうそう、キミに与えた能力は、キミの魔力を使うのじゃ。身体の中を魔力を循環させて、霊体化、透明化を念じればよいだけじゃ。カンタンじゃろ?」
「魔力を循環って?」
「ぷぷっ。わたわたと、しとればよいのじゃ。それで循環できているようじゃからな」
「…うー」
「他に質問はあるか? ないなら、さっさと妾の落とし物を拾いに行くのじゃ」
「し、質問って…。何もかもわからなさすぎて、何から聞けばいいかわからないです」
「ぷぷっ。キミはほんと おもしろいの。じゃ、そういうことで。またね、なのじゃ」
「えっ? ちょちょっと待って! 待ってください! 具体的にどうすれば?」
と、必死に引き止めたのにもかかわらず、声は聞こえなくなってしまった。
「ま、まじか…。どうするんだよ、はぁ…」
とにかく、だ。落ち着こう、うん。
それに、落とし物がどうのこうのよりも、いまの僕には優先すべきことがある。
「おなかへった…」