199、ヌーヴォの里 〜 序列主義の里長
いま僕は、もうひとつの国の守護獣の集落、ヌーヴォの里というところにいる。
この里を守護する精霊ヌーヴォ様から、どうしても来て欲しいと、半ば強制的に来訪させられることになったんだ。
「里長、わかっているとは思いますが、ライト様は、この国をご存知ありません。人族の国を担当されているのですから、礼節をわきまえてくださいね。戦乱好きで野蛮な国だと思われてしまいますよ」
「うるさい! 精霊、なぜこんなクズを連れてきた? 俺をなめているのか!」
(わっ……こわっ)
里長と呼ばれた男は、海賊か海の男かというイメージの、体格のいい男だった。顔に大きな古傷があるからか、ケンカっ早いタイプに見える。
僕のことを、ギロリと威嚇するように睨んでいる。ちょっとやだな、怖い…。
「はじめまして、ライトです。あの、里長様……なぜ、そのように怒っておられるのですか? 僕が、貴方に何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?」
「俺は、弱い者は嫌いだ。おまえよりもあの二人の方が、まだマシだな」
「なるほど…。じゃあ、オルゲンさんとセリーナさんが担当でよかったですね。ヌーヴォ様が心配されているようですよ?」
「なぜ、精霊の上が女神様ではなく、アイツらなんだ? 神族など、ただの人族と変わらぬではないか。なぜ、神族を神と等しく扱わねばならんのだ」
「ん〜、何かトラブルでもありましたか?」
「アイツらが偉そうに、里の皆の前で、女神様の代わりを務めると演説しやがったんだ。だから、試練を与えた。しかし、アイツらには試練どころか、俺の壁を越えることもできなかったんだ」
「たぶん、貴方達を傷つけたくなかったんじゃないでしょうか。心配なさらなくても、彼らは強いですよ?」
「それは、おまえより強いということだろう? ふん、おまえのようなクズ…」
「里長! 礼節をわきまえてくださいと言いましたよね」
精霊ヌーヴォ様が、冷たく言い放つと、里長は黙ってしまった。うん、ヌーヴォ様、怖いよね…。
「ライト様、申し訳ありません」
「あ、いえ、別に大丈夫です。実際に、通常時の戦闘力は、里長様がおっしゃるように、クズですからね」
「ふん、自覚があるだけ可愛げがあるというもんだ。だが、通常時とはどういうことだ?」
「言葉どおりです」
「通常時じゃないときがあると言うのか?」
「はい、ちょっと僕、いま不安定でしてね…」
「ふぅん、ということは暴走か?」
「そうです」
「へぇ、だが、自分の意思で暴走状態にはできないのだろう? 暴走は身体に負担がかかる、爆弾を抱えているようなものだ」
「ええ、まぁでも、気をつけていますから」
「ふぅん、おまえ、変わっているな」
「ん? そうですか?」
「守護獣に、こんな風に、上から言われても腹が立たないのか?」
「えーっと、どういう意味ですか?」
「おまえは神族で、女神様の代行者だ。それなのに、その下の精霊ならまだしも、さらにそれより地位の低い守護獣に偉そうに言われて…」
「地位など、いま関係ありますか? 何かの議論をするには、そんなものは邪魔なだけです」
「なに? 序列は邪魔だというのか」
「組織の秩序の維持のためには必要でしょう。ですが、それ以外のときに、地位や権力を振りかざして、相手を意のままに操ろうとする行為は嫌いです」
「なっ?」
「僕は、そもそも、生あるものはすべて平等だと思っています。男女の差や、身分の差、種族の差、そんな差別は、邪魔な考えにすぎない」
「は? 神族だからって…」
「神族だからといって、偉いわけではありません。組織の秩序の維持のためには、上下関係も必要でしょう。ですが、ふだんはそんな堅苦しい序列は、相手との間に見えない壁をつくる。百害あって一利なしです」
里長は、うぐっと言葉に詰まった。あー、彼が好んでいる序列主義を否定する発言になってしまったからか。
「そのように偉そうな説教をする前に、チカラを示してもらおうか」
「なぜ、そうなるのですか? 話し合いで解決できることだと思いますが」
「俺は、弱い者のたわ言を聞き入れる技量はないのでな」
精霊ヌーヴォ様の表情をチラ見すると、頭を抱えていらっしゃる。
はぁ、こちらの守護獣は、チカラこそすべてなのか…。魔族との長い交戦により、思考が染まったのかもしれない。
「僕は、あらっぽいことは嫌いなんですけど…」
「ふん、じゃあ、こうしよう。俺が守るこの里の奥の洞窟への鍵を、奪うことができればおまえの勝ちだ」
「手段に制限は?」
「そうだな、里を破壊しなければよい」
「わかりました。それを奪えば、話を聞いてくださるのですね」
「ふっふっふっ、あぁ」
そう言うと里長は、剣を抜いた。
(はぁ、仕方ないか…)
『わかってるだろうが、完全に怖がらせないと再試練だとか言ってくるぞ』
(やっぱり? わかった)
僕は、バリアをフル装備かけた。そして、倍速を唱え、さらに半分だけ、霊体化した。姿を消すより、前から正々堂々と奪う方がいいね。
僕は、里長にスッと近づいた。当然のように剣を振ってくるが、倍速魔法をかけているから、簡単にかわすことができる。
僕がかわしたことで、ふんっと鼻を鳴らし、さらに打ち込んでくる。
奪うべき鍵は、無防備にも彼の腰にひっかけてあった。僕は、彼の真ん前に立ち、彼の腰に手を伸ばした。
そんな僕をニヤッと笑い、彼は左手で短剣を抜き、僕に突き刺そうとした。だが、短剣は僕の身体をすり抜けた。
驚き、体勢を崩した彼の腰から、僕は鍵を奪った。
「奪いましたよ」
「な? おまえ、なぜ…」
「僕の能力を少し使いました。貴方は僕に触れることはできないけど、僕は貴方に触れることができる」
「透過魔法か…」
「まぁ、そんな感じです」
「そのようなことで決着がつくとでも?」
「ん?」
「俺はチカラを示せと言ったんだぞ」
「はぁ、じゃあ、貴方を殺せば納得してもらえますか? 僕、蘇生は得意ですよ」
「はぁ? そんなことできるわけないだろうが」
僕は、透明化! 霊体化! を念じた。目の前から僕の気配がなくなり、彼はあちこち警戒してキョロキョロしている。
「どこに行った?」
「僕は動いてませんよ」
声のした方へ、彼は剣を振るが当然あたるわけがない。2度3度と剣を振り回し、次第に彼の額には焦りのためか、ジワっと汗がにじんできた。
「降参したらどうですか? 貴方は僕に触れることさえできませんよ」
「な、なにを!」
(はぁ、まだダメか……仕方ない)
「じゃあ、いっぺん死んでみますか?」
僕は、彼の腹にスッと手を入れ、じわじわと冷やしていった。彼は自分の身体の異変に気付き、僕を振り払おうとする。でも、振り払えるわけがない。
彼は身体の表面に、薄い氷が張ったところでギブアップした。
「やめてくれ、わかったからやめてくれ」
僕は、霊体化と透明化を解除した。僕が実体化すると、即座にまた彼は剣を振った。
キィン!
僕はバリアは解除していない。当然、僕のバリアは彼の斬撃を弾き返す。
「なっ!」
「降参したと見せかけて、斬りかかってくるのは潔いとは言えませんね。やはり、いっぺん死んでみますか?」
「くっ……くそっ!」
諦めが悪いのか、引くに引けないのか…。彼の目はまだ怒りに満ち、闘争心を隠さないでいる、完全な戦闘体勢だった。
(はぁ……いっぺん殺さなきゃ収まらないのかな)
『それだと余計に、逆恨みされるんじゃねーか?』
(どうしよう)
『チカラを示せば納得するんだろうな。打ちのめされれば』
(ん〜、闇撃を使うか…)
『ここは精霊が守る里だぜ? 闇はマズイだろーが』
(あ、そっか…。イーシアの草原、漏れた闇だけで枯れたもんね…)
『オレの出番だな! ちょっとは楽しめるかな?』
(えっ? リュックくん?)
そう言うと、リュックくんは僕の肩から消え、僕をかばうように目の前に現れた。
「な! なんだ? ま、まさか、魔人か?」
「里長が神族に逆らうから、魔人が現れたんだ!」
「里長、すぐに謝る方がいい! あんたはだいたい、血の気が多すぎるんだ!」
リュックくんが現れただけで、近くにいた守護獣達は、騒ぎ出した。そしてリュックくんを怖れ、ひざまずく者もいる。
精霊ヌーヴォ様も、青白い顔をさらに青白くして、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「魔人様、も、申し訳ありません。どうか、ご慈悲を」
(リュックくん、めちゃくちゃ怖がられてる)
さっきまで闘争心を隠さなかった里長も、リュックくんの登場に、頭から血の気がひいたらしい。
すっかりおとなしく、いや、リュックくんを見つめてフリーズしていた。
「オレは、リュック。おまえらの想像する魔人ではない。オレの主人はライトだ」
「えっ……リュック様、あの……ライト様が主人だということは、女神様の処刑人ではない?」
「あぁ、オレを生み出したのは女神だが、育てて魔人にまで進化させたのはライトだ。オレは、ライトを守る、いわゆる配下だ」
「ライト様の…」
「里長がしつこいからな。ライトが闇撃を使おうとしたから、オレが出てきた。闇撃を使うと、この里に悪影響だからな」
「申し訳ありません。里長は、頭ではライト様に敵わないと理解できているはずですが…」
「チカラで叩きのめされないと、わからないんだろ? ライトは、蘇生は得意だ。オレが代わりに叩きのめしてやるよ」
リュックくんは里長をキッと睨んでいる。だが、里長は、完全に恐怖で体が震えているようだった。
「リュックくん、もういいよ。里長様も、もうわかったみたいだから」
「このタイプは、一度、徹底的にやられないと学習しねーぞ。どうせ、すぐに忘れてまたケンカ売ってくるぞ」
「この場所じゃなければ、僕がケンカ買うよ」
「おまえ、闇撃を使うと守護獣にはダメージは、でかくなるんだからな。わかってるか? 雷雲を使わなくても、ひと振りで瞬殺しちまうぞ」
「えっ、そうなの? うーん…。じゃあ心臓を凍らせて殺すのも大差ないじゃん」
「だーかーらー、闇撃は使うなって」
「でも、最近使ってないから、漏れてきてしまうんじゃないかと思うんだよねー」
「だからって、守護獣にそれをぶつけることねーだろーが」
「うん、まぁ、そっか。そうだね」
僕は、再び、里長の方を向いた。すると、彼はなぜか僕と目が合っただけでも、ギクッとしたようだ。
リュックくんのことがそんなに怖いんだ。僕はリュックくんを止めたのにな。
僕がそう考えていると、リュックくんが呆れた顔をしていた。ん? なんで?
「オレとライトのやり取りで、里長も怖くなったんだろーな、おまえのこと」
「ん? どうして?」
「簡単に殺せる手段を、いくつも持っているからじゃねーか? 闇を使えば、この集落全体を一瞬で行動不能にできるしな」
「あー、うん、まぁ、そんなことしないけどね」
僕がリュックくんと話しているだけで、みんながどんどん怖がっていくのがわかった。危機探知リングは、いまはもう反応していない。誰も僕に敵意や闘争心を向けていないんだ。
(リュックくん、怖がらせ屋だよね)