表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

199/286

199、ヌーヴォの里 〜 序列主義の里長

 いま僕は、もうひとつの国の守護獣の集落、ヌーヴォの里というところにいる。


 この里を守護する精霊ヌーヴォ様から、どうしても来て欲しいと、半ば強制的に来訪させられることになったんだ。



「里長、わかっているとは思いますが、ライト様は、この国をご存知ありません。人族の国を担当されているのですから、礼節をわきまえてくださいね。戦乱好きで野蛮な国だと思われてしまいますよ」


「うるさい! 精霊、なぜこんなクズを連れてきた? 俺をなめているのか!」


(わっ……こわっ)


 里長と呼ばれた男は、海賊か海の男かというイメージの、体格のいい男だった。顔に大きな古傷があるからか、ケンカっ早いタイプに見える。


 僕のことを、ギロリと威嚇するように睨んでいる。ちょっとやだな、怖い…。



「はじめまして、ライトです。あの、里長様……なぜ、そのように怒っておられるのですか? 僕が、貴方に何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?」


「俺は、弱い者は嫌いだ。おまえよりもあの二人の方が、まだマシだな」


「なるほど…。じゃあ、オルゲンさんとセリーナさんが担当でよかったですね。ヌーヴォ様が心配されているようですよ?」


「なぜ、精霊の上が女神様ではなく、アイツらなんだ? 神族など、ただの人族と変わらぬではないか。なぜ、神族を神と等しく扱わねばならんのだ」


「ん〜、何かトラブルでもありましたか?」


「アイツらが偉そうに、里の皆の前で、女神様の代わりを務めると演説しやがったんだ。だから、試練を与えた。しかし、アイツらには試練どころか、俺の壁を越えることもできなかったんだ」


「たぶん、貴方達を傷つけたくなかったんじゃないでしょうか。心配なさらなくても、彼らは強いですよ?」


「それは、おまえより強いということだろう? ふん、おまえのようなクズ…」


「里長! 礼節をわきまえてくださいと言いましたよね」


 精霊ヌーヴォ様が、冷たく言い放つと、里長は黙ってしまった。うん、ヌーヴォ様、怖いよね…。

 


「ライト様、申し訳ありません」


「あ、いえ、別に大丈夫です。実際に、通常時の戦闘力は、里長様がおっしゃるように、クズですからね」


「ふん、自覚があるだけ可愛げがあるというもんだ。だが、通常時とはどういうことだ?」


「言葉どおりです」


「通常時じゃないときがあると言うのか?」


「はい、ちょっと僕、いま不安定でしてね…」


「ふぅん、ということは暴走か?」


「そうです」


「へぇ、だが、自分の意思で暴走状態にはできないのだろう? 暴走は身体に負担がかかる、爆弾を抱えているようなものだ」


「ええ、まぁでも、気をつけていますから」


「ふぅん、おまえ、変わっているな」


「ん? そうですか?」


「守護獣に、こんな風に、上から言われても腹が立たないのか?」


「えーっと、どういう意味ですか?」


「おまえは神族で、女神様の代行者だ。それなのに、その下の精霊ならまだしも、さらにそれより地位の低い守護獣に偉そうに言われて…」


「地位など、いま関係ありますか? 何かの議論をするには、そんなものは邪魔なだけです」


「なに? 序列は邪魔だというのか」


「組織の秩序の維持のためには必要でしょう。ですが、それ以外のときに、地位や権力を振りかざして、相手を意のままに操ろうとする行為は嫌いです」


「なっ?」


「僕は、そもそも、生あるものはすべて平等だと思っています。男女の差や、身分の差、種族の差、そんな差別は、邪魔な考えにすぎない」


「は? 神族だからって…」


「神族だからといって、偉いわけではありません。組織の秩序の維持のためには、上下関係も必要でしょう。ですが、ふだんはそんな堅苦しい序列は、相手との間に見えない壁をつくる。百害あって一利なしです」



 里長は、うぐっと言葉に詰まった。あー、彼が好んでいる序列主義を否定する発言になってしまったからか。


「そのように偉そうな説教をする前に、チカラを示してもらおうか」


「なぜ、そうなるのですか? 話し合いで解決できることだと思いますが」


「俺は、弱い者のたわ言を聞き入れる技量はないのでな」



 精霊ヌーヴォ様の表情をチラ見すると、頭を抱えていらっしゃる。

 はぁ、こちらの守護獣は、チカラこそすべてなのか…。魔族との長い交戦により、思考が染まったのかもしれない。



「僕は、あらっぽいことは嫌いなんですけど…」


「ふん、じゃあ、こうしよう。俺が守るこの里の奥の洞窟への鍵を、奪うことができればおまえの勝ちだ」


「手段に制限は?」


「そうだな、里を破壊しなければよい」


「わかりました。それを奪えば、話を聞いてくださるのですね」


「ふっふっふっ、あぁ」



 そう言うと里長は、剣を抜いた。


(はぁ、仕方ないか…)


『わかってるだろうが、完全に怖がらせないと再試練だとか言ってくるぞ』


(やっぱり? わかった)


 僕は、バリアをフル装備かけた。そして、倍速を唱え、さらに半分だけ、霊体化した。姿を消すより、前から正々堂々と奪う方がいいね。



 僕は、里長にスッと近づいた。当然のように剣を振ってくるが、倍速魔法をかけているから、簡単にかわすことができる。


 僕がかわしたことで、ふんっと鼻を鳴らし、さらに打ち込んでくる。


 奪うべき鍵は、無防備にも彼の腰にひっかけてあった。僕は、彼の真ん前に立ち、彼の腰に手を伸ばした。


 そんな僕をニヤッと笑い、彼は左手で短剣を抜き、僕に突き刺そうとした。だが、短剣は僕の身体をすり抜けた。


 驚き、体勢を崩した彼の腰から、僕は鍵を奪った。



「奪いましたよ」


「な? おまえ、なぜ…」


「僕の能力を少し使いました。貴方は僕に触れることはできないけど、僕は貴方に触れることができる」


「透過魔法か…」


「まぁ、そんな感じです」


「そのようなことで決着がつくとでも?」


「ん?」


「俺はチカラを示せと言ったんだぞ」


「はぁ、じゃあ、貴方を殺せば納得してもらえますか? 僕、蘇生は得意ですよ」


「はぁ? そんなことできるわけないだろうが」



 僕は、透明化! 霊体化! を念じた。目の前から僕の気配がなくなり、彼はあちこち警戒してキョロキョロしている。


「どこに行った?」


「僕は動いてませんよ」


 声のした方へ、彼は剣を振るが当然あたるわけがない。2度3度と剣を振り回し、次第に彼の額には焦りのためか、ジワっと汗がにじんできた。


「降参したらどうですか? 貴方は僕に触れることさえできませんよ」


「な、なにを!」


(はぁ、まだダメか……仕方ない)


「じゃあ、いっぺん死んでみますか?」


 僕は、彼の腹にスッと手を入れ、じわじわと冷やしていった。彼は自分の身体の異変に気付き、僕を振り払おうとする。でも、振り払えるわけがない。


 彼は身体の表面に、薄い氷が張ったところでギブアップした。


「やめてくれ、わかったからやめてくれ」


 僕は、霊体化と透明化を解除した。僕が実体化すると、即座にまた彼は剣を振った。


 キィン!


 僕はバリアは解除していない。当然、僕のバリアは彼の斬撃を弾き返す。


「なっ!」


「降参したと見せかけて、斬りかかってくるのは潔いとは言えませんね。やはり、いっぺん死んでみますか?」


「くっ……くそっ!」



 諦めが悪いのか、引くに引けないのか…。彼の目はまだ怒りに満ち、闘争心を隠さないでいる、完全な戦闘体勢だった。


(はぁ……いっぺん殺さなきゃ収まらないのかな)


『それだと余計に、逆恨みされるんじゃねーか?』


(どうしよう)


『チカラを示せば納得するんだろうな。打ちのめされれば』


(ん〜、闇撃を使うか…)


『ここは精霊が守る里だぜ? 闇はマズイだろーが』


(あ、そっか…。イーシアの草原、漏れた闇だけで枯れたもんね…)


『オレの出番だな! ちょっとは楽しめるかな?』


(えっ? リュックくん?)



 そう言うと、リュックくんは僕の肩から消え、僕をかばうように目の前に現れた。


「な! なんだ? ま、まさか、魔人か?」


「里長が神族に逆らうから、魔人が現れたんだ!」


「里長、すぐに謝る方がいい! あんたはだいたい、血の気が多すぎるんだ!」



 リュックくんが現れただけで、近くにいた守護獣達は、騒ぎ出した。そしてリュックくんを怖れ、ひざまずく者もいる。


 精霊ヌーヴォ様も、青白い顔をさらに青白くして、慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「魔人様、も、申し訳ありません。どうか、ご慈悲を」


(リュックくん、めちゃくちゃ怖がられてる)


 さっきまで闘争心を隠さなかった里長も、リュックくんの登場に、頭から血の気がひいたらしい。

 すっかりおとなしく、いや、リュックくんを見つめてフリーズしていた。



「オレは、リュック。おまえらの想像する魔人ではない。オレの主人はライトだ」


「えっ……リュック様、あの……ライト様が主人だということは、女神様の処刑人ではない?」


「あぁ、オレを生み出したのは女神だが、育てて魔人にまで進化させたのはライトだ。オレは、ライトを守る、いわゆる配下だ」


「ライト様の…」


「里長がしつこいからな。ライトが闇撃を使おうとしたから、オレが出てきた。闇撃を使うと、この里に悪影響だからな」


「申し訳ありません。里長は、頭ではライト様に敵わないと理解できているはずですが…」


「チカラで叩きのめされないと、わからないんだろ? ライトは、蘇生は得意だ。オレが代わりに叩きのめしてやるよ」


 リュックくんは里長をキッと睨んでいる。だが、里長は、完全に恐怖で体が震えているようだった。



「リュックくん、もういいよ。里長様も、もうわかったみたいだから」


「このタイプは、一度、徹底的にやられないと学習しねーぞ。どうせ、すぐに忘れてまたケンカ売ってくるぞ」


「この場所じゃなければ、僕がケンカ買うよ」


「おまえ、闇撃を使うと守護獣にはダメージは、でかくなるんだからな。わかってるか? 雷雲を使わなくても、ひと振りで瞬殺しちまうぞ」


「えっ、そうなの? うーん…。じゃあ心臓を凍らせて殺すのも大差ないじゃん」


「だーかーらー、闇撃は使うなって」


「でも、最近使ってないから、漏れてきてしまうんじゃないかと思うんだよねー」


「だからって、守護獣にそれをぶつけることねーだろーが」


「うん、まぁ、そっか。そうだね」



 僕は、再び、里長の方を向いた。すると、彼はなぜか僕と目が合っただけでも、ギクッとしたようだ。

 リュックくんのことがそんなに怖いんだ。僕はリュックくんを止めたのにな。


 僕がそう考えていると、リュックくんが呆れた顔をしていた。ん? なんで?



「オレとライトのやり取りで、里長も怖くなったんだろーな、おまえのこと」


「ん? どうして?」


「簡単に殺せる手段を、いくつも持っているからじゃねーか? 闇を使えば、この集落全体を一瞬で行動不能にできるしな」


「あー、うん、まぁ、そんなことしないけどね」



 僕がリュックくんと話しているだけで、みんながどんどん怖がっていくのがわかった。危機探知リングは、いまはもう反応していない。誰も僕に敵意や闘争心を向けていないんだ。


(リュックくん、怖がらせ屋だよね)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ