191、王都リンゴーシュ 〜 魔導塔
僕はいま、王宮内の魔導塔という場所にいる。
この塔には、常時30人以上の魔導士がいるそうだ。国王様直属の、魔導士団の詰所のような印象を受けた。
王都の防衛は、この塔で管理しているそうだ。いま張られている王都を包む防御バリアも、この塔に溜めた魔力を使っているようだ。
フリード王子が入ると、全員の視線が集まった。だが、兵達とは違って、魔導士達は軽く会釈をする程度だった。
僕としては、こちらの反応の方がいいと思うんだけど、フリード王子は少し微妙な表情をしていた。
「ライト、悪いな。ここの連中は愛想が悪いんだ」
「えっ? いえ別に…」
「父上直属の魔導士団だから、プライドが高いんだ。俺は、王位継承権の低い第8王子だから、王族だと思われていないんだよ」
「そ、そうなんですか。いろいろと難しい事情があるのですね」
普通、王子がこんなことを言っていると、そんなことはないと、嘘でも否定するべきだと思う。
でも、誰も否定しないし、無視しているようにさえ見えた。
こんな扱いだから、フリード王子は、王宮に居たくなくて、冒険者のようなことをしているのだろうか。
僕としては、迷宮の調査も含めて、フリード王子が危険な場所に率先して行くということは、とてもすごいことだと思うんだけど…。
フリード王子がジッと立っていると、ようやく一人の初老の痩せた男が、めんどくさそうに声をかけてきた。
「フリード王子、我々に何かご用ですか?」
「王都全体への拡声魔法を頼みたい」
「なっ? 国王様のご命令ですか? 我々は何も聞いていませんが」
「さっき、決まったことなんだ。この暴動を鎮めるための呼びかけをする」
「王都全体となると、かなりの魔力を消費します。効果の期待できないことに、貴重な魔力を浪費するわけにはいきません」
(なんだか、偉そう…)
「それはやってみないとわからない。だが、このままでは、戦乱になるぞ」
「そのためにも、魔力を無駄に消費するわけには…」
「拡声の魔道具を持ってきただ。消費魔力は半分以下に抑えることができるだ」
「ベアトス殿、ですが今は非常時。外をご覧になれば無駄だとわかるはずです」
魔導士団の人達は、なぜか断固反対という感じだった。ここまで反対することに、僕は少し違和感を感じた。
僕は塔内の人達のゲージサーチをしてみた。あ、なるほど…。彼らは皆、体力も魔力も減っている。
この王都の暴動は、その規模から考えても、数日は続いているような気がする。
おそらく、不眠不休で疲れているのもあるのだろう。保守的にも懐疑的にもなるわけだ。
僕は一瞬、他の星の住人が紛れ込んでいるかと思ったが、みな、ゲージは1本。この星の住人だ。
「フリード王子、ちょっと商売をしてもいいですか?」
「へ? ライト、ここでか?」
「はい」
「ま、まぁ、構わないが…」
「じゃあ、俺はライトさんの客に、オマケを配るだよ」
ベアトスさんだけは、僕の考えを見抜いたようだ。フリード王子は、きょとんとしていたが…。
何も言わないカースは、僕の思考を読み取ってるんだろうな。
ベアトスさんは、魔法袋から大量の食料を出していた。なるほど、お腹が空いていてもイラつく原因になるよね。
「珍しい物ばかりだな」
「城の居住区で買った俺の非常食だよ。この国の物じゃないだ」
大量の菓子パン、おにぎり、カロリーメ○ト、さらにポテチまでが、作業テーブルに無造作に置かれていた。
「これ、タイガさんのコンビニの?」
「んだ。あの店の食べ物は、どれもハズレがないだ」
「僕、どれも値段わかりますから、売上からオマケ代、払いますね」
「別に気にしないでいいだ。金には困ってないだ」
「あ、そりゃそうですね」
「んだ」
僕も、作業テーブルに商品を並べることにした。
マルガリータ風味の体力30%回復ポーションと、カルーアミルク風味の魔力10%回復魔ポーション、あと、女神様に交換してもらった固定値1,000回復魔ポーションを並べた。
「魔力10%回復の魔ポーションは金貨2枚です。体力30%回復のポーションは価格査定を受けていないので、銀貨5枚にします」
「魔力1,000回復の魔ポーションは、僕が作ったわけではなく交換で入手しましたが、こちらは金貨1枚にします」
僕がそう言うと、手の空いている魔導士達は、どっと押し寄せるように近づいてきた。
「本当に魔ポーションなのか?」
「ラベルを確認してみてください」
僕は、さらにリュック、いや、ポーチにつけている旗をみんなが見えるように、くるりと回った。
「コペル大商会の旗?」
「はい、僕はコペルの行商人です。売り物は、僕が魔道具で作ったこれらのポーションです」
そう言うと、何人かが僕のポーションのことは知っていたようだ。急にざわざわし始めた。
「ロバタージュには、伝説のポーション屋がいるという噂を聞いたが、もしかして貴方のことですか」
「あー、はい、そう言われています…」
「拡声魔法に必要な分の魔ポーションは、私が購入して、皆に配る。だから、今やっている業務を可能な限り中断して、協力してもらいたい」
フリード王子のその言葉で、さっきまで無関心だった彼らは、急に協力する気になったようだ。
僕のポーションより、彼らの視線は、珍しい食料へと向いている。
フリード王子は、その視線に気づき、ベアトスさんの方を見た。
「フリード王子が、そう言うなら、適当に食事休憩にしてくれていいだよ。お腹が空いていたら、機嫌悪くなるだ」
「ライト、あれもあるか? フルーツエールのような…」
「クリアポーションですね、ありますよ」
「彼らには、30%回復より、固定値1,000回復の方が回復量は多いんだ」
「あ、僕もそうです。じゃあ…」
と、僕は、クリアポーションもテーブルに並べた。
「これは、伝染病の薬…」
「そうか、これも貴方なのか。ということは、貴方は神族なんですね、大変失礼しました」
「ベアトスも、神族だが?」
「えっ! そ、それは、大変失礼を…」
(何? この手のひら返し…)
「神族だからって態度を変える必要はないだ。そんなことより、準備をするだ。働かない者には菓子パンは、やらないだ」
菓子パンにつられたわけではないだろうけど、魔導士達は、何かの準備を始めた。そして、ベアトスさんも大きな魔道具を出して、セッティングをしている。
フリード王子と目が合うと、うんと力強く頷かれた。その表情はほっとしているように見えた。僕も、うんと頷き、ニッと微笑んだ。
僕は、塔の外を眺めて『見る』ことにした。ここからは王都が一望できる。城を取り囲む大勢の人々が騒いでいる。だが、少し離れると、暴動とは無縁な日常を過ごす人達もいる。
うん、やはり操られているんだな。もし、王都の民全体が、国王を追放しようとするなら、あんな平穏な表情で普通の生活を送る人がいるのは不自然だ。
「おまえ、大丈夫か?」
「ん? 何が?」
「どう話すかばかり考えているだろ?」
「え? あ、うん、まぁね」
「話し方よりも大事なこと、忘れてるだろ?」
「へ? 何?」
「説得するつもりなら、民衆の関心を集め、その耳を傾けさせないと、声は通り抜けるだけだ。心に刺さらない」
「えっ、あ、うん……うん?」
「わかってないな。はぁ……俺がついてきてよかったぜ」
「心配して来てくれたのはわかってるよ」
「はぁ、ほんと、あぶなっかしくて目離してられないからな」
「ちょ、ちょっと、なんでリュックくんと同じこと言ってるわけ? 僕は大丈夫だからね」
「さぁ、どうだかな」
「自分でできるから」
「おまえの頭の中に、何もアイデアがないことが俺に見えないとでも思ってんの?」
「覗かないでよね」
「はぁ……そのセリフ、女が言うと色っぽいのにな。おまえではな…」
そう言うと、カースは盛大なため息をついた。ため息をつきたいのは、僕の方だよ。
僕が、イラついていると、なぜかカースは嬉しそうにニヤニヤしていた。彼の性格はまだ全くつかめない。
「さて、ベアトス、打ち上がる閃光弾か何か、持ってないか?」
「ん? カースさん、何するだ? 花火ならあるだよ。だけど、真っ昼間だから、音が鳴るだけで、肝心の花火は見えないだよ」
「大きな音だけで大丈夫だ。おまえはアイツらを呼べ」
「ん? 生首達? その辺にいると思うけど、どこか行くの?」
「演出だ。どれくらい集まる?」
「さぁ? たくさん必要なの?」
「あぁ、あのはらはら雪を使うんだよ。それにアイツらは玉湯で有名だからな。王都から玉湯に行く人は多いんだ」
「ん? うーん…」
「いいから呼べ。この塔の高さあたりで待機させろ」
「サプライズで、王都に降らせるの?」
「あぁ、ただ王都は広いからな。とりあえず、この暴動の付近で構わない。俺が演出の指揮をとる。民が静かになったら話せ」
「うん、わかった」
僕は生首達に、カースの言葉と、できるだけたくさん集まってほしいと伝えた。
そして、フリード王子に手招きされ、幾何学模様のようなものが書かれた床に立った。
「この魔導玉に触れて話せば、この光の範囲内が、王都の空に映し出されるのだ。俺は後ろに立っている」
「えっ、あ、はい」
ドーン! ドドーン!
花火が上がった。突然の大きな音に、外は騒然となっていた。あちこちで、バリアがキラリと光っている。
そりゃそうだよね、爆撃か何かだと思うよね。
僕は、人々の様子を『見て』みた。やはり、怯えている。大きな音の原因がわからないから、空を見上げて警戒しているようだ。
「おい、待機解除。天使ちゃん登場だ。ビビって、話すの失敗するなよ」
「わかった」
外から歓声が上がった。僕が指示する前に、生首達は、はらはら雪を降らせていた。
(えっ……何? この数…)
外は、本当に赤黒い雪が降っているようだった。ふわふわ下りながら、たまにアホの子ダンスをしている。
くるくる回りながらマナを集めるから、遠目だと、太陽の光を受けて、電飾のように、ピカピカと光って見える。
キャーキャー、ワーワー、外は大騒ぎになっていた。
「カース、全然、静かにならないよ」
「そうだな。だが、そろそろいいぜ。負の感情が減っている」
「わかった」
僕は、スゥ〜っと、大きく深呼吸をした。よし!
そして、魔導玉に手を置いた。すると、幾何学模様の床が光り、僕とフリード王子の姿が空に映し出されたのが見えた。
(わ、なんだか、すごっ)
騒がしかった人々は、空に映し出された映像に気づき、徐々に静かになっていった。
僕は、目線に困ったが、空に映し出された自分の姿を見ると、目線は少しうつむくことで、人々を見ているように映ることがわかった。
僕は、少し目線を下げ、人々を見ているように調整した。
「皆さん、こんにちは。突然、驚かせてしまってすみません。僕は、女神イロハカルティア様の代行者のひとり、ライトです」
僕が、そう挨拶をすると、また騒然となった。
(間のとり方が、難しいな…)