189、王都リンゴーシュ 〜 王宮の混乱
「あれ? 城の中?」
「ここは、王宮の転移の間だな」
僕は、この国の王都リンゴーシュに、初めて足を踏み入れた。と言っても、王都の街並みはまだ見ていない。いきなり王宮にやってきたんだ。
ワープしてきた場所は、がらんとした石造りの広い部屋だった。でも部屋の中には、誰もいないようだ。
ワープワームを使ってワープするには、ワープ先の情報が必要なんだ。
だから、僕が行ったことのある場所か、生首達が出入りする場所にしかワープはできない。
王都に来てくれと、フリード王子に言われて生首達を預け、王宮の場所の情報を生首達が入手したんだ。
そしていま、ベアトスさんと王都へとワープしてきたんだ。
バタバタバタバタッ
「誰だ!? 王都の中への転移を阻止するバリアが張られているはずだが、どうやって転移してきた!」
転移の間は、人が入るとわかるようになっているんだろう。鎧を着た数人の騎士風の人達が駆け込んできた。
「あー、ご苦労さんだな。王宮があのバリアを張ってるだか?」
「あ! ベアトス殿! 失礼しました。はい、王宮の魔導士団でバリアを張っています」
「そちらの少年は、お弟子さんですか?」
「いや、彼はライトさんだよ。女神様の代行者だ、知らないだか?」
「こんにちは、ライトです」
「えっ! 女神様の代行者! ライト様」
騎士風の人達は、僕の前にひざまずき、頭を下げた。あー、もうこういうの嫌い…。
「そんなにかしこまらずに、普通にしてください」
「はっ! かしこまりました」
「フリード王子に呼ばれて来ただ。あ、呼ばれたのはライトさんだけど、俺もついてきただ。どちらにおられるだ?」
「いま、戻られたばかりで着替えをされています。フリード様達が戻られてすぐに、バリアを張ったのですが、どうやって転移してこられたのですか?」
「王宮の魔導士団のバリアに欠陥が?」
「転移じゃないだ。ワープだよ」
「魔道具も封じたと言っていたが、やはりセシルさんがいないと魔導士団も甘いな」
「ベアトス殿の魔道具が優れているからではないですか」
(なんだか内部の人、仲が悪いのかな?)
「魔道具じゃないだ。ワープワームだよ」
「えっ! アマゾネスの奴らなんかと親しいのですか…」
(なんだかアマゾネスの人達と、仲が悪いんだね)
「アマゾネスとは親しくないだ。逆に苦手というか、まともに会話するのは無理だよ。ライトさんも、支配権持ちだよ」
「えっ!? それは失礼しました」
「ライトさん、この人は王宮護衛の主任さんだから、ワープワームを見せておく方がいいだ。じゃないと、うっかり始末されると困るだ」
「わかりました」
僕がそう言うとすぐ、生首達は上から雪のように降ってきた。ちょ、ちょっと、どんだけ来たの?
「えっ! これが…?」
生首達は、はらはら雪で登場した後、ふわふわ、ヘラヘラと漂っていた。
「赤黒いドレスを着た人形みたいだな。なんて可愛らしいんだ」
「ふわふわ飛んでいるのか? ワープワームが飛べるのか?」
生首達は、騎士風の人達に褒められて、より一層ヘラヘラしていた。ちょっとアホっぽいんだよね、その顔…。
最近は、僕がキッと睨んでも、ため息をついても、生首達は気にせずヘラヘラしている。
僕の顔色を見ながら、いつもビビっていたのは誰だよ。なんだか、はるか昔のことのような気さえしてきた。
そういえば、いじめちゃダメって、アトラ様に叱られたことがあったっけ。
(アトラ様、元気かなぁ?)
「確かに、ライトさんのワープワームは少し変わってるだな。地底でいくつか見たことあるだが、だいたいが、アマゾネスのワープワームに似てるだ」
「あー、コイツら、1回進化しましたし」
「アマゾネスのワープワームも進化したらしいですよ。だから、あっちの国からこちらの国への長距離ワープが可能になったそうです」
「そうなんですね。コイツらはどうかな? 長距離移動したことがないので…」
「ライトさんのワープワーム、とんでもなく長距離移動できるだ。女神様の城への転移は、もうひとつの国に行くより時間かかるだ」
「えっ? そうなんですね。女神様の城の位置がわからないから…」
「位置はないだ。この星の上に浮かんでいるだが、見えないだ。異空間にあるだ」
「へぇ。あ、そういえば進化前から、ワープで、城に行ってたような気がします」
「じゃあ、進化後は何を得ただ?」
「治癒の息を吐くようになりました。回復力はめちゃくちゃしょぼいですけど、何十体で重ね掛けすると、それなりに…」
「あー、それ、迷宮で使ったやつだ。驚いただ」
「えっ? ワープワームが回復魔法を使うのですか?」
「いえ、魔法じゃないと思います。火の魔物だから、火の息を吐きますが、それと同じような感じで、治癒の息を吐くんですよ」
「へ、へぇ…。なぜそのような…」
「ワープワームは、主人に擬態しているうちに、主人の能力の一部も真似できるようになるだよ。治癒の息を吐くワープワームは他には聞いたことないだが」
「ワープワームは、その主人を倒せば支配権を手に入れることができますから、戦闘能力の高い主人に仕えていることが多いんだと思います」
「あ、戦闘系は回復魔法は苦手ですね。だから、治癒の能力を持つワープワームはいないのか…。あれ? ライト様は回復系なのですか?」
「僕は、回復魔法は一番得意なんですよ」
「えっ? 白魔導士で番犬なのですか?」
「純粋な白魔導士というわけでもないんです」
「そうですよね、じゃないとワープワームの支配権は奪えないですよね」
「えーっと、まぁ、そうですね」
コツコツコツコツ
「お話中、失礼します。あの、ライト様は?」
「あ、はい、僕です」
「到着されていてよかった。フリード様がお呼びです。ん? これは?」
「わかりました。あ、これはワープワームです」
「えっ? へ、へぇ。いろいろな姿がいると聞いていますが、ふわふわ飛んでいるのは珍しいですね。私達のものとは随分と違います」
「えっ、あなたは、アマゾネスなのですか?」
「ええ、そうですよ。何か?」
「いえ、イメージとは違って少し驚いてしまって…」
すると、この女騎士風の人は、キッと僕を睨んだ。えっ? 何か変なこと言った?
「どういうイメージを持たれているのかは知りませんが、私達は基本的に女尊男卑。神族か何か知りませんが、そこをわきまえていただきたいですね」
「あ、はい。それは知っています」
「では、こちらへ。お急ぎください」
「わかりました」
(なんだか、コワイ人だな…)
僕は、女騎士風のコワイ人についていった。ベアトスさんも、少し遅れてついて来ていた。
彼女は、ベアトスさんのことを知っているようで、特に何も言わずに、ツンとしている。
そして、案内されたのは、豪華な装飾のある扉の前だった。
この王宮は、転移の間はシンプルだったけど、廊下や壁は、とてもゴテゴテとした印象を受けた。石造りだから、彫刻を施したくなるのかな?
彼女は、扉の前で、大きなベルを叩くようにして鳴らしていた。意外にも低い音で、ポロンポロンと鳴っていた。
少し待つと、向こう側から扉が開かれた。なるほど、中からしか開けないルールになっているようだ。
そして、扉係の執事風の人に僕とベアトスさんの名前を告げ、彼女はそのまま扉の外に立った。
「お待ちしておりました。ライト様、ベアトス殿、どうぞ」
「はい」
なぜ、僕が様呼びで、ベアトスさんが殿なんだろう? でも、なんだか聞きにくい雰囲気だ。
僕は、ベアトスさんと、扉の中へと入った。
「ライト、こっちだ。お! ベアトスもありがとう」
「あ、はい」
フリード王子が手招きしてくれたので、助かった。たくさんの突き刺さるような視線の中、僕はフリード王子の方へと進んだ。
ベアトスさんは、僕から少し遅れて歩いてくる。歩調を合わせようとしたが、ベアトスさんはニコッと笑って、僕に先に進むようにと促した。
(重苦しい雰囲気だな…)
僕がフリード王子に近づくと、王冠を頭につけた男性が、僕に話しかけてきた。
「お初にお目にかかります、ライト様。この国を統べるブルートスでございます」
「国王様、はじめまして。ライトです。そのような様呼びは苦手ですので、普通にしていただけると嬉しいのですが」
「えっ? ガハハハ! 噂どおりの方ですな。では、友と話すようにさせてもらいますぞ」
「あ、はい。えっ? 友? いや、僕はまだこんなガキですから、そんな…」
「わしの友にはなっていただけませぬか…。残念だ」
「いえ、そういう意味では…」
「父上、ライトをいじめないでくださいよ」
「別にいじめているつもりはないのだがな」
「国王、非常時におふざけは…」
「はぁ、どいつもこいつも…。かたくなっていてはアイデアも浮かばぬだろう」
「アマゾネスの重臣の方もいらっしゃいますから」
そう言われて、国王様は、眉間にしわを寄せ、深いため息をついた。そして、その表情を引き締めた。
「ライトさん、いつぞやは、フリードとその従者の命を救っていただき、ありがとうございました。感謝の意を伝えるのが遅くなり、申し訳ない」
「あ、いえ…」
「フリード、ライトさんに来ていただいたのは、おまえの案か?」
「はい、そうです。ただの暴動ではないようだと聞きましたので、我々には手に負えないことかと考えました。誰か、状況を説明してくれ」
すると、国王の側にいた文官のような初老の男が、話し始めた。
「いま、ご存知のとおり王都は、何者かの襲撃を受けています。最初はよくある暴動かと考えていましたが、一気に人数がふくらみました。アマゾネスの騎士隊が鎮圧に向かったのですが…」
「まさか、アマゾネスが鎮圧できなかったのか?」
「フリード王子、はい、アマゾネスの騎士隊は、逆に火に油を注ぐ結果になってしまいました。どうやら、不安をあおり、先導する者の話術に民衆がおどらされてしまっているようです」
「民は、何に対して抗議しているのだ?」
「この国は、この星の中で一番弱いと。強い指導者でなければ、女神様がチカラを失っている今、この国を守ることができないと…」
「クーデターか…」
「はい…」
「あの、女神様の代行者がいることは、王都の人達もご存知なんですよね?」
「ライト様、民は、わかってはいるはずです。ですが、星の結界は通常なら数日で消えるはずなのに、消える気配すらないとか、女神は再生魔法のせいで消滅したのではないかという噂になっています」
「なるほど、そのように、誘導している者がいるのですね…。星の結界の話をするということは、他の星の奴らでしょうね」
「だから、俺はライトを呼んだんだよ」
「そっか、わかりました。僕が、住人に話をすればいいのですね」
「ですが、フリード様、民はもう、誰が何を言っても耳を貸すとは思えません。武力行使しかないかと…」
「アマゾネスが武力で鎮圧できなかったんだ。大規模な魔法でも使わないと、民を抑えることはできない」
「そんなことをすると、戦乱になるぞ!」
(戦争なんて、ダメだよ、絶対)