188、ロバタージュ 〜 あちこちの異変
いま、僕はギルドにいるんだ。
さっき、リュックくんがフリード王子に、魔人についていろいろ語っていたんだ。リュックくんは、まわりにいる人達にも聞かせるつもりで話していたようだ。
でも、その中で、僕が知らなかったことも語られていたんだ。魔人には情はない。そりゃそうか、情があったら処刑人なんてできないよね。
前に、リュックくんが不要なものは備わっていないと言っていたっけ。
僕は、いつの間にか、リュックくんは大切な友であり、命を預けることのできる相棒だと思っていた。でも、リュックくんにはそういう感情はないんだろう。
普通に考えれば当たり前のことだ。そもそもリュックくんは、魔道具「リュック」なんだから。
でも、僕は、とてもさみしい気持ちに押しつぶされそうになっていた。
「おい、漏れてんぞ」
「ん? あ、ごめん」
「はぁ……ったく、途中から話聞いてねーだろ」
「ん? 何のこと?」
「ライト、どうかしたのか?」
「え、いえ、大丈夫です。フリード王子、お気遣いありがとうございます」
「いや、なんだか急に様子が…」
「フリード、わかっただろ? オレが離れてられねーのが」
「いま、ライトの足元に現れた霧は…」
「あぁ、こいつ、すぐに勝手に暗くなって、闇を漏らすんだよ。今も、なんかさみしいとかでさ…」
「わーわーわー、リュックくん、何言ってんの」
「さみしい?」
「なんでもないです」
「ライトは、オレのことを友だとか相棒だとか思ってるのに、オレには情はないと知って、落ち込んでるみたいだ」
「えっ? いま、多少の人的な感情はあると、リュック、言ってたじゃないか」
「コイツ、途中から聞こえてねーんだ。勝手に落ち込んで、耳も勝手にふさいでんだぜ」
「えーっと…」
「ライトは、リュックが大事なんだな。ははっ、リュックもライトのことを信頼しているようだが?」
「えっ?」
「はぁ……もういいや。めんどくせー。うじうじクヨクヨするのは、ライトの特技なんだよ。闇が引っ込んだから、そのうち立ち直るよ。スルーでいいぜ」
「リュック、そんな言い方をするから、ライトが誤解するんじゃないのか」
「あーもう、フリードまで説教すんじゃねーよ。オレはガキじゃねーぞ」
「そんなつもりじゃないんだがな。ふっ、魔人がそんな風に文句を言うのも面白い。やはり人的な要素が強そうだな」
「はぁ、ライトのせいだ。こんな感情は疲れる」
「そうか? 悪くないと思っているように見えるが」
僕は、二人の会話を聞いていて、なんだか疎外感を感じていた。ギルド内にいる人達も、僕と似たような感覚なんじゃないかな。
なんていうか、フリード王子もリュックくんも、華があるんだよね。イケメンだし、堂々としているし…。二人の会話を聞いていると、なんだかテレビでも見ているような気になってきた。
二人は、なんだか、僕には手が届かない遠い存在のような…。はぁ、なんだか僕、変だな。
ふと、僕は視線に気がついた。その視線をたどって、 足元を見る。ん? あー…。うん…。漏れていた闇は、スーっと僕の身体に戻っていった。
「ライト、今度は何だ?」
「なんだかテレビだってさ」
「テレビ? って何だ?」
「あ、フリード王子、何でもないです」
「オレもよく知らねーが、まぁ、スルーで大丈夫だ」
「ふっ、なんだかキミ達といると楽しいよ」
「毎日だと大変だぜ? まぁ、退屈はしねーけどな」
(何? それー)
フリード王子は突然、眉間にしわをよせ、黙り込んでしまった。腰につけた魔道具が光っている。念話か、通信かな?
「あ、悪い。そろそろ戻らねばならなくなった」
「はい」
「そうだ、ライトも来てくれないか?」
「えっ、王都にですか?」
「あぁ、王宮に。ただ、リュックはそのままだと厳しいから…」
「王都なら、魔物や魔族が入り込まないように、なんかやってんだろ?」
「そうだ。様々な防御バリアが作動してしまいかねない」
「あの、僕、転移は…」
「移動には、ワープワームを使ってくれて構わない。アマゾネスのワープワームも出入りするから、魔物でもワープワームは弾かれないからな」
「あの、僕、キチンとした服もなくて…」
「は? あははは、別にそのままでいい。それに、ライトは女神様の代行者だ。本来なら俺が、いや王宮の者達すべてが、かしずくべきだろう?」
「えっ? いえいえそんな、やめてください」
「ふっ、冗談だ。俺が転移したら、すぐに来てくれよ?」
「あの、場所がわからないので、ワープワームを1体連れて行ってもらっていいですか?」
「ん? わからないのか? 王都くらい偵察していたんじゃないのか」
「偵察させてないんです。何かが起こったときには一斉に動いてもらいますが、ふだんは何の指示も与えてません」
「えっ! そ、そうなのか…。アマゾネスの女王とは、随分と使い方が違うのだな。わかった。1体連れて行く」
僕が、誰か来てと呼びかけると……ワラワラと来たよ。1体でいいんだけどな。まぁ、その後にワープするからいいんだけど。
室内だからか、はらはら雪は、やらないのね。いやさすがに、もう飽きただろうな。
すると、生首達は、天井近くまで上がり、はらはらと降ってきた。あれ? アレンジされている。クルクル回転しながら、ヘラヘラと、アホの子ダンスの振り付け?
「おまえ、リクエストしてどーすんだよ」
「べ、別にリクエストなんて、してないよ」
「ん? 何のリクエストだ?」
「あー、コイツらの登場シーンだ」
「登場シーン?」
「フリード王子、なんでもないです。1体連れていってください」
「わかった。預かるよ」
フリード王子が手のひらを出すと、生首達が乗った。1体でいいんだって言ってるのに、何体も…おてんこ盛りだ。
「はぁ……フリード王子、コイツら、1体の意味がわかってないみたいで…」
「構わない。こんなにたくさん、くっつき合っているワープワームなんて、見たことがない。ふっ、こうしていると意外にかわいいな」
かわいいと言われて、生首達はヘラヘラし始めた。はぁ、ほんと、褒められるの好きだよね。
「言葉がわかるんだな。嬉しそうに笑っているじゃないか」
「はい、褒められると嬉しいみたいです。かわいいと言われるとこんな顔しています」
「へぇ、かしこいんだな。ん? かしこいは嬉しくないのか? キョトンとしているように見えるが」
「あー、たぶんよくわかってないと思います。かわいい、キレイに反応しますね。あと、すごいとかもかな」
「ライトが言ったことのない言葉には、反応しねーんだと思うぞ」
「僕、かわいいなんて言ったことないと思うよ?」
「あー、それはあちこちで言われて学習したんじゃねーか?」
「なんだかよくわからないが、不思議な主従関係だな。じゃあ行くよ。すぐに来てくれ」
「はい、わかりました」
そう言って、おてんこ盛りの生首達を持って、フリード王子は、セシルさんや国王の調査隊の人達と共に、スッと消えた。
僕は、ギルド内を見渡した。みんなただの傍観者になっていたけど、フリード王子達が居なくなって、ようやく我に返ったようだった。
「毒で体調悪い人はいませんか?」
僕がそう言うと、冒険者や職員さん達は、互いに顔を見合わせながら、首を横に振っている。
「ライト様、大丈夫です」
「あ、職員さん、様呼びはやめてください」
「え、ですがギルドマスターが…」
「ギルマスのノームさんは、僕が嫌がるからわざとおもしろがって、様呼びしているだけですから」
「そ、そうなのですね。かしこまりました、ライトさん」
「うんうん、それでお願いします。あと、リュックくんのことも必要以上に怖れないでくださいね」
「はい、先程の話を聞いていました。魔人といっても、リュックさんは私達のイメージする魔人ではないとわかりましたから、大丈夫です」
「よかったです」
「その誤解を解くために、いろいろと私達に教えてくださったのですね」
「あー、警戒されすぎるのも疲れるんだよ。何もしてねーのに、人族はビビりすぎだからな」
「キチンと申し伝えます。それに、冒険者は噂好きなので、すぐにリュックさんのことはロバタージュ中に伝わると思います」
「いや、そんな…。まぁ、それでいいか」
「リュックくんがチカラの制御ができるようになったら、人族に見えるのかな?」
「サーチされなきゃな。今はどうしても、魔力がだだ漏れだからな…。おまえの、闇漏らす癖のせいじゃねーか?」
「ちょっと、なんで僕のせいなわけ? ほんと、すぐにライトのせいじゃという誰かさんと、ソックリだよね」
「はぁ……チッ、そんなもん知らねー。さっさと追いかけなくていいのか? 待たせてんじゃねーの?」
「大人数での転移は、時間かかるから大丈夫だよ。まだ全員到着してないよ。ワープの方が速いから」
ベアトスさんが、魔道具を片手に僕の方へと近づいてきた。その顔は、なんだか険しい。
「ライトさん、王宮はマズイだ」
「どうしたんですか?」
「これを見るだ」
ベアトスさんに見せられた魔道具は、石版のようなものだった。鏡のように磨き上げられた石版には、昔の映画の、フィルム映写機のような白黒の映像が映し出されていた。人が争っている。暴動か?
「これは、いったい?」
「クーデターだと思うだ。王宮を取り囲んでいるだ」
「え? クーデター?」
「たぶん、他の星の奴らが首謀者だと思うだ。見たことのない種族が先導しているだ」
「それで、慌てて戻って行かれたんだ」
「フリード王子、厳しい顔をしていただ。俺も行くだ。ついでに連れて行ってほしいだ」
「え!」
「暴徒化した民を抑えるには、魔道具が必要になるだ。それに王都には俺の客がたくさんいるから、王都が戦乱になると困るだ」
「わかりました」
僕の頭の中に映像が流れてきた。さっきのおてんこ盛り生首達が送ってきたようだ。
立派な城が見える。その城門から城壁を取り囲むように大量の人が、武器を手に持ち何かを叫んでいる。その数は、数万人はいそうだ。
王都内は、城へ通じる道は、至る所が封鎖されているようだ。封鎖しているのは、兵ではなく普通の住人のように見える。
「ライトさん、王都への入り口が封鎖されただ。変なバリアも張られただ。これを見るだ」
ベアトスさんが別の魔道具を操作していた。王都の場所が、転移不可になっている。
「次々と、この国の主要な場所が他の星の奴らに狙われているだ。今回の王都は、騒ぎの規模が大きすぎる。ちょっとマズイだ」
「じゃあ、すぐ行きましょう」
そう言うと、リュックくんはスッと消え、僕の左肩にポーチが戻ってきた。ベアトスさんも、レイを魔法袋に戻している。
「いや、転移妨害されているだ。援軍を排除してるだよ」
「入れなければ、近くまで行って壁をすり抜けますから」
「えっ? あ、ライトさんの『能力』を使うだな?」
「はい。手を繋いでもらえたら、ベアトスさんもすり抜けられますから、大丈夫です」
「わかっただ」
そして、足元に集まっていた生首達のクッションに乗り、僕達は、王都へとワープした。