186、ロバタージュ 〜 ただの道具扱い
「おまえら、俺の主君を怒らせる前に、逃げろよ!」
(ちょ、ちょっと、カース、何? その作戦)
最近、僕の配下になった幻術士カースが、突然とんでもないことを言い出した。
僕はまだ、彼がどんな性格なのか把握できていない。というか、ほとんど彼のことを知らないという方が適切な表現かもしれない。
「念話は傍受される。封じたのは魔法力だけだ」
「僕以外、みんな封じるってどういうこと?」
「は? 強い幻術は、そんな器用な真似はできない。声が聞こえる範囲すべて一律に封じた」
「えっ? 僕は主人だから効かないの?」
「前の主君は、俺の術にかかってた」
「そ、そうなんだ」
カースは、ニヤリと笑った。
「やはり、俺の直感は正しかったな。おまえは、俺の術を弾くと思ったんだ」
「弾いたのかな? 耳がかゆくなったけど…」
「ぷっ、バカか」
カースと話していると、周りを奴らに囲まれた。封じたのは魔法力だけだと言ったからか、獣を従えた神は少し後ろに下がっていたが…。
「本当に主君なのか? そのような口の利き方…」
「俺は口から嘘は言わない」
「だがその少年は…」
僕は、スゥ〜っと息を吸った。よし!
「僕は、ライト。女神様の代行者です」
「えっ? 番犬には白魔導士もいるのか」
「国のことはその住人にすべてを任せて、直接干渉しないのが女神様の方針です。女神様は自由を好み束縛を嫌う…放任主義を貫いておられます」
「それがどうした」
「ですが代行者の僕達は、必要があれば直接干渉します。女神様のやり方と、僕達のやり方は違う。貴方達がこの星を害するつもりなら排除します」
「排除だと? その女神は力を失っているではないか。そんな弱き神に従わされているのは、屈辱だとは思わないのか」
「女神様に従わされているわけではありません。嫌なら、彼女の元を離れても罰は与えられない。僕は自分の意思でそばにいます。それに、女神様は弱くはない」
「女神イロハカルティアは、妖精じゃないか。戦うチカラなど持たない」
「ふっ、彼女の分身を見ても同じことが言えますか」
「は? 女神の分身だと?」
「ええ、僕の相棒です。ご覧になりますか?」
僕がそう言い終わる前に、リュックくんは僕の左肩からスッと消えた、そして、僕を背にかばうように、音もなく現れた。
「な? 魔人か…」
「いやーん、イケメンじゃなーい」
「こんなに戦闘力の高い魔人を生み出しているとは…」
「おわかりいただけましたか? さっさとお引き取りください」
「わかった。なるほど、その幻術士が作り出す幻影なんだろう? ふっふっ、よくできた幻だ」
(幻?)
僕は、彼がリュックくんを幻だと言ったことで確信した。僕の危機探知リングは、彼らを赤く染めているけど、きっと彼らは弱いんだ。
「その獣を従えた貴方も、彼を幻だと言うのですか?」
「我が主人に直接話しかけるとは、きさま何様のつもりだ!」
「僕はこの星の女神様の代行者だと言いましたが? さっきから、ずっと寡黙ですが、その人が撤退すると言わなければ、帰れないんでしょう?」
「我が主人が気分を害すると、どうなるかわかっているのか? こんな街など…」
「おい、ごちゃごちゃうるせーぞ。さっさと帰れと言ってるうちに帰った方がいいんじゃねーの」
「……幻がしゃべった」
「幻じゃねーよ。残念だったな。オレはまだ自分のチカラの制御ができねーんだよ。どうなっても知らねーぞ」
「ダメだよ、室内で暴れちゃ」
「生まれたばかりなのか?」
「ええ、星の再生回復魔法の後ですよ、彼が魔人となったのは」
「星の再生で、女神はそのような魔人を生み出すチカラを得たのか? ふっ、だがそれならまだ戦い方も知るまい」
そう言うと、リーダー格の男が他の3人に目で合図を送った。その瞬間、僕達を取り囲み剣を抜いた。
僕は、リュックくんにバリアをフル装備かけ、僕自身も張り直した。ついでにカースにもバリアをかけた。
(えっ? こっち?)
奴らは同時に動いた。リュックくんでなく、狙いは僕だ。僕は透明化! 霊体化! を念じた。
「き、消えた?」
僕のすぐ前にいたリュックくんは、いつの間にか、その手に剣を握っていた。
リュックくんが床を蹴る、トン! という音が聞こえた。それと同時に、3人は剣を持つ腕を斬られ、床にドカッと倒れた。
そして、一瞬、時が止まったかのようにシーンとした。
(見てたのに、見えなかった…)
『剣を叩き落しただけなんだけど』
(腕ちぎれてるよ……てか、リュックくん、念話はバレる)
『だーかーらー、くっついてるからバレねーって』
(えっ? 離れてるよ? 僕、そもそも姿を隠してるし。あれ? 女神様は僕が霊体化したら念話できないのに?)
『あいつは、うでわ経由だろ? オレは、身体の一部をおまえが背負ってるじゃねーか』
(あ、肩ベルト?)
『あぁ。おまえの作戦、完璧だ。霊体化してれば、肩ベルトからオレがエネルギーを吸収しているのがわかっても、奴らは手出しできねーからな』
(えっ、何も考えてなかった……狙われたから姿を隠しただけ…)
『…あっそ』
「お、おまえ。おまえの相棒はどこへ逃げた?」
「はぁ? 動いてねーぞ。姿を隠してるだけだ、だよな」
「僕は動いてないですよ。僕を狙ったつもりでしょうけど、隠れるのは得意なんですよね」
「くっ、白魔導士のくせに…」
「ただの白魔導士ってわけじゃないですよ。番犬は全員、戦闘系だそうですよ」
「そんなハッタリ、我々には通用しない。サーチ能力には長けているんだ」
「じゃあ、いっぺん死んでみますか。僕、蘇生は得意ですよ。ついでに腕の怪我も治してあげましょうか」
「何を…」
「僕、神殺し…と言われてましてね。あ、ひとり、神がいますね。うっかり殺してしまうと光の粒子となって、星に帰ってしまわれますね」
「な? まさか」
「俺の主君は、うっかり者だそうだ。おまえら、どうする? この星を乗っ取るだとかいう茶番劇を続ける気か?」
(カースって、挑発するの好きだよね…)
「茶番劇だと?」
「もぉ〜、あたしがなんとかするわよー。イケメンと手合わせなんて、最高だわー」
そう言うと、オネエがリュックくんの目の前に一瞬で移動し、リュックくんの首を狙って剣を振った。
リュックくんはギリギリ回避していたようだ。
(また、見えなかった…)
『おい、コイツの相手を室内でやるのは無理だぞ。ギルド建物が吹き飛びかねない』
(バリアしてるよ?)
『エネルギーが放たれ続けると、バリアなんてもたねーぞ。あ、アレならいけるか』
(ん? わらび餅バリア?)
『あぁ』
(わかった)
僕は、霊体化と透明化を解除し、右手を上にあげた。僕の手から放たれた光がぷよよんとひろがり、水バリアを改良したわらび餅バリアが室内に完成した。
これは、チゲ平原で飛竜の攻撃をすべて防いだ、ぷよぷよバリアだ。物理攻撃の衝撃をぷよぷよが吸収するんだ。
「変なバリアをかけたとこで、悪いが、そろそろ俺の術の効果が消える奴がでてくるぞ」
「えっ…」
リュックくんを見ると、オネエに激しく斬りかかられ、それを避けたり剣で受け流したりしている。
あのオネエは、めちゃくちゃ強いぞと言ってたのに、なんだかリュックくんは遊んでいるようにさえ見えるんだけど…。
一方で、自信満々なオネエは、全くリュックくんに攻撃が当たらないことに焦りを感じているようだった。次第にその表情から、笑みが消えていった。
すると、獣を従えた神が動いた。
何か意味のわからない言葉を発したんだ。すると、降り注いでいた黄緑色の雨が止んだ。
『おい』
僕は、室内にいる人達を、アイツの術から守りたいとイメージした。僕の身体から、一気に闇が溢れた。
(あれ? 魔法じゃなくて、闇が漏れた…)
『それで正解だ』
獣を従えた神が、さらに何かを唱えた。奴から、青紫色の霧が溢れ出した。魔獣は、それを食べるように吸い込み、ものすごい勢いでこちらへと噴射してきた。
「うわぁ、猛毒の呪いだ!」
「近距離で吸うと即死するぞ!」
帰還石でギルドに戻ってきた調査隊が叫んだ。そして、それぞれ、マスクのようなものを出して装着していた。
だが、冒険者達やギルド職員にはそのような準備はない。一気に緊張が走った。
フリード王子とセシルさんは何もせず、僕の方を見ている。ベアトスさんものんびりとした表情だ。
(なんか、丸投げされてる…)
『信頼されてんじゃねーの?』
(リュックくん、その人、強いんでしょ? 大丈夫?)
『おう! けっこう速いんだ、楽しいぜ』
(あっそ…)
魔獣が吐いた猛毒の呪いの息は、こちらに届くことはなかった。
僕が放出した闇の中を通り、バチバチと音を立てていたが、すぐ闇にのまれて消えていった。
「な、なんだと? おまえ、闇使いか! 神族が闇を使うなどと…」
珍しく、神が自ら口を開いた。
まぁ、配下の3人は倒れて動けないようだし、オネエはリュックくんと絶賛手合わせ中だ。
黄緑色の雨を消さなければ、奴の配下も今頃は動けるようになっていたはずなのにね。
「神族に、闇属性持ちは、それなりにいますよ」
奴は、また次の何かを準備しようとしていた。こりゃダメだな。僕は魔法袋から剣を取り出し腰につけた。
「おまえのような子供に好き勝手にされてたまるか!」
僕は、剣を抜いた。ギルドの室内に広がっていた闇が一気に剣に吸収されていった。
「やはり気が変わりました。貴方は自分の星に帰っていただきます」
このままだと、コイツは諦めない。絶対リベンジしに来る。諦めないなら、送り返すまでだ。
僕の見る景色がすべて赤くなった。倍速魔法をかけていないのに、だんだんすべての動きが遅く見えてきた。
『おーい、暴走してんぞ。自覚あるか?』
(うん、景色が赤くなって、周りの動きが遅くなってきた)
「あーあ、さっさと帰らないからだ。俺の主君は、目が赤くなると暴走状態だぜ。こうなると、赤の勢力争いをする神でさえ殺すぞ」
「ック、くそっ! 引くぞ」
そう言うと、獣を従えた神は配下3人に回復魔法をとばした。
「ええ〜、決着ついてないわぁー」
そう言いつつも、ホッとした表情でオネエはリュックくんから距離をとった。
そして、ふわっと浮かび、まだ残っていた転移渦へと5人は入っていった。
が……最後に入った神は、従えていた魔獣をこの場へ弾き飛ばした。そして、魔獣を爆発させた直後、新しい島と繋がる転移渦はスッと消えた。
それと同時に、景色は元の色を取り戻し、僕の暴走もおさまった。闇は、剣から僕の身体へと戻っていった。
(ひどいな……追わせないために魔獣を爆弾にしたの? でも、被害はなかったよね)
『腹いせだろう。神にとって魔力で作り出したモノは、所詮は道具なんだよ。これ、かなり強烈じゃねーか』
(ん? 何が?)
『魔獣は、猛毒の呪いの爆弾だって』
ドタ!
(あ! ヤバイ。バリアが……闇はほとんど回収しちゃってた…)