185、ロバタージュ 〜 幻術士カースの能力
いま、僕は、ロバタージュのギルドにいる。
国王様の調査隊が、新しい島から帰還石で戻ってきたときの転移渦が、向こう側から何かされているらしく消えないで残っていた。
その大量の瀕死の調査隊の治療の途中、その猛毒の呪いをカースが解除しているときに、その渦から現れたのは5人の人と1体の獣だった。
その少し前に偵察に来ていた幻術を使うという男は、この場所がこの国の主要な街だから人質にすると、妙なことを言っていた。
その男が去った後、国王様の調査隊が王都へ逃げたときの転移渦が、また消えなかった。
それを消すために、王都からここへ、フリード王子と魔導士セシルさんが転移してきたんだ。
「高位の幻術士じゃないと、その呪い解除は出来ない。あんた、ペンラートの重臣だった幻術士だろう?」
「一石二鳥だな。こんな主要な街に繋がって、しかも、ペンラートの策士も捕まえることができるとは」
「さて、この治療所だっけ? ここの責任者を呼んでもらおうか。うん? 報告とは違うな。そこにいる二人は…」
「しぶいオジサマと、イケメンのお兄さんじゃない〜。どちらも好物よー」
4人の男は、それそれゲージが2本ずつ。そして、何も話さない男はゲージが3本と2本、獣にはゲージはない。
なるほど、この獣が猛毒の呪いをかけたんだな。ゲージがないから人工的に作られたと考えたのか。
魔獣というから大きな怪物をイメージしていたけど、ずいぶん小さい。猿か? 何も話さない男にピッタリと寄り添っていた。
この寡黙な男は、ゲージの数から考えて、他の星の住人だ。さっきカースを見て、見つけたと言った男も、他の星の住人だろうな。
彼は、この場にいる全員をゆっくりと眺めている。サーチしているようだ。
『ライトさん、こいつらヤバイだ』
『危機探知リング、赤色ですね』
「ほう! 貴方は変わった念話を使う。それに、腰につけた何かが異空間へと繋がっている」
「受信者は少年か。危機探知ができないのか」
「ふっ、神族か、その子孫だね。ラッキー!」
コイツら、念話の傍受ができるんだ。それに、ベアトスさんから離れているレイとの繋がりまで見えるんだ…。
『あのバカが、クマから魔力を吸収するからバレるんだよ』
(リュックくん、念話はバレる)
『気づいてねーよ。離れてなきゃ、念は大気の中を飛ばないから傍受できるわけねーんだよ』
(ん?)
『オレは、おまえとくっついてるからな』
(ん〜?)
『アイツらも、ピッタリくっついてるだろ? あれ、傍受対策だぜ。きっと話してるけど、念話は外に漏れねーんだよ』
(そっか)
『で、コイツら、どうする?』
(追い返すよ)
『殺さねーの?』
(なんで、殺すの? あの島から来たなら、追い返せばいいだけだよ)
『なんだ、つまんねー』
(女神様は、共存の島だって言ってたから…)
『はいはい』
カースをペンラートの重臣だとか策士だと言った二人は、カースに近づいていった。
責任者を呼べと言った男は、カウンター奥を見ている。
フリード王子とセシルさんを好物と言っていたオカマ? は、二人をジーッと見ていた。
そして、魔獣を従えた男は、ベアトスさんと僕を見ていた。僕がそれに気づくとニヤリと笑った。何? キモイ…。
みんな、それぞれ自由にしているように見えるけど、隙がない。
僕は、魔族の国スイッチを入れた。そう、いつものはったりスイッチだ。そして、どう交渉しようかと考えていると、先を越されてしまった。
「この施設の責任者は、いま、この街にはいない。いまここにいる中では、私がこの国で最も地位が高い。私が話を聞こう」
「ほう? 貴方は、貴族か? 剣士か?」
「私は、この国の第8王子フリードだ」
「えっ? 王子って言った? イケメン王子なんて、最高だわ〜」
「うるさい、おまえはしゃべるな!」
「ひっどぉ〜い」
(めちゃくちゃ乙女だね、この人…)
「何のために、ここに転移して来たのだ?」
「ふっ、偵察に来たバカが口走ったのだが、聞いていなかったようですね。貴方も含めて、この街全員を人質にするためですよ」
「なに? 何のための人質だ? 王宮への無謀な要求は、拒否する」
「まずは、この国の支配権をいただく。その上で、戦争を仕掛け、もう一つの国も手中におさめる。すなわち、この星をいただくということですよ」
「なにを言うかと思えば…。そのようなことは不可能だ。それにこの星の住人は地底にもいるぞ」
「地底は、たやすい。あのタイプの奴らはチカラを示せば簡単に従う」
「この星には、女神様の城に神族もいる」
「ええ、そこの二人が神族かその子孫でしょう? 完璧な人質だ。女神がチカラを失って眠る今が、最大の好機!」
(全員、もしかしたら他の星の住人かな…)
『あぁ、そのようだな。もともと潜入させていた者を使って、星を乗っ取る気なんだろーな』
(神ではない?)
『いや、あの獣はオレと同じだ。魔人じゃなく、魔獣だがな。いや、処刑人と同じという方が適切か』
(ってことは…)
『魔力の質が同じ。魔獣は呪いを使う。あの男は全く言葉を発していない』
(呪術系の神?)
『だろーな。もしくは根暗な魔導系って感じか』
(そっか。呪いはヤバイ?)
『おまえの…おまえらの闇の方がヤバイ』
(了解!)
『わかってねーだろーが、あのオネエは、めちゃくちゃ強い戦闘系だぞ』
(えっ? みんな魔導系じゃないの?)
『魔導系は、神だけだ。他は全員、戦闘系』
(わ、わかった)
フリード王子は、彼らをジッと睨んでいた。
セシルさんは、逃げなかった冒険者の様子を気にしているようだった。
ベアトスさんは、その場で固まっている。でも手には何かの魔道具がにぎられていた。
カースは、黙々と猛毒の呪いの解除をしていた。その側で、ふたりがカースになんだかんだと話しかけていた。
そして、カースの解除が完了すると、ふたりは、瞬く間にカースを拘束した。
(治療が終わるのを待っていた?)
『いや、治療が終われば、逃げられるか反撃されると思ったんじゃねーか?』
(そっか、カースのことも探していたみたいだもんね)
「この雨のような光は、呪い対策でしょうけど、我々の体力や魔力も回復していますよ? 術者は誰ですか。ずいぶんマヌケな作戦でしたね」
「そのような意図ではないだろう。怪我人の治療のための術だと思うが」
「王子が指示したわけではないのですね。報告になかった貴方達は、いま来たばかりということか。つくづく不運な方ですね」
「おまえ達の方こそ、不運だと思うが」
「意味がわかりませんね」
「この街も、この国も、渡さないと言っているのだが?」
「はははは、こんな虫ケラ同然のおまえ達が?」
「お引き取り頂こうか」
フリード王子は、セシルさんをチラッと見た。セシルさんは、ギルド室内に、防御バリアを張った。
(ちょ、ちょっと、室内で暴れる気?)
フリード王子が剣を抜くと同時に、交渉していた男も剣を抜いた。
キン!
「ほう、速いな」
間合いをあけ、二人は睨み合っている。
だが、オネエも剣を抜いた。
「イケメン王子と手合わせなんて、シアワセ〜」
ニヤニヤしながら、間合いを詰めていくオネエ。一方で、フリード王子はその額に汗がにじんできた。
『王子、殺されるぞ』
(えっ)
僕は、フリード王子にバリアをフル装備かけた。その瞬間、彼らの斬撃が襲う。
キィン! バシッ! カン!
その勢いにフリード王子は、吹き飛ばされ、そこをさらに追撃しようとして二人がせまった。
突然現れた氷の槍が二人に襲いかかり、二人はそれをなぎ払った。氷の槍を放ったセシルの顔色は悪かった。
『あの神のしわざだ。セシルは魔力を吸い取られているぞ』
(えっ)
「ライトさん! フリード王子を頼みます」
そう言うとセシルさんは再び、氷の槍を放った。だが、簡単にそれは叩き斬られていた。
フリード王子は、吹き飛ばされたときの衝撃で、背中を強打したようだ。
僕は、フリード王子に回復魔法を放った。
『芝居がかった遺言みたいな言い方しやがって…』
(僕がボーっとしてたからだよ)
『セシルは死ぬ気で攻撃してるぞ。この変な雨がなけりゃ魔力切れで倒れてる』
(えっ?)
僕はゲージサーチをした。セシルさんの魔力は赤色20%を切っている。
『アイツの魔力泥棒を阻止しないと、回復してもあの神の魔力が増えるだけだぞ』
(うん、わかった)
肩で息をするセシルさんと目が合った。彼は頷き、フリード王子の方を向いた。
これは、僕に参戦しろと言ってるよね。
フリード王子の立場を考えると、出過ぎた真似はできないと、僕は様子を見ていた。
他の冒険者の目がなければよかったんだけど、ギルド内にはまだ十数人の王宮とは無関係の冒険者がいる。それに職員さん達もいる。
僕は、拘束されているカースを見た。彼と僕は、ただの冒険者仲間だと、奴らは思っているはずだ。
だが、僕の思考を読んだのか、カースが明後日の方向に向かって、とんでもないことを言い出した。
「ライト様、助けてください!」
(は? 突然、何を言ってんの?)
「何? ライトって、誰だ?」
なぜが、カースを拘束していた二人が慌て始めた。
「助けを求めるだと? まさか、おまえの新たな主君か?」
すると、フリード王子と対峙していた二人もカースの方を向いた。そして、獣を従えた神も。
5人すべての注目を集めて、カースはニヤリと笑った。
「「俺の2度目の忠誠を誓った主君だ。おまえ達の配下になることは永遠にない!」」
その声は妙に頭に響き、その言葉は妙に耳に残った。ん? 耳がかゆい。
『おい、おまえ、まさか、アイツに操られてんじゃねーだろーな』
(へ?)
『アイツの術だ。聞いた相手の深層心理にガツンとパンチを打ち込んだみたいだぜ』
5人は、よくわからないダメージを受けているように見えた。そして、セシルさんの魔力ゲージが急回復していった。
(わ、もしかして…)
『あの神より、カースの方が上だったみたいだな。あの神、一瞬フリーズしたから、吸収魔法が解除されたんだ』
(カース、すごい!)
『これは、狙われるわけだな。カースの能力は、しょぼい下位神を上回る。アイツら、しばらく魔法使えねーぞ。セシルもな…』
ギルド内に張られたバリアが消えていた。さっきの言葉を聞いた全員が、魔法を使えなくなったようだ。
だが、黄緑色の雨は、降り続いていた。僕には術をかけてないんだね。
僕は、右手を上にあげ、室内にバリアを張ろうとイメージした。僕の手から放たれた光が室内に広がった。
その瞬間、5人の視線は僕に集中した。
「ライト様っておまえか? 神族? いやその子孫だな。まさかこんな少年を主君に選んだのか」
「ふん、俺の主君のチカラを知らないから、そんな軽口を叩けるんだ。逃げるなら今のうちだぞ」
(ちょ、ちょっと……何? その作戦)




