181、女神の城 〜 祭りのあと
ドーン! ドドーン!
「えっ? 花火?」
「あーあ、祭りが終わってしまったのじゃ」
「シメの女神様の挨拶は、しなくてよいのですか?」
「妾はティアじゃ。女神は寝ておる。代行者がいるから、妾は自由なのじゃ」
「なるほど、女神様にも休息は必要ですな。そんな魔力や体力では…。ですが、祭りだから起きてこられたのでしょうが、休んでくれないといつまでたっても星の結界が消えないですよ」
「うむ、わかっておる」
「そんなに魔力が低下しているのが知られると、また侵略者が暴れかねませんから」
「爺が、誰にも言わなければよいのじゃ」
金色の髪をふわふわさせた獣人の姿をした少女が、老人二人を睨んでいた。少女の眼差しは冷たい。
(あれ? 親しいんじゃないのかな?)
「そう言われても、トシのせいで忘れっぽいのですがね」
「じゃあ、妾が起きていることも忘れるのじゃ」
「ははっ、まいりましたね〜」
ドドーン! パァーン!
『収穫祭にお集まりの皆さん、これにて春の収穫祭は終了です。また、夏の収穫祭に起こしくださいね〜』
(あ、ナタリーさんの声だ)
『この後は、後夜祭がありますよ〜。お腹が減っている人は、バーベキュー屋台を準備しますから食べて帰ってくださいね〜』
(お、バーベキュー!)
『女神様は今回は眠っていましたが、次の収穫祭にはまた元気な姿で登場すると思いますわ。次の収穫祭には、甘味の差し入れを持ってきてあげてくださいね〜』
(ん? 甘味?)
ふと女神様を見ると満足そうに頷いていらっしゃる。なるほど、ナタリーさん、言わされてるんだ…。
ドーン! ドドドドドーン!
(花火、夜ならもっと綺麗だろうな…)
「今回も、なんとか無事に終わりましたね」
「うむ。ライト、花火は夜の方が綺麗なのか?」
「へ? あ、はい。明るい場所より暗い場所の方が、空に光の花が咲くように美しいですよ」
「ふむ。では次は、暗くしようかの」
「めが…猫のティアちゃん、暗くするにはかなりの魔力が必要ですよ」
「爺はうるさいのじゃ、寝ればよいのじゃろ? ふんっ」
「あらら、拗ねてしまわれたかな」
女神様は、プク〜っとふくれっつらをしたまま、僕の方を振り返った。
「ライト、そんなことより軍規の件で、兵が混乱しておるのじゃ」
「えっ!」
「規律にうるさいオルゲンが怒っておったのじゃ」
「も、もしかして、それを伝えに来てくださったんですか」
「うむ。あと、爺の様子を見に来てやったのじゃ」
「それはそれは。爺は元気にしていますよ」
女神様は、また冷たい眼差しで、彼らを睨んでいた。やっぱり仲が悪いの?
「タトルーク、今度は、妾の邪魔をするでないぞ? あの島は、共存の島じゃ」
「あの国は、失敗しましたからな」
「おぬしが暴れたせいで戦乱が始まったのじゃ」
「わしらはもう若くないので、見守るだけですよ」
「メトロギウスをけしかけておるのではないか?」
「彼は勝手に動いているだけですよ。アイツは、わしらの言うことに耳を貸さない」
女神様は、その言葉の真偽を確かめるかのように、二人の老人をジッと睨んでいた。
「ふむ、そうか。ライト、行くぞ」
「へ?」
「兵舎の混乱をなんとかするのじゃ」
「あ、は、はい。すみません…」
僕は、女神様にむんずと腕を掴まれ、タトルークさんと、治療院の先生やお姉さんに軽く会釈をして、治療院をあとにした。
祭りの片付けとバーベキューの準備をする広場を通り抜け、居住区から城へと入っていった。さらに、兵舎やコロシアムっぽい所も通り過ぎていった。
「えっと、どこまで?」
「あっちじゃ」
女神様が指差した方向を見ると、視界を邪魔するように何か小さなものが目の前に飛び出してきた。
「わっ!」
「あら、またあなたなのね〜。ごめんなさいね、綺麗な私がいきなり現れて、またドキドキさせてしまったわね」
「びっくりしました」
そう言うと、小さな妖精は満足げに頷いて、くるくる飛び回っていた。
「チッ、あのオババは、わざとやっておるのじゃ」
そして、門をくぐり、城の中庭に入った。ここは急に別世界のようになる。空気感も変わるし、緑が鮮やかで、美しい庭だ。
「さて、この中庭まで来なければ、ロクに話もできぬのじゃ」
そっか、ここは完全に女神様のテリトリーだったよね。秘密の話は、ここまで連れてきてから話せと言われていたっけ。
「あの、オルゲンさんは?」
「ん? バーベキューの準備をしておるのじゃないか?」
「え? オルゲンさんが怒ってるって…」
「怒っておったが、妾が、オルゲンにビシッと言ってやったらおとなしくなったのじゃ」
「女神様が、僕を擁護してくださったのですか」
「そんな面倒なことはしないのじゃ。文句があるなら、ライトに直接言えと言ったのじゃ」
「はぁ」
「そしたら、オルゲンは黙ったのじゃ」
「じゃあ、直接、僕が叱られるんですね」
「たぶん、それはないのじゃ」
「どうしてですか?」
「軍隊の責任はその主人にあるのじゃ。他人の軍隊に意見しに行くということは、主人が決闘することになるのじゃ」
「へ? 決闘?」
「仕掛けた側が負けたら、軍隊を取られるのじゃ。そういうルールじゃ。脳筋にもわかりやすい仕組みなのじゃ」
「他の軍隊の主人に文句を言うときには決闘しなきゃならないのですか?」
「そうじゃ」
「へぇ…」
「だから、オルゲンは黙ったのじゃ。ライトに勝てるわけないのじゃ」
「い、いや、それは…」
「じゃが、それにつけ上がって軍隊の素行が悪くなったりすれば、主人の責任じゃ。そのときは、軍隊を解散させるのじゃ」
「あ、はい」
「うむ。ライトは、ビビりじゃから、その心配はしておらぬがの」
「はぁ」
女神様は、突然クリアポーションを取り出して、サッと飲まれた。変身の呪いが解けて、本来の姿に戻り、城の中へとスタスタ歩いて行かれた。
この前は歩けない赤ん坊だったけど、急成長しているね。今は4〜5歳といったところか。
「なぜ、突然解除されたのですか?」
「変身しているより、この方が成長が早いのじゃ」
「へぇ。じゃあ、この姿でいればいいのでは?」
「さっき、爺が妾を探りにきておったじゃろ?」
「タトルークさん?」
「うむ。あやつは、魔族の国に流した噂の真偽を確かめに来たのじゃ。いつもあやつは、偵察に来るのじゃ」
「噂?」
「前に話した作戦じゃ。妾は、星の再生の副作用で強くなったという噂を流しておる」
「えっ? じゃあ、さっき、魔力や体力を隠されていたのはマズイのではないですか」
「隠しても、あやつは見ることができるのじゃ。だから変身した姿を見せてやったのじゃ」
「ん?」
「魔族に変身すると、その種族になりきるようじゃ。最大値がその種族の常識を超えぬ」
「獣人だと、その獣人の能力値になるのですか?」
「うむ。そうじゃ。だから隠ぺいサーチをかけても、妾の本当の能力は見えぬのじゃ」
「そのことに、タトルークさんは気づいているのですか?」
「隠ぺいサーチが効かないのか、隠ぺいしていないのかはわからんじゃろ」
「なるほど」
「妾に会っても真偽は不明だ、という結論じゃろな」
「じゃあ…」
「噂を打ち消す気だったんじゃろうが、無駄足じゃ。ただ、あやつにとって、ライトと会ったのは幸運じゃ」
「どういうことですか?」
「は? 数千年分の回復をしてやったじゃろ? 放っておけば、あと数百年の寿命だったのじゃ」
「えっ!」
「あやつはまだ気づいておらぬ。魔族の国に戻れば、誰かに言われて気づくじゃろ」
「はぁ」
「まぁ、これで、あやつはライトの味方になるのじゃ。チカラこそすべての脳筋じゃが、トシには勝てぬ。ライトを助けることはあっても、絶対に敵対はせぬ」
「もしかして、そのために戻って来いとおっしゃったのですか?」
「軍隊の後始末ついでじゃ。あやつは、自分の利益になることしかせぬからな。ライトに借りができたのじゃ」
「女神様って、策士ですね…」
「そういえば、腹黒いと言っておったな」
「えーと、そうでしたっけ?」
そして、中庭から城へ歩いて来る男がいた。オルゲンさんだ! ゲッ、来たじゃん。まさか決闘の申し込み?
「お呼びですか? ティアさん」
「うむ。ライトのことを怒っておったじゃろ?」
「ええ、まぁ…。あの場では怒らないと逆に示しがつかないでしょう?」
「オルゲンさん、あの…」
「ふっ、ライトさん、そんなに緊張しないでください。別に決闘を申し込みに来たわけじゃないですから」
「それなら、よかったです」
「ですが、ライトさん、自分の隊員達をしっかり管理してくださいよ? 自分達が特別だと思い始めると、軍隊全体に悪影響です」
「はい」
「それから、ティアさん、あの島ですが…」
「リュックの地図は間違いはなかったか?」
(ん? リュックの地図?)
「はい、リュックが送ってきた勢力図は、詳細まで完璧なようです」
「そうか」
僕が、きょとんとしていると、オルゲンさんが不思議そうな顔をしていた。
「ライトさんが調べさせたのではないのですか?」
「へ? いえ、全く何のことか…」
「リュックは、報告もしておらぬのか?」
「ん? 僕が何も聞かないからだと思いますけど…。リュックくんにも、女神様から何か任務が与えられたのは知っています」
「ライトさん、そんな調子で大丈夫ですか? 魔人化した今、キチンとしつけておかないと…」
「ん〜、リュックくんなら大丈夫ですよ」
「特に、戦闘力が高い魔人は、解き放たれると野望を持つんです。俺が担当する国の戦乱を激化させたのも、魔道具から進化した魔人です」
「あー、あれはめちゃくちゃじゃったの。タトルークを殺して大魔王になろうとしよったのじゃ」
「そのおかげで、タトルークが魔族の国へ引き上げたから、地上が今も人族の国であり続けられるのかもしれませんがね」
「そうなんですか」
「というか、ライトさん、リュック背負ってないですよね?」
「あー、はい、別行動してます」
「は、放し飼いですか! なんて無謀な…」
「うーん……でも、リュックくんは大魔王になろうとはしないと思います」
「神になろうとするかもしれませんよ? もともとは、女神様の魔力から生み出された分身なのですから」
「確かに、女神様と性格や容姿は似てるなと思いますけど、神になろうとするかなぁ? 今度、聞いておきます」
「それで神になると言ったら、どうするのじゃ?」
「うーん……もっと他に楽しいことがあると思うので、オススメはしないかなぁ?」
「は? そこは主人としてキチンと指導すべきじゃないのですか」
「え? あ、まぁ、うーん。リュックくんは反抗期の子供みたいな感じだから、頭ごなしに言うのも…」
「あの、ライトさん、大丈夫ですか?」
「妙な騒ぎを起こしたら、処分するのじゃ」
二人は、心配そうな呆れたような顔をしていた。
「大丈夫ですよ。じゃあ、僕はロバタージュに戻ります」
「バーベキューを食べていくのじゃ。肉は、リュックが提供したのじゃ」
「えっ? あ、はい、わかりました。では」
僕は、二人に軽く頭を下げ、広場へと向かった。