180、女神の城 〜 老師タトルーク
「ライトさん、テント内の方は皆さん大丈夫でした〜」
「はい、了解です。じゃあ、治療院内の方のサポートお願いします」
「はーい。先生は、まだ寝てますね」
「そうですね、よほど無理されてたんでしょうね」
僕はいま、治療院で怪我人や病人の治療をしている。収穫祭に来た大量の観光客が、ケンカしたり体調を崩したりして治療院は大変な状態だったんだ。
治療院の先生は、おそらく不眠不休でずっと治療にあたっていたのだろう。魔力切れでボロボロだった。だから僕が手伝いをする間、少し仮眠をとってもらっているんだ。
「さて、後は並んでもらっていた順番に治療していきますね。もし、待っていられないほどつらくなったら、声をかけてください」
僕がそう言うと、怪我人や病人は頷いていた。だけどコソコソ話をしていたり、あの子供は誰だ? という声が聞こえてきた。
(僕が番犬だと、知られていないんだね)
あー、子供に見えるから不安なのかな…。ロバタージュだとイーシアが近いから、イーシアの民の外見を知っている人が多いけど、ここだと下手すりゃ10歳くらいだと思われるんだっけ?
説明する方が安心するんだろうか? と悩みながら、一人ずつ回復魔法をかけていった。
ほとんどの人は、普通に回復し、治療院をあとにした。
でも、妙な呪いを受けている人や、そもそもの生命力が低下してしまっている人は、完治させることができなかった。それでも、かなり改善したようで、喜んではもらえたんだけど…。
「若いのに、君はすごく回復魔法の能力が高いんだね」
「あんたも神族の子孫なのかい?」
「あ、いえ、子孫じゃないです」
「へぇ、神族かい。そんな若いのに」
「はい、あ、一応これでも成人しています。17歳ですから」
「えっ! まだ、生まれたてかと思ったよ」
「え?」
「あー、わしらの種族は生まれ落ちて数日で、あんたくらいになるんだよ」
「へぇ、そうなんですね」
「ここに来ると、いろいろな種族がいるから面白いよ。敵対している奴らと遭遇しても、一応安全だしな」
「まぁ、小競り合い程度で、誰かが止めてくれるからね。女神様の軍隊が警備してるから治安が保たれるんだよな」
「そうですね」
「軍隊の人達は、大変だと思うがな」
「それを言うなら、ここの先生も大変だろう」
「ははは、確かに。あんた、白魔導士ならここを手伝ってやればいいじゃないか」
「えっ? いや…」
「そうだよ、せめて祭りの日とかさ。若いんだから遊んでばかりいないで働きな、社会勉強だよ」
「えーっと…」
なぜか、僕が教育的指導を受けていると、やっと、治療院の先生が目を覚ました。
そして、僕がなんだか手伝いをしろと言われているのをニヤニヤと笑いながら聞いていたようだ。
「ライトさん、助かりましたよ。あとは、その爺二人だけになりましたね」
「あ、はい。でも呪いや老化での不調は治せなくて…」
「大丈夫ですよ。この二人は、城を開放しているときは、いつもここに入り浸ってる常連さんなので」
「ん? 常連さん?」
「彼らは地底の住人だからね。でも住む村では、誰も魔法はほとんど使えないから、治療院が気に入ってしまったようでね」
(お年寄りが医者好きって……あるあるだね)
「そうなんですね」
「だって、ここにいると若返るだろう?」
「治療院内にいなくても、どこにいても城は、マナは濃いですよ?」
「先生の顔を見に来てるんだよ。ここに来れなくなったら、体調を崩したと思ってくれよ」
「治療院は、元気じゃないと来れないからな」
「ははっ、いつもこれだ。ここは元気じゃない人が来る所なんですけどねぇ」
「えっと、地底から来るのは大変なんですね」
「いや、坊や、ウチの村の外れの転移魔法陣で、そこの広場に来れるんだよ。城が開放されているときだけ、転移できるんだ」
「へぇ」
「買い物は町へ行くより、この城に来る方が近いんだ。あ、距離が近いわけじゃないか…」
「だいたい、買い物はここに来てるな。町へは10年に一度くらいしか行かないな」
「へぇ」
「いや、100年くらい行ってないんじゃないかい」
「そういや、そうかもな」
「へぇ、長寿なんですね」
「わしらは、でも、そろそろ死ぬんじゃないか」
「そうだな、あと千年はもたないだろうな」
「千年くらいはもつだろう?」
「へ、へぇ…」
(何? どんだけ長生きな種族?)
バン!
治療院の扉が勢いよく開いた。
「おや、珍しい」
先生の珍しいにつられて、扉の方を振り返ると、獣人の少女がいた。背は僕より少し低いくらいだが、その顔はあどけなく幼い印象を受けた。
ライオンや虎の系統なのかな? 頭の上には猫耳がついていた。金色の髪がふわふわと揺れている。
「ライト、いつまで爺と世間話をしておる気じゃ。祭りが終わってしまうのじゃ」
「えっ……え? えーと…」
「ティアちゃんだそうですよ、ライトさん」
「あ、ティア様」
「ちがーう! ティアちゃん、じゃ! 教えるのは何度目じゃ」
「は、はぁ」
「爺、いつものアレはないのか?」
「も、もしかして、女神様?」
「女神は寝ておる。妾は、ティアじゃ」
「ペットか分身か何かですか?」
「まぁ、そのようなものじゃ」
「アレは、女神様は眠っておられると思って、持ってきてなかったな」
「また、次に来るときに持ってきて、先生に預けておきますよ」
「うむ」
「アレって、何なのですか?」
「地底の、魔羽虫の蜜じゃ。甘いのじゃ」
「へ、へぇ」
(ハチミツみたいなものかな?)
「そうじゃ、ライトが取りに行けばよいのじゃ」
「いや、僕は島の調査が…」
「島は、人族が立ち入るのは危険じゃ。いま、一番争いが激しい地じゃ」
「坊や、その島というのは新しく地上にできた島のことかい?」
「はい」
「あー、あそこはやめておく方がいいよ。壮絶なナワバリ争いの真っ最中だ。魔族もかなりやられている」
「え? どういうことですか?」
「あの島は、この星にいる他の星の奴らが集まってきているんだよ。おそらく、女神様がそう仕向けるために造られたのだろうが」
「ん? 意味が…」
「あの島は、邪神ほいほいなのじゃ」
「やはり、女神様…」
「ティアちゃんじゃ」
「ご老人、彼女は女神様の猫なんですよ。最近、いろいろな姿に変身して遊ぶのが楽しいようでしてね」
「先生、あのデスゴリラに化けてたのも、この猫ですね。デスゴリラにしてはおとなしいから妙だなと思っていたんですよ」
「ええ、私も知らなかったのですが、ゴリラが踊っていたのを見て、彼女が化けているのだろうと気づきました」
「少し違和感がありましたが、スッキリしましたよ。あ、話がそれてしまいましたね。あの島は、やはり女神様のしわざですね」
老人ふたりと先生、そして当然女神様も、頷いている。でも、僕も、助っ人の白魔導士のお姉さんも、ポカンとしていた。
「いい感じなのじゃ。あの島に移住したら、もとの住処には戻れぬのじゃ」
「全然、意味がわからないわ」
「女神様は、この星の厄介者をあの島に集めようとして、新たな島を造られたのですよ。星で最もマナが濃いという餌を与えれば、勝手に集まりますからね」
「集めてどうするの? 閉じ込めて餓死させるの?」
「一気に壊滅させるのですか?」
「おぬしらは野蛮なのじゃ。女神は何もせぬ」
「若い者には理解できないだろうな。女神様は、すべての者と共存できると考えておられるんだよ。わしらの理想と同じだ」
「共存ですか」
「ライトも、そう思っておるのじゃろ? だから、他の星の厄介な幻術士を配下にしたのじゃろ」
「えっ! ライトさん、まさかペンラート星の?」
「えっと、星は知りません…」
「そうじゃ、ぼんくらペンラートを裏切った幻術士じゃ」
「魔族の国でも、派手にいろいろと、やらかしている奴だが…。なぜ配下になど?」
「成り行きです…。そうしないと彼は壊れてしまいそうな状態だったから」
「忠誠を誓わせたのかい?」
「彼から勝手に誓うと言ってきました。そのときは、その意味がわからなかったんですが」
「そうか、坊やは、ただの神族じゃないんだね。そんなに若いけど……女神様の代行者かい?」
「は、はい」
「驚いたが、なるほどな。回復特化の番犬か」
「ライトは、回復特化ではないのじゃ。番犬はすべて戦闘能力が高いのじゃ」
「え? 猫のティアちゃん、サーチはできないんだね。坊やは高くないよ?」
女神様は、プク〜っとふくれっつらをしたあと、話題を変えた。
「そんなことより、おぬしらも名乗ったらどうじゃ? ライトは白魔導士じゃ、仲良くしたいのじゃろ?」
「ぜひぜひ、親しくさせてもらいたい」
「わしらは、二人でひとりなんだよ。頭が2つあってな。人に化けると二人になってしまうんだ」
「えっ? 頭がふたつ? 双頭竜ですか」
「いやいや、トカゲじゃないんだ。亀だよ」
「亀? あ、だから長生き…」
「おぬしら、名乗る気はないのか」
「猫のティアちゃんが隠し事をやめれば、名乗ってもよいが…」
(えっ? バレてるんじゃ?)
「チッ! 妾は妾じゃ」
「だと思ってましたよ。でも著しく魔力が低いですね。生命エネルギーも…。眠っている方がよいのではないですか?」
(ん? 低いの? 隠してるのかな?)
「寝たいときに寝るのじゃ」
「まだまだ結界は消えそうにないですね。やれやれ」
「ライトさん、改めて自己紹介を。わしらは、タトルーク。双頭の亀、今は老師と呼ばれているのですよ」
「タトルークさん?」
「えっ!? 地底の双頭亀でタトルークって…」
白魔導士のお姉さんの顔がこわばっていた。な、何? なんか、ヤバイ人?
「そうじゃ、元大魔王じゃ。もうとっくに隠居爺じゃがの」
「ええっ!?」
「なんじゃ? ライト、大魔王にビビるのか? メトロギウスをビビらせておるくせに」
「ええっ!?」
(お姉さん、驚きすぎ…)
「なるほど、ライトさんは、あのうっかり者の死霊でしたか。冷徹な悪魔を警戒させる死霊として、魔族の国では有名ですよ」
(その二つ名、やめて…)
「えっ? ライトさんって…」
「ん? おぬしが惚れておる男と仲良しじゃ」
「な、猫ちゃんそれは」
「ティア様、そんな暴露はダメですよ」
「ちがーう! ティアちゃんじゃ! よいのじゃ、この娘はイケメンみんなに惚れる病気なのじゃ」
「えっ」
「彼女は、イケメンと一緒にいる少年と言ったらすぐに、ライトさんを捜しに行ってくれたのですよ」
「え、人化してないとただの魔道具ですよ?」
「ここから、人化して焼きそばを食べているのを『見た』ので…」
「なるほど」
「で、そのイケメンは、どこに行ったのじゃ?」
「さぁ?」
「 魔人化したばかりで放し飼いにしてどうするのじゃ。騒ぎを起こすと処分するしかなくなるぞ」
「大丈夫です。あまり女遊びはしないようにと、注意しましたから」
「は?」
なぜか、みな、シーンと静まり返ってしまった。
「え?」
(あれ? 何か変なこと言った?)




