177、名もなき島 〜 邪神ほいほいの小屋
「おい、いつまで寝ているつもりだ?」
僕は、聞きなれない低い声で、目が覚めた。転移酔いはまだ残っていた。眠ったせいか、暴走後のダル重さも、逆に悪化しているような不快感があった。
あ、そっか、変な姿勢で眠っていたから逆に疲れるのか。僕は、手を後ろで縛られていたし、足も縛られている。床の上に転がされているこの状況は、あまりにも寝心地が悪かった。
「おい!」
僕が返事をしないことにイラついたのか、その低い声の男は、僕の足を蹴った。
蹴り飛ばされ、僕はゴロンと一回転した。回転すると気持ち悪い。まだ転移酔いは治っていないんだ。
「なんですか、貴方は」
「やっと起きたか、番犬。おまえは俺の大事な道具なんだからな。おとなしくしていれば悪いようにはしない」
「もう、思いっきり悪いようにされてますが」
「まぁ、そのザマだと、そう言いたくなるだろうな」
「僕を拉致して、何をする気ですか」
「それは言えないな」
「だいたい想像はつきますけど」
「ほう」
コツコツコツ、ギィー
「あの、声が上に聞こえてますよ。バレてもいいのかと言ってこいと…」
「あー、俺の声はよく通るからな」
扉を開いて部屋に入ってきたのは、城であの洗脳していた男と一緒にいた奴だった。
僕の方をチラッと見て、すぐに目をそらした。そっか、目が合うと術にかかるというようなこと言ってたな。
低い声の男は、いま入ってきた奴と、何か話し始めた。いま、誰か別の来客がいるようだ。
その客人と、この低い声の男は仲が悪いのか、早く追い返せと大声をあげている。
(聞こえるようにわざとかな?)
しかし、いつまでこんな体勢でいなきゃいけないんだろう。ここはどこ? ちょっとマナが濃い気がする。
僕は、まわりを『見て』みた。
ここは地下室のようだ。1階には、あの洗脳した男と、魔導士風の男がいた。
外は、僕の知らない場所だった。森の中なのかな? テカテカ光る霧に包まれている。
『ライト、もう戻ってきてよいのじゃ。ミッション完了じゃ』
(一体、何のミッションだったんですか)
『邪神ほいほいの場所の特定じゃ』
(ゴキ○○ホイホイみたいな言い方…)
『むむ? そいつらをおどしてから戻ってくるのじゃ。もう城に来ぬようにな』
(えー? そんな無茶ぶり…)
『ライトは、やればできるのじゃ。ということでよろしくなのじゃ』
(はぁ〜)
僕は、再び、どっと疲れてきた。
さっき、いやもっと前かな? 踊るゴリラを見ていたときに、女神様から重要極秘任務を言い渡されたんだ。
邪神を集めている妙な幻術士がいるから、おとりになって、そいつに捕まれと言われたんだ。
僕は一瞬、カースのことかと思ったが、彼は邪神に追われているかもしれないが集めているわけではない。
リュックくんも、別の重要極秘任務を言い渡されたようで、どっと疲れたとため息をついてポーチに戻っていた。
いま、リュックくんがここに居ないのは、その任務を遂行中なのかな? いや、戻って来いということは完了かな。
はぁ、もう……城に来ないようにおどすって、どうすればいいんだよ。無茶ぶりすぎる。
(あ! 怖がらせればいいのか)
でも、どうすれば怖がるのか、全くわからない。
『普通にしてれば、怖がるんじゃねーか』
(リュックくん! おかえり〜。ミッションは?)
『終わった〜』
(そっか、じゃあ、さっさと戻ろう)
『あぁ』
低い声の男と城で見た奴は、まだ話をしていた。
僕は、半分霊体化! を念じた。僕を縛っていた縄は、僕を通り抜けて床に落ちた。
まだ転移酔いで気持ち悪いので、回復! を唱えた。
(よし、復活!)
僕が回復魔法を使ったことで、彼らは僕の方を向いた。低い声の男は、驚いた顔をしている。城にいた奴は、慌てて上の階へと駆け上がっていった。
僕は、ゆっくり立ち上がった。そしてバリアをフル装備かけた。すると低い声の男は、僕をギロリと睨んだ。
「おまえ、なぜ縄を抜けた? アイツの拘束の呪文を解くなど……いや、解いたわけではないのか?」
彼は床に落ちた光る縄を見て、首をひねっていた。
「拘束? 縄で縛られていたようですが、それだけですよ?」
「どうやって、縄を抜けたんだ」
「さぁ? そんなことよりここはどこですか? ずいぶんマナが濃いですね」
「あ? ここは新しくできた島だ。誰も統治はしていないから、好き勝手に移り住むことができる楽園だ」
「そういえば、新しい島を調査する話が…」
「調査だと? 神族が調べるのか」
「いえ、ギルドで募集があったようですが」
「なんだ、人族か。いまさらだな」
「どういうことですか?」
「この島の主要な場所は、ほぼもうナワバリが決まっている」
「主要な場所? もう街があるんですか?」
「おまえ、やはり人族系か。魔族ならそんな惚けたことを言うわけない」
「とぼけているつもりはないですが」
「ふん、主要な場所と言えば、資源だろう? この島のあちこちからマナが湧いている」
「マナが湧いている場所を確保するということですか?」
「あぁ。この小屋の辺りが、平地で最もマナが濃いのだ。ここを拠点として街づくりをすれば、この島、いや、この星で最も栄えることになるだろう」
「へぇ、それで貴方達が集まってきているのですね」
「貴方達とはどういう意味だ?」
「外の星からの迷い子という意味です」
「俺をアイツらと一緒にするな!」
「へぇ、ということは、この小屋はこの星に住む幻術士の持ち物なんですね。そして彼は貴方より身分が低い」
「あぁ、この小屋の持ち主は、根暗な神の配下だ。おまえが殺したんだろう?」
「ん? 根暗な神?」
「やはり人違いか…。だろうと思っていたのだ。神族は似た者が多いから間違えたのだな」
「何をですか?」
「俺は、とある番犬を探している。おまえをおとりにして、おびき寄せるか。今度は俺が縛っておいてやろう」
そう言うと、低い声の男はその手に大きな斧のような武器を持っていた。いつの間に出したんだ?
僕は、バリアをフルで張り直し、倍速! を唱えた。
「なんだ? おまえ、抵抗する気か? なぜ俺を怖れない?」
そう言われて僕は、危機探知リングを見た。あ、ない。リュックくんが隠したままなんだ。
「危機探知の魔道具をなくしてしまったようで、貴方の力がわからないんですよね、僕」
「じゃあ、わからせてやろう」
低い声の男は、大きな斧を肩に担ぎ、大きく振りかぶって僕の顔スレスレをめがけて振り下ろした。
ガンッ!
大きな斧は床に突き刺さり、床板に亀裂が入った。
なるほど、僕をビビらせるだけか。害する意図はなさそうだな。
僕の目の前スレスレに、ゆっくり振り下ろされる斧の軌道は、明らかに僕に当たらないように調整されていた。ゆっくりに見えたのは、僕が倍速魔法を使っているからだけど。
「驚いて身動きもできぬようだな」
「あ、いや、あの……床、割れましたよ?」
「軽く振っただけなんだがな」
そう言うと、低い声の男は自慢げに大きな斧を肩に担ぎ、胸を張っていた。
コツコツコツコツコツ、ギィー
「ちょっと、私の家を壊さないでくださいよ。大きな音に驚きました。おや…」
この小屋の持ち主、幻術士は、僕が立ち上がっているのを見て、低い声の男を睨んで言った。
「なぜ、拘束を解いたのですか? 逃げられても知りませんよ。再び捕らえるのは難しいですよ?」
「勝手に縄が落ちたようだぞ。おまえの術が甘かったんじゃないのか。それにやはり、こいつは偽者だ」
「そんなはずは…」
「あの、僕、用事があるので帰ります」
「は? 何をおっしゃっているのですか? ライトさん、この状況を理解されていないのでしょうか」
そして、幻術士は僕にニコリと微笑んだ。その瞬間、またあのゾワリと気持ち悪いしびれが身体を駆けめぐった。
「ふふっ、昨日も忠告させていただいたのですがね。学習能力のない方だ」
「どういう意味ですか?」
「えっ?」
「はい?」
「おい、全然、効いてないじゃないのか? この星の住人は全員操れると言っていたのは嘘か」
再び、幻術士は僕に何か術をかけた。
キィン!
だが、僕の張ったバリアがそれを弾いた。幻術士は、額に汗をかき始めた。
「あの、僕に何をしたいのですか?」
僕は、彼の真似をして、営業スマイルをはりつけ、やわらかな口調で話しかけた。
「ヒッ!」
すると、幻術士は顔を恐怖でひきつらせた。
(なんで、そんな顔?)
『おまえは、普通にしてれば怖がられるって言っただろーが。女神も、ちびりそうだとか言ってただろ?』
(そうだっけ?)
『笑顔で怖いことを言うと、相手はおまえの能力を勝手に過大評価して怖れるんだよ』
(そんなものかな?)
『腹黒い奴には、そう見えるんだ』
(女神様って、腹黒いの?)
『めちゃくちゃ腹黒いじゃねーか』
(ふぅん。確かに食い意地はすごいよね)
『はぁ……まぁ、そうだな』
僕が何も言わないためか、この場はシーンとしていた。その沈黙に耐えきれなくなったのか、低い声の男が口を開いた。
「おまえは、城では術にかかって気絶したのに、なぜ今は何も効かないんだ? バリアか?」
「さぁ、どうでしょうね。じゃあ、僕は帰りますから」
「ちょっと待て! 貴方は何者なんですか。どうやって我が主人を殺したのですか」
僕は、その幻術士を見た。彼は僕から目をそらした。何か術をかけるとでも思っているのか。
「その方は、赤の神ですか? 青の神ですか?」
「えっ……赤の神? 誰に殺されたか不明な赤の神は、あの赤の勢力争いをしている赤髪…」
「迷宮を横取りしたアイツか?」
「ということは、ロバタージュを襲った神ですか。その復讐のために僕を拉致したんですか?」
「ち、違う。私は情報屋ですから依頼によって…」
「では、貴方が依頼主ですね。僕を捕まえて、ダーラにでも取り入ろうという気ですか」
「なっ? やはり、おまえが本物か」
「言っておきますが、僕はダーラの配下にはならない。それに、僕を拘束することはできませんよ」
「それは番犬だからか」
「僕が、自由を奪われることが嫌いだからです」
「女神に仕えているくせに何を言う?」
「イロハカルティア様は、自由を好む方です。誰かの自由を奪うこともない。究極の放任主義です」
「は?」
「僕が、神族を苦しめてきた者を配下にしても、何も言われないですしね」
「ライトさんも、謀反の準備ですか」
「ん? そんなことしませんよ」
「でも、神族の敵ということは、他の星の者でしょう? それを配下にしたなら…」
「成り行きです。彼のことはまだよく知りません」
「配下にしたつもりが騙されているんじゃないか」
「うーん、まぁそれならそれでいいです。一応、忠誠を誓うと言ってましたし」
「そんなもの、すぐに裏切るぞ。幻術士や呪術士は別だけどな」
「ん? 幻術士ですよ」
「えっ! 他の星から来た幻術士が? まさか」
「どういうことだ! さっきと話が違うぞ。また嘘か」
低い声の男が、僕を拉致した幻術士を睨んでいた。
(ん? 何? 仲間割れ?)