175、女神の城 〜 すごい人だかりの中心には
僕は、借りているアパートの1階店舗…というかジャングルから出て、入り口の扉を閉めた。鍵は僕が出ると勝手にカシャリとかかった。便利だな。
2階の住居部分は、覗かなかった。たぶんタイガさんが家具を入れてくれてると思うんだけど、まずは、リュックくんの服の調達と、ご飯が先だ。
そして、小さなポーチ状になっているリュックを背負った。これ、なんだか慣れないな。姿勢矯正ベルトにポーチと旗2枚がついている感じ。
店のガラスに映った自分の姿を見る。
ん? あれ? 思ったほど変じゃない。肩ベルトにピタっと長いポーチがくっついているから、革製のウエストポーチを左肩にかけているような感じに見える。
姿勢矯正ベルトは服と同化したような色だから、ほとんど目立たない。
『いつまでも見てねーで、ほら行くぞ!』
(うん、了解〜)
久しぶりにリュックくんと話せて、僕はめちゃくちゃ嬉しかった。気分がいいと、外の空気がこんなにおいしく感じるんだ。
街を歩き始めて、はたと気がついた。僕は、この居住区のどこに服屋があるのか知らなかった。
(どうしよう…)
『はぁ……そのまま真っ直ぐ道なりに歩け』
(ん? リュックくん、服屋の場所知ってるの?)
『知らねーけど、さっき着た魔導ローブを扱った店の場所はわかる。その辺りに服屋が集まってんじゃねーか』
(すごっ。なんでわかるの?)
『物にも記憶があるからな、特に魔力を秘めた物にはな』
(へぇ、そうなんだ)
僕は、リュックくんの道案内に従って街を歩いていた。そういえば、女神様はリュックくんが目立つとか言ってたけど、別に特に誰にも見られない。
『ただのカバンを見る奴は、いねーだろ』
(ん? あ、そっか。あの女神様が言ってたのは、魔人の姿になったら目立つってことなんだ)
『だろうな。オレ、たぶんゲージサーチしてもゲージないだろーからな。不気味で怖がられるんじゃねーか』
(そうなんだ。なぜ、ないの? 体力は減らないの?)
『使えば減るが、主人から吸収するからな。そもそもゲージで測る意味ねーんだよ。いらないものは普通ついてないだろ』
(へぇ、そうなんだ)
そうして歩いていると、服や靴、雑貨屋の店が集まっている場所にたどり着いた。
(リュックくん、服屋だよ)
『あぁ、その人だかりの店だな、おまえのローブの店は』
(繁盛してるね)
『ふだんなら城に出入りできない観光客は、珍しいもんに群がるのは当たり前なんじゃねーか』
(珍しいもの?)
『あぁ、あの店の商品、たぶん魔力を秘めた服ばかりだぜ。そういう素材で作ったものを集めた店なんだろうな』
(へぇ、見てく?)
『いや、オレはそんなの逆に邪魔だからいらねー。相性の悪い魔力を秘めてるとイラつく』
(そっか、わかった)
僕は、人だかりの店の斜め向かいの店に入った。すると、なぜか服屋のセリーナさんがいた。
「あ、セリーナさん」
「やっぱりここに来たわね」
「ん?」
「あー、猫ちゃんからね、ライトさんが大きめサイズの服を買いに行くって聞いたのよ」
「え? あ、セリーナさんの店じゃなくてごめんなさい。すごい人だかりだから…」
「ここも、ウチの店よ? あの人だかりは魔導ローブの店よ。この居住区の服屋は全部、私の家族がやってるのよ」
「そうなんですね」
「で? 魔人化した彼はどこにいるのかしら?」
「いま、肩に…」
「あら、小さなポーチになってるの? へぇ、すごい能力ね」
「そうなんですか?」
「小さくなるのは難しいみたいよ」
「へぇ」
「身長はどれくらい? 体型はオルゲンくらいって聞いてるんだけど」
「あー、それくらいだと思います。もう少し細いかも?」
「そう、とりあえず、下着からね。破廉恥じゃとギャンギャンうるさかったもの」
「あはは、確かにうるさかったです…」
そして、セリーナさんは、下着と、Tシャツ、ゆったりズボンを用意してくれた。これを持って試着室に入ると、リュックくんが一瞬で着ていた。
「シャワー魔法かけて。新品のにおいが気になる」
「うん、わかった」
僕は、人型のリュックくんにシャワー魔法をかけた。ついでに、僕も。
「身体もスッキリするんだな。サンキュ」
「うんうん」
白いTシャツと、グレーのゆったりズボンは、パジャマっぽくみえるけど、リュックくんが着るとなんだか、カッコいい。リュックくんって、白が似合うのかな?
「サイズ大丈夫かしら?」
「あ、はい、大丈夫みたいです」
「じゃあ、出てきて〜。そのスリッパ適当に使っていいから。服と靴、選んでちょうだい」
僕は、試着室から出た。そしてリュックくんも、スリッパをはいて、出てきた。
「さぁ、どんな服が……えっ?」
ん? セリーナさんは、リュックくんを見て固まっていた。魔人だから? ゲージ、確かにないね。怖いのかな? でもセリーナさんは僕と同じく、女神様の番犬なのに…。
「どうした? えーっと、セリーナ?」
「ちょ、リュックくん、呼び捨ては失礼だよ」
セリーナさんは……リュックくんに名前を呼ばれた瞬間、顔が真っ赤になっていた。え?
「あ、ご、ごめんなさいね。イメージと違ったから驚いて」
「あー、アイツがオレのことをボロカスに言ってたんだろ。ガキんちょゴリラ」
「えっ、あ、あはは、そうね。あ、服、好みとかあるかしら?」
「適当に物色してもいいか?」
「はい、どうぞどうぞ」
店内を、リュックくんがウロウロし始めた。すると、他のお客さん達も、固まっている。
僕は、急いでリュックくんの側に行った。魔人が一人でウロウロしていると、みんな怖いんだよね。
「なぁ、これと、これ。あと、これは試着してみていいか?」
「うん、いいよ。でも何か見られるね。リュックくんが一人でいると怖がられるのかな」
「さぁ? まぁ、初めて見た奴は怖がるかもな。でもすぐに慣れるんじゃねーか?」
「そうだね」
リュックくんが試着室に消えると、店内はざわざわし始めた。あー、うーむ、どうしよう。ん? あれ? なんだか違う?
「な、何? あの人、めちゃくちゃカッコいい!」
「視線が色っぽいわよね。こっちを見たときは頭がボーっとしちゃったわ」
「地上の人かしら? 地底かしら?」
「地底じゃない? サーチできなかったわ。たぶん阻害してるのね。魔王とかがお忍びで…なんてこともあるかも」
「でも、あんなイケメンで魔王だったら、どうしよう。せまられたら魔に堕ちちゃうわ」
(えっ? 怖いんじゃないんだ…)
「いまの奴、何者だ? 魔族か? やべーぞ」
「ゲージ見えなかったぞ。阻害してるなら外の星の奴じゃねぇか?」
「だが、戦闘力は見えたぞ? 阻害じゃなくて、ゲージないんじゃないか?」
「もしかして、神族の魔人か? あれって女性じゃなかったか?」
「あの悪女とは別の個体だろう。彼女はそんなに戦闘力は高くなかったはずだ」
「新たに生まれたのか? 処刑人か?」
(怖がってる人もいるね…)
リュックくんは、店内のざわざわを全く気にする様子もなく、アレコレと必要なものを選んでいった。そして、セレクトした服に着替えていた。
白いシャツに黒い皮っぽいズボンに、僕と同じようなショートブーツ。めちゃシンプルな服なのに、モデルかというくらい着こなしてるんだよね。背が高いと得だよね。
きっと同じ服を僕が着ると、ダサいんだろうな…。
「おい、おまえ、会計係だろ〜」
「なっ? そんな風に言うと、不良がカツアゲしてるみたいに見えるよ」
「あー、もうめんどくせーな。ライト様、お支払いお願いいたします」
「えー? 僕が出すの?」
「オレ、金持ってねー」
「あ、そっか」
僕は、リュックくんの服代を支払った。僕が見ていない間に、アレコレと増えていたようだ。銀貨21枚の支払いになった。
「なんか増えてない?」
「最低限のものしか選んでねーぞ。よし、次は剣だな」
「へ? 剣もいるの?」
「当たり前だろう。なんならおまえの剣もらうぞ?」
「ダメだよ、闇耐性の剣だから」
リュックくんが剣の話をしていると、お客さんの一人が声をかけてきた。
「あの、よかったらご案内しますよ? ウチは武器屋ですから」
「いえ、あの…」
「案内頼もうぜ」
「えー」
そう言うと、リュックくんはその人とさっさと店を出て行った。
「ありがとうございました〜」
僕はセリーナさんに軽く会釈をして、後を追った。リュックくんは、武器屋さんと何か話しながらスタスタと歩いていった。
やはり、魔人が街を歩くと目立つのか、めちゃくちゃ注目されていた。
そして、武器屋に着くと、すぐに出してきてもらった剣を手に取り、スッと振ってみたりしている。
リュックくん、魔人化したばかりなのに、剣なんて使えるのかな?
「おい、会計係〜」
「えっ? もう決まったの?」
「あぁ、支払いよろしく」
「あ、おいくらですか?」
「はい、あの選ばれた剣はかなりの逸品でして、それを3本ということでしたので……3本で金貨2枚でいかがでしょう?」
「えー! 僕の闇耐性あるやつより高い…」
あれは1本銀貨50枚だったんだよね。それより高いなんて…。でも、仕方ないか。もろい剣はすぐに折れてしまうとか聞いたことあるし。
「毎度ありがとうございました〜」
僕は、金貨2枚を支払い、店をあとにした。
リュックくんは、さっきの服も剣もスッとどこかに収納していた。異空間なのかな?
「あとは…」
「リュックくん、畑の収穫祭に行かないと!」
「あぁ? でも、そろそろロバタージュに戻る方がいいかもしれねーな。 島の調査、行くんだろ?」
「あ! 忘れてた。連絡がつくようにと言われてたんだっけ」
「まぁ、収穫祭が終わるまでは出発はないだろーけどな」
「ん? そうなの?」
「あぁ、妖精系がみんな城に来てるから、妖精タクシー使えねーぞ」
「あ、風使いさん。あれ? あの人はハーフとかだったよね? ハーフの人も城に来てるの?」
「あぁ、収穫祭は妖精達をねぎらう祭りだから、絶対に来てる。ハーフでも妖精って呼ばれるぜ?」
「そうなんだ」
「まぁ、収穫祭なら食べ物あるだろーから、行ってもいいか」
「とりあえず広場に戻ろう」
「そうだな。ん? 生首達、使うのか?」
「うん、あ、もしかして嫌?」
「嫌も何も、いつも使ってるじゃねーか」
「あ、そうだね」
僕達は、生首達のワープで、虹色ガス灯広場に戻った。すると広場の一部に、すごい人だかりが出来ていて、その中心には……踊るゴリラがいた。
「あのバカ、何やってるんだ?」
「盆踊りみたいだね。意外と上手い」
「はぁ…。どっと疲れてきた」
そう言うと、リュックくんはスッと消え、音もなく肩にポーチが戻ってきた。
僕は、しばしの間、ゴリラとチビっ子達の盆踊りを眺めていた。チビっ子達は皆、キラキラした目をしている。楽しくてたまらないという顔だ。
(女神様って、子供の扱いうまいよね)