174、女神の城 〜 ゴリラで街を…
「はぁ、もう…」
僕は、目の前にいるデスゴリラという魔物に化けた女神様の、眼力に負けていた。
赤く光るその眼は、どこかで遭遇するとフリーズしてしまいそうな威圧感がある。
いつの間にか、子供達はこの場に集まってきていた。まだ魔物に化けていた子も、空中に浮かぶ黄色い水の玉に手をちゃぽんと入れ、人の姿へと戻っていった。
「イロ…じゃなくて、ティアちゃん、どうしたの?」
「その顔でジッと見ると、怖いよー」
「ライトを怖がらせておるのじゃ」
「どうしてー?」
「変身ジュースがもうないのに、くれないのじゃ」
「えー! もう魔物ごっこできないのー?」
サファリパークごっこじゃなくて、魔物ごっこだったのか…。なぜポーションで、そんなごっこ遊びを思いつくんだろう……はぁ。
「あれは、ジュースじゃなくてポーションですよ。変身してしまうのは呪いのせいですよ? あまり子供のうちから呪いにかかるのは良くないのではないですか」
「だからライトは、しょぼいのじゃ」
「へ?」
「お兄さん、弱い悪意の少ない呪いに触れていると、呪い耐性が習得できるかもしれないんだよ。学校で先生が言ってたー」
「そうそう、だから、パパがライトさんの変身ポーション買ってきたよ。飲むと爺ちゃんになるやつ」
「えっ? そうなの?」
「お兄さんの呪いは、良質だって言ってた。相手を害するタイプじゃなくて、どんよりタイプだって」
「自虐系じゃ。イジイジ、くよくよ系なのじゃ。無害なのじゃ。だからポーションに付与できておるのじゃ」
「ん?」
「害するタイプなら、回復と正反対じゃから、ポーションに付与などできぬ。毒薬とは相性がよいがの」
「そうなんですか」
「常識じゃ! 親和性が低いと互いに反発し合うか打ち消し合うだけじゃ。付与などされぬ」
「む、難しいですね…」
「ティアちゃん、何言ってるかわかんない」
「なっ……コホン。仲の悪い奴と一緒にいるより、仲良しな子と一緒にいる方がよいじゃろ? そういうことじゃ」
「うん! ウチの婆ちゃんといるより、ティアちゃんと遊ぶ方が楽しい!」
「婆……う、うむ。そういうことじゃ」
チビっ子の何気ない婆発言に、明らかに落ち込んでいるデスゴリラ。はっきり言って、この子達のおばあさんより、圧倒的に女神様の方が年上なのに。
などと考えていると、デスゴリラにキッと睨まれた……睨まないで! めちゃくちゃ怖いんだけど…。
「でも、リュックが壊れてしまって…」
「はぁ? ライトが生きておるのに、リュックが壊れるわけないのじゃ。頭でも打ったのか?」
「えっ! そうなんですか!」
「お兄さん、リュック持ってるの?」
「ん? はい、いつも背負って……あれ? ない?」
リュックは、肩ベルトはあるのに、本体が消えていた。僕は、焦って肩ベルトを肩から外した。
(どうして? こんな…)
リュックは、黒い革のようなものだけになっていた。左右ふたつの肩ベルトを1本のベルトが繋いでいるだけだ。ちょっとオシャレな姿勢矯正ベルトという感じだ。
「えっ! リュックくんが死んで消滅した…」
「ライトはバカなのじゃ! そこにおるではないか」
「ベルトだけ…」
「ライトさんの後ろに、知らないお兄さんがいるよ?」
「えっ?」
僕は、後ろを振り返った。何の気配も感じなかったけど、すぐ近くに見知らぬ男性がいた。
見た目は、20代後半くらいか? 銀髪でスラリと背の高いイケメンだった。
前に女神様が変身ポーションで男性になったときの顔に少し似ている。いや、女神様より目の前の彼は、ちょっとヤンチャそうな感じがする。元ヤンでしたと言われると納得しそうな感じだ。
目の前の彼は、僕が持ってるのと同じ魔導ローブに身を包んでいた。魔導士なのかな?
「おまえ、ボケーっとしてんじゃねーぞ。変な顔しやがって」
「すみません、え? あれ? リュックくんの声?」
「はぁ〜、なんなんだ? 何か言うことねーのかよ」
「あの、貴方は……どなたですか?」
「はぁ? いい加減にしろよ? ふざけてんのか」
「い、いえ…」
「お兄さん、こわい」
「子供達の前で、そんな言葉使いはなしじゃ! 少しは主人を見習うのじゃ」
「生みの親に似たんじゃねーのか?」
「なっ? 妾のせいだと言うのか! おぬし、妾にケンカを売っておるのか? 買うぞ? 妾は買ってやるぞ?」
「あぁ、ケンカ上等だ! やるか? ガキんちょゴリラ」
「だ、だめだよ。ケンカしちゃ」
「ティアちゃんもダメだよ〜」
僕は……僕は、呆然としていた。このドタバタ劇のような展開に、頭がついていかない。
赤い目を鋭く光らせたデスゴリラと、見知らぬ男性が睨み合っている。
(もしかして、リュックくんが進化した?)
今にも二人は、激突しそうな状況だ。二人とも引く気はなさそうだ。性格が似ているのか……そっか、そうか、そうだ!!
「リュックくん!」
「あぁ?」
「やっぱりリュックくんだ! よかった、壊れてなくて。ってなぜそんな格好してるの?」
「服がねーから、仕方ないじゃねーか。おまえの魔導ローブを借りた」
「えっ? 服?」
「おまえのは小さくてサイズがどれも合わねーんだよ」
「まさか、おぬし、ローブの中はスッポンポンなのか?」
「あぁ」
「なんて、破廉恥なやつじゃ!」
「だーかーらー、仕方ねーだろーが」
「クマの魔法袋は、魔人化したとき服も魔力で作り出しておったぞ? おぬしはできぬのか?」
「できるもんなら、やってる。オレはポーションしか作ってねーから、創造能力が低いんだよ」
「ライトのせいじゃな、妾ではない。ライトのせいじゃ」
(なぜそんな必死に?)
「あー、いや、僕は服のことじゃなくて、なぜ急に人の姿になったのかを聞いたつもりで…」
「はぁ、わからねーのか?」
「もしかして、進化した?」
「あぁ、やっと人型になれたな」
「そっか、進化したんだ。よかった。ずっと返事してくれないから、死んだかと思った…」
「おまえが暴走してたとき、おまえの意識を保つためにかなり無理したからな…」
「えっ? 失神した?」
「意識飛んだな……いや、眠りに落ちたか」
「条件が揃って眠れば進化するのじゃ」
「進化の条件ですか?」
「そうじゃ。必要な魔力と信頼関係じゃな」
「リュックくんが僕を信頼してくれたんだ」
「逆じゃ! ほんとに、ライトは主人としての自覚が足りないのじゃ」
僕は、なんだか胸がいっぱいになっていた。よかった。ほんとによかった。リュックくんが無事で、よかった。
「はぁ、おまえ、また泣きそうになってんぞ。それより、オレの服、なんとかしろよ」
「うん、わかった。買いに行こう。あ、いまお祭りだから、ローブで歩くと警戒されるんだっけ?」
「そやつは、ローブじゃなくても警戒されるのじゃ」
「ん? 魔道具が歩くから?」
「魔人じゃからな。しかも妾の魔力で作り出した魔道具を、妾の転生者が育てたのじゃ。警戒されるのじゃ」
「えーっと?」
「ティアちゃん、意味わかんない〜」
「むむ。こいつは神族の魔人じゃ。魔族ではないのじゃ。神族の魔人は、だいたい魔に堕ちた厄介な者を処刑するために生み出すのじゃ」
「えっ……処刑?」
「うむ。妾が魔人を生み出すときは処刑人じゃ。じゃが、こいつは、妾は魔道具として作ったのを、ライトが育てたのじゃ」
「えっと、じゃあ、リュックくんは処刑人じゃない?」
「当たり前じゃ。こいつはライトの魔道具じゃ。主人のために働くのが使命じゃ」
「そ、そっか。じゃあ、今までと一緒なんだ」
「さぁ、一緒かどうかはわからぬ。クマの魔法袋も、一部を残して、しょっちゅう行方をくらましておるからな」
「えっ?」
「こいつも、分離できるようじゃ。肩ベルト部分だけを残して、別行動するようになるやもしれん」
「なぜ、肩ベルトだけ…」
「主人から魔力を吸うためじゃ。魔道具から進化した魔人は、主人からのエネルギー供給で活動できるのじゃ。だから、一部は主人の元に残しておるのじゃ」
「もういいだろう? オレ、腹が減った」
「えっ? エネルギー供給は肩ベルトじゃないの?」
「神族は、マナがあれば生きていられるだろ?」
「え? うん、たぶん」
「それが、オレがおまえから魔力を吸収するってことだ」
「うん? うん」
「だが、飯も食うだろ?」
「あ、うん。確かにお腹減るよね」
「それと同じだ。わかったら早く行くぞ」
「うん」
「ちょっと待つのじゃ!」
「はい?」
赤く光る眼でギロリと睨まれると、女神様だとわかっていても、めちゃくちゃ怖い…。
デスゴリラは、右手を手のひらを上にして僕の目の前に出してきた。あ……くれ、ってことね。
「でも、リュックくんが、人になっちゃったから…」
デスゴリラが睨むだけでなく、チビっ子達にも見つめられ……リュックくんは、ふぅとため息をついて、消えた。
「えっ? リュックくんが消えた?」
「リュックに戻っておる」
「あ……え?」
肩ベルトに、確かにリュックはついていたが、小さなポーチ状だった。左の肩ベルトにくっついている。
一応、コペルの旗とポーションの絵のタオルもついていた。コペルの旗が随分大きく見えるよね。
僕が、そのポーチ状のリュックに触れると、リュックはブワッと大きくなった。なんだか、キャリーバックのような感じ? 飛行機に持ち込みギリギリOKくらいのサイズになった。
そして、その中を開けると、うん、どっちゃり入っていた。
「リュックくん、魔法袋に移し替えて」
「腰のやつか?」
「うん、それでいいよ」
僕が、リュックと魔法袋に触れようとしたら、リュックからスルスルと、紐がのびてきて、ブスリと魔法袋に刺さった。
これって、リュックくんが魔法袋を乗っ取ってるんだったよね。魔道具としてはオレの方が上位だとか言ってたもんね。
「終わったぞ。異空間ストック分は、入らねーぞ」
「え? あ、わかった」
僕は、魔法袋から、変身3種をすべて出した。あ、全部はマズイか。それぞれ30本ずつ、魔法袋に戻した。
「これ、どうぞ」
「うむ。思ったより多いのじゃ。エールみたいなやつもいるのじゃ」
「あの黄色い水の玉にしてる分、かなりの量あったじゃないですか」
「勝手に蒸発していくから、たくさん必要なのじゃ」
「はぁ……おもちゃにしてるなら、次からはお金取りますよ」
僕は、魔法袋から、クリアポーションを1,000本ほど出して、デスゴリラの前に置いた。
「もらったもので遊ぶ方が楽しいのじゃ。チビから金を取るというのか?」
「はぁ……いつまでチビなんですか」
「さぁ? 知らぬのじゃ」
さっき出したポーションもいつの間にか収納され、一部は子供達に配っている。
受け取った子供達の目はキラキラしていた。
「それは、明日の分じゃ。今から、畑の収穫祭じゃ」
「きゃほー」
「わーい」
「ライトも、買い物が終わったら来るのじゃ」
「どこにですか?」
「城の門の外の居住区じゃ。行けばわかる」
「はぁ」
そして、子供達と共に、いそいそと店を出て行ってしまわれた…。
(……ゴリラで、街を歩いていいの?)