171、ロバタージュ 〜 リリィの困りごと
「ライト、お待たせ〜」
僕はいま、コペル大商会の3階にいる。リリィさんが何か困りごとだそうで連れてこられたんだ。
でも待っている間に、僕にも頭が真っ白になるほどの困りごとが発生したんだ。いや困りごとではない。大切な相棒を失った悲しみで放心状態だった。
「あれ? ライトどうしたの? 暗い顔して」
「えっ? あ、いえ…」
僕は、自分の足元を確認した。やはり闇が漏れている。でも、もう、それを注意してくれるリュックくんはいない…。
「ライトさん、お会いするのは二度目でしたな」
「あ、はい。社長さん、じゃなくて会長さん?」
「ははっ、もうただの爺ですよ。気楽に話してくだされ」
「はい、ありがとうございます」
そうだ、リリィさんの困りごとで来たんだ。今は、リュックくんのことは考えないようにしよう。もしかしたら、女神様なら直せるかもしれない。
僕は気持ちを切り替えるために、スゥ〜っと深呼吸をした。
「ライト、そんな緊張しなくて大丈夫だから」
「え、あ、はい」
「ほう、なるほどな。ライトさんはまだ未成年かな?」
「えっと、17歳だと思いますが…」
「これは失礼。イーシアの人は若く見えるもんでな」
「いえ」
「そうか、17歳か。ならよかろう」
「ん? あの、何のお話ですか?」
「リリィは、もう25歳になったんだ」
「えーっと、はぁ…」
「お爺様! もういいでしょ? ライトは忙しいのよ」
「そうか、そうだったな。わざわざすまなかったな」
「えっ? あ、いえ…」
「では、わしはこれで。また今度、飯でも食おう」
そう言うと、会長さんは奥へと戻っていった。
「リリィさん、あの…?」
「あー、もういいから。ありがとうね、助かったわ」
「ん? あ、はぁ」
僕は何がなんだか全くわからなかったが、リリィさんがいいと言うなら、まぁいっか。
気にしないでと、リリィさんに追い立てられるように階段を下り、僕はコペルの事務所から出た。
だが1階の通路で、先程の会長との面会の理由が明らかになった。
「リリィ、一体どういうことなんだ! なぜ断る」
そこには、怒りで頭から湯気が出そうなオジサンがいた。その身なりから、金持ちだと容易に予測できた。
すると、リリィさんは僕に近づき腕を組んだ。
(えっ?)
「こういうことよ。私は年下の子の方が好きなの。なぜ貴方のような、親子ほど歳の離れたオジサンと結婚しなければならないのよ。もう私の前に現れないで!」
「なっ! そんなガキに俺の方が劣ると言うのか!」
「当たり前でしょ」
「そんなションベン臭いガキに、おまえを養う力も地位もあるものか! 会長が認めるわけがないだろう。結婚は、遊びではない。ビジネスだ」
(し、ションベンくさい? ビジネス?)
「貴方の方が、圧倒的に劣るわよ!」
「なんだと? どこの商会のガキだ? まさか貴族の子息か?」
「彼は、神族よ。女神様の代行者よ」
「なっ? え……こんな子供が? えっ…」
「リリィさん、あの…」
「ライトは黙ってて。もう、わかったでしょ! 二度と私の前に現れないで!」
彼は、信じられないという表情を浮かべていたが、何かに気づいて肩を落とした。
彼の視線は、僕がリュックにつけたコペルの旗に釘付けになっていた。彼にはそれが、会長が認めた証に見えたのだろうか。
はぁ〜と深いため息をつき、彼はヨロヨロと外へと出ていった。
ジッと彼を睨んでいたリリィさんだったが、オジサンが外へ出ていくと、ふぅ〜っと息をついた。
「バレちゃったわね」
「リリィさん、あの…」
「いまね、私、大変なのよ。毎日のように、あんなのが増えるの」
「えーっと…」
「だからお爺様にね、私には狙っている人がいるから邪魔させないでって言ったのよ」
「えっ?」
「あー、怖がらなくていいわよ。誰もいないと思って、親や親戚がアレコレと動いているだけよ。私はビジネスで結婚を決める気はないわ」
「そうなんですね」
「ええ、当たり前よ。だいたい、なぜ女性が下なわけ? 養う? 冗談じゃないわ。私はペットじゃないのよ。この国の男尊女卑は、おかしいわ!」
「確かに…。でもロバタージュは都会だから、まだマシなんだと思ってました」
「あ、イーシアは、異常な男尊女卑だわね。それと比べれば随分マシだとは思うけど…。ん? ライトはイーシアの生まれなのに、男尊女卑じゃないの?」
「僕は、男女は平等であるべきだと思ってます」
「へぇ、珍しいわね」
「よく言われます」
「そう…。じゃあ、本当に狙っちゃおうかしら?」
「えっ?」
「ふふっ、冗談よ。少なくとも、あと3年はないわね」
「ん? 3年?」
「それくらい経てば、色気もでてくるんじゃない?」
「えっと、僕、彼女います」
「えーっ! そうなの? どこの子?」
「あ、えーっと、イーシアの…」
「なぁんだ、同郷の子か。へぇ〜」
リリィさんは、面白そうにニヤニヤしていた。
「な、なんですか」
「別に〜。青春だなぁと思って。キスくらいはした?」
「えっ? あ、はい…」
「その先は?」
「い、いえ、まだ…」
「ふふっ、楽しーい!」
「えーっと…」
「私、人の恋話って大好物なのよ。困ったことがあれば、いつでも相談に乗ってあげるわ」
「あ、は、はい。ありがとうこざいます」
「ふふっ、楽しみが増えたわ〜」
「えーっと…」
(嫌な予感しかしない…)
「じゃあ、ありがとうね〜。また冒険者パーティ、ご一緒してね」
「あ、はい、ぜひ!」
リリィさんと別れ、僕はすぐにでも女神様にリュックが直るか聞きに行きたかったが、でもやはり先にギルドかな…。
また、再び暗い気分になりながら、僕はギルドへと歩いて行った。ワープを使おうかとも思ったけど、ここからはたいした距離ではない。
歩いていると、少し気分が前向きになってきた。うん、きっと女神様ならリュックを直せるよね。
途中、何度か声をかけられ、ポーションが売れた。クリアポーションばかり、20本。銀貨5枚×20本で、金貨1枚分の売上になった。
金貨でお釣りを渡した人が2人居たから、金貨が2枚増え、手持ちの銀貨が100枚減った。
やはり、お釣り用に銀貨は必要だ。財布もう1つ買わなきゃ。
ポーションを販売していると、どうしてもリュックくんのことが頭に浮かび、ときどき涙が溢れそうになった。
リュックが作ったポーションは、なんだか、リュックくんの遺品のような気がしてきた。
ハッと、足元を見た。うん……やっぱり漏れてるよね、闇…。もう注意してくれるアイツはいないんだから、自分できちんと気をつけておかないと…。
(ダメだ。また、涙が出てきた…)
女神様ならきっと直せる! 今はまず、街の被害確認と報告だ。僕は無理矢理、気分を切り替え、ギルドの扉を開けた。
「あ! ライトさん」
扉を開けてすぐ近くに、僕の部隊の隊員が2人居た。部隊長のペールさんの姿はなかった。
「お疲れ様です。だいたい落ち着きました?」
「はい、いま、ギルマスが書類をまとめてくれるのを待っています」
「俺達は、書類を受け取ったら戻る予定です」
「そっか。かなり待たされるよね…」
「ははっ、まぁそうですね。でも、ここの雰囲気は嫌いじゃないので、まぁ…」
「そうなんだ。僕は、ここはいいんだけど、あの人は苦手なんだよね」
「えっ? そうなんですか」
「そうなんです。合う合わないってあるでしょ?」
「うーん、まぁ、そうですね」
「じゃあ、報告は二人に任せようかな。邪神は星にお帰りいただいたと、伝えておいてください」
「えっ? あ、はい。かしこまりました」
「じゃあ、よろしくです」
僕は、チラッとギルマスが事務所の奥からこちらを覗いたのを見て、慌ててギルドから出た。
そして生首達のワープで、女神様の城へと移動した。
ライトが移動した直後、ギルマスのノームは、事務所から飛び出してきた。だが、そこにはライトの姿はなかった。
「いま、ライト様、来られてましたよね?」
「あ、はい。ギルマスに伝言です。邪神は星にお帰りいただいたとのことです」
「なぜここまで来て、直接私に言ってくれないのでしょう? つれないですね」
「たぶん、忙しいのではないかと…」
「まぁ、お忙しいのはわかりますけどね…。ちょっとお願いがあったのですがねぇ。代わりに貴方達にお願いしようかな」
「我々は、書類を受け取ったらすぐに戻らねばなりませんが……どのようなご用件ですか?」
「はぁ、つれないですねぇ。まぁいいです、他の人に頼みますから」
ギィ〜
「なんだ? こんな出入り口で、ギルマスまで」
「お邪魔ですね、冒険者さん。すみません」
「ちょうどよいところに! カースさん、お願いが…」
「断る!」
「まだ、何も…」
「ギルマスのお願いは、時間の無駄だ」
「はぁ、今日は、つれない方ばかりですねぇ」
「ん? おまえ達は、普通の冒険者じゃないな。傭兵か?」
「いえ、普通の冒険者ですよ?」
「あー、嘘は通用しませんよ。カースさんは呪術士ですからね。目が合うと術をかけられて、何でも見破られてしまうのですよ」
ギルマスがそう言うと、二人はギクッとして身構えた。
「なるほどね。今の反応で、おまえ達の正体がわかったよ。関わりたくない連中だ……いや、そうも言っていられないか」
「どうされました? カースさん」
「いや、どうもしない。今日はミッションの報告だけで帰るから」
「えー、じゃあ、やっぱりライト様に連絡を…」
「何? あいつと……もしかして、おまえら、あいつの兵か?」
「…はい、そうです」
「そうか。あいつは、どんな奴だ? おまえ達の評価は?」
「えっ? そのようなことには、お答えできません」
「ふぅん、なるほど。悪くないということか」
「カースさん、やめてくださいね。こんなとこで術を使ったりしないでくださいよ。なぜ、ライトさんの評価を知りたいのですか」
「はぁ。ったく、ギルマスも鈍いな」
「は? そうでしょうか? 観察眼には自信が…」
「自信がないんだろ?」
「い、いえ、自信がありますが」
「じゃあ、救いようがないな」
「また、つれないことを…」
「なぜ、我が主人の評価を気にされるのですか」
「おまえ達、俺が何者かわかってるんだろう?」
「…種族なら」
「ふん、種族ね。まだ情報が伝えられていないのか。もしくは、あいつが隠すつもりか…」
「隠す?」
「わけのわからない言葉のせいで、俺は、頭が痛いんだよ」
「どのような?」
すると、カースはニヤリと笑った。隊員達は、誘導されたと気づいたが、もう既に遅かった。
「術を使うまでもないな。おまえ達、チョロすぎる」
「カースさん、誘導尋問ですか? いったい何を公表する気ですか」
「キミは、僕の配下としてふさわしい行動をせよ、だとよ」
「へ?」
「あいつは、俺の主君になったんだよ」
「えっ! カースさん、それは事実ですか?」
「ギルマス、俺は、口から嘘は言わない。じゃあな」
そう一方的に告げると、カースは、報告カウンターの列に紛れ込んだ。
『呪術士ではない、あの幻術士だよな?』
『察知されるぞ、話は後だ』
そして書類を受け取った彼らは、城へと戻った。