17、女神の城 〜 女神が宝玉を集める理由
時は少しだけ遡る。
女神イロハカルティアの、城内放送を聞いた居住区の住人の多くは、なんの冗談だろう? と思っていた。
強い呪詛によって炭化した臓器は、摘出してもすぐにまたその付近が黒くなり、炭化を始める。
炭化の際、意思を持つ呪詛は多くの魔力を吸うため、摘出することは逆に、その本人の命を縮めることにもなりかねない。
それに、その炭化した黒い塊に触れるだけで、呪詛は移る。そして、人から人へと移るたびに、変異し、重大な伝染病を引き起こす原因になると考えられている。
この世界には、医術は存在しない。ましてや手術だなんて、住人のほとんどは聞いたこともないものだった。
科学の国で、魔法がおとぎ話であるように、この世界では、医術はおとぎ話、いやおとぎ話にもならない架空のものだと考えられていた。
そもそも、女神イロハカルティアが治癒できないほどの強い呪詛は、この星にはもともと存在しなかった。
すなわち、他の星から持ち込まれた災いなのである。この星の誰もが諦めるしかない、そう考えるのが常識だった。
女神にできないことができるのは、この災いを持ち込んだ他の星の神々のみなのだから。
「皆の者っ! 祭りじゃ! 舞台は、整ったか?」
女神イロハカルティアは、ライトが摘出手術をする様子を、魔映写により希望者が見れるようにと、準備を進めさせていた。
「いろはさん、本気ですか? 失敗すれば、あの新人くんは、隠居後ここで暮らしにくくなりますよ?」
誰もが、失敗すると思っている。そして、皆、ジャックがこれによって命をこれ以上削ることがないように、どうすべきかを考えていた。
「ナタリーさんがついているから、万が一のことは起こらないとは思いますがね…」
「こんな無駄なことに、魔力を使っていいんですか!この星のほころびによって、いろはさんの生命は大幅に…」
「おい! そんなこと大声で言うな。ほとんどの者は知らないんだ! 聞かれたらどうする」
「っ……そうでした。申し訳ない…」
そう、女神イロハカルティアは、この星の誕生と共に生まれた。彼女の生命は、この星と共にあるのだ。
この世界では、数万年前から、赤い太陽系の神々と、青い太陽系の神々が、激しい勢力争いをしていた。
新たに神の宿る星が生まれると、それを自分の星系に取り込もうとする。これにより勢力図が変わることが多いためだ。
この2つの星系に属さない星は、次々と破壊もしくは侵略されていった。
ある意味、見せしめであり、何より自分達と別の星系を作らせないための行動であった。
争いを嫌い、中立を宣言する星は、数千年前までは見逃されてきた。争いを嫌う星は、チカラの弱い星が多く、これを取り込んでも意味はないと考えられていたためだ。
だが、中立を宣言する星の中には、成長しチカラをつけてくるものもあった。
すると、自分達が簡単に破壊できないほどのチカラをつけた星を、当然、危険視するようになっていった。
赤の神々、青の神々は、チカラをつけた星を、コッソリと衰退させ、滅びに向かわせようと考えた。
中立を宣言する星をむやみに攻撃できない。
だから、その星の神に悟られないように、密かにその星に次元の綻びをいくつも作った。
そしてその綻びへと、常時攻撃や小さな破壊を繰り返すことで星のエネルギーがもれ出すようになる。
そうすれば、その星がエネルギーを失い続け、衰退し、そして滅びに向かうことになる。
星と生命を繋ぐ神も、同じ運命をたどることになるのだ。
女神イロハカルティアは、生まれた時からずっと中立を宣言している。
彼女は神としては異質だった。
多くの神は、自らを崇め奉られることを好む。絶対神や王として、自分の星の住人を支配統制しようとする。
だが彼女は自由を好む。支配されることを嫌う。だから住人に直接干渉しない。もちろん支配もしない。ただ見守り、導くことに徹している。
そして、いま、彼女が神々の標的になっているのだ。
彼女は、ずっと気づかぬフリをしている。
気づくと防衛し、反撃せねばならない。すなわち、売られたケンカを買うことになる。おそらくそれが彼らの狙い……勢力争いに強引に参戦させられてしまう。
そうなると、この星は戦火に焼かれる。おそらく、彼女がどちらかの支配下に入るか、もしくはこの星が破壊し尽くされるまで戦いは終わらない。
いま、彼女は、神々にバレないように宝玉を集めている。究極魔法を撃つためである。
そう、彼女は、神々によって傷つけられたこの星を修復し、再び同じ綻びを作らせぬよう、星の防御力を大幅に上げるつもりでいた。
チャンスは1度だけ!
中途半端な回復をすれば、彼らに、彼女が気づきその対策をしようとしていることが知られてしまう。
もしそうなると、彼らは、何らかの理由をつけて、この星を破壊しようとするだろう。
「なっ? 誰じゃ? 辛気くさい話をしておるのは? 今さらなのじゃ! それに妾は、支配されるつもりも消えるつもりもないのじゃ。安心するのじゃ!」
「は、はい。わかってますよ」
「すみません。こんな時だからこそ楽しくですね」
「むぅ。ほんとにわかっておるのか? 妾をもっと信用するのじゃ!」
「でも、それにしても、こんなド派手な魔映写は…」
「ん? あれくらいデカくないと、全員が見れないのじゃ!」
「魔力かなり消耗しますよね? そもそも、いろはさん、魔力が回復しなくなってますよね?」
「ん? 寝たら回復するのじゃ!」
「眠れないんですよね? 次元のほころびのせいで…」
「それに最大魔力値自体が、全盛期の数%にまで下がっていますよね…」
「なんじゃ? 妾を覗いたのか? 破廉恥なのじゃ! それにそこまでひどくはないのじゃ」
「星の生命エネルギーが、もう数%しかないんですから、いろはさんも……そうですよね?」
「さぁ? 知らぬのじゃ。そんなことより、お祭りなのじゃ!」
「おい、もうそんな暗い話、やめとけ!」
「そうですね、すみません…」
「うむ。やっと始まるのじゃ! 未知との遭遇じゃ!」
そして、ライトの手術が始まり、見ていた住人は、その様子に釘付けになる。
中には息をするのも忘れ、倒れそうになる者までいた。
「いったい、どうなってるのかしら?」
「手で、切り取ろうとしているんじゃないか?」
「そんなばかな。呪詛にのまれるぞ!」
あまりにも、その様子は、彼らの想像とは違っていた。
使う魔法は、おそらく幼児並みの基本魔法。だが、呪詛の黒い塊を素手で掴んでいる。それなのに、呪詛の支配を受けていない。
挙げ句の果て、摘出したその塊を、ありえないチカラで消し去った。そう、あの白い強い光は……闇に闇をぶつけたときに稀に起こる現象。
種類の異なる闇がぶつかることで、性質が反転し、聖なる清浄の光を生む。これを闇の反射と呼ぶ。
「あの子、まさか、アンデッドなの?」
「アンデッドなわけないだろ。闇の反射……清浄の光を浴びたら、術者でもアンデッドなら、跡形もなく吹き飛ぶわい」
「でも、闇をぶつけたからあの光が出たのでしょう? 闇を持たない者は、闇魔法は使えないはずよ」
「しかも、闇の反射なんて簡単に起こせない。起爆剤として蘇生魔法を入れたんだ、きっと」
「呪詛に蘇生魔法を使うなんて、とんでもない即死魔法ね」
「でも、魔法のない世界から来たばかりの子でしょ? なぜ魔法を重ねられるの? 起爆剤を使うなんて、魔剣士の発想じゃないの」
「だが、ナイフに炎を纏っていたじゃないか。魔剣士なんじゃないか?」
「しかし、まさか……ありえない、あんな子供が…」
「あ! 倒れたぞ……やはりアンデッド? ダメージを受けたんじゃないか?」
「心配するでない。あれはただの魔力切れじゃ!」
スクリーンを見ながら、ずっとおとなしく、チップスを食べていた女神様が突然会話に参加した。
「えっ? そんなに魔力タンク少ないのですか?」
「ライトは、まだ生まれたばかりの赤子なのじゃ! じゃが、リュックを持たせてあるから、魔力はすぐに増えるのじゃ」
「もしかして、ロバートが騒いでいたポーションって?」
「そうじゃ。ライトが作ったのじゃ。魔ポーションもあるのじゃ! 美味なのじゃ」
僕は、頭が痛くて目が覚めた。
(あれ? ここ、どこだ?)
なんだか病院のような白い壁の部屋だ。見覚えがない。どうしたんだっけ? ジャックさんの手術をして、それで確か途中で意識が飛んだ……ような気がする。
(あ、ジャックさん大丈夫だったかな…)
とりあえず起き上がり、まわりを見渡してみると、真っ白なベッドがいくつか並んでいた。ひとつひとつにカーテンの仕切りがある。
(プライバシー保護、かな?)
ガチャっと扉が開き、見慣れぬ初老の紳士が入ってきた。
「おや、お早いお目覚めですね」
「あの、ここは?」
「居住区の治療院ですよ。主に魔力切れを起こした人に、しっかりお休みいただけるよう配慮しています」
「えっと、僕、魔力切れなんですか?」
「はい、魔力切れで倒れられましたよ」
「そうなんですね…。ご迷惑をおかけしてすみません」
「え? はっはっはっ。おもしろい方ですね、聞いていたとおりです。くっくっ」
「えっと…」
「これは失礼。この城で魔力切れを起こして謝る方なんて おられないので、つい」
「魔力切れは謝っちゃダメなんですか?」
「いや、普通なら、魔力が枯れるまで仕事をしたことを自慢されるものでして。ここは地上よりもマナが濃いので、無理をしなければ、魔力切れは起こらないのです」
「なるほど…」
「もう動けるようでしたら、自由にしていただいて大丈夫ですよ。ここに連れてこられたときに、女神様がほとんど回復されたようですし」
「そ、そうなんですね。あの、ここへは誰が?」
「ジャックが、運んできましたよ」
「え! ジャックさん、大丈夫なんですか? その…」
「ピンピンしてましたよ、貴方のおかげでね」
「よかったぁ〜。途中で意識飛んだから心配してました。ナタリーさんの回復術すごいんですね、手術した後すぐ動けるなんて…」
「ん? あの後、特に彼女は何もされてないようでしたが?」
「じゃあ、女神様が?」
「いや、貴方が、回復までされていたように見えましたよ。私も見ていましたからね。大変、興味深かった」
「えっと? そうなんですね…」
僕は、摘出までしかしていないのに、いったいどういうことなんだろ?
確か、僕は、左手が光ったあと、ジャックさんの出血を止めて、その後すぐ倒れた気がする。ナタリーさんに、後はお願いしたはずなんだけど…。
(あ! 左手は?)
僕は、あの呪詛が絡みついて痛かった左手を見た。だが、傷もなく痛みもない。
あ、あのときの光で治ったのかな? 左手には女神のうでわがあるから、女神様のチカラなのかな?
バンッ!
突然、ドアが乱暴に開いた。
「ライト、起きたのならすぐ来るのじゃ!」
「び、びっくりした。あの、どうしたのですか?」
「重要極秘任務じゃ! 記者連中がうるさいのじゃ。追っ払うのじゃ」
「意味がわからないのですが…」
「なっ! また頭でも打ったか? インタビューに決まっておるではないか」
「さっぱりわからないですが…」
「うじうじするでない! はよ、はよ」
僕は、治療院の先生にお礼を言って、外に出た。というより、女神様に強引に連れ出されたのだった。
(わ! えっ? 急にどうなってるんだ?)
虹色ガス灯の広場は……大変なことになっていた。
(夏祭り?)