169、名もなき荒野 〜 「ライト」の復讐
(う、うそ……)
僕は、いま……混乱していた。
いま僕の目に映るものは赤くなり、すべての動きがスローモーションに見えている。そう、僕はいま、暴走してしまっている。
もう一人の僕がぶち切れ、理性を失い、復讐心に支配されてしまったんだ。僕は、彼の闇に僕の闇を合わせて、バランスを保とうとしていた。
だがやはり、彼の闇に合わせると、危惧したとおり暴走してしまった。でもなぜか、僕は落ち着いていた。いつも以上に冷静だった。
だけど、いま目の前で起こった事件に、混乱している。僕が消し去ろうとした邪神の光の粒子が、生首達に吸収されてしまったんだ。
「ちょ、だ、大丈夫?」
目の前で、驚いた顔をしていた生首達は、僕が声をかけると、いつもどおりヘラヘラし始めた。
僕が、あの光の粒子が近づいてくるのを嫌がったから、コイツらは盾になって防ごうとしたのだろう。
あの光の粒子は、神の能力の一部だ。神を殺すと能力の一部を奪える。でも生首達は神を殺したわけではない。たまたま偶然の事故だ。
生首達は、あちこちでピカピカと光っていた。透明化していたのか…。こんなにあちこちにいるとは思わなかった。
とりあえず、ヘラヘラしているから身体に害はなさそうだ。コイツらのことは、後でいいか。
僕は、邪神を光の粒子に変えて、奴の星へ強制送還をしたことで、番犬としての仕事は終わった。
でも、まだ暴走中だ…。まだ、暴走のキッカケになったことが片付いていないんだ。
僕は、リュックくんに指摘される前に、変身魔ポーションを2本飲んだ。そういえば、暴走してからリュックくん静かだな…。
そして、僕は、邪神が呼んだ4人の配下の方へと歩いていった。魔導士が慌てている。そういえば、この闇が濃くなると、魔法が使えない奴もいるんだっけ。
「や、やめろ! 来るな!」
「バケモノか! チッ、役立たずの魔導士は、ひっこんでろ」
「殺す気か? 俺の術が解けてしまうと困るんじゃないのか?」
さっき、感電し倒れていた奴は、まだ倒れたままだった。体力ゲージは赤、まだ生きている。
残りの3人は、わめいているが、飛竜2体は見当たらない。逃げたのか。
僕は、いや、もう一人の僕は……来るなと怯える魔導士に強烈な殺意を向けていた。
「この顔に、見覚えありますよね」
「し、知らない! 会ったこともない」
「貴方は、僕の集落に来たことがありますよ。森の中に迷い込み、帰れなくなった貴方に、長が親切に食事も寝る場所も与えたのに…」
(え? これ、僕がしゃべってるよね? 知らないことなのに、口が勝手に…?)
「朝の集会の場で、貴方は妙な霧を撒いた…。そして集落の皆が、それを吸ってバタバタと倒れたのがそんなに楽しかったの?」
「ひっ!」
「集会に参加しなかった住人にも、看病をした住人にも、妙な病が次々と伝染して……集落は滅んだんだ」
「それは、弱いから滅ぶのだ。あれは、狩りだ。生き残りは、我が主人の配下となる栄誉を…」
「黙れ! 何が狩りだ! 罪もない人を大量に殺しておいて! それを楽しんでいたのか、下衆だな」
「弱肉強食の世界だ、なにを甘いことを…」
「ふぅん、そう。わかった」
奴は話をしているうちに、自分の立場を忘れたのか? そもそも、殺意を向けられて煽るようなことを言うなんて、どうかしている。
それほど自分を正当化したいのか、この星の住人をゴミ虫扱いしているのか…。
「何がわかったんだ」
「強い者は、弱い者を潰してもいいんだね」
「なに!?」
奴は、僕から少し距離をとった。そして幻術士に何か言っている。
『ちょっと、ライトくん、聞こえるかしら?』
『えっ? はい』
『よかったわ〜。その幻術士は殺さないでね。他は始末していいわ』
『えっ? 殺害命令ですか?』
『解放よー。殺したら、3時間ルールよ〜』
『殺して、蘇生ですか?』
『そう。死ねば、彼らを支配する者との関係が切れるのよ』
『わかりました』
奴らは、完全に戦闘態勢に入っていた。幻術士のバリアで、魔導士は魔法が使えるようになったようだ。
僕から仕掛けるかと待ち構えていたようだが、僕がナタリーさんの念話を受けている間に、しびれを切らしたようだった。奴らは動いた。
『翔太、俺!』
(うん、わかった。アイツはライトに任せるよ)
『ありがとう、殺るよ?』
(いいよ)
すると闇雲が、辺りに漂っていた闇を吸収し始めた。一気にうす暗かった霧が晴れた。
僕も、動いた。もう一人の剣士に、ゆっくり斬りかかった。奴は、簡単にそれを振り払った。だが、その振り払った行動が奴の命取りになった。
スローモーションで動く奴の心臓に、僕は闇を吸収し4属性を纏った剣を突き刺した。スプッ!
「ガハッ!」
ドタッ!
(あっけない…)
「ギャーっ!!」
ドタッ!
僕が片付けるとほぼ同時に、ライトの復讐相手は、闇雲からの無数の闇の槍で、ボロボロになって倒れていた。
(あ! 戻った)
僕の目に見える景色は、普通の色を取り戻した。スローモーションだった周りの動きも、普通に戻っている。いや、遅いな。まだ倍速魔法がかかっているのか。
すると、突然、リュックがガツンと重くなった。
(えっ? リュックくん、重いよ)
耐えきれない重さに、僕はリュックに重力魔法をかけた。
(リュックくん!)
おかしいな…。呼んでも返事がない。
だが、今は、目の前で身構えている幻術士が居る。暴走が解除されたら、僕には戦闘力なんて…。
スーッと足元から、闇が身体の中に戻ってきた。ライトは……この身体の元の持ち主は、無言だった。
あのときの僕のように、チカラを使いすぎて失神しているのか? 彼に呼びかけても返事がない。暴走が解除されて眠ったのか?
(急にひとりになってしまった…)
僕は、バリアをフルで張り直した。そして、呆然と立ち尽くしている幻術士の方へと近づいていった。
「お、俺を殺すと…」
「なんですか?」
「い、いや、あの…」
幻術士は、小刻みに震えていた。もしかして、僕を怖れている?
彼の視線が感電して倒れている人に向いた。僕もつられるようにして、視線を向けた。ヒクヒクしていた動きが止まっていた。
ゲージサーチをすると、体力は黒、すなわち死んでいた。他の2人も念のために確認したが、黒だった。
「あとは、俺だけ、か」
「そうだね」
「……はぁ。やはり、結局死ぬんだな。ダーラに味方すれば生きていられると思ったが…」
「なぜこの星に?」
「俺は、弱小な星が嫌だったんだ。俺が仕えていた神は、争いを嫌っていた。だから潰されないために、赤や青の言いなりだった」
「その命令で、ここに来たんだね」
「命令ではない、志願した。神の元を離れなければ、俺は謀反を起こしてしまいそうだったからな」
「自分の星の神を殺すと?」
「ふっ、そうだな。俺の方が……神よりも強くなってしまったからな」
「ふぅん」
「おまえ、俺の能力も見えているんだろ? 初めて玉湯で会ったときから…」
「さぁ、どうかな」
「俺には、おまえの力が見えないんだよ。闇で隠しているのかと思っていた。でも、違った…。俺とはあまりにも能力の差がありすぎるんだ。だから見えない」
「どういう意味?」
「ダーラが欲しがるのがわかるということだよ。おまえから見れば、俺はいつでも簡単に始末できる虫ケラなんだろ?」
「なんだか、すごく嫌な言い方をするんだね」
「ふん、どうせ殺されるのなら、今さら媚びても仕方ないからな。そもそも、俺は誰かに媚びるのは死ぬほど嫌いなんだ」
「へぇ」
「もういいから、殺せよ」
「わかった」
僕は、右手に持っていた剣先を、幻術士に向けた。彼はジッと僕を見ていた。僕は、剣を下から上に振り上げた。僕の剣は空を切り、奴はその瞬間、目を閉じた。
「えっ?」
「今の、魔剣にしてたら、消し炭になってたかもね」
「な、何を……からかっていないで、さっさと始末すればいいだろう!」
「嫌だね」
「ど、どうして? 別に俺、今もおまえに呪詛はかけなかったぞ。どうせ効かないんだろうからな」
「ふぅん、死にたいの?」
「死にたいわけないだろ!」
「じゃあ、生きればいい」
「こんな状態で、どうやって? 俺はもう、どこに逃げても殺されるのを待つだけだ。おまえが見逃しても、俺は……神を裏切った。自分の星には戻れない。それに、この襲撃が失敗したことが知られると、ダーラに消される」
「そう」
「それなら、ここで…」
僕は再び、彼に向けて剣を振った。彼はギクッとしたが何の術も使おうとはしなかった。
「ま、また!? ふざけるのはやめろ!」
「ふっ、今のも魔剣にしていたら、その反論はできなかったね。キミは僕に殺された」
「あぁ……死んだだろうな、簡単に」
「うん、さっきので、キミは死んだね」
「だから、何! 弱い者をいじめて何が…」
「僕の配下になる?」
「えっ!? 何を言って…」
「スカウトしてるんだけど? でも、嫌なら別にいいよ。強制はしない」
「うっ…」
「あ、断られても殺さないから。別に返事は今じゃなくていい、考えといて」
「えっ?」
「さてと、そろそろいいかな」
僕は、リュックくんが返事してくれないから、自分の魔力の状態がよくわからなかった。
でも、蘇生してすぐに奴らに襲いかかられたら……魔力必要だよね。
僕は、変身魔ポーションを1本飲んだ。身体が少し軽くなった気がする。ということは、やはり魔力残量やばかったのか。
そしてもう1本飲んだときに、幻術士の彼がジッと見ていることに気づいた。
「ねぇ、キミなら呪い耐性あるよね?」
「へ? ま、まぁ、中程度の呪いまでなら…」
「おぉ! それ、すごい! じゃあ、これ〜」
僕は、変身ダブルポーションを彼に1本渡した。彼のゲージは、どちらもオレンジ色だったんだ。20%以上だけどゲージの長さから20%に近いくらいだろう。
「えっ?」
「僕、ポーション屋だから。毒じゃないよ、飲んで」
彼は、そうは言われても素直に飲めないだろう。
僕は気にせず、自分の仕事を始めた。
倒れている奴らの身体にスッと手を入れ、蘇生! を唱えた。
まず感電死した奴、次に僕が斬った奴、そして、少し迷ったけど、もう一人の僕が復讐をした奴。
奴らは、目覚めるとボーっとしていた。そして、もう一人の僕が殺した魔導士が、僕に向かって何か攻撃しようとした。
「やめとけ!」
僕が蘇生しているのをジーっと見ていた幻術士が、魔導士を止めた。
「どうして、止める!」
「その彼が皆を蘇生した。だが再び蘇生は、してもらえないだろうからな」
「なっ? なぜ」
「殺せば、自分を操る神との繋がりが切れるからだろう。彼は、おまえ達を解放したんだ」
「えっ!」
「少しは考えろ、勝てる相手か? また簡単に殺されるだけだ。あのダーラが欲しがるほどの番犬だぞ」
「ック…」
幻術士は、くるりとこちらを向き、そして僕の目の前で、ひざまずいた。
「先程の返事をする」
そして、僕が渡したポーションを一気に飲んだ。一瞬、驚いた顔をしていたが、彼はそのまま頭を下げた。
(えっ? ポーションを飲んで、何? 毒じゃないってば)