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165、ロバタージュ 〜 バーテンダーになるには…

 バン!


 店の扉が、勢いよく開いた。


 いま僕は、女神様の『落とし物』係をやめた隠居者の経営する店で、ちょっとした成り行きで、少しお手伝いをしているんだ。


「2人、空いてるー?」


「いらっしゃい。奥でいいですか?」


「いいわよ〜、もう1人はすぐ来るから。待ち合わせしてるのよ」




 僕は、マスターの目線で、僕の席に座らせるつもりだとわかった。いま僕は、カウンター内で手伝いをしているから、席にはリュックを置いているだけだった。


 僕は席に戻り、リュックに触れた。


(リュックくん、隠れて〜)


『はいはい。オレは邪魔なわけね』


(じゃあ、背負う)


『そのカウンター内、狭いじゃねーか。背負ってると、マスターとすれ違いできねーぞ』


(うーん、霊体化する? もしくは、奥の部屋に…)


 と言ってたら、僕の手元からリュックくんがスッと消えた。異空間に隠れたんだよね。異空間って、どうなってるんだろう?




 僕が席を片付けると、隣に座っていた客が一番奥へと移動した。


「奥の方が落ち着くんだよ。この席は、通り道だからって、なかなか座らせてもらえないからな」


「なるほど〜。でも、確かにカウンターとの通り道ですもんね」


「通るときは、どいてやるよ」


「ははっ、はーい」


「兄さん、何か珍しい酒、作れるか?」


「珍しい酒というのは?」


「マスター、この兄さんだろ? マスターが知らないジュースみたいな色の酒を知ってるってのは」


「ん?」


「あー、モヒートだよ。いや、カシスオレンジだったかな? ちょっと遊びでポーションの真似をして作ってみたんだ」


「え? ポーションの味から、カクテルを再現したのですか?」


「再現といえるほどでは…。カシスオレンジは知っていたからね。でも、なんだか少し違うんだよな」


「ポーションは、アルコールが入ってないですからね」


「そう、想像には限界があるんだ」


「ん〜、じゃあ、何か作ってみましょうか? と言っても、僕は見習いだったから難しいカクテルは下手ですけど」


「兄さん、混ぜるだけだろ? 難しいのか?」


「はい、キチンと計量するものは難しいんです。作るたびに味が変わってしまって安定しなくて」


「ふぅん。じゃあ、あの赤いやつを作ってみてくれ」


「赤いカクテル?」


「カシスオレンジですよ。この街のリキュールを使ったんですがね〜」


「カシスオレンジなら僕でも大丈夫です」



 僕は、マスターが出してくれた赤いリキュールを少しなめてみた。うぎゃ、これ、カシスとは全然味が違う。どっちかといえばカンパリに近い……けど、エグ味がひどい。


「これ、リキュールの味が違うからですね。黒すぐりの実から作るリキュールなんですが、この辺りにはないのかもしれません」


「そうか、残念だな」


「別の物ですが、近いカクテルがあるので、それを作ってみましょうか?」


「おう、そうしてくれ」




 僕は、店の果物入れから、ベリー系の実を少し取り出し、マスターに鍋を借りて簡易版のベリー系ジャムを作った。これを混ぜてエグ味を消す作戦だ。


 そして、レモンとライムの間のような果物も取り出した。


 赤いリキュールに、ベリー系ジャムを混ぜて味見すると、甘くなったことでエグ味がごまかされていた。

 これに、氷とオレンジジュースを注ぎ、クルクルと混ぜた。レモンライムを飾り切りにしてグラスの縁に乗せて、変なカクテルが完成。


「同じくオレンジジュースを使ったものですが、カンパリオレンジというカクテルに似せて作ってみました」


「へぇ、前のより甘そうな匂いだな」


「前に飲まれたカシスオレンジも、実は甘いカクテルなんです。このリキュールは甘さが控えめだから、オレンジジュースと相性が悪かったのかもしれません」


 そして、赤いカクテルを注文した男性は、グラスに口をつけた。少し飲んで、へぇと小声で言ったあと、ゴクゴクと飲んでいる。


「甘いかと思ったが、そうでもないな。結構サッパリしている」


「甘すぎたら、グラスにつけた果物を絞り入れてもらおうと思ったんですが、大丈夫でしたね」


「このすっぱい香りがあるから、サッパリするのかもしれんな」



 マスターも、僕が使い残したベリー系ジャムと赤いリキュール、そしてオレンジジュースを使って、自分用のカクテルを作って味見していた。


「エグ味が隠れるんだな、面白い」


「僕が知ってるリキュールは、この街のリキュールより甘いので、それに似せてみたんです」


「なるほどな、これ、裏メニューにしようかな」


「ははっ、どうぞ」




 その後、5人連れの冒険者っぽい人達にも、何かをと言われ、酒の棚を物色してみると、テキーラっぽいものを見つけた。

 オレンジジュースがあるし、レモンライムもある。あとは、シェーカーがないかと探したら、あった!


「マスター、シェーカー使うんですね」


「ん? あー、それはタイガが置いていったんだ。使い方がわからないから放置していた」


「じゃあ、借ります」


「あぁ、やはり、アイツの故郷の道具か」


「はい」


 僕は、シェーカーをシャワー魔法で洗って、氷を入れ、テキーラっぽい酒を注ぎ、オレンジジュースとレモンライムを絞って入れた。少し甘さが足りないかと思うけど、とりあえずこれでいくか。


 シャカシャカシャカシャカシャカ


 僕は、記憶をたどりながらシェイクした。そして、上の蓋を開けて、そこからロックグラスに注いだ。カクテルグラスがないんだよね。


「へぇ、氷がシェーカーに残るように、こんな変な穴が開いてるんだな」


「はい」


 僕は、少し残した分を蓋に入れて飲んでみた。う〜失敗だ。やはりオレンジジュースじゃダメか。ホワイトキュラソーか何か、オレンジ風味のリキュールが欲しいな。


「イマイチでしたね、すみません」


「いや、そんなことないぞ。その蒸留酒は、ジュースで割って飲むことが多いが、これは全然違った感じになるんだな」


「そうですね。一応マルガリータというカクテルに似せたつもりだったんですが…」




 バン!


 また勢いよく扉が開いた。この店の扉は、バン! と開きたくなるんだろうか。


「あ、リリィ遅いよ、こっち〜」


「ごめん、いろいろうるさくてさー」


「いらっしゃい」


「マスター、蒸留酒キツイやつ! ストレートでいい」


「またですか?」


「やってらんないのよ!」


「かしこまりました、バイトの子に任せていいですか?」


「グラスに入れるだけでしょ? 誰でもいいわよ」


 そして、彼女は待ち合わせていた友達に、ものすごい勢いで話し始めた。僕がカウンター内にいるのに気づかない。そもそも、マスターの顔すら見ていない。よほどのことがあったのか。


 マスターは、とりあえず水を彼女の前に置いていた。強い蒸留酒のチェーサーのつもりだったようだが、彼女は勢いよく水を飲み干していた。


「彼女は、嫌なことがあると、さっきの蒸留酒をそのまま飲むんだ。よろしく」


「はい」


 テキーラっぽい蒸留酒だから、ストレートで飲むのもわかる。でも、やけ酒でこれは、胃に負担になりそうだよね。


 僕は、ロックグラスの縁をレモンライムで濡らし、塩を付けて、スノータイプにした。ソルティードッグでよくあるような感じ。

 そして、レモンライムを絞った果汁を氷魔法で凍らせてグラスの中へ入れ、その上からテキーラっぽい蒸留酒を注いだ。魔法って便利〜。


 マスターは、僕の手元を他の作業をしながら、チラチラ見ていた。目が合うとニコッとされるんだけど、また裏メニューにするつもりかな?



「お待たせしました」


「遅いわよ! 何これ? え?」


 そして、彼女は、リリィさんはこちらを見て固まっている。驚くと声が出なくなるタイプのようだ。


「蒸留酒を少しアレンジしました。グラスの縁には塩がついています。その酒は塩と相性がいいので」


「そ、そう。い、いただくわ」


 僕は、ニッコリと営業スマイルを浮かべた。この営業スマイル、この世界に来て初めて使ったような気がする。


 そして、彼女は、おとなしく一口飲み、また一口飲み、ジーっとグラスの中を見つめている。あ、氷の説明するの忘れてた。


「あ、中には…」


「この氷、果物の果汁を凍らせたのね」


「はい、そうです」


「ライトは、こんな特技もあるのね」


「もともと、僕はバーテン見習いですから、こっちの方が…」


「じゃあ、おつまみも作れる?」


「簡単なものなら」


「私、昼から何も食べてないの」


「何か作りましょうか? あ、でもマスターの方が上手いから…」


「ライトでいいわ。マスターは忙しそうだもの」


「わかりました。文句言わないでくださいよ?」


「言わないわよ、食べられるものならね」



 僕は、リリィさんの食べられるの意味がよくわからなかったが、無難なものにしておこう。ごはんがあるから、チャーハンでいいよね。


 僕は、マスターが下ごしらえしてある野菜とハムを使ってチャーハンを作った。

 この店には、タイガさんが持ち込んでいる昭和の調味料が揃っている。塩コショウもあるから、普通に作れるね。


 チャーハンが出来てから気づいたが……卵、忘れた…。食材置き場には大量の卵があることから、この街の人は卵が好きなんだと予想できた。

 卵が入ってないと、もしかするとリリィさんは怒るかもしれない。


 僕は、予定を変更してオムライスにすることにした。そして、昭和のケチャップでくるくると落書きして完成。


「お待たせしました、オムライスです」


「えっ? 卵を焼いただけ? まぁいいけど」


「いえ、中にごはんが入っています。上の赤いソースと一緒に食べてください」


 リリィさんは、スプーンで真ん中から切って驚いた顔をしていた。そっか、オムライスはこの国にはないのか。マスターが、またジーっと見ていたことから確信した。


「可愛らしい料理ね」


 そして、もぐもぐとおとなしく食べてくれた。彼女の友達も、横からスプーンで奪って食べていた。


「お兄さん、これ美味しい! お兄さんの里の料理?」


「あ、はい。僕の里というか、故郷の料理です」


「へぇ、可愛いわね。卵をこんな使い方するなんて、考えたこともなかったわ」


「ライトは料理もできるのね。私が苦手なことばかりできるわよね」


「ん? そう、ですか?」


「私、バリアも回復魔法も、それに料理も苦手だもの」


「でも、リリィさんは攻撃魔法すごいじゃないですか。僕にはできません」


「ん? そ、そう?」


(これは、ほめてほめてかな?)


「はい、すごい魔導士だと思います」


「そう、なら、おあいこね」


「はい」


「コホン、それより、こんなとこで何してるのよ? 行商してる方が儲かるでしょ?」


「あ、えーと」


「ハッ! ごめん、いろいろ内緒にしているのね」


「まぁ…」


「今、ちょっと手伝ってもらってるだけですよ。彼がポーション屋さんなのは知ってますよ」


「ポーション屋だということは、知ってるのね」


 マスターはニコッと笑っていた。なんだか目で語っている気がする。こうやって相手を黙らせるのか。


(バーテンには、目ヂカラも重要…)



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