16、女神の城 〜 お医者さんの真似
『今から、呪詛により炭化した臓器の摘出を、手術という手法でやる者がおる。見学したい者は、虹色ガス灯の広場に集まるのじゃ』
いきなり、こんなアナウンスが頭の中に流れ、僕は、ひっくり返りそうになった。
(もしかして、これって町内放送?じゃないや、城内放送?)
「ん? 居住区の住人全員にお知らせしたのじゃ。後から見たかったと文句言われては、かなわぬからの」
「ま、まじっすか…」
「まぁ、見物人が居れば、ジャックに万が一のことは起こらぬからの。回復魔法を使える者も、ここにはそれなりにおるのじゃ」
「あ、なるほど……確かに」
(信頼されていない? というより、それほど危険なんだな…)
「ふむ。信頼がどうのというより、未知との遭遇じゃ。呪詛で炭化した臓器に直接触れる者など、おらぬからの」
「えっ? ここに、ひとりもですか?」
「ひとりおるじゃろ。おぬしがの」
(ま、まじか……僕だけの能力? って、なんか嬉しい。あ、でも、半分幽霊…アンデッドか…ってことだから、ちょっと複雑…)
ちょっと場所の準備を手伝って来ると言って、イロハカルティア様は、広場の中央の方へ歩いて行かれた。
「あれは、邪魔しに行ったんや。歩き方が忍び足や…」
「えっ? 確かに、そぉっと歩いてるように見えますけど」
「いたずらを考えてるときは、だいたいあんな感じや。緊張感ないんかっちゅうねん」
「あはは。女神様は、やばいときほど、話し方が残念になるって聞いたことがありますが…」
「話し方は、いつも残念やんけ」
「あはは……えっと……僕、ちょっと、魔法のおさらいしてきますね」
僕は、タイガさんから少し離れ、手術に必要な魔法の確認をした。
初めて起動する魔法は、頭の中に読めない文字が浮かんだけど、何度か繰り返すと読めない文字は浮かばなくなり、発動スピードが上がっていくようだった。
僕のしょぼい魔法は、イメージすればすぐ発動するようになってきた。
火! ポッとライターの火。
水! チョロチョロっと公園の水飲み場。
氷! ピキッと…痛っ! 水で手が濡れてると手に負担が…。
そして、回復! 氷で傷ついた手の傷がふさがる。
回復、いつのまにかできるようになっていたんだなー、これが。読めない文字、浮かんだっけ?
そういえば、僕は、回復魔法力、わりと高めだったな。もともと適性があるのかなー。
一応、風! ブワァ〜……うん、ドライヤー弱冷。これは使いどころがないな。あ、髪乾かすのに便利だな。
火、水、風、と切り替えてスピードアップ練習!
突然、そろそろいいか? との声に、驚いた僕。あ、あれ? 自分に向かって3つ同時発動してしまい…
(ん? なんだろ? シャワー浴びた後みたいにサッパリしちゃった…。3つ同時発動するとシャワー魔法?)
こんなときに意味のない変な魔法を発見した僕だったが、呼びに来てくれた人に連れられて、用意された場所に向かった。
(いよいよだな……僕は、僕にできることをできる限りやるだけだ! おっし! 僕はできる、僕はできる、僕はできる)
ぶつぶつと、妙な呪文を唱えていると……緊張してきた。やばい、逆効果じゃん…。
そして僕は、広場の中央に設置された透明なプラスチックみたいなベッド? というか、ただの板? に近づいて行った。
そこには、ジャックさんと、ナタリーさんがいた。
「あれ? 女神様は?」
「あー、いろはちゃんは、アレで見るって〜」
と、ナタリーさんが真上を指差した。
(おわっ! この周りに、スクリーンみたいなのがいっぱい浮いている!)
もしかしてカメラが近くにあるのかとキョロキョロしてみたが、それらしき物はない。中継するのかと思ったけど、そういえば、この世界には電気はないんだった…。
僕が驚いていると、空に透明なドーム型の何かが現れ、こちらに向かってスゥーと降りてきた。そして僕とジャックさん、ナタリーさんが、その中にすっぽりと囚われてしまった。
「な、な、なんですか?これ」
「これは、そうねぇ……一応、この中は密室になるから外の風とかで手術が妨害されたりしないかな。まぁ、目なんだけどね。この壁が見た物がそのままスクリーンに映るわ」
「え? このドーム型の……壁がすべて目なのですか?」
「そうよー。中の状態を離れていても見れるわ」
「こんな大掛かりなスクリーンとか……必要なんですか?」
「うん、じゃないと、みんな見えないじゃない? ライトくんの手元や、ジャックくんの身体の中とか」
「ん? まわりにそんなに、人居ないですよ? てか、そんなとこまで映るんですかっ!」
「気が散るといけないから、離れてるのよー。うんうん、余裕で映るのよー」
「……まさか、中継されるとは思わなかった…」
「ふふっ。この会話も、中継されてるわよー」
「っ! まじっすか! ってか、女神様はどこに?」
「ん? あー、あっちで何か食べてるわねー」
僕は、その方向を見るが何も見えない。目にチカラを込めようとしたけど…
(いまは、余計な魔力は使わない方がいいよな)
と、思い止まった。そして、僕の魔力を吸うリュックを床に下ろし、念のため、魔ポーションを1本、ズボンのポケットに入れた。
「よし! 始めます」
ナタリーさんは、補助をしてくれるという。ついていてくれるのは、ものすごく心強い!
そして、ジャックさんは、ナタリーさんによって、眠らされた。一応、身体の神経を鈍らせるために軽い麻痺の魔法もかけたという。麻酔みたいな感じかな。
僕は、ナイフを火で消毒し、そしてついでにさっきのシャワー魔法を僕とジャックさんにかけた。
「えっ? 何? いまの? あ、ごめんなさい、邪魔して。あとで教えてねー」
僕は、軽く頷くと、精神を統一する。イメトレを思い出し、手順を再確認。出血を抑えるためには、とにかくスピードが必要だ。
そして、僕は、呪詛により炭化した臓器の切除手術を始めた。
まず、『眼』を、ジャックさんの内臓が鮮明に見えるように調整する。
そして、黒くなってしまった部分の真上の彼の皮膚をナイフでスーっと切ろうとした、が…
(あれ?)
僕の手はナイフごと、ジャックさんの身体を通り抜ける…
(えっ? もしかして、部分的に霊体化した?)
僕は、自分の身体を確認したけど、実体がある、霧状にもなっていない。手も霧状にならないのに、僕が『眼』で見ている場所まで、まるで何の障害物もないように、スッと入る。一瞬、何が何だかわからず僕は混乱した。
(落ち着け! 切らない方が身体への負担は少ないんだから、これはいいことなんだ)
だけど……炭化してる部分をこのナイフで、どうやって切ればいいんだ? と考えつつ、左手を黒い塊に、近づける。
(そもそも霊体化したら、触れないんじゃ?)
さらによく見る。黒い塊は、何かの臓器だけでなく、その周りの筋肉っぽいものや血管っぽいものにまで絡みついている。かなり気持ち悪い…。
僕は、左手で、その黒い塊に触れた。
(あ! 押さえようと思ったら触れた!)
すると、突然、僕に標的を変えようとするかのように、ジャックさんの体内で絡みついていた炭化していたはずの部分が変化する。
そして、柔らかな触手のように姿を変え、僕の腕に絡みついてきた。
(わっ)
一瞬、マズイと思った。
でも黒い塊は、僕の中には入ってこない。左手を少し締め付けてくる感じがするだけだった。すると、コイツの、他の炭化していた部分もみるみる柔らかくなってきた。
(魔力を吸われてるのか……早く片付けなきゃ!)
僕は、コイツを切除したいと強く願った。そして、右手にチカラをこめる。ナイフが火を纏った。
そのとき僕は、コイツの中に核のようなものがあるのを見つけた。僕はこれが、コイツの急所なんだと直感する。
そしてその核のようなところを目掛けて火を纏ったナイフを突き立てた。しかし、固い! だが少しだけ核に傷がついた。
(よし、意識すれば、その部分だけ実体化できる!)
もう一度、今度は火以外のものを纏って突き立てようかと考えた。すると、うねうねと絡みついていたコイツは、急に動きを止めた。
そして僕の意識に何かが流れ込んできた。何だろう? コイツの感情かな? たぶん怒っている。
僕は、コイツが絡みついている左手でコイツの核のある黒い塊をシッカリつかみ、そして僕は、僕の左手ごと凍らせる。火が効かないなら氷でどうだ!
(痛っ! 左手、めちゃひび割れたな……っく)
すると、コイツが居座っていたジャックさんの身体の中も、凍り始めた。そして、コイツの気配がする部分だけがすべて凍り、その境界線がはっきり見えた。
(切除チャンス到来!)
僕は、その境界線の少し外側を、太い血管を傷つけないように、気をつけながら、右手のナイフで切っていった。
切るというより、突く方がナイフの先だけ実体化させやすいことがわかり、とんとんと突いていく。
この切っている部分も、凍ってはいないが凍りかけのシャーベット状だったからか、出血は少なかった。
(よし、いい感じ)
そして、完全に切り離し、凍ったままの左手をコイツごと体内から外に出した。触れているものは僕の意思で部分的に霊体化できる。よし! 黒い塊を摘出できた!
外に出すと、突然コイツが僕に話しかけてきた。
『我を受け入れよ』
僕は、カチンときた。お断りだ!
その瞬間、左手がズキンと痛む。ピカッ!!
僕の左手から強い白い光が溢れてきて、僕は思わず目をつぶった。目を開けたら、コイツは跡形もなく消滅していた。
(ん? 何? どうしたんだ?)
とりあえず、いなくなったのだから、よしとするか。
そして、ジャックさんの身体の中を確認する。あちこち、出血はあるが、量は想像よりも圧倒的に少ない。
(よかった)
僕は、ナイフを横におき、右手を再び彼の身体の中にスーッと入れる。そして、回復!
直接、体内で魔力を放てば、僕でも、完全に止血できた。そして、ここから先は、わからない…。
僕は、ナタリーさんを見た。
「臓器の回復をお願いしてもいいですか?」
一瞬、時が止まったかのような沈黙があり、
「あ、えっと、うんうん。任せてちょうだい」
その声を聞いて、僕は安心した。
安心したら…
(あれ?)
僕は、膝から崩れ落ちるように、その場に倒れた。
そして、まわりの音が聞こえなくなった…