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155、トリガの里 〜 演説の後

 ザザッ。


 女神様の演説が終わった瞬間、精霊達が、一斉に僕達に、かしずいた。それを見た守護獣達も慌てて、平伏していた。


「ジャックさん、これは…」


「俺、こういうの苦手っす」


「僕も、苦手ですって」


 広場は、まるで、とある時代劇で印籠を出したときのような光景になっていた。

 精霊達はそもそも同格だと言ってたくせに、なぜか急に態度を変えたんだ。

 僕達が、戸惑っている姿を見て、精霊トリガはニヤニヤしていたが、僕と目が合うと、頭を下げた。


(これ、わざと面白がってるんじゃ?)



「女神様の代行者、ジャック様、ライト様、本日このときより、我らの長となられました。未熟な我らをお導きくださりますよう、お願いいたしまする」


(なんか、セリフみたい。時代劇っぽい)


 そして、見知らぬ精霊の挨拶の後、またさらに最敬礼というかなんというか……はぁ、勘弁してよね。


 僕は、ジャックさんに何とかしてと合図を送ったが、ジャックさんも無理っすと、口パクで返してきた。


 でも、僕達が何か言わないと、みんな地面にへばりついたままなんだよね…。

 アトラ様も、ケトラ様までキョロキョロしながらも、皆にならっている。はぁ、もう仕方ない。



「そういうのは、やめてください。普通にしてくださいませんか」


「はっ、ご命令とあらば」


「命令っすよ。急にそんな態度をされると、逆にかんじ悪いっす」


「えっ! あ、はい。かしこまりました」


(かしこまらなくていいんだってば…)



 この丁寧すぎる精霊の合図で、みんな頭を上げ、そしてそろそろと立ち上がった。


 ケトラ様は、あちこちキョロキョロしながら、他の守護獣を真似ていた。ふふっ、なんだか初々しい感じで、可愛らしいな。



「あの、ふたつ聞いてもいいですか?」


「ライト様、はい、なんなりと」


「なぜ、こんなにたくさんの精霊と守護獣が集まっているのですか?」


「女神様からの指示です」


「どのような?」


「女神様がライト様の輝きポーションで、付与された魔力のうちの半分が星に分配されていたのはご存知でしょうか?」


「はい、聞いたことがあります」


「そのエネルギーは、我々精霊が預かっておりました。星が吸収し回復すると、他の神々に知られてしまいますから…」


「なるほど」


「今回、女神様が星の再生魔法を撃つためのエネルギーとして、我々が預かっていたエネルギーも使われました。マナの濃いこの里に集まる方が、エネルギーの受け渡しをしやすいので、動ける者はここに集まっておりました」


「守護獣は、その精霊を守るために集まっているのですね」


「はい、もし、マナの受け渡しに失敗すると、精霊は消滅しかねないため、守護獣が命をかけて守る必要があったのです」


「えっ?」


「万が一の場合には、守護獣は、精霊にすべてのエネルギーを与え、代わりに死ぬことになります。それが守護獣の最も重要な役割です」


「え…」


「精霊が助かれば、守護獣を再び蘇らせることができますから。精霊は消滅してしまうと復活には千年かかりますゆえ」


「そうなんですね…」



「じゃあ、受け渡しが終わった後も、ここにいるのはどうしてなんすか? 用が終われば、すぐに持ち場に戻るんじゃないんすか?」


「そ、それは……もうひとつ用が残っていましたから…」


「女神様のさっきの演説を聞くためですか?」


「えーっと、はい、まぁ、それもあります」


(ん? 何? なんか、裏がある?)



 僕が疑いの眼差しで睨んだためか、彼はソワソワし始めた。他の精霊と何やら頷き合い、そして突然、話を変えた。


「あ、あのもうひとつの聞きたいことというのは?」


「あー、あの、僕達の前任者は、女神様なのですか?」


「ええっと…」


「あ、変な言葉を使ったかな? ここの皆さんの長は、さっきまでは誰だったのですか?」


「女神様です」


「なぜ、それが僕達に?」


「それは、女神様が、星の再生魔法を使われたために…」


「それが無期限なのは、なぜですか?」


「えっ!」


「あ、ご存知なかったら、別にいいです」


「いえ……はぁ、なるほど。お見通しでしたか」


(お見通し?)



 僕はジャックさんを見ると、ジャックさんも僕を見ていた。お見通しってなんだ? あ、そういえば、ジャックさんとも念話できるのかな?


「念話ってジャックさんは…」


『できるっす。でも、大勢の前での念話は、カンジ悪いから、やらないっす』


『了解です。これ、いま念話ですよね』


『そうっすよー。そのうち、返事だけじゃなく、ライトさんからも、念話で呼びかけできるようになるっす』


『あはは、なんか嬉しいです』


 ジャックさんは、ふっと微笑んで、精霊の方を向いた。そうだ、話の続き…。



「お見通しとは、どういうことでしょう?」


「言葉にせよと仰せでしょうか」


(ん? 何?)


 僕が意味がわからず困っていると、ジャックさんが、引き受けてくれた。


「言葉にしたくないようなことなんすか?」


「はい」


「俺達に、こっちの国の味方になれということっすよね?」


「……はい」


「きちんと、この国の精霊代表から、話をしてもらえないっすか? ライトさんは、あっちの国のこと、知らないんすよ」


「かしこまりました。精霊トリガ、ご指名です」


(えっ? トリガ様が精霊代表?)


「いやいや、話し下手なので、無礼な言い方をしてはマズイ。引き続き、おまえに任せる」


「えーっと……ジャック様、私でかまいませんか?」


「精霊の代表から話すのが、筋じゃないっすか」


「精霊トリガ、話を…」


「はぁ、もうわかった、わかった。だが、そんな堅苦しい話し方はできぬぞ」


「いつもの通りで、いいっすよ。同格なんすよね?」


「同格、だな。ふぁっはっはっ、ん?」



 トリガ様は、いつものままだったが、丁寧すぎる精霊に文句でも言われたのか、ちょっと変な顔をしていた。

 僕としても、今まで通りに接してくれる方が助かるんだけどな。


「コホン、で、なんの話だったか?」


「俺達を無期限で、女神様の代行者とさせる理由っすよ。俺はなんとなく察しはつくんすけどね」


「ライトは、あちらの国を知らぬのだな。わかった。ん? もうおまえ達、うるさいぞ。わしの話し方なんてどうでもいいだろうが」


 何人かの精霊達が、トリガ様に何か言いたそうだった。精霊というものは、上下関係というか主従関係に厳しいのだろうか。



「僕は、こちらの国の状況も、まだほとんどわかっていないと思います」


「まぁ、まだ日が浅いから、そんなものだろう。あっちの国に対する知識は皆無か?」


「えっと、人族と魔族が共存する国だと聞いています。ただ、戦乱がよく起こるとも…。あとはよくわかりません」


「じゃあ、だいたいのこの国の者が知ることは、耳にしていたのだな。あっちの国にも守護獣の集落があることは知っていたか?」


「いえ、そのあたりは知らないです」


「ふむ、そうか」



 精霊トリガ様は、他の精霊や守護獣達をぐるりと見渡した。

 精霊は人の姿をしているが、守護獣はみな犬系だった。みんな狼なのかもしれないが、純血ではないのか犬っぽい感じのものも居た。


「地上は精霊が、地底は下級神が、それぞれの地を守っていることは知っているな?」


「あ、はい。えっと、精霊と下級神は呼び方が違うだけで、ほとんど同じ存在なんですよね?」


「いや、違う。どちらも女神様が造られたという点では同じだが、精霊は守る地が広く、実体化することは少ない。一方で、下級神は担当する地は狭く、ほとんど常に実体化して住人の中に紛れ込んでいる者も多いのだ」


「へぇ、そうなんですね」


「では、精霊には守護獣が、下級神にはガーディアンが、ついていることは知っているな」


「えっ、あ、ガーディアン? って守護獣と同じなんですね」


「役割は同じだ。自分が仕える主人を、命をかけて守るのが、守護獣でありガーディアンであるからな。ただ、その種は異なるのだ」


「守護獣は、狼だけど、ガーディアンは違う種なのですね」


「守護獣は、この国は狼だが、あっちの国は虎だ。ガーディアンは種は主人によってマチマチだ。動物でない場合も多いのだ」


「へぇ」



「ちょうど良い流れになったな。さっきのおまえの疑問は、そのことなのだよ」


「ん? ガーディアンですか?」


「いや、守護獣が、二つに分かれていることだ。ガーディアンは種がマチマチだから、逆にその関係は悪くはないのだ。だが、守護獣は、狼と虎の二つに分かれていることから、まとまらぬのだ」


「えっと、守護獣同士が仲が悪いのですか」


「あぁ最悪にな。犬系と猫系だ、そもそも合うわけないのだが…。仲が悪いだけならいいのだ、逆に国ごとの守護獣のまとまりもできるからな。それを狙って、女神様は国ごとに守護獣の種を分けたのだと思うが…」


「はぁ」


(女神様の、ただの気まぐれかもしれないけど)


「あちらの国は戦乱が多く、守護獣の仕事も荒っぽいことが多いのだ。そのせいか、権力や序列を気にするようになった虎の集落の長が、地上の守護獣の序列を決めようと言い出してな…」


「序列?」


「あぁ、わしら精霊からすれば、理解できぬ意味のないことだ。たいして気にもせず、そろそろ数百年になるか……ずっと放っておったのだ」


「はぁ」


「だが、女神様がおっしゃるには、星を再生回復をすることで、精霊のチカラも安定する、守護獣の心配事が減るから気をつけよとのことなのだ」


「ん? 心配事が減ると、いいのではないですか?」


「心配事が減ると、抑えていた欲が抑えきれなくなる、とおっしゃっていたのだ。だから、女神様は、側近をそれぞれの長に就けることにすると…」


「えっ? 守護獣の序列争いを避けるためにですか?」


「あぁ、避けるというよりは、最終的には守護獣の集落同士で争わぬよう、完全に和解、仲直りさせることが目的だな」


「えっ…」


「ライトさん、無謀っすよ。争わないようになんて出来ないっす。どっちも、すぐにカッとする種なんす」


「まぁ、わしも無謀だと思うがな。精霊には無理でも、その上の者ならできるだろうとおっしゃってな。星の再生をすると同時に、わしらの主人を任命すると決められていたのだ。まさか、それが、おまえ達だとは驚いたがな」


「ライトさん、やっぱ、はめられたっすよ」


「えーっと…」


「あっちの国は、オルゲンさんとセリーナさんが、担当させられるらしいっす。二人も、はめられたとブチ切れてるっす」


「うーん…」



 僕は、あちらの国の守護獣に会ったことないからわかってないのかもしれないけど、少なくとも、こちらの守護獣達は、そんな無駄な争いをするとは思えない。


 それに守護獣が対立すると、人々が巻き込まれて大きな争いになるかもしれない。そんなことは、避けなければならない。


 僕は、ちょっと頑張ろうという気になっていた。



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