154、トリガの里 〜 はめられた?
いま僕は、トリガの里に来たところなんだ。
僕は、さっき、女神様の重要極秘任務、青の神ダーラの引きつけ役が終わった後、番犬のセリーナさんの近くで次のミッションを待っていたんだ。
まさかの展開にめちゃくちゃ驚いたけど、女神様が、ついに星を再生する大規模な回復魔法を使ったんだ。
その魔法で、空も大地も金色に輝き、焼け野原になっていたチゲ平原が、一瞬で草原へと変わったんだ。あまりに突然の、信じられない奇跡のような出来事に、僕はまだドキドキしていた。
待機していると、ナタリーさんからの念話で、トリガの里へ行くようにと言われたので、生首達のワープで今、ここに着いたところなんだ。
「あ! ライト〜!」
僕は、呼ばれた方へと振り向くと、美しく青い大狼と、そのすぐそばには見たことのない、髪の長い若く美しい女性がいた。その女性は、やわらかな微笑みを浮かべている。
「アトラ様、あの…」
「あ、うん、精霊イーシア様だよ」
「えっ!?」
「女神様の回復魔法で、星が生まれ変わったから、すべての精霊や下級神が、その恩恵を受けたんだよ」
「すごい!」
「私の、イーシアの民、ライト。いつも湖に来ていましたね」
「あ、え? あ、はい。あ、えーと、水汲みすぎですよね、すみません。あ、あの、こんにちは、はじめまして。じゃなくて……えーっと」
「ふふふっ、ほんと、おもしろい子ね」
「えっ? あ、えーっと…」
「もう、ライトってば焦りすぎー」
「あ、あはは」
「こっちに来て、みんな集まってるよ」
「え、あ、はい」
僕は、アトラ様の後についていくと、里長の家の近くの広場に、ぼんやりとした黄色い光を纏う者達が、たくさん集まっていた。
そういえば、アトラ様も、わずかだが黄色い光を纏っていた。
僕が、その広場から見える場所まで近づくと、赤い何かが突進してきた。えっ? 僕はとっさにバリアをフル装備かけた。
その赤い何かは、僕にぶつかる直前で止まった。
「お兄さん! どういうこと!?」
「ん? あ、ケトラ様?」
「そう、ケトラ」
「わぁ、前に会ったときより、随分、大きくなりましたね。その姿だと、アトラ様とあまり変わらない」
「大きく? なった?」
「はい、毛並みも燃えるような赤で、とても綺麗です。一瞬、ケトラ様だとは、わからなかったです」
「そ、そう。キレイなんだ」
「ええ」
「ちょっと、ライト! 何言ってるのよー」
「ん? 僕、何か変なこと言いました?」
「えっ、うーん、別に何でもないよー」
「ふふふっ、アトラ、やきもちかしら?」
「イーシア様、そんなことは…」
「へぇ、この子が、ケトラを変えたのね」
突然フッと現れたのは、見たことのない女性だった。まるでケトラ様のような燃えるような赤い髪を持つ、気の強そうなこの女性は、もしかしたら…。
「あの、もしかして…」
「お兄さん、精霊ハデナ様だよ。あたしの精霊だよ」
「やはり、ハデナ様」
「ふっ、なんだか、そんな様呼びされるのも、変な感じだね。私と同格でしょ?」
「あ、僕、基本こんな話し方なので…」
「ふっ、ほんと、おもしろい子ね」
(え……おもしろいって、また言われた)
なんだか、微妙な居心地の悪さを感じていると、ジャックさんが近づいてきた。
「ライトさん、久しぶりっす。体調はどうっすか?」
「ジャックさん、はい、だいぶマシですよ」
「忘れないうちに、渡しておくっす」
そう言うと、ジャックさんからポーンと何かを投げ渡された。ジャラッ、ん? チェーン?
「なんですか? このチェーンは?」
「タイガさんのアパートの部屋の鍵ですよ。どこにでも、好きな場所に装着すれば、消えるっす」
「えっ? 消えるんですか?」
「なくす人が多いから、居住区では、そういう仕様の鍵が増えてるんっす。なくすと、管理人の仕事が増えるから、タイガさんは邪魔くさがりなので」
「なるほど〜」
僕は、どこに身につけようかと考えていると、チェーンはスッと消えた。
「えっ? ジャックさん、鍵、消えました」
「あー、右腕に絡まってたから、それで装着っす」
「えっと……どうやって使うのですか? 右腕をどこかに?」
「近づけば解除、施錠が勝手にされるみたいっす。あ、引っ越すときは、鍵を返却するから、装着場所は覚えておかないと大変っす」
「あ、どこに鍵があるか忘れると、外せないんですね」
「いや、外せないわけじゃないんすけど、鍵のサーチ代を取られるっす」
「えっ?」
「鍵は、入ったとこからしか出せないので、入った場所探しサーチっす。魔道具屋に頼むとめちゃくちゃ高いっす」
「えーっと、透視で見えるんじゃないんですか?」
「見えないっす。鍵は、身体の中に取り込まれて消えたので、どこにあるかなんてわからないんす」
「へぇ……不思議」
「不思議っす。クマさんの超貴金属らしいっす」
「あ、ベアトスさん?」
「そうっす」
「なるほど、なんだか妙に納得しました」
「あはは、でしょ」
「うんうん」
『おしゃべりは、そろそろ終了よー。ふたりとも、重要極秘任務の時間よー』
頭の中に、ナタリーさんの声が響いた。僕は、居住区の住人になったことで、居住区の住人との念話ができるようになったんだ。
『はーい』
僕は、ジャックさんと共に、トリガの里長の近くへと移動した。そこには、精霊トリガ様もいた。
僕は、今から何が始まるのか、知らされていなかった。ジャックさんは、わかっているのだろうと思ってたんだけど、ジャックさんも知らないと言う。
ただ、精霊達はわかっているようなんだ。僕達が、ぼんやりしていても気にせず、何かの準備を始めていた。
「ジャックさん、なんだか僕達だけがわからないって、複雑な気分ですよね」
「そうっすね。でも、守護獣達も知らないみたいっす。精霊は、わかってるみたいだけど、伝えてないなんて、妙な感じっすね」
「うーん」
「なんか、嫌な予感がするっす」
「えっ? 奴らがここに攻めてくるとか?」
「いや、それはないっす。奴らは撤退し始めてるっす」
「なんで?」
「あー、ライトさんが移動した後、女神様が青の神を追い返したんす」
「えっ!」
「星の再生魔法の後は、星を守るために強力な結界が張られるんす。だから、それが完成すると、この星から出られなくなるから、奴らは撤退するしかないんすよ」
「そうなんだ」
「これから先、大変になるっす。きっと結界が消える頃に、報復に来るだろうから、そのために宝玉集めをしないといけないっす」
「えっ、ビー玉?」
「あ、ライトさん、そういえば最近、全然集めてなかったんすよね? アダンが偉そうなこと言ってたっす」
「あー、ははは、まぁ。でも、宝玉は……あ、今回、回復魔法のエネルギーとして使ったんですね」
「全部使ったみたいっす。城のクリスタルのエネルギーもすべて使い果たしたから、城のエネルギー庫は、空っぽになってるっす」
「じゃあ、集めないと…」
「今回は、落とし物係だけに任せておけないから、神族全員に取って来いミッションが発令されたっす」
「えっ!」
「結界が消えるまでに宝玉を持って来れなければ、女神様の命令をひとつ聞かなければならなくなるんす」
「全員がですか?」
「そうっす、『眼』を持つ神族は全員っす」
「そんなにたくさんのビー玉があるわけ……の前に、そもそも、宝玉の光は、落とし物係にしか見えないんですよね?」
「結界が張られている間は、結界によってマナの光が強くなるから、『眼』を持つ神族は全員、見えるんだそうっす」
「へぇ」
「それに、神族、すなわち女神様の転生者は、1万人もいないんす」
「えっ! そんなに居るんですか」
「ん〜、少ないと思うんすけど…。今回の魔法で使われた宝玉は、普通の宝玉に換算すると、数億個分だったそうっす」
「えーっ!?」
「数千年間、貯めてたみたいっす。だから一人当たり、1万個以上集めないと、って言ってたっす」
「ひゃ〜」
「生まれたばかりの星が生み出す宝玉は、特に密度の高いマナが詰まっていることが多いんす。再生中も同じく、密度の高いマナが詰まった宝玉が、大量に生み出されるはずっす」
「そ、そうなんだ」
「だから、しばらくは、忙しくなるっす」
「う、うん…」
突然、ピューッと強い風が吹いた。トリガの里にいるためか、とても心地よい清々しい風だ。
「あ、ライトさん」
「ん?」
僕は、ジャックさんが指差した方向の空を見上げた。
そこには、黄色のドレスに身を包んだ美しい女性の姿が、空のスクリーンに投影されたかのように映し出されていた。
「何か始まりそうですね」
「そうっすね。女神様は話さなければ、上品で綺麗で神々しいっすね。話さなければ」
「あはは、確かに。でもこんなこと言ってると、なんじゃ? って登場しそうですけど…」
「ほんとっすね、パフェおごらされるから、黙っておく方がいいっす」
「あはは」
そして、また、ピューッと強い風が吹いた。すると、空のスクリーンに映し出された女性が話し始めた。
『私は、この星を守護する女神イロハカルティアです。この度は、突然のことに驚かれたことでしょう』
僕は驚き、ジャックさんと顔を見合わせた。
「話し方が、上品ですね」
「どうしたんすかね、魔力を使いすぎて壊れたんすかねぇ」
(かもしれない)
『チゲ平原に降り立った邪神は、排除いたしました。その際に、かねてより溜めていたチカラを解放し、この星への再生回復魔法を使いました』
(こんな話し方もできるんだ)
『いま、空や大地が光っているのは、この星が生まれ変わっているためです。今、この星には強い結界が張ってあります。そのため、星の外へ出ることはできません。星の再生が完了すれば結界は消えます。それまでは、他の星との行き来ができないことをお詫びします』
(お詫び? 謝った?)
『侵略者を排除するために、急遽、予定よりも数十年早く、この回復魔法を使ったことで、私自身への負担が大きくなりました。私は、この後しばらく、眠りにつくことにいたします』
(えっ?)
『そのため、これからしばらくの間、私が再び神としての活動ができるようになるまで、女神の番犬と呼ばれる私の16人の側近に、私の代行者として、神の務めを任せます』
(へ?)
『いま、目の前に私の側近がいる集落では、無期限にその者達が、私の代行者としての務めを果たします』
(は?)
『それと、この星の冒険者へお願いがあります。先程の大地の揺れにより、多くの場所の地形が変わりました。思わぬ場所で、被害が出てしまったかもしれません。その情報を集め、地図を書き換える作業についてのミッションを、私の名でギルドに依頼します。可能な限りお手伝いくださいませ』
(地形まで変わったの?)
『では、私はこれにて。ご不明な点などは、私の側近へお問い合わせください。この星の皆さんが、自由に、自分らしく過ごせますように』
「ライトさん…」
「はい……冗談ですかね?」
「俺達、女神様に、はめられたっす…」
「さっき、悪口言ったから?」
「かもしれないっす」
(ちょ、ちょっと待ってー! 無理だよ、そんな)