153、チゲ平原 〜 決着?
突然、強い風が吹いた。そして厚く覆っていた雲を散らし、太陽の光が大地を照らした。
「ん? なんだ?」
チゲ平原に降り立った青の神ダーラは、自分が覆った雲が散らされ、太陽の光がのぞいたことに違和感を感じた。
「まぁ、よい。この星の気候の特性か? ふっ」
そして、青の神ダーラは、目をつけていた少年の方へと再び歩き始めた。こういうときは、ゆっくり歩くのがたまらなく楽しかった。相手の表情がどんどん恐怖にゆがんでいくのだからな。
だが、その少年は、一瞬驚いた顔をしたものの、その後は一切、表情を変えない。立ったまま、気絶でもしたか?
すると、その少年は、突然、スッと目の前から消えた。気配がかすかに残るが、平原に吹く強い風のせいで場所が特定できない。
「どこに隠れた? 何も取って食おうというわけではない。おまえのようなタイプは珍しいから興味があるだけだ」
その瞬間、胸が凍った。とっさのことで、俺は何が起こったかわからなかった。
魔力を循環し、体内のマナの流れを整えてたところで、自分の身に受けた軽いダメージに気がついた。少年はどうやら、俺の臓器のひとつを凍らせたらしい。
「っく、なめた真似を。これが挨拶か」
俺は少年を探した。あちこちに気配があるように思えるが、どこを斬っても手ごたえがない。
「出てこい! じゃないと、おまえごと平原すべて吹き飛ばすぞ」
「なめた真似をしているのは、あなたの方です。さっさと自分の星に帰ったらどうですか」
「なんだと?」
「僕は、あなたを殺せると言っているのです。次は心臓を燃やしましょうか? あなたは、どうやら寒さには鈍感だ。熱い方がお好きでしょう?」
「殺せるだと?」
「神殺し、そう噂されているんです、僕」
俺は、無性に腹が立つとともに、心が浮き立つのを感じた。このガキ、いい度胸をしている、面白い。
殺すのは惜しいが……我が星に持ち帰るには、いったん殺して、このガキと女神との関係を断ち切るしかないな。
一度殺すと弱くなるだろうが、まぁ仕方ない。まだ子供だ、また育ててやればよい。
「ほう、面白い」
チゲ平原は、シーンと静まり返っていた。空の雲はほとんど消え去り、赤い太陽がぬかるんだ大地を照らしていた。
再び、ビューッと強い風が吹いた。と、同時に大地がグラグラと大きくに揺れた。あまりの揺れに立っていられないほどだ。
そして、ガタガタと揺れは続き、大地はあちこちひび割れ、黄色い光を放ち始めた。
「なんだ?」
平原にいたこの星の住人達も、慌てているようだ。いよいよ星の崩壊が始まったのか? まだ猶予はあるはずだと思っていたが、この戦乱で一気に星の寿命が縮まったか。
近くにいた少年のわずかな気配が、スッと消えた。いや、違う。少年は俺から離れ、番犬の女の近くにいた。
俺を殺せると言っていたくせに、この大地の変化に恐れを抱いたか? やはり子供だな。
ピューッ!
再び、さらに強い風とともに空が黄色く、いや金色に染まった。みるみるうちに、強いマナが、空からも大地からも溢れてきた。
「なんだ? 星の崩壊ではないのか?」
ピューッ!
強い風が、溢れたマナをかき回すように、あちこちでクルクルと、小さな風の渦をつくり出していた。
その風の渦の中には、何か小さなものが遊んでいるかのような姿が見えた。
「何か居るのか?」
そして突然、風が止まった。すべての音が、この世界から消えたかのような静寂に包まれた。
空気感がガラリと変わり、まるで一瞬、この星の重力がなくなったかのように、身体が一気に軽く、浮遊するかのような感覚を覚えた。
ピューッ!
次の瞬間、焼け野原の大地は、一斉に緑が芽吹き、勢いよく育ち始めた。赤茶色だった平原は、一瞬のうちに草原へと姿を変えていく。
そして、燃えた木々も、再び大地から芽吹き、スルスルと大きく成長していった。
草原には、さらに一気に花が咲き、その花に誘われるようにして、昆虫などの小さな虫まで現れた。
「ま、まさか?」
とっさにダーラは、大地から身体を浮かせた。
ダーラが身体を浮かせた直後、まるで生き物かのような緑色のツタが、割れた地面からスルスルと伸びてきた。
ツタは、大きく振りかぶり、グルンと空振りした。そしてポトリと地面に落ち、そのまま大地の緑へと変わっていった。
『ッチ! 逃したか』
「まさか、イロハカルティアか!」
『妾を呼び捨てにするとは、いい度胸じゃな、残酷! 冷徹! 変態! 悪魔!!』
「へ、変態だと!?」
『知らぬぞ、空ももうじき完成じゃ。出られなくなるのじゃ!』
「なっ! なぜ、おまえにこんな魔力が?」
『変態に教える気はないのじゃ! いま逃げねば、殺して追い返すのじゃ!』
「なんだと? おまえのような弱小神にそんなこと…」
『ここは妾のテリトリーじゃ。星の上の変態一匹の生命を星に吸収させるなど、たやすいことじゃ』
「そ、そんな魔力があるわけ…」
『魔力がなきゃ、なぜ大地が再生するのじゃ? ほれほれ、どうするのじゃ』
「くそっ」
青の神ダーラは、配下に撤退の合図を送った。そして、せめてもの土産にと、先程の少年の姿を探した。
だが、焦るためか、少年の姿を見つけられない。
『中立の星への侵略者ダーラ! この世界すべての神に、さっきこの地の映像を送ったのじゃ。地に堕ちろ、なのじゃ!』
「退け! 逃げ遅れると、この星に閉じ込められるぞ」
一斉に、侵略者達は撤退を始めた。
動けない者は切り捨て、我先にと星から出ていこうとした。だが、空には、この星の女神イロハカルティアの強い結界が出来上がりつつあった。
ほとんどの者達は、この結界に押し返され、地上へと落ちていった。
この結界を突破できたのは、ダーラを含めた4人の神々と、わずかな配下のみだった。
「くそっ、ならば…」
「おやめください、ダーラ様」
「このまま星ごと消し去れば、我々の配下が巻き添えになります」
「それに、他の神々に知らされたなら、この星を吹き飛ばすと、すべての敵対する神々に、我らの星を攻め込む正当な理由を与えてしまいます」
「そうなれば、謀反や反逆が止まらなくなり、我々は、ダーラ様の格は、地に堕ちます!」
「だが、今でなければ、星の結界が完成してしまうではないか! イロハカルティアは、口うるさい妖精だぞ? 潰しておかねば、何を吹聴されるか」
「もう、吹聴された後のようです。あちこちの神々から、非難の声が聞こえてきます。これ以上、何をしても火に油をそそぐ結果になります」
「それに、結界の外にさらに防御バリアが張り巡らされています。おそらく、すでにこの星を吹き飛ばすことは困難です」
「なんだと?」
「だから女神は、あのように、好戦的な態度をとっていたのでしょう」
「ダーラ様が、この星を消すために圧倒的な魔力をぶつけて、もし万が一、破壊できなければ……ダーラ様は膨大な量の魔力を無駄にするばかりか、中立の弱小神の星を破壊できなかったという、致命的な悪評がたちます」
「リスクが高すぎる、ということか、くそっ」
「ダーラ様!」
「わかっておる。しかし、なぜ、こんな魔力を……どこにコソコソ溜めていたのだ?」
「しばらくは、この星は出入りができません。だが、念話は可能です。地上に取り残された者達を使って、調べさせましょう。各地を探らせていた密偵も、大量に取り残されていますから」
「そうだな、それが最善策だ。結界が消えるまでは、誰も出入りできぬからな」
「結界が消えるには……数年かかりますか?」
「いや、そうはかからん。星の再生時に張った結界は、星の誕生時と同じく、不測の事態から星を守るためのものだ。星の再生が完了し、星の神が活動できるようになれば消える」
「女神はすでに活動しているから、すぐに結界は消えるということですか?」
「今回、一体、何をしたのかはわからんが、女神の体力、魔力が全回復すれば、そのうち消えるだろう」
「ということは、女神は、万全の状態になるのですか」
「これまでの数千年の裏工作が、水の泡だ。だが、数千年前に戻っただけだ。弱小神であることに変わりはない」
「では、情報を集める間に、まわりの非難の声を黙らせることに致しましょう」
「そうだな。俺の優位性はこんなことでは変わらぬと、馬鹿な神々に見せつけねばなるまい」
青の神ダーラは、金色に輝くイロハカルティア星の結界が完成するまで眺めた後、配下と共に、自分の星へと戻っていった。
「あの星は、必ず、手に入れてやる!」
ほんの少しだけ、時は遡る。
僕は、奴が僕を指差したとき、心臓が止まるかと思うくらいドキッとした。
そして、ヘラリと笑いながら、ゆっくりこちらに歩いてくる男の威圧感に、気を失いそうになっていた。
『ライト! 悪魔ごときに何をビビっておるのじゃ』
(えっ?)
頭の中に、とても久しぶりな気がする、お気楽な声が響いた。
『どどーんと、始めるのじゃ』
(何をですか?)
『重要極秘任務じゃ。あの悪魔の注意を引きつけておくのじゃ』
(えっ? ど、どうやって?)
『命を狙われれば、誰でもその相手に注意が向くのじゃ』
(あ、暗殺しろということですか?)
『そんなこと、無理じゃ。あの悪魔は、何をしても死なぬ。だから気にせず、どどーんと始めるのじゃ!』
(えっ…)
『奴は、いくら気配を消しても察知するのじゃ。ウロウロ動かねば、逆に殺されるのじゃ』
(は、はい)
『大地が光れば、奴から離れるのじゃ。次のミッションがあるから、実体化して、誰かの背に隠れておくのじゃ』
(え?)
『ライトが、霊体化しておると、念話が厳しいのじゃ』
(あ、はい)
『それから、アパートの鍵じゃが、いま、ジャックがスペアキーを、青いワンコに渡しに行ったのじゃ』
(へ?)
『ワンコが受け取ったら、鍵の引き渡し完了になるのじゃ! あとの連絡は、妾ではなくても誰でもできるのじゃ』
(えーっと…?)
『ライトは城の居住区の住人になるのじゃ。他の住人と念話ができるのじゃ』
(あ、は、はぁ)
『いつまでビビっておる? はよ、気配を消すのじゃ! 捕まるのじゃ』
(あ! は、はい!)
僕は、透明化! 霊体化! を念じた。そして、女神様の重要極秘任務を遂行するために、再び、魔族の国スイッチ、すなわち、はったりスイッチをいれた。
そして、僕は、奴の背後にまわり、身体に手を入れて、奴の内臓の一部を凍らせた。
(全然、効いてない……バケモノだ)
僕は、一瞬ビビったが、いま僕は魔族の国スイッチを入れているんだ。僕は、奴の注意を引きつける、重要極秘任務を再開した。