145、チゲ平原 〜 マルガリータ風味のポーション
「今度こそ、この中に居るのだな? 平原での張り込みは、暑くて疲れる」
「あぁ、ワープワームを従えている白魔導士が参加した、という確かな情報があるんだ。間違いあるまい」
「女神の番犬を探していても、数が多くてなかなか見つけられなかったからな」
「始めからワープワームで探すべきだったか」
「だが、顔がわからぬが…」
「わかったとしても、この星の人族はみな同じ顔ではないか。区別がつかぬ」
「そうだな。番犬らしい雰囲気の男を探せばよいか」
「あぁ、ワープワームのことは口にするなよ? そいつを探していると気づかれたら、逆にこちらの立場が悪くなる」
「わかっている。こないだ見つけた番犬に、誰を探しているのかと聞かれたときは、冷や汗ものだったからな」
「まぁ、あいつとは違って、白魔導士だ。不意をつけば、簡単に殺せるはずだ」
「捕獲しないのか?」
「殺せば、ワープワームが手に入るんだぞ? 俺達が成り上がるチャンスだ」
「確かに」
「殺して、仕掛けを組み込めば、ワープワームは俺達のもの。そしてダーラ様の指令完了だ」
「どうせ、女神が生き返らせるのだからな。仕掛けが発動するとは気づかずに」
「永遠のメリーゴーランドか、しかし悪趣味だよな……悪魔らしいが」
「確かに」
「あ! いま、来た奴ら、ワープしてきたんじゃないか?」
「女ふたりだ。魔道具じゃないのか?」
「ッチ、紛らわしい奴らだ」
僕はいま、リリィさんと一緒に、チゲ平原へ来たところだ。集合時間に遅れていると言われ、果樹園から生首達のワープで、やってきたんだ。
僕は来たことのない場所だったけど、おそらく生首達が、このミッションに参加する人達について行って、場所を確認したんだろう。
同じ臨時パーティの、僕を睨む剣士ふたりの目の前に、ワープしたんだ。
「おわっ! リリィさん?」
「えっ? 」
「リリィさん、無事に着いたみたいです」
リリィさんは、まだ呆然としていた。まぁ、そうだよね。生首達のワープスピードって、速いみたいだし。
「ここは、チゲ平原かしら?」
「はい。あの、魔道具ですか? 転移ならこんな場所には、急に現れないですよね。さすがコペルです」
「えっ? うーん、そうね」
リリィさんは、ワープワームだとは言えず、言葉をにごした。さすがコペルだと言われては、違うとは言いにくいよね。
ここ、チゲ平原は、とても風の気持ちいい場所だった。ロバタージュよりも少し暑いが、湿度が低いのか、僕にはとても居心地よく感じた。
美しい草原が広がっているが、イーシアとは違った雰囲気だった。イーシアは、精霊がいるということを感じる、神秘的な雰囲気があるんだ。
おそらく、あの不思議な雰囲気は、隣接するトリガの里を隠すために、精霊トリガが何かのチカラを使っているからだと思う。
一方で、チゲ平原は、精霊のチカラを感じない。とても、解放的な気分になれる、気持ちのいい草原が広がっているんだ。
ここは草花が多く、昆虫も多い。虫がこんなに多い草原なんて初めてだ。薬草はなく普通の草花ばかりだ。草原は、なんだかお日さまの匂いがする。
この草原に寝転んだら気持ちいいだろうな。そう考えると、なんだか僕は、眠くなってきた。
「ちょっと、ライト! まさか寝るつもりじゃないでしょうね」
「えっ……あ、すみません。草原が気持ちよくてつい寝転びたくなって…」
「ふふん、兄さん、そんなことで大丈夫なのか? やっぱり、あんた、ただの人族だろ」
「へ? えーっと…」
「いろいろな噂の的になりすぎているから、変だと思っていたんだ。あんた、誰かに雇われてるんだろ? 影武者ならバレないようにキチンとしろよ」
「えーっと……ん? 意味がよくわからないですが」
僕を睨んでいた剣士が、なんだかよくわからないことを言ってきた。ん〜、ま、いっか。
「もしかして知らない間に、噂の人にでっち上げられたのか? 見たところ、ただの白魔導士だもんな」
「珍しいポーションを扱うから、いろいろな噂が重なったんじゃないか? きっと本物はあっちだぜ」
(本物って何?)
剣士が指差した先には、30代前半に見える魔導士風の背の高い男がいた。たくさんの新人冒険者に囲まれている。
囲んでいるのは、ほぼ女性だった。モテるんだな…。まぁ、僕は、アトラ様にだけモテればいいんだけど。
そんな話をしていると、ギルドの守護者からミッション開始の合図と、その説明が始まった。
新人冒険者は30グループあり、その世話をする僕達が5グループ。新人6グループずつ順に、ミッションをスタートすることになった。
僕達は、一番最後のスタートになった。くじか何かかと思ったけど違うようだ。貴族から優先のようだ。僕達が担当するのは、すべて商会の子達だもんね。
「ミッションは、平原のあちこちに群生している爆弾草の採取だ。摘むと、実が破裂するから根ごと引き抜いて魔法袋に入れるんだ。わかったな」
「「はい!」」
ギルドの守護者の説明を、新人冒険者もその父兄も、緊張した面持ちで聞いていた。いや、怖がってるよね。
説明をしているのは、今回のミッションの責任者だ。それにギルドの守護者は、ギルドの最高ランク、Lランク冒険者だ。ギルドマスターと同格だとされている。
そして、ギルドの守護者の大半は神族だ。これは、通常冒険者は知らないらしいが、この新人冒険者は、貴族と商会の子達だ。おそらく、学校で学んで知っているのだろう。
「では、出発を待つ間、少し商談でもしておきましょうか」
「はぁ、そんなに時間はないわよ?」
「リリィ様、時間は気をつけておきますので…」
商会の父兄達は、なにやら商品を魔法袋から取り出し、商売を始めたらしい。
(自由すぎる…)
『おい、新作を試飲させればいいんじゃねーか」
(ん? リュックくん、新作できたの?)
『果樹園で、すでに出来ていたんだが』
(え? 桃を入れる前に移し替えたのに?)
『あのすぐ後だ。合図したのに、無視しただろーが』
(えっ? 合図?)
『重くなっただろ?』
(あー、魔導ローブが重いからずっと重力魔法使ってるから、気づかなかったよ)
『はぁ、ったく』
「リリィさん、僕もちょっと、商売していいですか?」
「ライトまで、何を言ってるのよ」
「僕も、行商人ですから。ポーションの新作ができたので、ちょっと試飲してもらえたらなと思って」
「新作のポーション!? 仕方ないわね、出してみなさいよ」
「はい、じゃあ……え?」
リリィさんは、いつの間にか、テーブルとイスを出していた。
「この上に置きなさい」
「テーブルセットなんて、持ち歩いてるのですか?」
「ミッションで遠出したときには必要でしょう?」
「はぁ」
(そんなのいらないじゃん…)
僕は、イスにリュックを下ろし、中を開けた。どっちゃり入ってるけど、新作だけ出せばいいよね。
さすがに、この場であのダンジョン産の魔法袋を出すわけにもいかないもんね。
僕は、ゴソゴソと小瓶を取り出した。手に触れるものは、ほとんどが新作だったから、チラッと確認しながらテーブルの上に出していった。
その様子を見て、さっき商談すると言っていた父兄達も、そろりそろりと声の聞こえる距離まで近寄ってきた。
新作は、『PーⅢ 』
ってことは、『PーⅠ 』モヒート風味の上位のものかな?
僕は、ラベルに魔力を流し、説明書きを表示した。
『ポーション、体力を30%または1,000回復する。(注)回復は、いずれか量の多い方が適用される』
「リリィさん、どうぞ。僕もまだ飲んでないので、味はわからないですが」
「ライトのポーションなら、ジュースの味でしょ? いただくわ」
リリィさんは、ラベルをチェックした後に、蓋を開け、匂いを確認していた。意外に慎重なんだな。
僕も、蓋を開けてみた。オレンジの香りと、ライムの香り、あと、なんだろう? 少しクセの強い独特の香りがする。
飲んでみると……また難しいな、これ。アルコールが入っていないから判断できない。いろいろなカクテル名が頭に浮かぶ。
『おい、わかんねーのかよ、マルガリータだ。おまえが、失恋したときに最後に飲んだんだろ』
(えっ、リュックくん、何を言ってるの)
『いきつけのバーで、グダグダ、イジイジしながら飲んでたんだろーが』
(あー! 前世のことを言ってるの?)
『当たり前だろ。ポーションは、すべておまえの前世の記憶から作ってんだからな』
(あ、そっか、そうだったね。確か……マルガリータって、悲しいカクテルだって、バーのマスターが言ってたよ)
『ふぅん。あっそ』
(リュックくん、興味なさそう…)
『あのな、おまえの記憶は、俺の記憶でもあるんだからな。話したいなら聞いてやってもいいが』
(いや、別にいいよ。どうせ、前世のことだし…)
『おまえは、そうやって、ウジウジするから、モテねーんだよ』
(もうっ、わかってるってば)
マルガリータは、テキーラ、コアントロー(ホワイトキュラソー)、ライムジュースまたはレモンジュースをシェークして作るショートカクテルだ。グラスのふちに塩をつけたスノースタイルのものが多い。
とても有名すぎるカクテルだから、ふだんカクテルを飲まない人も名前は聞いたことがあるだろう。
テキーラベースだが、口当たりがよく、さっぱりとして飲みやすい。だが、アルコール度数がかなり高いので、お酒に弱い人にはオススメできない。
マルガリータという名は、このカクテルを創作したバーテンダーの亡くなった恋人の名だそうだ。その彼女を偲んで作られたと言われている。
そのためか、ちょっとせつない味がするんだ。
(うん、マルガリータ風味だね)
僕は、リリィさんの様子を見ると、なんだか彼女、おとなしくなってしまっていた。何? これ別に呪い付きじゃないよね? どうしたんだろう。
「リリィさん、どうですか?」
「えっ? あ、美味しいわよ。でも、なんだか不思議な優しい味ね。少し、せつない気分になってきたわ」
「えーっ!?」
「何? なにか文句でもあるのかしら?」
「い、いえ、別に…」
「あの、私達も飲んでみたいのですが…」
まわりに集まってきていた父兄達が、リリィさんにそう声をかけた。
「貴方達、何を言ってるの? たずねる相手を間違えているんじゃないかしら?」
「あ、お兄さん、私達にも…」
「はい、どうぞ。お気に召せば、買ってくださいね。近いうちに、ギルドに価格査定してもらいますから」
僕がそう言うと、テーブルの上のポーションは、あっという間になくなった。
さすが商会の人というべきか…。なんというか、抜け目がないというか…。
「ミッション中に飲ませてもらいますね」
「いま、体力が減っていないので、後で試飲させてもらいます」
と言いつつ、彼らは、マルガリータ風味のポーションをかばんや魔法袋に入れていた。
(まさか、そのまま、売る気じゃないよね?)