144、ロバタージュ郊外 〜 リュックの説教
「さぁ、道もできたのでクリスタルの調整に行きましょう」
「この道、大丈夫でしょうか? 横からパイン草に頭突きでもされると、大怪我をしてしまいます」
「じゃあ、バリア張りますね」
僕は、オーナーさんにバリアをフル装備かけた。念のため、僕もバリアを張りなおした。
「えっ? これって……何種類のバリアですか! 」
「えーっと、まずかったですか? 苦手な属性あれば外しますが…」
「いえいえ、苦手な属性はありません。こんな贅沢なバリアをかけてもらったことがなくて、驚いてしまいまして」
「贅沢ですか?」
「はい、冒険者をするときは、私は防御力が低いので、バリアが得意な高位の魔導士をパーティに勧誘するのですが、ここまでの多重バリアを見たのは初めてです」
「そ、そうなんですか。僕は、ビビりだから、いつもバリアを張っているから、上達したのかもしれません」
「なるほど、すごいですね」
「ありがとうございます。さぁ、行きましょう」
僕達は、生首達が蹴散らしてできた道を、クリスタルに向かってまっすぐ歩いていった。途中、何度か、槍のようなものが飛んできたけど、すべてバリアが弾いていた。
槍のようなものを飛ばしてきた奴は、すぐに生首達の餌食になっていた。
かなわない敵に囲まれたら、生き残るには、じっと隠れていなきゃいけないな…。僕は、奴らを見ながら、なんだかそんな教訓じみたことを考えていた。
やっぱり、アイツら、僕よりめちゃくちゃ強いよね…。なんだか、くやしいな…。
僕は、夢中でお食事中の生首達を、ジト目で睨んだ。すると、奴らは、ヘラヘラ、ふわふわ、クルクルとし始めた。
(喜んでる……はぁ、意味がわからない)
「ライトさん、懐かれてるんですね。ライトさんが目を向けると、この子達、嬉しそうです」
「そうですかねぇ」
「あ、これです、クリスタル。お願いします」
「はい、見てみます」
僕は、台座の上に浮かんでいるクリスタルを『見て』みた。うーん、クリスタルは浮いてるんだから、台とクリスタルの間に何かが挟まっているわけではなさそうだ。
マナの流れって言ってたっけ? その流れは僕には見えない……ん? 『見え』る! 黄緑色の粒子がクリスタルから台座へと吸い込まれている。あ! 流れが、石を避けるように、曲がっている場所があった。
なるほど、台座に何かがくっついているんだ。僕は手を半分霊体化した。クリスタルを通り抜けてその下の異物を取り除こうとしたけど、クリスタルは通り抜けできなかった。
僕は、上は諦め、下の台座の方から手を入れてみた。台座は普通に通り抜けできた。そして異物を掴んで霊体化し、スッと引き抜いた。これ、パイン草の槍みたいな武器じゃん…。
僕は、半分霊体化していた手を実体化し、その異物をオーナーさんに渡した。
あ、クリスタルの色が変わった。さっきは真っ赤だったのに、オレンジ色になっている。
クリスタルって、半分霊体化している状態では通り抜けできなかったな。完全霊体化なら、通り抜けできるんだろうか?
「あー、ありがとうございます。クリスタルも、他の場所と同じ色になりました。よかった〜」
「さっきは真っ赤でしたもんね」
「ですねー。しかし、これ、パイン草の葉ですね…。これでコイツら、クリスタルのエネルギーを吸収して魔物化したんですね」
「えっ! 根じゃなくて、葉から吸収するのですか?」
「マナや光などのエネルギーは、ほとんどの植物は葉から吸収するんです。その挟まっていた葉から、他の個体へとクリスタルのエネルギーが流れたのでしょう」
「なるほど…」
「おそらく、掃除をしたときに何かの拍子で、葉が挟まったまま気付かなかったのだと思います。お騒がせして申し訳ないです」
「いえいえ。ということは、これで植物魔物は、元の植物に戻りますね」
「あー、それは無理です。いったん魔物化したものは、再びただの植物には戻りません。いま以上の進化はしなくなると思いますが…」
「じゃあ、気味わるい植物は、そのままに…」
「ええ。ただ、美味しいことがわかりましたから、上手く付き合っていきます。収穫は、冒険者仲間に依頼するかもしれませんが」
「あはは、それはギルドが喜びそうですねぇ」
「ですねー。おっ! パイン草の魔物、逃げ始めましたね〜」
「ん? 」
僕は、草原を見渡した。ツンツン頭が見当たらない。まさか、生首達が全滅させたの?
「もしかして全滅ですか?」
「いえいえ、まさか。隠れただけですよ。でも私には居場所はわかりますけどね〜」
そう言って、オーナーさんはまた不思議な魔道具を出してきた。
「いろいろな魔道具があるのですね」
「ははっ、このために冒険者もしてるんですよ。あと、果樹園の宣伝のためでもありますが」
「ん? 宣伝ですか?」
「ええ。果樹園を知ってもらって、利用してもらうためですね。知り合いになると、近くを通るときに立ち寄ってくれる人が多いので、外から直接レストランに入れるようにしたんですよ」
「へぇ。ここは、たくさんの種類の果物があるから、果物好きにはたまらないでしょうね」
「ここでしか提供できない完熟果物は、絶品ですからね。この国で一番の果樹園だと自負していますよ」
「ここには、すべての種類があるのですか?」
「ほとんどの物があります。ただ、協定で大規模に作れないものは、お客さんの目にふれないようにしています」
「ん? 協定ですか?」
「ええ。近くの畑を潰すことにならないように、大規模な農園には、守るべきルールがあるのです」
「近くの畑?」
「徒歩で数時間以内の範囲です。このあたりだと、ヘルシ玉湯の湯の谷近くに、数軒の農家があるんですよ」
「あ! 湯の谷の上の草原?」
「はい、行かれたことありますか?」
「あります。カカオやぶどうを買いました」
「ん? カカオ? それは木の実でしょうか? 勝手に自生しているものかと…。ぶどうやイチゴ、りんごなどは、競合するので、協定で作れないんですよ」
「あー、イチゴやりんごも、もらいました」
「あそこにないものは、ほとんどすべてありますよ。あそこにあるものも、自家消費用に栽培していますけどね」
「じゃあ、この国の果物は、この果樹園と湯の谷の農家に行けば、すべて手に入るのですね」
「ええ、おそらく。未開の森には自生している果物が、まだまだあるとは思いますけどね。そうそう、ライトさんのイーシアの森などはその代表格ですね」
「未開の森ですか」
「イーシアの森の近くには、強い精霊が守る守護獣の隠れ里がありますから、なかなか開拓できないのですよ」
「あー、なるほど」
「精霊は、神の分身ですからねー」
「えっ? そうなんですか」
「ええ、精霊や下級神は、星の神がその魔力で作る分身だと言われているのですよ。だから、神と同じく、うやまう対象です」
「へぇ」
「それに、精霊にも神と同じく格があるそうです。隠れ里の精霊は格が高いので、やはりその庭を開拓することは、信仰心からも難しいそうです」
「そうなんですね、知らなかったです」
「こういう話は、年寄りからの言い伝えですからね。あれ? ライトさん、イーシアの民なのにご存知なかったのですか?」
「僕は、17歳より前の記憶がないのです…」
「えっ? あ、それは申し訳ないことを聞きました」
「いえいえ、大丈夫です」
僕は、草原を見渡した。生首達は、お腹がふくれたのか、食事は終了し、ヘラヘラしながらパイン草を追いかけて遊んでいた。
あんな遊び……追いかけられる植物魔物が、少しかわいそうに見えてきた。
「ライトさん、そろそろ戻らないと、リリィ様が…」
「そうですね。あの黄色い実、集めてきますね」
「では、お手伝い……したいところですが、ちょっと植物魔物が…」
「大丈夫ですよ。お気持ちだけで〜」
僕は、生首達が根を食べた残骸の山へと近寄った。そして、パイナップル部分をナイフで切ると、リュックくんが即座に収納していた。
(このカットも、リュックくんならできるんじゃないの?)
『無理に決まってるだろーが。オレには手足どころか身体がないんだけど』
(早く進化してよねー)
『そんなもん、おまえ次第だろーが。グダグダ言ってねーで、さっさと手を動かせ』
(うーん。けっこうキツイんだよ? 僕まだ…)
『はいはい、わかったから、さっさとしろ』
(うん〜)
僕は、リュックくんに急かされながら、パイナップル部分の切り取り作業をした。疲れるよね、この量…。
途中で、どうにも嫌になってきた頃に、やっとリュックくんのストップがかかった。
『これくらいでいいぞ』
(助かった〜)
『ったく、情けねーな。体力なさすぎだろ』
(だって、まだダル重い状態が…)
『はいはい、わかったわかった。はよ戻れ、あのお嬢さん怒ってるぞ』
(えっ! まじ? なんでわかるの?)
『はぁ、おまえも『見て』みれば、わかるだろーが』
(あ、そっか)
『はぁ……おまえなぁ。『眼』は使わなければ持ってる意味ねーぞ』
(うん、わかってる)
『なら、常にまわりを見ておけよ』
(うーん、そんなの難しいよ)
『やる前から諦めてどうすんだよ』
(う〜…)
生首達は、僕がリュックくんに説教されているのに、ヘラヘラとお気楽な顔をして漂っていた。
パイン草を追いかけることに飽きて、暇そうだった。
僕は、生首達にイラッとしたけど、下手なことを言うと、またリュックくんに説教されそうな予感がしたから、グッと我慢した。
「オーナーさん、レストランに戻りましょうか」
「ええ、そうですね、はぁ」
ん? ため息? あ、またあの気味わるい場所を通るのが嫌なのかな?
「あの、コイツらに餌を食べさせてもらったので、レストランまでワープしてみます?」
「えっ? もしかして、ワープワーム?」
「はい」
「ええ〜っ!? ライトさんって何者なんですか?」
「えーっと、まぁ、とりあえずどうぞ。足元のクッションに乗ってください」
「えっ? あ、はい」
「じゃあ、行きますね」
僕もクッションに乗った。その瞬間、レストランの入り口に到着した。近距離だから、めちゃくちゃ速いな。
「へ?」
「着きましたよ」
「あ、え?」
僕がオーナーさんとレストランの入り口に現れてすぐに、リリィさんがツカツカと近づいてきた。
(わっ、ほんとに怒ってる…)
「ライト! 遅いじゃないの!」
「すみません」
「リリィ様、ライトさんには、クリスタルの不調を見てもらってたので…」
「ふぅん、で? 直したのね?」
「はい、直してもらいました」
「そう、それならいいわ。ライト、もう集合時間を過ぎているわよ」
「わっ、すぐに移動しましょう」
そう言うと、生首達は僕とリリィさんの足元に集まってきた。行き先、わかってるよね? 僕は、行ったことないけど…。
生首達は、ヘラヘラしていた。この顔は自信があるんだよね?
「リリィさん、そのクッションに乗ってください」
「わ、わかったわ」
「オーナーさん、ありがとうございました。また、果物を買いに寄らせてもらいます」
「はい、お待ちしています。こちらこそありがとうございました」
僕は、オーナーさんに手をふり、リリィさんと共に、その場からスッと消えた。