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142、ロバタージュ郊外 〜 果樹園に寄り道

 いま、僕はロバタージュを出て、チゲ平原という場所に向かって歩いている。


 僕だけじゃない、ぞろぞろと300人以上が、ミッションが行われる地を目指して歩いているんだ。

 整備された広い道だけど、これだけの人数が歩くと、すんごい砂ぼこりというか砂煙で、ちょっと目が痛い。


 歩きながら、僕はマッピングの魔道具で、近くに果樹園があることを見つけたんだ。


 そこに立ち寄りたいと、リリィさんに話したんだけど、そのときに、彼女は、僕に関する噂を全く信じてないことがわかったんだ。自分の目で見たものしか信じないタイプのようだ。



「僕、ちょっと果樹園に寄りますね。ミッション開始までにはワープで合流しますから」


「そのワープ、いえ、迷宮から大量の人を救出したのは、もしかしてライトなのかしら? そんな噂も聞いたけど」


「救出は、僕ひとりじゃないです。ただ、ワープワームを使ってロバタージュに移動させたのは僕です」


「ふぅん。じゃあ、ワープは複数で使えるのね?」


「ええ、まぁ」


「じゃあ、私も果樹園に付き合ってあげるわ」


「へ?」


「何?」


「あ、いえ、リリィさんが抜けると、道中マズいんじゃないですか? リーダー格だから」


「別に影響ないわ。こんだけぞろぞろ歩いていれば、魔物も何も寄ってこないわよ」


(えー、そんな…)


「そ、そうですか?」


「それに、私も果物を食べたいわ。あの果樹園の果物は絶品なのよ」


「へぇ」


「いつも、取り寄せているの。でも、完熟の物は届けてくれないのよ」


「どうしてですか?」


「消費期限がどうとか言うのよ。果樹園に来てほしいからだわ、きっと」


「そ、そうなんでしょうか」


「絶対そうに決まっているわ。農家のくせに商魂たくましいのよ」


「はぁ」



 僕はこのミッション限定の4人パーティに入っているんだけど、リリィさんは他の剣士ふたりに果樹園に寄り道するから、よろしくと伝えていた。


 僕のことは睨むふたりだけど、リリィさんが話しかけると別人のように愛想がいい。


 まぁ、リリィさんって美人だし、コペル大商会の孫娘だし、そこそこの黒魔導士らしいし、狙っている人は多そうだよね。



「じゃあ、そこの道から入って、レストランに行くわよ」


「えっ? ごはん食べるんですか?」


「何? お腹空いてるのかしら? レストランに果樹園のオーナーがいるのよ」


「あ、なるほど」


 僕は、リリィさんの後について、脇道を進んだ。少し進むと、隠れ家的なレストランが見えてきた。


「初めてだと、この店は見つけられないですね」


「外から行くのはわかりにくいわね。果樹園の中を歩けば、あちこちに看板が出ているんだけどね」


「なぜ、外から?」


「果樹園の中は、グネグネしていて、まわり道になるもの。外からの方が圧倒的に早いわ」


「なるほど…」


 僕は、できれば果樹園の中を見てまわりたいのに……まぁ、仕方ないか。


 レストランというよりは、みやげもの屋にみえるログハウス風の建物に、リリィさんは入っていった。外の入り口の前にもズラリと果物が並んでいた。


 僕は、外の売り物を見てみたかったけど、リリィさんが立ち止まってくれないから、売り子さんに軽く会釈をして、店内へと入っていった。


 リリィさんは、レストランの中の厨房の方へと入っていった。席を案内する係の人が苦笑いをしている。僕は、一瞬戸惑ったんだけど、はぐれても困るのでリリィさんの後を追った。



「オーナー、いま時間あるかしら?」


「おや、リリィ様、いらっしゃいませ。また、腐りかけの果物ですか?」


「腐りかけが一番美味しいもの。今日は、果物を買いたいという客も連れてきてあげたわよ」


 オーナーと呼ばれたのは、僕の予想とは違って、けっこう若いお兄さんだった。気難しい爺さんかなと勝手に想像してたんだけど…。


「おや、見慣れないお嬢さんですね、いらっしゃいませ」


「こんにちは、オーナーさん。あの僕、男なんですよ」


「あ、これは失礼しました。中性的なお人形さんのような雰囲気だから、ついつい…」


(お人形さん……って初めて言われた)


「よく間違えられるので、大丈夫です」


「そうね、確かにライトって女の子みたいだわね。華奢だし、背も私と同じくらいだし、色白だからね」


「そういう種族なので…」


「イーシアの森の集落の子かな? 色白だから北部かな?」


「はい」


「やっぱりね、王都に行くことがあれば、気をつけてください。イーシアの子は、よくさらわれますから」


「えっ? どういうことですか?」


「ライトにはまだ早いわね。大人の話よ」


「えっと、子供じゃないですよ? 僕」


「へ? 10歳くらいでしょ?」


「リリィ様、たぶん16〜7ですよ。ね? イーシアの民は若く見えるから」


「17歳だと思います。あ、もしかしたら18歳になっているかも?」


「ええー? そうなの? 全然そうは見えないわね。じゃあ、わかるわね、可愛い男の子を買いたがる奴らがいるのよ。捕まったら奴隷にされるみたいよ」


「えっ!」


「普通の奴隷じゃなくて、いやらしい意味での奴隷みたいよ」


「えっ…」


(何? その人権無視みたいな話……王都こわっ)


「イーシアの森には数百の集落があるから、王宮も注意するようにと伝令をしたようだけど、なかなか全てには伝わってないみたいね」


「そうなんですか…」


「ひどい奴らなんて、イーシアの集落をまわって、王都に仕事があると騙して、若い男の子を誘拐しているらしいですよ」


「王都に憧れを持っていると、話にのってしまいますね」


「まぁ、でもライトを見てると、なんかわかるわね。ペットにしたくなる気持ち」


「えっ!?」


「リリィ様、そういう発言は、控えられる方が…」


「別に、変な意味じゃないわよ」


「はぁ」


(やっぱ、リリィさんって、こわっ)



「えーっと、ライトさん? でしたっけ。どのような果物をお探しですか?」


「僕、ポーションを作るので、その素材になるものが欲しいんです」


「えっ? ポーションに果物を使用されるのですか?」


「あー、だからライトのポーションって、あんな珍しい味になるのね! 大事な秘密を聞いてしまったわ」


 なぜが、リリィさんは、テンションが上がっている。そっか、商会の人としては、何から作るのかを知りたいものなのかな。


「えーっと、具体的には、何にしましょう?」


「果樹園を見せてもらってもいいですか? 外から入って来たので、どんな種類があるのか見てなくて」


「はい、かしこまりました。ご案内しますね」


「ライト、私はここで果物を食べるから、買い物が終わったらここに来なさいよね」


「あ、はい、わかりました」




 僕は、オーナーさんに連れられ、果樹園の中を散策した。果樹園は、年中、様々な果物を生産できるようにと、いくつかのブロックに分けられていた。


 そして、それぞれ気温も天候も違うことに僕は驚いた。

 ビニール栽培なわけでもなく、普通に育てているように見えるけど、暑いブロック、雨の降るブロック、涼しいブロック、寒いブロック、穏やかなブロック…。


「すごいですね、あちこち気温が違って」


「爺さんの時代に、神族の魔導士に作っていただいたそうです。クリスタルで魔法制御しているんですよ」


「えっ? 神族?」


「あ、ご存知ないかもですね。ほとんど知られていませんが、この世界には、我々のような人族、魔族、そして、神族がいるんですよ」


「え、あ、はい」


「ん? ご存知でしたか」


「はい」


「もしかして、ライトさんも神族の子孫ですか?」


「えっ?」


「あ、違ったか、すみません。ウチの爺さんが神族でしてね。私が生まれる前に死んだので、直接話をしたことはないのですが、神族は死んでも転生すると言われていて……爺さんの生まれ変わりに出会えたらなぁと」


「なるほど、探しておられるのですね」


「積極的に探している、というわけでもないんですけどね」


「出会えたらいいですね」


「ええ。会えたら、まずはクリスタルの不調を直してもらわないと」


「不調なんですか?」


「そうなんです。1ヶ所、ちょっと熱を帯びてしまっていて、気温が上がりすぎるブロックがあるんですよ」


「暑いんですね」


「灼熱ですね。魔導士に見せたら、そのクリスタルを外して付け直せばいいと言われたのですが、熱くて触れないんですよ」


「外して付けるだけですか?」


「魔導士は、そう言っていました。マナの流れを遮断するものが、クリスタルと台の間に挟まっているそうで、そのために過剰な熱を帯びるらしいのです」


「僕、透過魔法みたいなものを使えますから、見てみましょうか?」


「ええっ! ほんとですか! ぜひお願いします」



 僕は、オーナーさんに案内され、その灼熱ブロックへと向かった。しかし、ここってなんでもあるんだなぁ。


 ずっと散策してきたグネグネの道は、果物の展覧会かのように、ないものはないというくらい、この世界で見たすべての果物が育てられていた。僕が見たことないものも、たくさんあった。


 途中に、大量の桃が収穫され、積み上げられている場所があった。


「すごい美味しそうな匂いですね」


「あー、これは、ほとんど廃棄処分するんです」


「えっ? どうしてですか?」


「熟れ過ぎてしまったので、輸送すると傷み、そこから腐ってしまうので…。もう1日早く収穫しなきゃいけなかったのが手が回らなかったんですよ」


「あの、これ、いただいてもいいですか? お代はお支払いしますから」


「えっ? 魔法袋に入れても、果汁で袋が汚れてしまいますよ?」


「大丈夫です」


「なら構いませんよ。ちょっとゴミを取り除きますから、そこの休憩所でお待ちください」


「はい」



 僕は、休憩所と教えられた屋根とテーブルだけの場所へと移動した。そうだ、リュックの中身を魔法袋に移してしまおう。


 テーブルにリュックを下ろして中を開けてみると、どっちゃり入っていた。うでわから、魔法袋を出し、僕は移し替え作業を始めた。


『おい、ちまちま移す必要ねーぞ』


(あ、リュックくん、もしかして移し替えできるの?)


『魔力、充填してくれたらな』


(どうすればいいの?)


『女神が水晶玉をつけたんだ。そこがオレの心臓になる。それに触れれば吸収するから』


(水晶玉?)


 僕は、リュックの中をあちこち探してみた。あ! あった。横ポケットの内側に透明な卵形のガラス玉みたいなものがくっついていた。


 僕は、それに触れた。その瞬間、グンッと手が引っ張られるような感覚と、軽いめまいを感じた。


『悪りぃ。ちょっと吸いすぎたか?』


(ガッツリ吸ったよね…)


 僕は、リュックの中の魔ポーションをつかみ、蓋を開け、一気に飲んだ。あ、チョコケーキ味……じゃなかったアレキサンダー風味。


『じゃあ、移すから、オレと魔法袋、両方に触れとけ』


(うん、わかった)


 僕は、右手でリュック、左手で魔法袋に触れた。すると、リュックの中身が消え、テーブルの上に現れた瞬間また消えた。

 リュックからテーブルに出して、それを魔法袋に入れているようだ。


 異空間ストックがあったらしく、この作業は何度か繰り返された。


『完了! あ、果物は桃とパイナップルが必要だから』


(えっ? パイナップルなんてあった?)


『この果樹園のどこかにあるから、探せ』


(えー……相変わらずのスパルタだよね)


 僕は、魔法袋をうでわに収納した。



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