141、ロバタージュ郊外 〜 その噂話って…
いま僕は、ロバタージュのギルド前の広場にいる。
さっき、女神様の城に、変身3種を渡しに行ってきたんだ。
そのとき、女神様が服屋を呼んでくれて、僕は魔導ローブを手に入れることができた。ポーションの半分以上がそのお代として服屋に渡されたんだ。
そして、今から新人冒険者のフリーミッションの付き添いのようなミッションが始まる。
説明を受ける時間がなかったから、僕はイマイチ理解できていないんだけど。
「あれ? ライトさん、そのローブどうされたのですか? さっきは着てなかったですよね」
僕に気づいたギルドの職員さんに、声をかけられた。この人、よく買取のカウンターにいる人だ。
「ちょっと買ってきました。前に持っていたローブは、ダメにしてしまったから」
「それ、珍しい感じですね。不思議な魔力を秘めているような…」
「うーん、そうなんですかねぇ?」
僕は、改めて魔導ローブを見てみた。太陽の光を浴び、絹のようななめらかな光沢があるダークグレーの地味なローブだ。
触った感じも絹っぽいかも? でも着るとかなり重いんだよね。
僕は、無意識に使っていた重力魔法を解除したけど、肩が凝りそうな重さがつらくて、またすぐに重力魔法をゆるくかけたんだ。
すると、今度は風になびくようになってしまって、これはこれで、また動きにくいんだな…。まぁ、重いよりはマシか。
「ライト! あなたはこっちよー」
「あ、はい」
端の方から、女性が手を振っていた。リリィさんだ。
「あのお嬢様の世話は大変だと思いますが、よろしくお願いします。魔導士としては、それなりですから」
「あ、はい。えっと、新人冒険者のサポートミッションなのでは?」
「もちろん、それがメインですが、比較的安全な所に行きますから、お嬢様の世話の方が重労働かと」
「そ、そうなんですね…」
「ライトー!!」
「あ、はーい。 はぁ、嫌な予感がします」
「ご愁傷様です…」
僕が職員さんと話していると、しびれを切らしたリリィさんがこちらにやって来た。
「もう! さっきから呼んでるのに、そんなに大事なお話なのかしら?」
「あ、リリィ様、すみません」
職員さんは、リリィさんに睨まれて、タジタジになっていた。ほんと、こわいよね、この人…。
「僕の魔導ローブの話をしていたんですよ」
「あら、そうなの? えっ? それ、どうしたの?」
「いま、買ってきました。持っていた魔導ローブはダメにしちゃってたので」
「それって、何で出来ているの? 見たことないわ」
「闇耐性の高いものだそうです。詳しくはわからないです」
「へぇ、でも、かなり高そうね」
「はい、高かったです。というか、魔導ローブって、基本みんな高いですよね」
「そうね、私が着ているのも高いのよ。金貨2,000枚もしたわ。あ、でも自分で稼いだお金で買ったからね」
「えっ! リリィ様、そんな高価なローブを着ていると、誘拐されますよー!」
(え? 僕のは20,000枚だったよね。秘密にしなきゃ)
「まさか! 私を誘拐できる根性のある人っているのかしら?」
「いますよ、向こう見ずな奴らはいくらでも」
「返り討ちにするわ!」
(こわ…)
えっ? 何? リリィさんは、僕の方をジッと見て、何かを待っているようだ。あ、これは、ほめろってこと? えー、どうしよう…。
「あ、えっと、フェニックスでも金貨1,000枚って聞いたことありますけど、その2倍もするんですね」
「ふふん、ライト、驚いたかしら? 海に住むマーメイドという幻獣のウロコを使っているのよ」
「えっ? マーメイド? 人魚ですか」
「ん? 人魚? 確かに上半身は人に似ているらしいわ。とても美しい幻獣なんですって」
「へぇ、そのローブもキレイですもんね」
「でしょ? 水属性だから、火山に行くときは、基本これだけで、火の攻撃は防げるのよ」
「すごい!」
「ライトのは?」
「うーん、何を防げるか聞いてなかったです。急いで買ってきたから…」
「そう。でも、少し魔力を感じるから、悪い買い物じゃないわ。使っているうちに、わかってくると思うわよ」
「なら、よかったです。ちょっと地味かなぁとも思ってたんですが」
「渋くてかっこいいじゃない。魔導ローブは手入れをすれば、一生使えるわ。もう少し大人になったら似合うと思うわよ。ちょいワルな感じだけど」
「えっ! ちょいワルですか!」
「うん、クールね」
(まじ? やった! ちょい悪でクールだなんて最高じゃん)
「じゃあ、しっかり手入れします。ん? 手入れって、何をすればいいのですか?」
「そうね、汚れを定期的に落とすことね」
「わかりました、ありがとうございます」
「いーえ、あ! 出発ね。こっちよ」
僕は、リリィさんに腕をむんずとつかまれ、さっきリリィさんがいた場所へと引っ張っていかれた。
新人冒険者は5人で1グループに分けられているようだ。それに父兄が付くから10人か。30グループあるみたいだ。
そして、サポートする冒険者は、4人ずつ5グループに分けられていた。1グループあたり、新人冒険者6グループの世話をするようだ。4人で30人の新人冒険者の世話って大変だよね。
あと、ギルドの守護者2人はこのミッションの指揮官で、フリーで動くらしい。
リリィさんのパーティは、僕以外には剣士がふたりいた。ふたりとも、さっき僕を睨んでいたタイガさんのファンらしき、強そうなお兄さん達だった。
そして、僕達が世話をするのは、すべて商会のパーティらしい。やはり、リリィさんがいるから、商会を集めたということかな?
まぁ、下手に貴族が混ざらない方が、うまくいくような気もする。
世話をするパーティの父兄達は、リリィさんにペコペコしていた。コペルって、やっぱ、すごい権力を持ってるんだな…。
「じゃあ、私達も出発するわよ。ミッションの地への道中も、魔物がうろついていることがあるから、単独行動は禁止よ」
「「はい!!」」
「現地に着いたら、他の人達が到着するまでおとなしく待機していてね。ミッション開始は、ギルドの守護者からの合図があるわ」
「「はい」」
(すごい! みんなリリィさんの言うことに従順だ)
「ライトもわかった?」
「あ、はい」
そして、僕達は、ロバタージュの街を歩き始めた。んー、あ! マッピングの魔道具、見てみよう。
僕は、魔法袋からマッピングの魔道具を取り出した。いま歩いている所がどんどん描かれていく。歩くとその付近の詳細な道が浮かび上がる。へぇ、面白い!
ロバタージュの街って広いんだな。いま、僕は、街の中を南へと歩いている。
地図は広域にも切り替えができた。広域図は、この国のざっくりした地図になっている。
イーシアと、ロバタージュしか地名が入っていないけど、これを持って歩けば地名が追加されるんだろうな。トリガは隠れ里だから地名は入らないのかな?
玉湯っぽい所が、ロバタージュの西にあった。さらにその先には山がある。これが生首達のすみかの火山かな。
ハデナはどこだろう? あちこちに山がありすぎてわからない。地図を完成させたい欲求がふつふつと沸いてくるね。
「ライト、何を見てるの?」
「え? あ、マッピングの魔道具です」
「ん? それが何? なにか珍しい店でも見つけたのかしら?」
「いえ、この魔道具、最近買ったばかりなので、見ていると面白くて」
「ふぅん。私にはなにが面白いのか理解できないけど、楽しそうでなによりだわ」
「は、はぁ」
「目的地は、ここよ」
リリィさんが指差したのは、ロバタージュのすぐ南の平原っぽい所だった。
「平原ですか?」
「ええ、チゲ平原よ。その奥には火山があるから、火系の魔物が多いわ」
「火山、多いですね」
「この国は、火山だらけだからね。海の向こうは、氷山だらけらしいけど」
「へぇ、向こうの国は寒いんですね」
「うーん、いろいろな場所があるらしいわよ。よくは知らないわ」
僕達は、いつの間にはロバタージュを出て、チゲ平原へと続く街道を歩いていた。そう、ここは街道と呼ぶにふさわしい道なんだ。広い道が整備されていて、僕は驚いた。
ロバタージュからずっと、石畳のような道が続いている。ということは、この道は馬車が頻繁に通るのかな。
「リリィさん、ここの道、すごい整えられていますね。馬車がよく通るのですか?」
「ん? 整備されているのは王都と繋がっているからよ」
「えっ? 王都! って王宮のある?」
「当たり前でしょ。地図にも出てるでしょ?」
僕は、地図を広域図にして見てみた。あー、なるほど、この道は確かに大きな街に繋がっていた。この街が王都なんだ。かなり遠いよね。
ロバタージュとイーシアの距離が馬車で半日だったことから考えると、その10倍はかかりそう。だからあちこちに転移魔法陣があるんだよね。馬車ごと転移できるのかな?
「遠いですね。馬車って転移できるんですか?」
「当たり前じゃない。何言ってるの? じゃないと魔法袋を持っていない農家は商売できないでしょう?」
「確かに…」
(やっぱ、リリィさん、こわい)
僕は、地図をこの近辺のものに切り替えた。歩いた道のまわりの道が記されていくのが面白くて、ジーッと見てしまう。
あ! この先に左側に果樹園みたいなのがある! ポーションの素材、買いたいなぁ。
「あの、リリィさん、この先の果樹園みたいなところに、立ち寄りたいので、先に行ってください」
「どうして?」
「ポーションの素材を買いたいので…。平原へは、ミッションに支障が出ないように、みんなが集まるまでには行きますから」
「ライト、空でも飛べるわけ?」
「あ、えーっと、ワープ使えるので」
「ん? あ! もしかして天使ちゃんの主人ってライトなの?」
「へ? あ、はい。あのご存知なかったんですか?」
「いえ、ライトの噂は多すぎて、どれが事実でどれが嘘なのかわからないから無視していたのよ」
「どんな噂ですか?」
「天使ちゃんがワープワームだとか、ライトが天使ちゃんの主人だとか、ライトが女神の番犬だとか言ってたわ」
「はぁ」
「それから、ライトはこの星に入り込んだ赤の神を殺した神殺しだとか、他の星から移住してきた巨人族がライトを恐れているとか…」
「巨人族?」
「大きな獣人の女の子よ、めちゃくちゃ強いの。あ、そうだわ、さっきなんて、ライトが守護獣の隠れ里の里長になるんだって聞いたわ」
「はぁ」
「ね? めちゃくちゃでしょ? ライトは白魔導士なんだから戦闘できるわけないのに、ほんと、ありえないことばかり。ただの冒険者にここまでの噂が増えたから、伝説扱いになってるのよ。ほんと、バカみたい」
「はぁ」
「ライトは、聖魔法を使えることと、ハデナの守護獣ケトラが懐いていることは私も知っているわ。それに珍しいポーション屋だということもね」
「はぁ」
「なんだか、噂好きな冒険者が、どんどん大げさな話をでっち上げたみたいなのよ。ライトも災難ね」
「はぁ」
(全部、本当かもしれない……なんて、言えない)