138、ロバタージュ 〜 何? この反応…
「なんだか、久しぶりな気がします」
「まぁ、そら、4ヶ月ぶりやろ」
僕は、いまロバタージュのギルド前にいる。ギルド前は、迷宮から遭難者を運び出していたときは、救護用のテントと大量の人であふれていたけど、何もないと結構広いんだな。
そういえば、ここはいつも露店がたくさん並んでいたっけ? 今日は、何の店も出ていなかった。
「おい、ボーっとしてたら置いていくで」
「ん? タイガさん、ギルドについてきてくれるんですか?」
「おまえがおらんと、俺のミッション終わらへんねや」
「ん? ミッション?」
「もう、ええ。さっさと行くで」
「はい」
「言うとくけど、俺、知らんからな」
「何がですか?」
「俺は、何も話してへんからな。全部ここの冒険者や王宮のしわざや」
「……もしかして、アトラ様が興味を持っていた伝説ですか?」
「さぁな、俺は何も知らん」
(なに、それ…)
タイガさんは、バン!っとギルドの扉を乱暴に開けて、入っていった。中から大きな声が聞こえた。タイガさんの声ではない。タイガさんを呼ぶ冒険者達の声だった。
「タイガさん、お久しぶりです!」
「タイガさん、今日のフリーミッション参加されるんですか」
「わっ! タイガさん! 俺達みんなSランクになりました」
(すごい、モテモテだよね、いつもながら)
「おう、久しぶりやな。なんや? 広場が空っぽなんは、フリーミッションか。ん? Sランク? まぁまぁやな」
僕も、閉まりかけた扉に手をかけ、ギルドの中へと入っていった。
「あっ! 伝説のポーション屋だ」
僕に気づいた誰かが、僕を指差して叫んだ。僕が、その彼の方を見ると、彼は慌てて、指を引っ込めた。
(ん? 何?)
たぶん、僕は怪訝な顔をしてしまったのだろう。彼は、なんだか、顔をこわばらせ、一気に顔汗をかいている。
(何? この反応…)
さっきまで、タイガさんが来て盛り上がっていたところを、僕が水をさしたようになっていた。
というか、おかしいでしょ。ギルド内は、シーンと静まり返ってしまっているんだ。冒険者達が大量にいるのに……いつも騒がしいのに、何?
「タイガさん、あの、これって…」
「だから、言うたやんけ。俺のせいちゃうからな」
すると、ギルドの職員さんがひとり駆け寄ってきた。奥の職員さん達も、何かバタバタしている。
「ライトさん、もう大丈夫なのですか?」
「はい、普通の生活は大丈夫です」
「なに言うてんねん。まだ闇が安定してへんやないけ。絶対、使うなよ」
「大丈夫ですって」
「あ、あの、奥の事務所へお願いできますか? ここだとちょっと…」
「はい、わかりました」
職員さんにうながされ、僕はタイガさんと奥の事務所へと入っていった。僕が、カウンターの奥へと入っていくと、急に、ギルド内は大騒ぎになっていた。なんか、やたらと、伝説、伝説という言葉が耳に入ってくる。
(はぁ…)
「あの、ライトさん、ミッション完了手続きを、先にさせてください」
「あ、はい」
「ギルドの登録者カードは、お持ちですか?」
「はい、あります」
僕は、登録者カードを職員さんに渡した。職員さんは、カードに魔力を注いで、何かの手続きを始めた。
別の職員さんが、精算をと言って、なんだかあれこれと読み上げていった。
迷宮調査は、王宮のセシルさんの補佐として受けていたから、経験値は規定より割り増しでくれると言う。
そして、報酬は本来なら補佐報酬なんだけど、今回は、1,000人近い遭難者を救出したこと、その原因の他の星の神を追い払ったことから、王宮から特別報酬が出ていると言う。
もちろん、僕ひとりでやったことじゃないから、タイガさんにも報酬が出ているようだ。
職員さんは大きな皮袋をふたつ持ってきた。ひとつはタイガさんに、もうひとつは僕に渡された。
「中身の確認をお願いします。タイガさんは金貨1,000枚、ライトさんは金貨1,500枚入っているはずです」
「えっ? そんな大金ですか!」
「何言うとんねん。俺と同じギルドランクなら、2,000枚は出るとこやで」
「えーっ!」
「あ、それから、警備隊から預かっているポーション代がこちらです」
「あ、はい。ありがとうございます」
職員さんに、小さな布袋を渡された。あ、アダンがおつかいした分だね。中身は金貨50枚が入っていた。
「タイガさん、ミッション終わらないって言ってたのは、この精算ですか?」
「まぁこれもやけどな…。俺が押し付けられたんは、とあるパーティの紹介や」
「……えー? 立食パーティですか」
「はぁ? おまえ、なに寒いこと言うてんねん。全然おもんないで」
「ひど…」
「おまえ、お笑いのセンスないで。寒いだけや」
「……で、なんですか?」
「おまえ、特定登録者だらけのパーティ知ってるか?」
「知りません」
「じゃあ、ギルドの守護者だらけのパーティなら知っとるよな?」
「知ってるわけないじゃないですか」
「はぁ、もう邪魔くさいなぁ。どっちか選べ」
「へ? 何をですか?」
「どっちと同行するか、選べって言うとるんや」
「意味わからないですけど……どこに行くんですか」
「さぁ、知らん」
「はぁ、そうですか」
僕は、タイガさんから説明を受けるのを諦めた。たぶん、イヤイヤやらされてるんだろう。タイガさんは興味のないことは、すぐに忘れるタイプなんだよね。
「ライトさん、お待たせしました。ギルドランク、上げますよね?」
「えーっと、そうですね、だいぶ時間が経ちましたから、ひとつ上げようかな」
「えっ? いまEランクですよ?」
「ん? はい、じゃあ、確かDランクに上げられると思うので、ひとつ上げてください」
「あの、迷宮の分の経験値、入ってますよ?」
「あ、はい、それは、また次に」
「いま、どこまで上げれるんや? Bか?」
「いえ、ギリギリAランクですね」
「ふぅん、まぁ、そんなもんやな」
「えっ? Aランク?」
「はい、どうされますか?」
「Dランクでいいです。身の丈に合わないランクは辛いので」
「いえいえ、そんな、冗談キツイですよ?」
(ん? 本気なんだけど…)
「まぁ、ひとつずつで、ええんちゃうか。体力残念やしな」
「ですよね」
「えっと、では、能力検査は、されますか?」
「はい、お願いします」
「では、あちらの部屋へお願いします。終わり次第、こちらに戻って来てください」
「わかりました」
僕は、登録者カードを返却してもらって、能力検査をする部屋へと移動した。そこで、いつものように検査を受けたが…。
「あの、その服、着替えてください。測定できません」
「えっ? そうなんですか?」
「それ、精霊の衣ですよね。その形は、まさかと思いましたが……トリガの里の服ですね」
「あ、はい。じゃあ、冒険者の服に着替えます」
僕は、服を着替え、検査を受けた。検査終了後に、再び、草色の作務衣に着替えた。
「ライトさん、カードは事務所に届けますね」
「あ、はい。じゃあ、事務所に戻りますね」
事務員さんと、そんなやり取りをしていると、検査待ちや、検査終了した冒険者達が、じっとこちらを見ていた。
僕は、少し嫌な予感がした…。
「あの、ポーション屋さん? ですよね、伝説の」
「ポーション屋です。伝説…って、ただの噂ですよ?」
「でも、その服、トリガの里のものなんですよね?」
「ん〜、はい」
「やはり、そうなんだ。この国の守護獣も統べるのですね!」
「えーっと、勘違いですよ?」
「俺は、半分獣人だから知ってるんです。その色は、精霊トリガが許した里長の証。次期里長なんですね!」
「ん〜、どうでしょうね」
「噂は、過小評価してますよね、修正しなければ!」
なぜか、彼は興奮気味だった。何? 面白いの?
「いやいや、そんな、デマは流さないでください」
「えっ? あ、お気に障りましたか……す、すみません」
その半分獣人の青年は、急にオドオドし始めた。もう、ほんと、そういうの、やめてよね。
「いえ、別に…。そんなビビらないでくださいね」
「はい、優しいお言葉ありがとうございます」
(へ? 優しいの?)
なぜか、その彼はキラキラした目で僕を見ている。はぁ、これはダメだ。何を言っても聞こえない顔だ…。
「ライトさん、ギルマスが到着しましたので、事務所へお願いします」
「えっ……はぁ」
僕は、半分獣人の青年のキラキラした目から解放されてホッとしたけど……ギルマス、苦手なんだよね。
まぁ、でも4ヶ月、迷惑をかけたんだろうから、挨拶くらいはしておかなきゃ。
事務所に戻ると、ギルマスのノームさんがいた。でも、なんだか打ち合わせ中みたいで、数人の人達と話し込んでいるようだった。その輪の中に、邪魔くさそうなタイガさんもいた。
(どうしようかな…)
僕が悩んでいると、僕のすぐ後ろの扉が開き、女性が入ってきた。なんか、見たことあるなぁ……誰だっけ?
「わっ! ライトだ!」
「えっと……だいぶ前に会いましたよね」
「何? 私のこと、忘れたって言う気?」
「いや、えーっと…」
「もう! 紹介した旗つけてるくせに〜」
「あー! コペルの場所を教えてくれたお姉さん。ハデナでも会ったんでしたよね」
「そうよ、ウチの場所を教えたわよ」
「ん? ウチ?」
「ええ、私は、コペルの家の娘よ」
「そうなんですか! お嬢様じゃないですか。なぜ冒険者をされてるんですか?」
「だって退屈だもの。そうだわ! 前の伝言、まだ有効かしら? パーティを組むって話」
「えっと……タイミングが合えばと、お返事したような…」
「いま、ここに居るということは、そういうことでしょう?」
「ん? 僕、何があるか、知らないんですよね」
僕達が話をしていると、ギルマスのノームさんが近寄ってきた。
「これはこれは、ライトさん、調子はいかがですか?」
「はい、ありがとうございます。普通の生活ならなんとか」
「そうですか。回復されてきているようで良かった。しかし、無茶をされましたねー。あのクラスの神殺しだなんて…」
「アイツなら、もうとっくに、僕より元気になってるんじゃないですか?」
「そうでしょうね、しかし、能力を奪わずに消し去るなんて、無茶苦茶しますよね。まぁその方が取り返しに来たりってことにもならないですが…」
「ん? 消し去りましたっけ?」
「ええ、そう聞いていますよ。あの神は、クラスダウンしたそうですから、確実に消し去ったようですよ」
「クラスダウン?」
「まぁ、格付けですかね。海の向こうの国のギルドでは、他の星の脅威に過敏でしてね。いろいろ測定しているようなんですよ」
「へぇ」
「ちょっと! 私に挨拶はないのかしら?」
「おっと失礼、リリィ様、こんにちは。まだ準備が整っておりませんよ?」
「遅いんじゃない?」
「大規模なイベントは、準備をキッチリしておきませんと…」
「さっさとしなさいよね。じゃあ、ライト、また後でね」
「へ? 」
そう言い残し、リリィさんは出ていった。
(また後で、って、なに?)