137、イーシアの森 〜 トリガの里、次期里長の証
いま僕は、軽く嫉妬していた。なぜこんなに心が狭いのだろうかと呆れてしまうが、面白くないんだ。
僕の目の前には、妙な霧を放出する刈り取られた幻惑草の山がある。これをなんとかしなきゃと、アトラ様とここに向かってきたんだ。
でも、この近くにいた冒険者達が、僕のことを伝説のポーション屋と呼んだんだ。
別の冒険者も同じことを言ってたからかもしれないけど、アトラ様はその伝説の意味を知りたくなったみたいなんだ。
そして、この霧のことは僕に任され、アトラ様は冒険者達と話をしている。彼らの話を聞いて、きゃははと楽しそうにしてるんだよね…。
「はぁ、とりあえず、どうやって片付けようかな……あれ?」
さっきまで立ち昇っていた霧は、草の山からは放出されなくなっていた。もう、出尽くしたのかな?
すると、突然、目の前にタイガさんが現れた。
「おまえ、何やってんねん」
「えっ? び、びっくりした」
「療養中は、おとなしくしとかんかい」
「僕、まだ何もしてないですよ?」
「はぁ……自分の足元、見てみぃ」
「ん? あ…」
なぜか、知らない間に闇があふれていた。これって、嫉妬したから? いつの間に…。
「さっさと、引っこめろや」
「あ、はい」
僕が闇に気づいたところで、もう、引っ込み始めていたんだけどな。
タイガさんは剣を抜くと、ブンッと抜け殻の草の山に向かって一振りした。剣から炎が飛び出し、草の山を一気に燃やした。
(森で、炎はダメなのでは…)
案の定、炎は風にあおられ、広がり始めた。
それに気づいたアトラ様は、駆け寄ってきて、高圧洗浄機かと思うくらい強いシャワー状の水魔法を使い、一瞬で鎮火させた。
「ちょっと、あんた! またケンカ売りにきたわけ?」
あ、アトラ様が、めちゃくちゃ怒っている。
「何言うとんねん。ライトがまた闇を使っとるから、ババアに止めて来いって強制転移させられたんや。おまえがキッチリ監視してへんからやろ」
「えっ? ババアって誰?」
「はぁ? ババアはババアやないけ」
「アトラ様、タイガさんは、女神様のことはババアと呼ぶんです。たまにナタリーさんのこともババアって呼んでますけど…」
「えっ! 女神様!」
そう言うと、アトラ様はすごく落ち込んだ顔をした。なぜ? あ! もしかしたら、自分の監視が甘かったと思ってるんじゃ…。
「タイガさん、僕、監視されなくても大丈夫です。リュックくんがサポートしてくれてますから」
「はぁ? 何を……ん? なんやそれ、登山でもするんか?」
「リュックくんが、進化したんです。普通に文章で念話できるようになったんです」
「一気に巨大化か? 嫌な予感がするな…」
「えっ? ダメなんですか?」
「クマの魔法袋も一気に巨大化したんや。アイツの魔法袋は、おまえらのリュックと同じく、ババアが作ったやつやからな」
「えーっと……まずいんですか?」
「クソやかましい魔人になるんちゃうか…。知らんで」
「知らんでって、そんな危険なのですか?」
「おまえの闇を使っとるやろ? ダークやで、ダーク。絶対、性悪や。しかもライトが主人やろ? 最悪やんけ」
「な、なんで僕が主人だと最悪なんですかっ」
「あのな、ババアの魔道具が魔人化すると、主人の弱点を補強するんや」
「じゃあ、いいじゃないですかー」
「あほか、おまえに足りんもんを全部持つことになるんやで? 最悪やんけ」
「……意味わからないですけど」
「おまえの欠点はなんや? ないもん、できへんもん、言うてみぃ」
「えっと…、転移に酔う、女の子に間違えられる、うじうじ悩む…」
「あのな、そんなんどうでもええねん。問題は、戦闘力や」
「ん? 僕、最近、魔剣を使えますよ?」
「パワーは、闇以外は、鼻くそやんけ」
「鼻くそって…」
「はぁ、もう、知らんで〜」
「ベアトスさんの魔法袋って、どんな魔人になったんですか」
「アイツ、最悪やで」
「どんな風に?」
「魔族で言うなら、サキュバスと悪魔の悪いとこ取りした感じや」
「ん? サキュバスって、悪魔の仲間じゃないんですか? 夢魔というんですよね?」
「そーなんか? 知らんわ」
「ん? 女性ですか?」
「男のサキュバスって、おるんか?」
「いや、わからないですけど…」
「女や、性悪や、性悪すぎるんや。しかもババア以上に、口うるさいんや」
「あ、ベアトスさん、戦闘はできないって言ってましたね。それを補強するなら、強いんですね」
「さぁ、知らん。あの性悪魔人は、戦う必要ないやろ。まぁ、男限定やけどな」
「ん? どういうことですか?」
「おまえ、サキュバスわかってへんやろ」
「えっと、会ったことないですし…」
「会ったら襲われるで。アイツ、チェリーボーイ好きやからな」
「ちょ、ちょっと!」
「ん? もしかして、おまえら、もうヤったんか?」
「タイガさん!!」
「冗談やんけ。ってか、ワンコ元気ないんちゃうか」
「えっ?」
僕はアトラ様の方へと振り返った。アトラ様は、しょんぼりしたまま、なんだか、うわの空のようだった。どこかと念話をしているのかもしれないな。いや、違うか?
「アトラ様、どうされました?」
「えっ? な、なんでもないよー」
そう言って彼女は笑った。あ、この顔、無理して笑っている。
「アトラ様、無理して笑わなくていいですから」
「えっ、あ、うん…」
「アトラ様は、何も悪くないですよ。そんな顔しないでください」
「でも、あたしが話に夢中で、ライトのこと見てなかったから…。その人が来たってことは暴走の予兆があったんでしょ? あたし、気づかなかった…」
(やっぱり、自分を責めているんだ…。僕が気づかなかったのが悪いのに)
「なんか、おまえ、ちょっと変わったな」
「えっ? どういうことよー」
「ライトの、うじうじが移ったんやろ」
「な、それが何?」
「それくらいの方が、可愛らしくてええんちゃうかって言うたってんねんや」
(全然、そんなこと言ってなかったよね)
「えっ?」
アトラ様が、きょとんとしている。うん、かわいい! たぶん、タイガさんなりの気遣いなんだろうな。アトラ様の表情は、さっきより少し明るくなっている。
「アトラ様、伝説って何だったんですか? 変な話?」
「変じゃないよ。でも大げさな感じかも…?」
「話が大げさになっていたんですか?」
「ん? 話は、正確に伝わってるのかな? 反応が大げさだと思うけど…。たぶんライトのギルドランクが低いからだよー」
「そう、ですか」
やっぱり、嫌な予感がする…。人の噂も何十日とかいうし、もうしばらく、イーシアで療養してようかな。
「ほな、ライト、ロバタージュに行くで」
「は? 何でそうなるんですか?」
「おまえ、ギルドに報告する義務あるの忘れてへんか?」
「あ……忘れてました」
「まぁ、もう4ヶ月近くやしな」
「結構、時間が経ちましたね…」
「おまえ、その服、受け入れたんか?」
「ん? どういう意味ですか?」
「ワンコが勝手に着せたか」
「えっ、あ、だって、ライトの服、破れて血だらけだったから…」
「あ、前の服は…」
「ライトが置いて行ったから、いらないと思って処分しちゃったよ。まずかった?」
「いえ、確かにあれはもう着れないですもんね」
「よかった」
「で、その服を着せたんか」
「え? ん〜」
「この草色の作務衣みたいな服に、何か理由があるんですか?」
「えっ? ……うん」
アトラ様は、タイガさんをチラ見した。タイガさんは、アゴをくいくいと動かしていた。おまえが話せ、ってことなんだろうか。
「アトラ様、別にまたの機会でいいですよ」
「なに言うてんねん。ギルドに行ったらツッコミ入るで」
「ん? 民族衣装だからですか?」
「おい、ワンコ」
ワンコと呼ばれ、キッと睨みつつもアトラ様は何かを迷っているようだった。
「おーい」
「わかったよ、もう、うるさいな!」
「こっわ〜、ライト、尻にしかれるやろな」
アトラ様は、再びキッとタイガさんを睨んでいたが、何か諦めたような表情になった。
(ん? なに?)
「はぁ…。ライト、怒らない?」
「え? 僕が怒るようなことなんですか?」
「ん〜、かもしれない」
「なんですか?」
アトラ様は、すーはーと深呼吸をしていた。そして、僕の方を見た。
「ライト、あのね、それ次期里長の服なんだ」
「ん?」
「あたしが、次期里長に指名されていたの。でも、男尊女卑の地が多いから、反対する守護獣もいたの」
「はぁ」
「だから、ライトなら誰も反対しないから」
「へ? でも、僕は狼じゃないですよ?」
「それは別にいいの。守護獣を束ねて導く力があれば。今までも、別の種族が里長をしていたことあるから」
「えーっと……でも」
「ライトは、もう断れないの。それを着て、里のみんなにお披露目したから…」
「えっ!」
「怒った? 」
「いや、びっくりしたというか……えっ? 僕にそんな力はないですよ?」
「あるよ。里長が、ライトならいいって言ったもん。ライトが次期里長なら安心だって」
「えーっと、次期里長って、任期とかがあるんですか?」
「任期?」
「あ、何年ごとに交代するとか」
「里長が里を離れる時に交代するんだよ。年数とかは決まってないよ」
「離れるって移住とか?」
「んー、身体を魂が離れるとき、だよ」
「死んだらってことですか」
「うーん、正確には死なないんだー。転生するからね、再び守護獣に」
「そうなんですね」
「たぶん、もうすぐ…」
「えっ?」
「この星のエネルギーが尽きる前に、精霊を守るために里長は消えるから」
「ワンコ、その心配はせんでええで」
「どういうこと?」
「星のエネルギーは、数百年前に戻ってるんや」
「えっ! どうして?」
「それは、神族の秘密やから話せへん。けど、事実や」
「そうなんだ、よかった」
「それより、あの冒険者達、どないすんねん」
「ん?」
「ずっと待っとんで」
「あ! ちょっと待っててって、言ったんだった」
「おまえなー、男を待たせておくってのは、さすがにあかんやろ。ライトが嫉妬するで」
「えっ、どうして?」
「はぁ、もーええわ。ライト、ギルド行くで」
「あ、はい。アトラ様、いってきます」
「え、あ、うん。あの…」
「大丈夫です。ちゃんと戻ってきますから」
「え、うん、あの、その服…」
そう言いつつ、アトラ様の目は泳いでいた。イタズラがバレて叱られそうな子供のようだった。
「もらっていいんですよね?」
「う、うんっ!」
「ふふっ、元気になってよかった」
「え? あ、うん」
「じゃあ、いってきます」
「うん、無理しちゃだめだよ?」
「はーい」
「おい、ライト、あれ、呼べや」
えーっと、やっぱりタイガさん、生首ワープ気に入ってるよね。
僕は、タイガさんとロバタージュのギルドに行きたいと考えた。
(やっぱり…)
生首達は、空からはらはらと雪のように降ってきた。近くにいた冒険者達が、天使ちゃんだと叫んでいた。それが嬉しいのか、生首達はヘラヘラしている。
(ほんと、飽きないよね…)
そして、僕はタイガさんと、ロバタージュのギルド前にワープした。




