134、イーシア湖 〜 XYZ風味のWポーション
「イーシア湖に戻ってもいい?」
「はい。あ、もしかしてお仕事中に抜けて来てくれたんですか?」
「うん、あたし、イーシアの巡回に戻ったからね。でも、いつもより助っ人は多いから、抜けても大丈夫なんだよー」
「そっか、イーシアに直接行けばよかったですね」
「大丈夫だよー。それに、あの、その件は、やっぱり里長の許可が必要だからさ」
「神族の居住区のことですか?」
「うん、あの、ほんとにいいのかな? あたし…」
「女神様の許可も出ていますよ〜」
「えっ! う、うん」
アトラ様は、なんだか少し動揺しているようだった。
確かに、女神様があんな人だと知らなければ、緊張するよね。あ、いや、生首達から様子は聞いているかもしれないか。
あのとき、アトラ様に預けた奴らは、ずっとアトラ様の側にいるようだ。もしかしたら、他のメンバーと定期的に、入れ替わってるのかもしれないけど…。
僕はアトラ様と、イーシアへと歩いていた。一時期、毎日この道を歩いていたけど、なんだか今日は少しいつもと違うような気がした。
いつもは、もっと空気が美味しいというか……気のせいかな?
「アトラ様、なんだか今日は空気感というか、少し違いますね」
「ライトも、気づいた? うん、あのね、こないだ獣人の里に、ジャックさん達が来たでしょ?」
「はい」
「あの後、ジャックさんの配下の人達が、イーシアにいるはずの中立の星からの侵入者を捕まえに行ったの」
「おお〜、やはり」
「でもね、捕まえられなかったみたい。逃げるために、奴らは幻惑草をばら撒いたんだよ」
「ん? 幻惑草?」
「他の星のものでね、撒いたら一瞬で成長して、変な霧みたいなものを出す花が咲いたんだよー」
「えっ、それって環境が…」
「森の中の一部は、いま閉鎖中だよ。イーシア様の眠る湖付近には結界が張ってあるから、何の影響もなく大丈夫なんだけど…。奴らがばら撒いた付近一帯は、その植物で覆いつくされているんだよ」
「うわぁ。じゃあ、この変な空気感って、その植物のせい? なんだか、いつもより空気が濁っているというか、空気が汚れている感じがします」
「空気が汚れているのは、その植物を駆除するために、大量の冒険者が来てるからだよ」
「あー、なるほど。あ、巨大蟻は落ち着いたんですか?」
「ん〜、増えたり討伐したり、を繰り返してるよー。冒険者達も、蟻退治してくれるし」
「それで、より一層、空気が汚れるんですね。冒険者が暴れるから」
「うん、森の中でも平気で炎系の魔法を使うし、ほんと困るよー」
そして、僕達はイーシア湖にたどり着いた。
「ライト、体調はまだダメだよね?」
「ん? もう普通には動けます。夜は眠ってしまいますけど…」
「ん〜」
アトラ様は、僕をジッと見ていた。これはサーチされてるよね、たぶん。
「ライト、闇、使った?」
「え? えーっと、ほんの少し、闇の反射は…」
「もう! ダメだよ、完治してないのに」
「大丈夫です。たぶん、リュックくんが調整してくれてるみたいだから」
「えっ? どういうこと?」
「闇の反射を使ったあと、リュックくんに急に魔力を取られたんです。いや違う、魔力じゃなくて闇かな? グンッと引っ張られるような感覚になって…」
「ん?」
「たぶん、僕の中の闇のバランスを取ってたんだと思います。身体の持ち主の闇は回復が遅いから、僕の闇だけをリュックくんが吸収しちゃった感じで」
「へぇ、すごい」
「だから、闇のバランスは、大丈夫です」
「リュックくん、賢いんだね」
「はい、めちゃくちゃ賢いんです」
『まぁな』
「あっ!」
「なぁに?」
「いま、リュックくんが、まぁなって言ったんです」
「じゃあ、やっぱりリュックくんが、ライトの闇のバランス調整をしているんだ」
「はい」
「すごいねー」
「うん、すごいです」
「魔人化しそうだねー」
「ん? 魔人化? 魔人になるんですか?」
「人の姿や知能を持つようになることがあるんだよ、特殊な魔道具はねー」
「へぇ、あ! ベアトスさんの魔法袋が魔人化したって聞いたことあります」
「ベアトスさんって、あのクマっぽい顔の人? リュック持ちだよね」
「あはは、だから、クマって呼ばれてるみたいです。リュック持ちですよ。普通に錬金するリュックです」
「うん、そうだったよね。あの人は、わりといい人だよねー」
「そうですね。のんびりとした優しい人です」
「最近、イーシアで見たよ。大きな獣人の女の子ふたりと一緒だった。他の星の子だと思う」
「あー、迷宮で出会った子です。大きいけど、たぶん子供だと思います」
「うん、そうだねー。あ!」
「ん?」
「ライト、ちょっと行ってくる。イーシア湖から離れちゃダメだよ。まだ、ライトは街に戻しちゃダメって言われてるから」
「えっ? あ、はい、じゃあ、ポーションの整理して待ってます。ちゃんと戻ってきてくださいよ?」
「あー、ふふっ、もし捕まったら助けに来てね〜」
「あはは、はぁい、了解です〜」
アトラ様は、誰かに呼ばれて森の中へと消えていった。僕は、イーシア湖の近くの草のあまり生えていない場所に座った。
(リュックくん、魔法袋に移すねー。かなり出来てる?)
『あぁ』
(大きな魔法袋を買ったから大丈夫だよー)
『全部』
(あ、うん、全部出すよ)
『わかった』
そう言うと、リュックくんは僕から魔力をグィッと引き出した。
(えっ? 何?)
『出す』
(ん? もしかして、めちゃくちゃ異空間ストックしてたとか?)
『あぁ』
(えっ? 僕が倒れてから2〜3回出さなかったっけ)
『体調』
(あ、体調悪いから、全部出してなかったの?)
『魔力が』
(ん? もしかして異空間ストックを取り出すために魔力が必要なの?)
『あぁ』
(そっか、僕、魔力安定してなかったから…)
『あぁ』
僕は、魔道具屋で買ったダンジョン産の魔法袋を、うでわから出した。
そして、リュックの中からポーションを出し、魔法袋に近づけるだけでスッと収納された。
魔法袋に、中身は? と心の中で聞いたら、中身が表示された。カルーアミルク風味が1本か。
僕は、リュックの中身をどんどん魔法袋に移していった。種類分けもしなくていいから、めちゃくちゃ楽だよね。
かなり異空間ストックされていたようで、嘘でしょというくらい出てくる。でも、それをガンガン収納する魔法袋もすごいよね。
僕は、ついでに、普通の魔法袋の分も移し替えた。数を数えるためだ。魔法袋の移し替えは、一瞬で出来た。草原にポーション全てを出し、草原のポーションをすべて収納する指示だけで完了。
さて、中身は…。
(えっ? どういうこと? クリアポーションおかしくない?)
『PーⅠ 』 3,762
『MーⅠ 』 1,101
『F 10 』 5,537
『C 10 』 19,425
『B 10 』 309
『H 10 』 1,041
『化x100 』 3,053
『化y100 』 5,971
『化z100 』 1,022
「 M10 」 14
一番下のは、女神様に交換してもらった1,000回復の魔ポーションだよね。
普通のポーションは、クリアポーションが1万以上増えていて、あとは微増くらいだな。
やはり呪い系ばかりが増えている。
うでわには、えーっと、モヒート風味とカシスオレンジ風味が3,000ずつ、カルーアミルク風味が500、パナシェ風味が4,000、モスコミュール風味が1,000、呪い3種が50ずつだな。あと交換した魔ポーションが3ある。
(あれ? 『化z100 』って何?)
僕は、とりあえず、ダンジョン産の魔法袋から、モヒート風味と、カシスオレンジ風味と、パナシェ風味の、いつもの3種をすべて普通の魔法袋へと移した。あ、あと、交換した魔ポーションも移しておこう。
他のものは行商しないから、とりあえずダンジョン産の魔法袋のままでいいか。
ポーションの整理が終わったところで、僕は、謎のポーションをダンジョン産の魔法袋から1本取り出した。
名前からして、また、変な新作っぽい。僕は、ラベルに魔力を流して説明書きを表示した。
『化z100 』
変身Wポーション。種族逆転。体力と魔力を10,000回復する。
変身効果は弱い呪いの一種。効果時間は1日。
種族逆転は、人族は魔族に、魔族および神族は人族に変身する。
(注)変身中に再び飲むと、再び変身する。変身する種はランダム。
(今度は、種族か…)
僕は、とりあえず、飲んでみることにした。
色は、白い。オレンジの香りとレモンの香り、あと少し癖のあるラム酒っぽい? うーん。アルコールが入ってないと、これは難しいな…。そんなに甘くはない。
あ! XYZ! あー! 化マーク3種並べると、XYZだ。これで、もう終わりってことなのかな?
XYZというのは、ラム、コアントロー、レモンジュースをシェイクして作るショートカクテルだ。度数もかなり高い。あまり甘すぎず、後味もさっぱりしている。
そしてXYZといえば、バーで最後に飲むカクテルとして有名だ。もう後がないという意味から、とあるアニメで主人公に助けを依頼する伝言で書き残す文字としても知られている。そういえば、子供の姿になった名探偵のアニメにも登場していたような気がする。
(うん、XYZ風味、かな?)
今回は、ちょっと他にも候補があるけど、ポーション名から、これがベストな気がする。うん、もうポーションの種類展開は、これで終了ってことかな?
まぁ、もう増えすぎなくらい増えたもんね。最近のは売れない呪い系ばかりだけど…。
まぁ、この新作は、体力、魔力とも10,000回復なら、僕が使うのはもったいない気がするなぁ。
でも、この呪い、種族が逆転でランダムって…。人が悪魔になったりドラゴンになったりするってことだよね。
魔族だと人になるだけ? あ、肌の色の白い人や、黒い人、いろいろな種があるといえばあるかな。
僕が飲んでも、変身はしないから、確認できないんだよね。と、考えていたら、ある人物の顔が頭に浮かんだ。
まぁでも、これはさすがに興味はもたれないよね。神族は、人になるだけだから、せいぜい肌の色が変わる程度だもんね。
それに、甘くないから味もイマイチだろうし。
でも、なぜか僕の頭の中から、ある人物の顔が消えなかった。変身してはしゃぐ女神様の顔が…。
(いやいや、さすがに、これはないよね、うん)
僕は、水汲み、薬草摘みを始めるのだった。