133、トリガの里 〜 里長ベクトラの不安
「あ、ライトさん、おかえり」
「ただいまです〜」
「アトラは、イーシアに戻ったよ」
「えっ、そうですか、ありがとうございます。あの、里長様は?」
「たぶん、家にいるんじゃないかい?」
「じゃあ、行ってみます」
「あぁ、連絡しておいてあげるよ」
「はい、ありがとうございます」
僕は、女神様の城から、守護獣の里、トリガの里に生首達のワープでやってきた。
僕がワープで現れた場所は、アトラ様の家の前だったが、彼女はもう里を出て、イーシアの仕事に戻ったみたいだった。
僕が暴走後に倒れてからずっと、この里で僕の世話をするために、イーシアを離れていたから、僕がいなくなれば戻るのは当たり前か。
それに、イーシアは、あの迷宮絡みの事件がまだ落ち着いていないのかもしれない。
ジャックさん達は、イーシアの森の獣人の里を襲った赤の神の配下を、星に強制送還すると言っていた。
でも、作業員として使われていた中立の星の神の配下は、結局どうしたのかは僕にはわからない。
まだ、そのまま、イーシアに潜伏しているかもしれないんだ。
もし、そうなら、精霊イーシアの守護獣であるアトラ様は、やはりイーシアにいなければならない。
(あとで、様子を見に行ってみよう)
僕は、里長のベクトラ様を訪ねるために、彼の家へと向かった。この里は、やはり、不思議な霧が地面近くを覆っていた。
僕がこの里で療養していたときは、とにかく体調が悪すぎて気づかなかったけど、この霧は、魔力の源となるマナの霧だ。
この里を守る精霊トリガ様が、作り出しているのだろう。そう考えると、精霊ってすごく魔力を持っているのだろうと想像できた。
僕は、歩きながら、氷のクリスタルの話を思い出していた。
城で、クリスタルを取り込み覚醒しても、強くなれるわけではないと女神様から聞いた。覚醒するということは、タイガさん流に言えば電池を積むということなのだそうだ。
だとすれば、暴走し、大量のエネルギーを放出してしまったとしても、僕は今回のように倒れてしまうことにはならないんじゃないかと思う。
それに、もしかしたら、覚醒すれば自分の制御が出来るようになるかもしれない。そうすれば、自分が消滅してしまうほどの暴走はしなくなるかもしれない。
でも、女神様もナタリーさんも、覚醒は勧められなかった。むしろ、無駄なことだからやめておけと言われているような印象を受けた。
(覚醒は、かなり危険なのかな…)
「あら、アトラはイーシアだよ〜」
「あ、里長様の奥様、こんにちは。はい、さっき聞きました」
里長様の家の前の畑のようなところで、奥さんに会った。里長様の家でも自給自足なんだなぁ。
「じゃあ、里長に用事なの?」
「奥様にも…。いえ、アトラ様のお母様にもお話があります」
「悪い話は、嫌だよ〜。ははっ、冗談ですよ。里長は家の中にいると思いますよ、どうぞ」
そう言うと、畑作業を中断して、僕を中に案内してくれた。
里長様は、僕が訪ねる連絡を受け、待ち構えておられたようだった。
「ライトさん、もう普通に歩けるようで、なによりですね」
「はい、里長様、おかげさまで。長い間、ありがとうございました」
「とりあえず、中へどうぞ。お茶でもいれようかね」
「あ、お気遣いなく」
「そっか、私にも話があるって言ってたね」
「はい」
僕は、こないだ宴がひらかれた居間にあがり、里長様の近くに座った。奥さんも、すぐに近くに座ってくれた。
「悪い話じゃないだろうな」
「あはは、さっき、奥様にも同じことを聞かれましたよ」
「似た者夫婦ってことか、で、どうした?」
里長様は、完全に娘を心配する父親の顔って感じだった。この里の人達は、みんな、僕がなぜアトラ様を選ぶのかがわからないって思ってるんだっけ。
僕の気が変わって、断りに来たとでも考えてるのかな? 断るわけないのに。
「あの、アトラ様のことなんですが」
「あぁ……やはりか」
「ん? えっと、また誤解ですよ?」
「結婚はできないということじゃないのか?」
「僕が断ることは、ないですよ」
僕がそう言うと、ふたりともホッとした表情を見せた。だが、すぐに、何の用なのかと、また少し固い表情になった。
狼って、せっかちな種族なのかもしれない。アトラ様は、全然そんな感じじゃないのになぁ。
「あの、僕、女神様の城の居住区に住む場所を借りることになったんです」
「へ? ……あ、すまん、えーっと、続けてくれ」
「はい。その場所が、タイガさんの家のすぐ裏なんです。アトラ様とタイガさんって、たぶん、仲が悪いのですが、構わないかと聞きたくて…」
「え? えーっと、悪い、意味がわからないのだが」
「アトラ様も、その部屋を使うことになると思うので、もし、タイガさんの家の近くが嫌なら、その部屋を借りるのはやめようかと思うんです」
「あの、え? あ、あの……我々が……いや、あの、アトラが、守護獣の立場で、女神様の城に立ち入る? そんなことを許すと聞こえるのですが」
「あ、城の中と言っても神族の居住区です。女神様の私室のある城への出入りはできないと思いますけど」
「も、も、もちろん、女神様の私室など、恐れ多い」
「居住区は、小さな街のような感じの商業エリアと、畑がたくさんあるエリアがあるのですが、僕が借りるのは商業エリアなんです」
「は、はぁ」
「もちろん、里長様や奥様も、遊びに来ていただいても、問題ありません」
「えっ? 俺達も? 神族の街に? えーーっ?」
「あ、嫌なら別に…」
「嫌なわけありません、そのような名誉なこと!」
「名誉? ですか? そんなに堅苦しく考えなくても大丈夫です」
「え? あ、そうか」
「まだ、結婚もしていないのにと叱られそうですが、アトラ様には、僕が借りる部屋にも来てもらいたいなと思っています。その許可をいただきたくて…」
「あの……ライトさん」
「はい」
「本気で、アトラと共に生きるおつもりですか?」
「はい、ダメですか?」
「………ありがとうございます」
「えっ?」
「あの子は、もうすぐ2,000になるのに、これまで全く、そのテの話が出てこなくて、親として心配していました」
(えっ? 2,000って言った? 二千歳?)
「それに、おなごらしいことは、何もできないのですよ。教えても本人に覚える気がなくてね。性別を間違えて生まれてきたんじゃないかと…」
「そんなこと…。アトラ様は、女の子っぽいですし、とてもかわいいですよ?」
「ええっ!? あ、すまん、そうなのか」
「あの……かまいませんか?」
「もちろんですとも」
「よかった、ありがとうございます。じゃあ、アトラ様にも話してこなきゃ」
僕は、里長様と奥様に、アトラ様のご両親に許可をもらえたことでホッとしていた。
反対はされていないけど、なんだか、ちょっと信用されていないような気がしていたから、不安だったんだ。
「アトラのこと、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。では、失礼します」
僕は、挨拶をして里長様の家を出た。
生首達、来れるかなぁ? と思っていると足元に次々と集まってきた。どこからわいてきたんだ?
「アトラ様がいるとこ、わかる?」
僕がそう言うと、頭の中に映像が流れた。あれ? イーシアじゃなくて、この里だよね、それ。
僕は、里の中を『見て』みた。
(あ! いた!)
アトラ様は、こっちに向かって走って来ていた。これに気づかなかったら、入れ違いになってたよね。生首達、グッジョブだ。
「ライト〜、ちょっと待った〜」
「ん? はい、待ってますよ」
「はぁはぁはぁ、ギリギリ間に合ったぁ〜」
「いま、アトラ様のとこに行こうと思ってました」
「えっ? イーシアじゃなくて?」
「イーシアのつもりでしたけど、コイツらにアトラ様のとこにと指示すると、この里を映したので」
「あ、そっかー、よかった。すれ違いになっちゃうかと思って焦ったよ〜。足元にもう天使ちゃん達が集まってきてたでしょ?」
「そうですね、すれ違いにならなくてよかったです」
アトラ様は、よほど急いで走ってきたのか、まだ、はぁはぁと肩を揺らしていた。僕は、そんな風に一生懸命に走ってきてくれたのがすごく嬉しかった。
「うんうん。で、タイガさんどうだった?」
「あ、はい。魔道具屋さんと、アパートでした」
「ん? 魔道具を買ったの?」
「はい、たぶん最低限の分は、揃ったみたいです」
「そっか、よかった。アパートって何?」
「えっと、住まいのことです」
「ん? 家?」
「はい。たくさんの部屋のある建物です。そのひとつに入居しろってことだったのです」
「ふぅん」
「だから、アトラ様にも見てもらいたかったようです」
「え? あたし?」
「はい、アトラ様も、使うことになるだろうからって。タイガさんの家の裏なんです。それで構わないかを聞きたかったみたいです」
「えっ? あたしも使うって、ライトの部屋を?」
「はい、えっと、遊びに来てくれないのですか?」
「いや、ちょ、ちょっと待ったー。女神様の城だよね?」
「はい、神族の居住区です」
「そんなとこに、あたし入れないよ」
「大丈夫です。神族が家族と住んでますから、神族じゃない人も、またその子孫もたくさんいますから」
「えっ、あの、それって」
「ん? あ、里長様と奥様には許可をもらいました」
「えーっ!」
アトラ様がなぜか慌てていた。そこに里長様が家から出てこられた。
「アトラ、家の前で騒いでいないで、入ってきたらどうだ? ライトさんも」
「あ、はい、すみません」
「別に用事ないからー。ライト、いこっ」
「え? あ、はい」
アトラ様は、そう言うと里長様の家から離れて行った。僕は、里長様に軽く会釈をして、アトラ様を追いかけた。
「はぁ、アトラは、あんな調子で大丈夫なのか?」
ふたりの様子を見て、里長ベクトラは、思わずつぶやいていた。我が娘ながら、娘という感じがしなかったのだ。
父親としてではなく、里長として、アトラと接することが多かったベクトラは、アトラを一人前の守護獣としての務めが果たせるようにと育てあげた。
その結果として、アトラはまるで男子のように育ってしまったことを、いま、ベクトラは父親として不安に感じていたのだ。
「あの子に頼りすぎてしまったのは俺の落ち度だな…」
そう、再び、ポツリと、つぶやくのだった。