13、女神の城 〜 カルーアミルク風味の魔ポーション
「おはようございます」
僕は、リュックの重さにヨタヨタしながら、イロハカルティア様に、朝食をご馳走するために、待ち合わせの店の前へとやってきた。
昨日のカフェ風のファミレスではなく、その向かいにあるケーキ屋さんのような店。待ち構えていたのは昨日と同じ女性ふたりだった。
「お待たせしてすみません」
「いや、あと3〜4人くるはずじゃが、ライトが腹を空かせてヨタついておるから、先に入って作戦会議じゃ」
「え、いえ、リュックが重くて…」
「は? 完成した品は、女神のうでわに移せばよいのじゃ。そう教えなかったか?」
「えっと、小銭を入れておくようにと教わりました」
「小銭だけしか入れておらぬのか? あれは異次元のいわゆるアイテムボックスだから、何を入れても重くないのじゃ」
「アイテムボックス!」
「いろはちゃん、またキチンと説明してなかったのね……放任主義にも程があるわよ」
「なっ! 説明したのじゃ! ライトがどんくさいから使ってなかったのじゃ」
「あはは…」
「まぁた、そんな言い方ばっかりしてー。ライトくん、今のを翻訳するとね、ごめんなさいってことなのよ」
「えっ? そうは聞こえなかったですが…」
「いろはちゃんはワンパターンだから、すぐわかるわ。気に入った相手にしかケンカ売らないし…。不器用なのよねぇ、愛情表現が」
「なっ! な? ……妾は…」
そして、遅れて来る人は待たず、3人で先に店内に入った。後から来る人数を告げると、大きめのボックス席に案内された。
僕は、やっとリュックを下ろせてホッとした。
すると、イロハカルティア様が、早く中身を出せと急かした。
「そんな急がなくても…」
「急ぐのじゃ。モーニングセットが来てしまうのじゃ」
(あ、なるほど…)
僕は、リュックを開けて驚いた。中身が、大変なことになっている。僕が固まってると、イロハカルティア様が、リュックを奪った。
で、中身をせっせとテーブルに並べ始めた。その数、100個は超えていた。広いテーブルを埋めつくした。
「はよ、うでわに入れよ」
「えっと、他の人の目があるところで、うでわを開けても構わないのですか?」
「小箱はダメじゃ。アイテムボックスや魔法袋は、みんな持っておる。目立たぬ」
「そ、そうなんですね、わかりました」
僕は、そうっと、うでわを開けて、瓶を入れ始めた。
(中で転けたり割れたりしないのかな?)
「んなわけないじゃろ。バンバン投げ入れればよいのじゃ」
「な、なにも言ってないのに…」
すぐに頭の中を覗かれるのにも慣れてはきたけど、すぐケンカ売られるのには、まだ慣れないなと思いつつ、ふと、手をとめた。
「あれ? 女神様、何されてるのですか?」
「味見じゃ!」
「お金取りますよ?」
「なっ? なぜじゃ! 味見は、タダと決まっておるではないか」
「これ、美味しいですわね」
「えっ? ナタリーさんまで…」
「ふふっ。だってたくさんあるんだものー」
そして、2本目を開けている女神様…。
「イロハカルティア様っ! ジュースじゃないですよ?」
「知っておるのじゃ! それくらい」
あれ? いま、飲まれたのって、ラベルが違う!
「ちょっ、それ、2本目の、何ですかっ」
「ん? 魔ポーションじゃろ?」
「え? ちょっと貸してください!」
僕は女神様から空瓶を回収した。
ラベルには『MーI 』と書いてある。
『魔ポーション、魔力を10%または100回復する。(注)回復は、いずれか量の多い方が適用される』
「わ! これ、新作だ!」
「ん? そうなのか? 妾は、この新作の方が味は好みじゃ」
僕は、他の小瓶のラベルを確認した。この新作が20本ほど混ざっていることがわかった。
「魔力、回復できてますか?」
「うむ。そんな気はするが、測っておらぬかったからの。10%回復したんじゃろ。ラベルにそう書いてあるのじゃ」
「ラベルに書いてあるって、ほんとに回復するかわからないじゃないですか」
「は? 何を寝ぼけておる。ラベルの説明が偽りなわけはないのじゃ!」
「えっ? だって、ポーションっていう名前のただのジュースかもしれないですし」
「は? つまらぬ冗談を言うでない。魔力を流して表示させるものは真実しか語らぬ。だから説明書きは、わざわざ魔力を流さねば表示されぬようになっておるのじゃ」
「知らなかった」
僕は、気を取り直して、この新作を飲んでみた。
身体が熱くなる…が、それ以上の変化はわからなかった。僕はたぶんいま、魔力は減っていないってことかな。
そして、味は、カルーアミルクっぽいな。
カルーアミルクというのは、コーヒーリキュールをミルクで割ったカクテル。甘くて飲みやすいから、カクテル初心者でも飲みやすく特に女性に人気のカクテルだ。
(この魔ポーションは、ちょっとクセがある甘めのコーヒー牛乳という感じかな)
昨夜、宿でウェルカムドリンクとして、部屋にインスタントコーヒーが置いてあったから、僕はこっそりもらってしまったのだ。
ご自由にって書いてあったから、この城にしかないかもしれないので、紅茶よりコーヒー派の僕は、ついつい粉末ミルクや砂糖まで、用意されてた数杯分すべて…。
でもリュックに入れた記憶はないが? 昨日はあまりにも眠かったから……そうだ、うでわに入れておこうと思って……入れたな、リュックに…。
そしてそのまま、リュックを抱き枕にして、朝を迎えたのだった。
(あ! そうだ)
僕は、コーヒーを売っている店が地上にもあるか聞こうと、女神様の方を見た。すると、ん? なんかコソコソされている。
彼女は、魔ポーションの味を気に入ってしまったらしく、こっそり、もう1本、握っていらっしゃる…。
バレてますよと言おうかとも思ったけど、魔力の高い人が使う方が、お得なわけで…。まぁ、いっかと見逃すことにした。
さすがに、もう1本握ろうとしたときは、止めたけど…。
「どんだけ味見するんですかっ」
「なっ? なぜ見つかったのじゃ。いつもどんくさいくせに、なぜこんな時だけ鋭いのじゃ…」
女神様は、はぁとため息をついて大げさに落ち込み……だが、そのどさくさに紛れて、お目当てのもう1本を結局ちゃっかり握ってらっしゃる…。
(…仕方ないか)
こんな芝居をしてまで欲しがられるのも悪い気はしなくて、握りしめてらっしゃる2本は諦めた。
そして、モーニングセットがくる前にと、せっせとうでわに回収していると、見知らぬ人に声をかけられた。
「あの、ポーション屋さんですか?」
「え? あ、まぁ、はい、行商を始めようと準備している感じですが」
すると、その男性はイロハカルティア様に、何か耳打ちした。
「ライト、このポーションをここの居住区の店に置きたいそうじゃ。どうする?」
「えっ? そんなに数はないのですが…」
「譲っていただける分だけで構わないです、今日のところは」
「継続的な取引を? というご依頼でしょうか?」
「ええ、是非!」
「えっと、ポーションですか? 魔ポーションですか?」
「もちろん両方を。珍しいものに目がないのですよ、ここの住人は。さらに新作が出るなら、それもお願いしたい」
「あの……魔ポーションは、まだ価格査定を受けていないですし、値段が決められないので、今日は無理です。それに数も少ないですし…」
「では、ポーションだけで、構いません。いま、頂いても?」
「えっと、では、とりあえず10本で」
いまテーブルの上には20本ほど出ていたが、魔ポーションも混ざっているので、妥当な数だろう。
「テーブルの上には、14本あるようですが……まぁ、わかりました。今日は、急なお願いですから、それでお願いします」
(数えていた? この距離でラベル見えるの?)
「ライト、ラベルなんて見なくても、わかるじゃろ?」
「い、いえ、僕には…」
「おぬし、そんなんでは、客に騙されるのじゃ」
「……気をつけます」
「あはは。ライトさん? とおっしゃるのですね」
「そうじゃ。絶賛教育中の、赤ん坊じゃ」
「あー、新人さんですね。リュック持ちですか?」
「え、あ、はい」
「なるほど、これは良い方と出会えました。あ、ウチの店にも、納品に来ていただいたときには、よかったら買い物もして行ってください。地上にはないものを、いろいろ取り揃えておりますので」
「えっと、納品に行くことが、もう決定しているのでしょうか? あの、僕は…」
「は? ロバート、妾がさっき話したのを忘れたのか? こやつは、新人じゃ。ここの居住区にまだ出入りの許可は出しておらぬ」
「ですが、すぐに出入りを許可されるでしょう?」
「なぜじゃ? 妾の落とし物を10個拾ってくるまで、ここへの転移能力は与えぬ。数千年ずっと守ってきたルールじゃ」
(えっ? 数千年って、そんな長く女神様は生きているんだ…。20代後半かと思ってた…)
すると、僕はイロハカルティア様に、ギロッと睨まれた。
(し、しまった。女性の年齢の話は…)
「ですが、別の落とし物も拾われるなら、許可が下りるのではなかったですか?」
(別の落とし物? 何それ。あ! レオンさんが救援に行った、アレのことかな)
「アレは、Aランク以上の冒険者にしか受注できぬミッションじゃ。ライトは登録したばかりじゃ」
「ですが、この後、救援に行かせるのではないのですか? 回復役は必要ですからね」
(何? なんのこと? そんな話、全く……あ、なんか昨日から深刻な顔して3人でコソコソ話してたのって、このこと?)
「妾は、行かせるつもりはないのじゃ。ライトは実戦経験がないのに、いきなりアレは無謀じゃ」
「では、こちらに用事でいらしたときに、仕入れさせていただくことにします」
そう言うと、ロバートさん? は、ポーション10本のお代だとして、銀貨20枚を僕に渡した。
「え? このポーションは、1本銀貨1枚の査定をもらったので、銀貨10枚で、結構ですから」
僕は、銀貨を半分返した。
すると、ロバートさんは驚いたように、僕と女神様の顔と、ついでにナタリーさんの顔も見る。
「行商人さんが、そう言ってるんだから、それでいいんじゃないかしら?」
彼は、まいったな……と呟くと、僕の方をまっすぐに見た。先程までとは違う、なんだか改まった堅い感じだ。
「ライトさん、私、ロバートと申します。申し訳ございません。あなたを子供だと、少々侮っておりました。正式に、当店との取引をお願いさせてください」
「えっ、あ、はい。ロバートさん、よろしくお願いします」
ロバートさんは、ホッとしたのか、柔らかな表情に戻った。
「仕入れにつきましては、こちらから、出向かせていただきます。もちろん、この城に来られた際に、当店へお立ち寄りいただいても構いませんが、基本的に私の方から、足を運ばせていただきます」
「あ、はい。えっと地上に、来られるということでしょうか?」
「はい、もちろん。あ、ご迷惑になるような押しかけはしませんので、その点はご安心ください」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
では、と、ロバートさんは仕入れたポーションを大事そうに抱えて、店を出て行った。
そして、ロバートさんとちょうど入れ替わるように、タイガさんと見知らぬ男性が、店に入ってきた。
「ふたりか? 他の奴らは一緒ではないのか?」
「あぁ、先に行くってよ」
「そうか、ま、話はとりあえずモーニングセットを食べてからじゃ」
そして、僕達は、運ばれてきて少し冷えてしまったモーニングセットを食べた。
喫茶店のモーニングのような、パンとサラダとスクランブルエッグ、それに紅茶がついていた。
うん、普通に美味しい。コーヒーの方が嬉しいんだけど、この世界は紅茶が主流なのかな? コーヒーって地上にも売ってるのか聞きたいな…。