124、イーシアの森 〜 他の星からの迷い子たち
いま僕は、アトラ様と、イーシア湖に来ている。
女神様の命令で、僕は、身体が回復するまでは、トリガの里で療養していなきゃいけないみたいなんだ。
でも、隣接するイーシアに行きたいと言ったら、アトラ様が里長に話してくれて、僕の外出許可が下りたんだ。
「ライト、ちょっと巡回の助っ人に行ってきても大丈夫? すぐに戻ってくるから」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね。湖からあまり離れちゃダメだよ?」
「はーい、気をつけます。いってらっしゃい〜」
アトラ様を見送り、僕は、水汲みを始めた。
リュックの中に、出来ていたポーションは、すべて魔法袋に移した。ほんの短い期間しか放置していないと思ってたけど、異空間ストックもされていた。
そういえば、ずっと僕が寝ている間も、リュックは僕に触れている……というか、リュックを抱き枕にしていたらしいんだ。
やはり、クリアポーションが多く約1,000本、変身ポーション150本、変身魔ポーションが350本出来ていた。この3種類、好きだよね、リュックくん。
『闇が』
(ん? どうしたの? 闇が?)
『暴れるから』
(ん? 僕の闇が暴れてるの?)
『あぁ』
(それで、呪い系が多いんだ)
『あぁ』
(もしかして、クリアポーション以外の普通のポーション、作れない状態?)
『作りにくい』
(そうなんだ、あ、もしかして、僕が倒れてからずっと?)
『あぁ』
(そ、そっか……じゃあ、早く身体治さないとね)
『でも』
(ん? 何?)
『増えたし』
(何? 何か増えてる?)
『あぁ』
(ん〜、魔力かな? 魔力切れどころか完全に枯渇させたから、魔力切れを起こすと増えるんだよね)
『あぁ』
(でも、いま、すぐ疲れて眠くなるよ)
『作りやすい』
(ん? 僕が眠ってる方が作りやすいの?)
『あぁ』
(そっか。じゃあ、作りためしておくのもいいかな。魔法袋、大きいの欲しいなぁ)
『じゃあ』
(あ、うん、またね)
僕は、水汲みを続けた。でも、やはりすぐに疲れてくる。はぁ、ほんとにダル重いな…。
水汲みは、やはりツライ。僕は、薬草摘みに作業を変えた。ぷちぷち、ぷちぷち、うん、こっちの方が楽だな。
いつの間にか、僕は草原でまた眠ってしまっていた。巡回の助っ人からアトラ様が戻ってきても気づかなかった。
「ふふっ、ライトってばー」
アトラ様の声で。僕はやっと目が覚めた。はぁ、なんですぐに眠ってしまうんだろう。
そして、ワープワームを呼び、アトラ様と共に、トリガの里へ戻った。
その日からしばらく、僕はこんな毎日を過ごした。
起きたら、アトラ様と食事をして、イーシアに行って、水汲みと薬草摘みをしてお昼寝して、アトラ様が巡回から戻ってくると、一緒にトリガの里に戻り、知らない間に寝落ちする。
少しずつ、僕は起きていられる時間が長くなっていった。
「おい、なぜイーシアにアイツが居るんだ?」
「噂では、赤の神と刺しちがえて消滅したんじゃなかったのか?」
「毎日、巡回しているように見えるが…。番犬にバレているなら難しいぞ」
「あと、ここに作れば、我々の仕事は終わるのに」
イーシアの森の中で、偵察隊を率いていた、とある神の配下は困惑していた。
彼は、主要な地の地下に迷宮を張り巡らせ、それぞれを転移魔法陣で繋ぐミッションを請け負っている、中立の星の神の配下だった。
中立の星の住人達は、他の星への出入りが自由だ。それを悪用した、裏切りとも言える商売をしている神がいるのだ。
勢力争いに参戦するチカラはないが、富を得て、その星の地位を高めることが目的のようだ。そうすることで、他の星から滅ぼされることがないようにしようという自衛手段だ。
もし守ってもらうために、どこかに加担することになると、赤か青か、また、どの神の子分になるかを選ぶことになり、中立ではいられなくなる。
このような特殊な仕事を請け負って、自分達の利用価値をアピールしつつ、中立であるからこそできる仕事だと理解させようとしているようだ。
「アイツには、玉湯で会ったときに、見逃されたんだ」
「気づかなかったんじゃないのか?」
「いや、俺のこと、迷い子って言ってたし、完全に見切られたみたいなんだ。いつでも殺せるっていう感じだった」
「ワープワームを従えているんだ、そりゃそうだろ。俺達なんて、アイツから見ればザコだろ」
「あの赤の神を、星に帰してくれたのは感謝だけどな」
「あぁ、横取りされそうだったからな。妙なことに使われていたし…」
「あの神々は、この星の住人を石にして集めて、何がしたかったんだ?」
「あれは、魂を喰うために、保管してあったんだぜ」
「人喰いよりひどいな。魂なんて喰われたら生まれ変われないんじゃねーの」
「だから、他の星から住人を盗むんだろ」
「ゲスだな、ほんと居なくなってよかったよ」
とある神の配下のひとりは、ライトが玉湯で会った幻術士だった。セシルの洗脳をしていたのも、この幻術士だ。具体的に迷宮作りをしているのはもうひとりの配下だ。
幻術士の彼のミッションは、迷宮作りの仕事をしやすいように、主要な人物を洗脳し、操ることだった。二人とも、もうこの星に潜入して長いようだ。
「俺の洗脳を解いている奴もいるんだよな」
「あの番犬か?」
「いや、わからない。でも、アイツは呪術士でも幻術士でもないから、別の奴だと思う」
「そんなに、厄介な奴がたくさんいるのか?」
「だから、赤も青も、理由をつけて、この星を攻撃しようとしているんじゃないの?」
「じゃあ、いっそ、ここに移住するのもいいかもな。おまえも、この星の仲間がいるんだろ?」
「なぜ? あー、確かに、仕事を完成させられなければ、追放されるか」
「だろ? 厄介な奴がたくさんいる中立の星って、身内になれば、こんなに心強いことはないぞ」
「ははっ、まぁな」
ふたりが移住の話で盛り上がっていたときに、彼らに迷宮作りを依頼している神の配下達が、しびれを切らしてやってきた。
「おい! おまえら、何をやっている。なぜ作業に入らないんだ」
「あ、これはこれは…」
「作りたくても、やはりここは巡回が頻繁に行われているので難しいんですよ」
「何のためにおまえがいるんだ? さっさと巡回している者達を操ればいいだろう?」
「無理な相手が、見張ってるんですよ」
「は? そんなことでは仕事は終わらないではないか。女神に見つかれば防衛されてしまうぞ」
「その女神の番犬がうろついているんですよ」
「なんだと?」
「勝手に入り込んで迷宮を乗っ取ろうとしていた、あの赤の神を倒した奴がね」
「まさか…」
依頼主の神の配下は、この辺りを見張らせていた自分の手下から情報を集めた。
ここしばらく、毎日イーシア湖の近くに若い男がいること、そしてその男は獣人の女と親しげにしていること、さらにその獣人の女は巡回している狼達と同じ集落の住人らしいことなどがわかった。
さらに、獣人の女は、イーシアの他の集落では巫女として扱われていることもわかった。
「じゃあ、あの獣人の女を捕まえて、その番犬の首に鎖をつけるしかないな」
「巫女を捕まえるのですか? そんな女性を…」
「あの番犬の女かもしれない。最も有効だろう」
「俺達には、そんなことは…」
「無理だろ? わかっている。女は、こっちでやるから、番犬を排除したら、さっさと作業に取り掛かれよ」
「…はぁ」
そして、依頼主の神の配下は、スッと消えていった。
「なぁ、この仕事、失敗したら追放ですまないんじゃないか? 嫌な予感がしてきた」
「俺はもともと嫌な予感してるから」
僕は、いつものように水汲み、薬草摘みをしていた。もうかなり補給できたと思うんだけど、リュックくんがもういいよと言ってくれないんだよね。
まだ、ダル重い感じは抜けない。生命エネルギーの回復には時間がかかるのは聞いていた。でも、もう僕が倒れてから3ヶ月は経過したと思う。
もう何日も眠り続けることはなくなったし、昼寝をしなくても起きていられるようになった。でも、まだ1日の半分は眠っているようだ。随分長い間、青い太陽を見てないような気がする。
なんて思いながら薬草を摘んでいたが、そろそろ赤い太陽は沈みかけている。おかしいな、アトラ様、今日は遅いよね。何かトラブルかなぁ?
あまりにも遅い気がして、僕は、イーシアの森を探して『見た』が、アトラ様の姿は見つけられなかった。
イーシアには、いま巨大蟻の討伐のために、たくさんの冒険者が来ているから、その付近にいるかと思ったんだけど。
(ねぇ、誰かいる?)
僕が呼びかけると、お気楽そうな生首が現れた。そして僕の顔のまわりを不思議そうな顔をしながら、ふわふわと漂っていた。
この不思議そうな顔は、何の用? っていうことなんだろうか? いつもならヘラヘラしてるだけだもんね。
(アトラ様、いまどこにいるかな?)
すると、生首は、クルリと逆さまになり、頭を下にして飛び始めた。前にもこれやってたな、やっぱり仲間に指令伝達するときは、逆さまに飛ぶのかな?
しばらくすると、映像が流れてきた。どこかの集落のようだ。あ! アトラ様が男達に捕まっている?
その集落の住人らしき女の子も数人いる。その女の子達とアトラ様は、その集落の広場っぽい場所にいた。
魔法で作った檻のような所に、閉じ込められているようだった。
アトラ様は、いつか見た巫女の姿をしている。頭にはフードを被っているため、獣人だとはわからない。
あの集落では、巫女として振る舞っているんだな。だから、おとなしく捕まっているのか…。
その集落は、獣人の集落のようだった。アトラ様の里のような狼ではなく、子供達は猫のようだった。虎系なのかな?
檻の外から、男達が何かを言っているようだ。すると、檻の中の女の子達の様子が変わった。なんだか、急におびえ始めたようだった。
そんな女の子達をかばうように、アトラ様が前に出た。何か話しているが、音が聞こえないからわからない。
ただ、アトラ様は怒っているようだった。それに対して、男達はヘラヘラしている。
(どうしよう…)
僕は、集落のことなら立ち入るべきじゃないとは思うけど、あの男達は、集落の他の男達が近寄ると魔法をぶっ放している。女の子達をさらう気か、もしくは強盗か?
僕は、少し考えていると、男達がアトラ様にまで、魔法をぶっ放した。女の子達をかばうアトラ様は、まともにくらっていた。アトラ様! アイツら!
(あの場所に、いますぐ運んで!)
僕の足元に、久しぶりの生首クッション、僕はそれに乗り、その集落へとワープした。