123、トリガの里 〜 苦いと熱いが苦手な彼女
「あーあ、また、ライト寝ちゃったよー。ふふっ、あたしがお世話してあげないとー」
精霊トリガが去った後、ライトは座ったまま、スーッと眠ってしまっていた。
その様子にいち早く気づいたアトラは、すぐさまそばに寄り、ライトを眠りやすいようにと寝転ばせた。
そして、スースー眠るライトの髪を触りながら、頬を緩ませていた。
「アトラ、ほんとにいいの?」
「なにがー?」
「そんな若い子、いつ気持ちが変わるかわからないよ? それに、半分アンデッドなんだろ? 騙すのは得意じゃないか」
「それならそれでいいよ」
「やはり、どう考えても彼にメリットがなさすぎるじゃないか。おかしいとは思わないのか?」
「さっき、ライトの感覚はこの世界の感覚とは違うって言ってたじゃない。ライトは、転生者なんだよ?」
「だが、その若さで、番犬だなんて…。付き合い方がわからない。怒らせると絶対、殺されるだろ」
「さっきの透過魔法、俺は彼がどこに消えたか全くわからなかったな」
「狙われたら、逃げられないよな」
「トリガ様も、恐怖を感じるっておっしゃっていた。それに従えているワープワームも特殊じゃないか」
「ワープワームが特殊なのは、主人の能力が高いからだ。そんな男がなぜ?」
「だから、ライトが言ってたじゃない。損得でなんて考えてないんだよー」
「アトラは、その彼が怖くないのか?」
「ん? 怖いわけないよ。ライトの方が怖がってるかもしれないけど」
「は? おまえ達、一体どういう力関係なんだ?」
里長も思わず、この長老達のやり取りに加わった。里長としてというより、アトラの父親として…。
「別にそんなのないよ。ライトがいつも変なこと言って、あたしを笑わせるだけだよー」
「笑わせる?」
「そう、ライトといると楽しいんだー。そろそろ家に戻るね。ライトをベッドで休ませないとー」
そう言うと、アトラはライトをそっと抱きかかえ、里長の家から出て行った。後に残された人達は、アトラの行動に唖然としていた。
「彼の世話を焼くのを楽しんでいるのか? あのアトラが…」
「そうみたいだね。だから最近、雨が多いんじゃないかい? 」
「それは関係ないだろう。だが、驚いたな」
「あの子が、おなごのようじゃないか」
「一応、娘なはずだが? 俺の」
「あ、そうでした、失礼」
僕は、空腹で目が覚めた。あ、あれ? 確か、宴の……はっ! 僕は、またやってしまった。
ベッドから起き上がると、ベッドのすぐ横に、青いふわふわしたものがあった。よく見ると、大狼の姿で眠っているアトラ様だった。
うん、やっぱキレイだな。澄み渡った青空の色だ。部屋の中だとすこし落ち着いた色に見える。
イーシアで見たときは、とてもキラキラとした鮮やかな青で、ちょっと派手だなと思ったけど、あれは草原の緑に映えて、そう見えたのだろう。
(結局、何も食べてなかったよね、宴会…)
僕は、非常食を食べようかとも思ったけど、久しぶりに何か作ってみる気になった。
僕は、アトラ様を起こさないように、そぉっとベッドから降りた。そして、テーブルの奥のキッチンスペースに移動した。
そういえば、ハデナの野菜、まだ魔法袋に入ってるよね。魔法袋は腐らないけど、入れっぱなしで忘れてしまう。
キッチンには、アトラ様が料理をするつもりだと言ってたけど、あまり食材は多くはなかった。いもと肉と塩だけかな。
僕はあちこち『見て』、食材のありかを探し出したが、地中に壺が埋めてあり、その中が冷蔵庫の役割を果たしているようだった。
鍋も土鍋のようなものだ。この里は土でいろいろ作ってるんだなぁ。
まな板は、何かの皮が吊るしてあるから、これかな?
ナイフは、ゴッツイ包丁ようなのが何本かあった。あと、こん棒のようなものもキッチン用品のようだ。
女神様の城で、店の厨房にナイフを借りに行ったときは、あまり見てなかったけど、珍しいとは思わなかった。
この里は珍しいな。いや、女神様の城が珍しいのかな?
「ライト、どうしたの? のどかわいた?」
「あ! アトラ様、起こしてしまってすみません。お腹減ったなぁと思って…」
アトラ様は、獣人の姿に変わっていた。眠るときだけ大狼なのかな? 大狼の姿はとてもキレイだけど、僕はやはり、獣人の姿のアトラ様の方が好きだな。
「あー、宴で何も食べてなかったっけ?」
「あ、はい。あの、僕、どれくらい眠ってました?」
「んー、今回は2日くらいだよー。その前は1週間くらいかな? だんだん眠る時間が短くなってきたよね。起きていられる時間、長くなってきたし」
「えっ、そんなに眠ってたんですね」
「ふふっ、うん。でも苦しそうな顔しなくなってきたから、だいぶ回復してきたよね」
「はい、もうどこも痛くないです。ダル重い感じが残ってるだけで……寝すぎでダル重いのかな?」
「たぶん、生命エネルギーが減ってるから、疲れやすいんだと思うよー」
「そっか」
「それより、ライトのごはんだね」
「何か作ってみようと思うんですが、食材もらっていいですか?」
「うん、あ、でも、あたし、肉といもしか食べないから…。他の家で野菜とかもらってくるよ」
「アトラ様は野菜嫌いなんですか?」
「んー、飾り、でしょ?」
「ん? 食べれますよ?」
「んー、苦いでしょ?」
「ん? にがい? かな?」
「うん、苦いのはちょっとね」
「僕、ハデナの野菜、持ってるんです。食べてみます?」
「えっ? ケトラのとこの?」
「はい、だいぶ前から魔法袋に入れっぱなしで忘れてたんですけど」
「……ちょっとなら」
「ふふっ、わかりました。いもと肉、少しもらっていいですか?」
「うん、いいよ」
僕は、こないだ届いたお弁当を思い出した。
確かにアトラ様の分は肉がギッシリで野菜は入ってなかった。おそらくその下には、ポテトサラダ風にゆでて潰した、いもが詰まっていたんだろうな。
僕の分は、野菜もたくさん入っていたけど、確かにピーマンっぽいものやゴーヤっぽいものが多かった。まぁ苦い野菜だよね。でも、肉との相性はよかったんだけどな。
僕が魔法袋に入れっぱなしにしてるのは、葉物野菜や、トマトっぽいやつだから、アトラ様もたべれるんじゃないかな?
魔法袋から、葉物野菜や赤い実を出すと、アトラ様が眉をひそめていた。
「ん? においが嫌ですか?」
「野菜がたくさん…。葉っぱは苦いよ、その赤いのは見た目がちょっと毒々しいかな」
「んー、じゃあ、簡単なスープにしてみますね」
僕は、かまどに薪を入れて火魔法で火をつけた。そして土鍋にイーシアの水を入れ、火にかけた。かまどの火力が結構強すぎたので、薪の量を減らし調整した。
「へぇ、そうやれば火が小さくなるんだー。ライトすごいね」
「僕、前世で、キャンプ行ったときに火の調整を覚えたんです。この世界は魔法があるから調整しやすいです」
「ふぅん、そうなんだ。キャンプ?」
「あ、キャンプは、外でご飯を食べたり、テントを張って寝たりという遊びなんです」
「ん? 普通のことじゃないの?」
「僕の前世では、火は、ガスや電気で、スイッチひとつで使えるから、火をおこしたりするのは特別なことなんですよ」
「へぇ、魔法のスイッチがあるんだね」
「ふふっ、魔法じゃなくて、科学なんですよ」
「ふぅん、不思議〜」
僕は次に、アトラ様が出してくれた肉の一部を、いつものナイフを取り出し、ダシになりそうなスジの部分を切って土鍋に入れた。
「えっ、ライト、それは捨てるとこだよ? 食べても美味しくないよー」
「はい、後で取り出して捨てます。ダシをとろうと思って」
「ダシ?」
「はい、僕の前世での調理方法です」
「ふぅん」
僕は、いものアクが気になったが、皮をむいてみると大丈夫そうだったので、じゃがいものように使うことにした。
肉といもはそれぞれ一口サイズに切り、火を通して大丈夫そうな葉物野菜は適当にザクザク切った。
土鍋から、ダシガラのスジ肉を取り除き、いもを投入した。肉は塩をしっかり振りモミモミ、たぶんアトラ様はあまり肉には火を通しすぎない方がいいだろうと思い、後から投入することにした。
いもが柔らかくなったころに、野菜を投入、そして、入れるか迷ったけど、トマトっぽい実も、いい味を出すから、ザクザク切って投入した。
そして最後に、肉を投入し、さっさと火が通ったところで味見をした。
肉に強めに塩を振っていたが、こないだの弁当の味が、けっこう塩が強かったのを思い出し、もう少し塩を追加して完成。
アトラ様が、ひたすらジーっと見ていた。そして、僕が出来たと言うと、いつもより大きな、スープボウルのようなマグカップを出してくれた。
「ライトって、ほんとにご飯作れるんだー」
「はい、簡単なものなら出来ますよ」
「えっ? めちゃくちゃ難しそうだったよ。あたし、途中で諦めた…」
「ん? 覚えようとしてくれたんですか?」
「うん、でも難しすぎる」
「急には無理ですよ。こういうのは慣れですから」
「ふぅん。とにかく食べよう」
「はい、お口に合えばいいんですけど」
「見た目が、ちょっと珍しいよね、赤いというか、オレンジ色のスープなんて」
「ミネストローネ風です」
「そういう名前の料理?」
「はい。コンソメの素が欲しいところだけど、この世界にはないから、少し味は違うと思いますが」
「へぇ、食べていい?」
「はーい、どうぞ〜」
僕は、スプーンで一口食べてみた。うん、悪くないね、ちょっと塩が強いけど。
アトラ様はどうかと様子を見ると、必死にフゥフゥと冷ましていた。
「あ、熱いの苦手ですか?」
「うん、ちょっと熱い…」
僕は、アトラ様のマグカップを受け取り、氷魔法を使って、少し冷やした。
人肌くらいに一気に冷めてしまって、やり過ぎたかと思いつつ、アトラ様に渡した。
「冷ましすぎちゃったかもしれません」
「ん? まだかなり温かいよ?」
そう言うと、アトラ様はおそるおそるスプーンを口に運んだ。そのまま、おとなしく、もくもくと食べてくれた。大丈夫かなと少し心配になったが、その表情は、キラキラしている。よかった。お気に召したのかな。
僕は、ホッとして、自分のスープを食べた。今度、タイガさんのコンビニに行ったら、コンソメの素がないか探してみよう。
「ライトの国の料理って美味しいね。ちょっと味が薄いけど、優しい味がいいね」
「また、いろいろ作りますね」
「うん!」
(かなり塩きついのになぁ。難しいな)
「ライト、この後、どうする?」
「うーん、ロバタージュに戻らないと…」
「女神様が、いいと言うまでこの里から出ちゃダメなんだよー」
「えっ? そうなんですか」
「うん、生命エネルギーが回復していないのに出歩くと、また倒れるって」
「じゃあ、うーん……イーシアもダメですか?」
「ん? イーシア?」
「はい、水汲みと薬草摘みしておきたいかなって」
「たぶん、あたしがついていれば、大丈夫だと思うよー」
「じゃあ、イーシアに」
「わかったよー。ちょっと里長に話すから待ってね」
「はーい」
(外出禁止かぁ…。ダル重いのが消えるまでかな)