122、トリガの里 〜 『氷を追え』について語る
「ライトが、また恥ずかしいことを大勢の前で言うておるのじゃ」
「ん? 恥ずかしいことってなぁに?」
「妾の口からは言えぬ」
「あいつ、もう復活してるんか? はやないか?」
「まだ、生命エネルギーは半分弱ってとこじゃ」
「それなら、日常生活は大丈夫かしら」
「いや、アイツは体力ないからな、まだ、まともに歩けへんのちゃうか?」
「いや、魔力の循環が出来るようになってすぐに、回復魔法をかけておったのじゃ」
「生命エネルギーは、魔法では回復しないわよ?」
「バリアもフル装備でかけておるし、重力魔法もずーっと使っておるのじゃ」
「あー、それで、歩いとるってことかいな」
「ライトくん、器用なのねー」
女神イロハカルティアは、いつもの二人と、いつものカフェにいた。ただ、その姿は、いつもとは違っていた。
輝きポーションをあれからほぼ毎日飲んでいるため、彼女の魔力は全盛期の25%程度にまで回復していた。
飲み始めて3ヶ月になる。25%というのは計算が合わない。そう、彼女は輝き1%付与分を3つに分けていたのだ。
半分は勝手に星に分けられるが、残りのうちの半分以上を城にある巨大クリスタルの回復に、使っていた。
それでも彼女自身の魔力が増えたことで、いろいろと使うことが増え、魔ポーションの消費量も増えた。
呪い解除を邪魔くさがり、変身魔ポーションで4〜5歳児の姿になったまま放置している日が多かったのだ。
「うむ。しかし……妙なことを吹き込まれたのじゃ」
「ん? なんや?」
「精霊トリガが、ライトの夢の中でバカなことを教えたのじゃ」
「あの精霊が神族の前に出てくるなんて、珍しいわね。何百年ぶりかしら?」
「しかも、いま、実体化しておるのじゃ。追っ払ってくるのじゃ!」
「はぁ? 俺はあの里、出入り禁止やで」
「ッチ……はぁ」
「何をそんなに警戒してるのー?」
「あの精霊が、氷を手に入れたら覚醒できると教えたのじゃ」
「ん? 氷ってなんや?」
「クリスタルじゃ。氷のクリスタルは、もうひとつの国にしかないのじゃ」
「あら、あっちの国に渡れってことなの?」
「もしくは、潜伏しとる神を狙うかやな。泳がせてある幻術士も何か持ってるんちゃうか」
「クリスタルは膨大な魔力も闇も吸収し、必要なときに放出できるエネルギーの貯蔵庫じゃ。じゃが、暴走時のためのストックとして体内に埋め込むには、ある程度の大きさが必要じゃ。ザコが持つ物は小さすぎて役に立たぬ」
「あら? いろはちゃん、大きなクリスタルたくさん持ってるんじゃない? ひとつライトくんにあげれば?」
「妾は、氷のクリスタルは持っておらぬ」
「あらそう、まぁ、ライトくんがどう考えるかだわねぇ」
「なんで氷なんや? 火でも風でもええんちゃうか?」
「だからタイガは脳筋なのじゃ! アンデッドに火を埋め込むとどうなるか知らぬのか」
「あー、燃えるなー」
「ライトには、氷しか埋め込めぬのじゃ。じゃが、危険なのじゃ。取り込みを失敗すると消滅するのじゃ」
「ええっ? ダメじゃない」
「あー、それ、爆死やろ。魔界のクリスタル鉱山にいっぱい転がってるで、魔族の残骸」
「たいていは、失敗するのじゃ。知らぬ方がよいのじゃ」
「でも、覚醒ってことは、強くなるんじゃないかしら?」
「ライトは、あれ以上強くはならぬ、使える量が増えるだけじゃ。危険をおかして覚醒する意味がないのじゃ」
「じゃあ、なんで精霊が勧めとるんや」
「…知らないのじゃ」
「ほんま、やな?」
「ぬぬぅ……いつでも闇を使えるようになるからじゃろ」
「ん? じゃあ覚醒する方がいいんじゃないの?」
「オババまで脳筋なのじゃ! ライトの元々の身体の持ち主の闇は……死人の闇は使うと回復が遅いのじゃ。消滅するのじゃ!」
「ん? 元々の持ち主が消滅するの?」
「ちがーう! ふたりとも消滅するのじゃ! 頻繁に使うとライトの闇ばかりが増えていって、闇のバランスが崩れるのじゃ。ライトの闇がライトごとすべてを飲み込むのじゃ」
「あー、そりゃあかんな」
「精霊トリガは、そのことを知らないのねー」
「ライトの闇は、頻繁に使わせてはならぬのじゃ」
「覚醒する意味がないわねー」
「覚醒って、電池を積むだけかいな。まぁ、暴走時の持久力は上がるやろけどな」
「電池ってなんじゃ?」
「へ?………電気が詰まっとんねん」
「はぁ、意味がわからないわ〜」
「おまえらは知らん文明の力や」
いま僕は、トリガの里長様の家に居る。
里長様に招かれて訪れると、そこには、おそらく里の住人すべてがいた。そして、その場に精霊トリガ様も現れたのだ。
トリガ様は、僕がアトラ様を配下にし、守護獣としての役割を奪うと考えていたようなんだ。
そのため、僕の意図を見極めようと、里長様の依頼で現れたらしい。
どうやら、結婚についての考え方が、僕の感覚とは違っていたようなんだ。
この世界では、特に男尊女卑がひどいイーシアでは、男が結婚を考えるのは、ビジネス的な発想をするようなんだ。打算的だともいえる。
地位や富を持つ女性を支配することで、その男の評価が上がるのだそうだ。
僕は神族で女神様の番犬だから、精霊と同格なのだそうだ。精霊に仕える守護獣は、格下にあたる。それなのに、なぜ格下の女性を欲しがるのかと疑問をいだいたようなんだ。
また、アトラ様に近い人達は、アトラ様が騙されているのではないかと心配だったようなんだ。それにアトラ様自身も、不安だったようなんだ。
だから、僕は、みんなの前で、僕の考えや感覚を包み隠さず話したんだ。
「しかし、おまえ、なぜアトラのことを様呼びしているんだ?」
「えっ? おかしいですか?」
「おかしいだろう。おまえは神族であろう? 神族は普通、みな上から目線じゃないか」
「えーと、そうなんですね」
「ほれ、それもだ。わしとは同格だと教えたにもかかわらず、なぜそのようにかしこまるのだ?」
「あー、えーっと、前世でずっと客商売をしていたからかもしれません」
「ん? 翔太か?」
「はい、それに今も、ポーション屋ですから、やはり客商売ですしね」
「うーむ、本当に変わった奴だな。まぁよい。それより、なぜ氷を求めぬのだ?」
「あ、夢の中の、氷を追えっていう話ですか?」
「あぁ」
「あの、意味が全くわからないのですが…」
「クリスタルを取り込めば、覚醒し、暴走を制御できるようになるのだ。おまえの場合は、氷しか取り込めぬがな」
「えっと、氷のクリスタル?」
「あぁ、そうだ。いわゆるエネルギーの貯蔵庫だ。暴走時には生命エネルギーを削る前に、クリスタルからエネルギーを引き出すから安定するのだ」
「えっ、そうなんですね!」
「それに、通常時は闇を使っていないようだが、貯蔵庫があれば、気にせずいつでも闇を使える。まとう闇がなくなれば、クリスタルから引き出せるからな」
「へぇ、便利ですね」
「まぁ、通常時はクリスタルから引き出すことはないだろう。かなり深き闇だ、まとう闇だけで足りるだろうからな」
「じゃあ、足りなくなったときのストックなんですね」
「うむ。それに覚醒すれば、戦闘力も一気に跳ね上がるはずだ。だからこそ、魔族はクリスタルを求め争うのだからな」
「闇を使ったときの戦闘力?」
「あぁ、今でも強烈なようだが、さらに上を目指せるぞ」
「さらに、上…」
「あぁ、もっと強くなりたいだろう?」
僕は、その言葉に少し違和感を感じた。これ以上の力って……僕に必要なんだろうか。
僕は、基本戦闘力がめちゃくちゃ低いのに、闇を使ったときだけの戦闘力を伸ばしても、あまり意味はないような気がした。
普段から闇を使えばいいと言われても、闇は使うとあたりに広がる。それだけで害になることが多いはずだ。
戦闘に関係のない人や草木に害を与えてしまうなんて、僕自身が害獣になるじゃないか。
それに、クリスタルを取り込むってことは、霊体化したら、あのハデナで遭遇した悪霊みたいになるんじゃないかな。
悪霊の中にクリスタルが浮かんでいたことを、僕は思い出していた。あれはキモいよね。
透明化すれば見えなくなるだろうけど、魔族の国で死霊の姿でウロウロできなくなる。うん嫌だな。
「僕は、戦闘は得意ではないので、今以上の力は使いこなせないと思います」
「は? また、変なことを言うておるな。なぜ、強さを求めぬのだ?」
「逆に、なぜ強さを求めなければならないのですか? 僕は、戦いは嫌いです」
「何を言うておる? 強くなければ、守りたい者を守れぬではないか」
「防御魔法は得意です」
「防いでばかりでは、相手を抑えれぬではないか」
「僕は、暗殺なら得意です。どうにもならない相手なら、黙らせることはできます」
「は? 意味がわからんぞ」
「じゃあ、やってみます」
僕は、透明化! 霊体化! を念じた。そして、トリガ様が手に持っている肉の塊にスッと手を入れ、凍らせた。
「ん? ライト、透過魔法か?」
「そんな感じです。もし、僕に殺意があれば今頃、トリガ様は死んでいます」
「わははははっ! なにを言っている? 防いでやるぞ」
「その肉、食べれますか?」
「は? 何を? ん?……いつの間に凍らせたのだ」
「トリガ様が、透過魔法かとおっしゃる少し前です」
僕がそう言うと、トリガ様は、眉をひそめられた。
僕は、霊体化と透明化を解除した。意地悪かとも思ったけど、トリガ様の目の前で、実体化した。
これには、さすがに、ギョッとした顔をされた。だが、さすが精霊、すぐに表情は元の落ち着いた顔に戻った。
「だが、においは、わかるぞ」
「シャワー魔法もしくはバリアで、ほとんど消せると思います」
「ふっ、なるほどな。確かに相手を黙らせることができそうだな。おまえには、わしも恐怖を感じる」
「はい、だから僕は、このままでいいです」
「こんな能力があるなら、神々を簡単に殺せたんじゃないのか? なぜ、暴走して倒れた?」
「僕は、暗殺はできません」
「ん? さっきと話が違うが?」
「性格の問題だと思います。僕は、怒ったときしか人は殺せないのです。だから暗殺はできないです」
「は? 変な奴だな」
「よく言われます」
「襲われたらどうするんだ?」
「逃げます」
「ぶはははっ! なんじゃそりゃ、あははは」
宴は、みんなで食事をしながら、精霊トリガ様と僕との話を聞く……という不思議な宴になった。
だが、みんな、トリガ様を見ながらキラキラした目をしていた。あまり実体化しない精霊様と同じ場にいることが、何よりも嬉しいのだろう。
そして、さんざん食べたトリガ様は、帰ると言って突然フッと消えた。その理由は告げられなかった。
だが、トリガ様が消えた直後に、強い風が吹いた。だから、他の精霊に呼ばれたんだろうと、里長が言っていた。
僕は、他の人達とも話をしたいと思った。だがそう思った直後に、僕にもタイムリミットがきたようだ。
僕は、またいつの間にか、眠りに落ちていた。