120、トリガの里 〜 再び不思議な夢、そして雨
僕はまた、夢をみていた。
やっと仕事が終わった。僕は、嫌味な係長に、イジメのような検品作業をさせられていたんだ。僕が家電販売に向かないと言われ、ドラックストアコーナーに配置換えされてから、そろそろ半年になる。
今夜は暑い。帰り道、僕は駅近くのコンビニに立ち寄って、パピ○を買った。これって歩きながら食べると美味しいんだよね。
最寄り駅から家までは、バスに乗るか歩くかを迷う中途半端な距離だった。だが、もう今夜はバスが終わっていた。僕は、買ったアイスを食べながら、家に向かって歩き始めた。
途中、少し寄り道をした。神社で夏祭りをしているはずだと思い出した僕は、急に屋台の焼きそばが食べたくなったんだ。
だけど、もう祭りは終わりのようで、焼きそば屋台は店じまいをしていた。残念すぎる…。
神社の境内を見渡すと、まだやっている屋台があった。屋台で買い食いしたい気分が高まっていた僕は、その屋台に近づいて行った。
境内も人がまばらになっていたが、その屋台には数人が並んでいた。僕も列に並んだ。何の屋台なんだろう?
列が進むと見えてきた、かき氷屋さんだ。凍らせたフルーツをトッピングに使っているって看板に書いてある。珍しいな、美味しそう。
僕がちょっと期待し始めたときに、ガキン! と変な音がした。いまセットしたばかりの氷が、かき氷機から弾け飛んだようだった。
その氷は、まるで生き物のように境内を滑って、どこかに消えていった。その氷が、最後の氷だったらしく、屋台はそれで閉店になってしまった。ついてない、まぁ諦めるか。
『なぜ追わない?』
知らない声が頭の中に響いた。
『氷を追え』
何? なんのこと?
突然、近くに雷が落ち激しい雨が降り出した。ゲリラ雷雨か。はぁもう、最悪。傘なんて持ってないよ…。
ザーッ、ザザーッ
僕は、激しい雨の音で目が覚めた。あ、また前世の夢? あのイジメ残業の数週間後に、僕は家電量販店を退職したんだ。そして、バーテン見習いを始めたんだ。今となっては懐かしい。
外は薄暗く、ものすごく激しい雷雨だ。ここは雨が多いんだな。
アトラ様の姿を探したけど、家には居ないようだった。僕は、いつ寝たんだっけ? あ! アトラ様とお弁当を食べて…。
(まさかの寝落ち?)
僕は、どう考えても、ご飯を食べていた後の記憶はない。これは、まさかの食事中に寝たという大失態では…。
そして、いま、僕はベッドの上にいる。つまり、ここまで運んでくれたってことだよね。うわぁ〜マズイんじゃ…。
僕は、あまりの自分の残念すぎる失態に、頭から血の気が引いた。やばい、呆れられたかもしれない、いや、嫌われたかもしれない。
いま、ここにアトラ様が居ないことが、その証拠のような気がして、泣きそうになった。
僕は、アトラ様を探しに行こうと思った。そして、謝らなきゃ。
バリバリバリ! ドドーン!
(えっ? 雷が落ちた?)
僕が、ベッドから出て、体調の確認をし始めたときに、凄まじい地響きがした。
音のした方向を『見る』と、ここの近くの高い樹木から火が出ていた。あの木に落ちたんだ。
木の近くには、数体の狼がいて、火を消そうと魔法を唱えているようだった。雨は強いけど風も強い。火はなかなか消えず、逆に燃え広がっているようにも見えた。
(やばいんじゃ…)
僕は、半分霊体化し、壁をすり抜けて外に出た。外は、かなり風が強く、まるで台風のようだった。
僕は、バリアをフル装備かけた。倒れてからバリアは試してなかったけど、問題なかった。
さらに、風で吹き飛ばされそうになるので、重力魔法を使った。うん、これで少し安定したね。
(さて、どうしようかな)
火を消すのは、僕には無理だ。でも、この里は、子供と年寄りばかりのようだった。アトラ様がいないなら、僕がなんとかしなければ。
僕は、とりあえず延焼を止めることはできる。うん、そうすればこの雨が、火を消してくれるはず。
「えっ? ライトさん? ダメだよ、危ないよ」
僕に気づいた狼が、驚いて駆け寄ってきた。あ、この子、アダンとケンカしてた子だ。
「雷が落ちたんですね」
「うん、そうなんだ。水を使える奴がいないけど、いま里長を呼んだから、大丈夫だから」
「里長様は、水魔法を使えるんですね」
「うん、あ! 水属性だから雷に弱いや…」
「そっか、じゃあ、ちょっと延焼だけ止めます。僕もこの火を消す力はないので」
「え? どうやって止めるの?」
「失敗するかもしれないので、秘密です」
「えー、ずるい」
「あはは、じゃ、見てきますね」
「いや、危ないよ! 」
「バリア張ってるから大丈夫ですよ、ありがとう」
僕は、燃えている木の周りの木々に、次々と、水バリアを張っていった。水のカーテンのように見えるバリアが、燃えている木々を囲んでいった。
水だけのバリアを張ったのは初めてだったけど、これ、ラクだな。ほとんど魔力を消費しない。まぁ、いつもフル装備してるから、それと比べる方がおかしいか。
燃える木々が風にあおられて、水のカーテンに火の粉を飛ばす。だが、火の粉は、水のカーテンに触れるとシュッと消えていった。
「すごい! ライトさん、きれいだね、あのバリア」
「そうですね。火の粉が水に映って、いろいろな色に反射してますねぇ」
「あれ?」
「ん? どうしました?」
「どうして、そんな話し方をするの?」
「えーっと、おかしいですか?」
「だって、女神様の番犬なのに」
「んー? 」
「いや、なんでもないよ。体調はどう?」
「いま目が覚めたばかりでよくわからないですけど、少しずつ回復してきていると思います」
「そっか、よかったね。普通なら死んでるって言ってたよ」
「僕も、そう言われました」
「あまり、無茶なことはしちゃダメだよ。アトラさまが悲しむよ」
「はい、気をつけます。ん? アトラ様が?」
「あ、みんな知ってるけど、知らないフリをするんだった!」
「ん? 何をですか?」
「あ、うー、俺から聞いたって言わない?」
「あはは、はい、内緒にします」
「あのね、ライトさんが、アトラさまの旦那様になるってことだよ」
「えっ! 」
「しーっ! 内緒だからね、みんな知ってるってことは、アトラさまも知らないんだから」
「わかりました、ふふっ、教えてくれて嬉しいです」
「うん!」
僕達が内緒話をしている間に、激しい雨が木々の火を消していった。うん、やっぱり雨で鎮火したね、よかった。
でも……アトラ様、怒ってるかもしれないよね、呆れてるかもしれないよね。僕は再び、不安な気持ちに押しつぶされそうになってきた。
(嫌われてたらどうしよう…)
こんな風に、里の人達に知られているのに…。
火が消えて少しすると、足を引きずった30代後半くらいに見える男性が近づいてきた。
そして、火が消えた状況を知っていたかのように、僕に話しかけてきた。
「ライトさん、助かりましたよ。ありがとうこざいます」
「いえいえ、僕は、たいしたことはしていませんから」
「ふふっ、ほんと、アトラが言っていた通りの方ですね。安心しました」
「ん? え、あ、はい」
「あ、申し遅れました。この里の長、ベクトラです。アトラがいつもお世話になってます」
「えっ、里長様? こちらこそ、ご挨拶にうかがわずに失礼しました。あ、いえ、僕の方がお世話になってるのです」
「ふふっ、そうですか」
あ、そういえば、前にアトラ様は、念話でいろいろお話されていたよね。おそらくこの里の人達は、念話で意思疎通ができるんだ。
だから、みんなにすぐに噂が広まってしまうんだな。
「もうすぐ、雨は上がりそうですね」
「えっ? そんなことわかるんですね」
「ふふっ、ずっとこの地に居ると、だいたいのことは見えるようになってくるのですよ」
「なるほど、あ!」
ほんとに雨が上がった。空はみるみるうちに明るくなってきた。
「さて、ライトさん、濡れたままでは体力を奪われますよ」
「あ、乾かします」
僕は、シャワー魔法をかけた。うん、スッキリ。
「へぇ、珍しい魔法を使われるのですね」
「よかったら、里長様にも、かけてみましょうか?」
「ええ、ぜひ」
そう言ってニコッとする表情は、アトラ様に似ている。そういえば、里長様の家の年配の女性も同じように笑ってたっけ。この種族の特徴なのかもしれないな。
僕は、里長様に、シャワー魔法をかけた。
「へぇ、サッパリしますね。これは、同時発動ですか?」
「はい、弱い火水風を同時発動しています」
「ほう、練習して習得してみようかな」
「ふふっ、ぜひ」
僕がシャワー魔法の説明をしていると、そこに、アトラ様が帰ってきた。
「あれ? ライト、外に出て大丈夫なの?」
(あ、怒ってない、よかった)
「はい、たぶん大丈夫です」
「そっか。で、なんで、里長がこんな所に居るのよ」
(ん? 里長様にそんな言い方?)
「さっき、呼ばれたんだよ。雷が木に落ちてね」
アトラ様は、里長様の視線を追って、少し驚いていた。
「あのバリアって、ライトが?」
「あ、はい。まだ火がくすぶってますが、火が完全に消えたらバリアも勝手に消えます」
「じゃあ、ライトが消したんじゃない。オヤジは何してるのよ」
(オヤジ?)
「だから、来てみたらもう消えていたので、ライトさんと世間話をしていたんだよ」
「変なこと言わないでよ! 母さんも変な爆弾発言したんだからね。ライトに嫌われたらどうしてくれるのよー」
(ん? 母さん? 僕に嫌われたらって…)
「別に、何も暴露はしていないよ。これから話そうかと思ってたんだから」
「話さなくていいの!」
「アトラ様、あの…」
「ん? どうしたの? 体調、つらい?」
「あ、いえ、大丈夫です。それよりアトラ様、家に来られた女性が、お母様なんですか?」
「アトラ、何も話してないのか?」
「だって…」
「再び自己紹介させる気か、はぁ」
「あーもう! ライト、里長があたしの父親で、こないだ会った婆さまは、あたしの母親だよ」
「えっ!」
「ほら、やっぱりびっくりしたよね。それに、ライトは、親も何もかも集落ごと焼き払われたから、あたしだけ両親がいるって言えないし…」
「大丈夫です。僕には転生前の記憶はないので…」
「忘れているだけだよ。もしくは、ライトの中のもう一つの闇が、記憶を持ったままなのかな」
「そう、かもしれませんね」
「あ、母親が婆さまなのもびっくりしてるでしょ? でも、見た目と年齢は一致しないの、子供達は見た目通りだけど」
「ん?」
「オヤジは、女神様とほぼ同い年だし、母親は、オヤジより千年若い。見た目は、能力の維持保有状態で変わるの」
「へぇ」
「母親は、守護獣としての能力はほとんど持ってないから、婆さまになってるんだ。また能力を取り戻すと若返るよ」
「そうなんですね、不思議です」
「ライトさん、我々は星と共にある。だから星が生きている限り、我々も生きているのですよ」
「なるほど、不死なのですね」
「ええ。ということで、宴の用意ができたようです。体調が大丈夫なら、お越しください」
「歓迎会するんだって。アダンのときもやってたよー」
「ありがとうございます」
「では、ご一緒に」
「はい」
(歓迎会かぁ、ちょっと緊張するなぁ)