119、トリガの里 〜 アトラの苦手なこと
いま僕は、トリガの里という守護獣の里に居る。
さっきまで後輩『落とし物』係のアダンも、この里にいたんだ。女神様からのおつかいで来たのに、僕がずっと眠っていたために、長期滞在することになったと怒っていた。
僕は、迷宮で、あの赤い髪の神との戦闘で、闇の暴走を起こしてしまって、エネルギーを使いすぎて倒れたんだ。
それからこの里でずっと2ヶ月もの間、眠っていたみたいなんだ。 途中2回ほど起きたけど、あまりにも体調が悪すぎて、とても辛かった。
その間、アトラ様がずっと僕の世話をしてくれていたようなんだ。イーシアの巡回は、アトラ様に代わって、長老さん達が担当していたそうだ。
「ライト、お腹減ってる?」
「めちゃくちゃ減ってます。のどもカラカラだし」
「ふふっ、やっぱりね〜。イーシア湖の水あるよ」
「えっ、まじっすか!」
「まじっす、ふふっ」
アトラ様は、大きな壺のようなものから、大きなマグカップに水を入れて渡してくれた。僕は一気に飲み干した。
うん、これこれ、ほんと名水100選もびっくりだよね。めちゃくちゃ美味しいんだ。
すると、アトラ様はニコニコしながら、また僕のマグカップに水を入れてくれた。僕は再び一気に飲み干した。
カラダ中にしみわたっていく感じが、とても心地よく、生き返る。思わずプハァ〜って言いそうになった。
「ふふっ、一気飲みだねー」
「うん、めちゃくちゃ美味しいし」
「ふふっ、ライトかわいい」
「ん?」
「なんだか、キラキラした顔になったよー。さっきまで、ドンヨリしてたけど」
「あはは、イーシア湖の水で、生き返った感じがします」
「うんうん、よかったよー」
「あ、ちょっとテーブル借りていいですか?」
「ん? いいよ、何するの?」
「ポーションの移し替えを、随分長い間やってないから、リュックくんが呆れてるかもしれないんで」
「呆れるの? ふふっ」
「僕の体調が悪いから何も言われないけど、たぶん、呆れてるか、怒ってると思います。生産しにくいみたいで」
「じゃあ、早く出してあげないとね」
「はい」
僕は、魔法袋を腰に装着した。そして、リュックを椅子に置き、中身をテーブルの上に出し始めた。
リュックは空になると、また、ブワッと満タンになる。異空間ストックされてた分が、リュックの中に戻ってくるんだ。
僕は、数を数えるために、テーブルに種類別に分けて置いていった。大きなテーブルなのに、すぐに置く場所がなくなってしまう。置く場所がなくなると、魔法袋へと収納した。
そんな僕の様子を、アトラ様は向かいの椅子に座って、じーっと見ている。
ん? ときどき目が合うと、彼女はニコっと笑う。
(うん、今日もかわいい!)
僕は、アトラ様に見守られながら、ポーションの整理を終えた。ずっと寝たきりだったから、こんなポーションの整理だけでも、グッタリした。
強烈なダル重い感じは、回復魔法では治らなかった。少し動いても、立っているだけでも半端なく疲れる。まぁ仕方ないか…。
結局、ポーションは、やっぱりクリアポーションが多く約2,000本、モヒート風味とカシスオレンジ風味が約500本ずつ、美容ポーションが121本、媚薬ポーションが158本、男女逆転が380本出来ていた。
あと、魔ポーションは、カルーアミルク風味が101本、アレキサンダー風味が921本出来ていた。
もうそろそろ、中身の数がわかる魔法袋を買わないと、数えるのも限界だな。種類が増えてきたから大変すぎる。
というか、なんだか呪い付きの生産量が多いよね。また、女神様の城に捨て…じゃないや、渡しに行かないと…。まぁ、まだ、この量なら急がないけど。
あ、そうだ。媚薬ポーションは、大魔王様に売りに行こうと思ってたんだった。確か、もともと80本くらい入ってたから、240本くらいか。うん、体調戻ったら売りに行こう。
コンコン!
「アトラ、いる?」
「はい、はーい」
ギィ〜っと、扉を開けて入ってきたのは、年配の女性だった。僕が、魔法袋をゴソゴソしているのを見て、ニコっと笑った。僕は、軽く会釈をした。
「また眠ってしまったんじゃないかと思ったけど、起きててよかったよ。里長が、みんなでご飯にしないかと言ってるんだけど、体調はどうかしら?」
「あ、はい。なんとか大丈夫だと思います」
「まだ、立ってるだけでも必死みたいだよー」
「そりゃそうだろうね。でも食事をすれば、体内の循環も良くなるんじゃないかい」
「うん、そうだね。ここで何か、軽いものを食べようと思ってたんだけど」
「は? まさか、あんたが作るつもりじゃないだろうね」
「ん? えーっと、気をつけて作るつもりだった」
( 気をつけて作る?)
「ダメダメ、余計に体調悪化させちまうよ」
「そんなこと、ないよ」
僕には、話がよくわからなくて、ぽかんとしていたんだと思う。僕の様子に気づいた年配の女性は、僕に事情を説明してくれた。
「ライトさん、だったね。私は、里長の家の婆なんだけどね。アトラは、魔法は得意なんだけど、手先が不器用でねぇ。料理をさせると、吹き飛ばしちまうんだよ」
「ん? 吹き飛ばすのですか?」
「それは、たまたま、魔力の配分を間違えて…」
「ん? ん?」
「切るのも、調理もすべて魔法を使うんだよ、この子は…。火加減を間違えて、家が全焼したこともあるんだよ」
「えっ!」
「だから火力を抑えて、風を使って…」
「風も間違えて、吹き飛ばしたことあるんだよ、この辺り一帯をね〜」
「あまり、火や風は得意じゃないもの。水は完璧だから、キチンと洗えるし…」
「謎の池を作り出したのは誰だったかねぇ」
「うぅ……それは、たまたま…」
「ほら、ライトさんが驚いてるよ」
「え、いえ、そんな」
アトラ様って、いつも凛としてるし何でもできそうなのに、苦手なことがあるなんて意外だった。
そもそもこの里の人達もだけど、狼のイメージが強かったから、人のように料理をする習慣があることの方が、僕には驚きだった。
「ライト、嫌いになった?」
「へ? なぜですか?」
なぜか、アトラ様はソワソワと落ち着かない様子だった。年配の女性を睨んでいる。バラされたくなかったのかな。
「こんだけ長い間生きていて、料理のひとつもまともにできないなんて、普通の男なら引くよねぇ」
「ライトは、そんなこと気にしないよねー」
「えーっと、僕は料理できますから、別に大丈夫です」
「えっ? 男が料理するなんて、イーシアの集落の子じゃないのかね〜」
「イーシアは、どこも男尊女卑だからねー」
「えーっと、アトラ様、僕の素性は?」
「うん、女神様の転生者で番犬だということは知ってるよ、みんな」
「転生者が、前世の記憶を持つことも?」
「うん、知ってるよ」
「じゃあ、話が早いです。僕は前世で、バーテン見習いの仕事をしていたので、まかない料理はよく作っていたんです」
「なんと! 男なのに料理をするとは…。まるでアマゾネスのような種族だったんだね」
「アマゾネス…」
「女尊男卑の種族だよー。海の向こうの国の種族なんだけどね」
「会ったことないですが、いま、こちらの国にも居るそうですよ」
「あらあら、そうなのかい。ややこしいことにならなければいいが」
僕が、ライトが、生まれ育ったのは、イーシアの北の方の集落だったらしい。転生前のライトの記憶はないけど…。
僕の見た目は、イーシアの民そのものだそうだから、意外だと思われたのかなぁ。
「とりあえず、ライト、どうするか決めて?」
「うーん…」
「迷うくらいなら、里長の家でいいんじゃないかい。あ、でも、体調が悪ければ、またの機会でもかまわないよ」
コンコン! ギィ〜
「アトラさま、いますかー」
また来訪者だ。今度は、ちっこい犬、じゃないよね狼なはずだよね、人型じゃなくて獣の姿の子供が現れた。
「はーい。あ、もしかして!」
「はい、ウチの婆さまが、アトラさまに届けるようにと。いつものと、あと、ライトさまの分もあります」
ちっこいワンコは、バスケットのようなカゴをくわえていた。アトラ様はカゴを受け取り中身を確認した。
「婆さま、お弁当が届いたから今日はここでご飯にするよー」
「まぁ、そうだね。起きたばかりで皆が居ると気を遣うだろうから、明日の方がいいかね」
「うーん、ライトが明日も起きているかは、わかんないよ」
「そりゃそうだね。ごめんなさいね、早く宴を開かないとって焦ってしまったね。元気になったら、すぐに里から出て行ってしまうだろうと思ってね」
「そんな、すぐには元気にならないよー。魂の、生命エネルギーは魔法では回復できないもの」
「あ、そうだったね。じゃあ、またにしようかね」
「はい」
「婆さま、ライトが起きてたら明日でいいと思うよ」
「そう伝えておくよ」
そう言うと、年配の女性は帰って行った。もうひとりの来訪者は、床に座ってウトウトしているようだった。
「ライト、じゃあ、お弁当食べよう」
「はい、あの…」
僕がちっこいワンコを気にしていると、アトラ様は、いいのいいのという感じで、バスケットからお弁当を取り出して、テーブルに並べ始めた。
「その子は、食べ終わった入れ物を待ってるから」
「あ、そうなんですね、じゃあ、早く食べないと」
「まぁ、そんな急がないでいいよ。ここで待つ間は、あの子はお昼寝できるからね」
「あはは、そうなんですね。確かにウトウトしてますね」
「ふふっ」
僕は、アトラ様にうながされ、席についた。マグカップにイーシア湖の水を入れて渡してくれた。
(なんか、いいな、こういうのって)
アトラ様も、横に座って、ふたりでお弁当をいただくことにした。
お弁当箱は、小さな壺だった。僕には、この見た目がまず不思議だった。古い家宝のような壺の中にご飯を入れるなんて。
壺はほんのり温かかった。なるほど、保温効果があるんだな。
僕は、フタを開けてみると、中には肉がギッシリ詰まっていた。えっ、これはさすがに重すぎない?
するとアトラ様は、慌てて、アトラ様のお弁当箱と交換した。
「間違えた、こっちがライトのだよ」
「ですよね、ちょっと重いなと思ってました」
「人族には重いよねー」
改めて、渡されたお弁当箱のフタを開けてみると、中は、丼のようになっていた。
「いただきます〜」
「ふふっ、はぁい」
丼は、野菜や小さく切った肉がトッピングされていて、その下には、じゃがいもをつぶしたポテトサラダのようなもの、さらにその下には、また野菜や肉が出てきた。
ミルフィーユのように、いもと、野菜、肉が交互に重ねされていた。
アトラ様から渡されたフォークで、少しずつ味を確認しながら食べた。どれも、塩の味が少し強いけど、素材の味がしっかりしていて、美味しかった。
前にロバタージュでも思ったけど、やはりこの世界って、基本、味付けは塩だけなんだなぁ。
「どう?」
「はい、素材の味がしっかり残ってて美味しいです」
「ふふっ、よかった」
「でも、ちょっと量が多いかなぁ」
「残りは、あたしが食べるから、食べたい分だけでいいよ」
「はぁい」
そして、僕は、お腹がふくれてくると急に眠くなり……不覚にも、フォークを握りしめたまま、また眠りに落ちてしまったのだった。




