11、女神の城 〜 転生者の秘密
僕はいま、女神イロハカルティア様の城にいる。
ロバタージュの街を散策していたら、前世で見たあの猫っぽいヤツが現れ、ついて行くとまた意識が飛んで……気がついたらここに転移されていたのだ。
「あの素朴な疑問なんですけど、あの猫っぽいヤツは何者なんですか?」
「ん? 妾じゃ!」
「へ?」
「もぉ〜いろはちゃん、そんなんじゃ、わからないわよ。ライトくん、あの猫っぽいヘンテコリンは、いろはちゃんが魔力で作り出した、いわゆる分身なのよ〜」
「ヘンテコリンじゃと? なんじゃ! かわいくないと申すのか?」
「あー、もう! いろはちゃんは黙っててちょうだい。話が進まないわ」
「むぐぅ……意地悪オババなのじゃ」
「はいはい、静かにしてね」
僕は、どうしたらいいかわからず、オロオロしていた。女神様が拗ねて静かになってしまったのを見て、ナタリーさんが、僕の方に向き直った。
「これでゆっくりお話ができるわね。うふふっ」
「あの……僕がこの世界に来たときも、あの猫っぽいのが…」
「あー、そうね。いろはちゃんが迎えに行ったのね。転生者を拾いに行くときは、いつも自分で行ってるみたいだから」
「えっ? 僕は、あの……女神様にこの世界に拉致されたってことですか?」
「ん? 前の世界で、ライトくんが死んだから、ここに拾って来たんだと思うわよ。生きている人は、連れて来れないもの」
「いえ僕は、あのとき家に帰る途中に、駅でボーっとしてたので、生きていましたけど」
「3時間ルールじゃ!」
「へ?」
「3時間以内に死ぬ予定になっている者なら、連れて来れるのじゃ!」
(な、なに? その3秒ルールみたいなやつ。床に落ちたものを3秒以内に拾ったらセーフみたいな…)
「えー、まだ生きてるのに連れて来ちゃったの?」
「こっちの、キミに用意した身体が死んだからじゃ! 3時間ルールじゃ! 時間なかったのじゃ!」
「えーっと……僕は、あの日に死ぬ予定だったから少し早めにここに拉致して、その身体に入れたってことですか?」
「まぁ、そんな感じじゃ。死体に別の魂を入れるのも3時間以内じゃないと、入らぬからの。死神がせっかちだから、仕方ないのじゃ」
「いろはちゃん、それってギリギリよー。殺人犯って言われても文句言えないレベルだわ〜」
僕は……呆然としていた。
あの日、死ぬ予定だったんだ。でも、3時間以内って、家に帰って、ぷはぁーっと缶チューハイを飲む時間はあったのだろうか。その時間を、奪われたってことなのか。
「僕は、何で死ぬ予定だったんですか? 交通事故とか?」
「ん? そんなの知らないのじゃ」
「へ?」
「キミの生命のオーラが、残り少なくなるとチカチカ点滅する。それが3時間を切った合図なのじゃ」
「へぇ」
「器になるライトのオーラと同じ色じゃないと入らぬから、探すのは苦労したのじゃ」
「はぁ…」
「なんじゃ? オーラの色を知りたくないのか?」
「えっと、それが大事なことなのですか?」
「いろはちゃん、あのね、私もオーラがどうのって言われたとき、だから何? としか思わなかったわよ?」
「な、なんじゃと?」
わなわなと震えているイロハカルティア様をチラ見しつつ、ナタリーさんが、場所を変えようと提案した。
連れて来られたのは、城の中にある転生者達の居住区。ここには、ナタリーさん達も住んでいるという。
僕のような転生者は、この城にたくさんいるとナタリーさんから説明を受けた。
イロハカルティア様があちこちから拾ってくるという転生者は、最初は、僕のように、女神の落とし物を拾いにいく役割が与えられるのだそうだ。
そして、仕事が合わないとか、他の様々な事情ができた者は、落とし物係を辞め、隠居するという。
この居住区には、隠居者と、その家族が暮らしているのだという。
また地上には、落とし物係は、僕を含めて7人いるという。なぜ7人なのかというと、女神様が与える女神のうでわは、同時に7つまでしか動かせないからだそうだ。
居住区の一角にある、オシャレなカフェ風のレストランに、ナタリーさんは、入って行った。
すると、さっきまで何かブツブツと独り言を言っていたイロハカルティア様の顔が、ぱあっと明るくなった。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃったのじゃ! 個室は空いておるか? 作戦会議をするのじゃ。重要極秘任務なのじゃ!」
「あ、はい。ご用意させていただきます。しばらくお待ちくださいませ」
そういうと、店員さんは、奥に入って行った。
僕は、店内を見渡してみた。普通のファミレスのような、ロバタージュの街の店とはずいぶん違う雰囲気だった。
「ナタリーさん、今から会議なのですか?」
「ん? あー、いろはちゃんは個室を取りたいときは、いつもそんなこと言ってるから、気にしないで」
「そ、そうなんですね」
「まぁ、ここは私達以外の種族もいるから、一応、内緒話もあるかもだから、ね」
「なるほど…。ん? でも、みんな人族に見えますけど」
「え? 私達は人族じゃないわよ。神族よ」
「み、みんな神様なのですか!」
「えーっと……いろはちゃん、どういうことかしら? 何も説明していないの?」
「うーむ、あのときは急いでおったからの。質問は身体を得てからにせよと言ったのじゃ」
「それって、ギリギリアウトじゃない? 転生する意思の確認をしなかったってことよね?」
「細かいことを言うでない。確認しても、みんな転生するって答えるのじゃ。死んで消えたいなんて言う奴はいないのじゃ」
「ライトくん、叱ってやって!」
「でも、あの……えっと。たぶん僕も転生したいって言ったと思います。転生者はチートだと思ってたし」
「ん? チートって何?」
「あ、あの、うまく説明できる自信がないのですが、初めからステイタスが高くて圧倒的に強いとか、ズルイくらいすごい能力があるとか、そういうヒーローになれるようなハイスペックな感じというか…」
「ふぅん、じゃあ、ここの転生者は、みんなチートね」
「え? 僕…ギルドの登録のときの能力検査、残念な感じでした…」
「あー、あれは人族を基準にした数値だからね。私達があの機械で測られると低く出るのよ」
(わっ! 期待していいのかな)
「というと?」
「えっと、同一種族の平均値が基準になってるから。ライトは、人族じゃないもの」
「え? 死んだから幽霊?」
「ちがーう! キミも、神族なんじゃ。この星の神族は、みんな妾の家族なのじゃ!」
「…っ!女神様の家族…?」
「そうじゃ! だから、みんな…でもないが、暇なやつらは我が城に住んでおるのじゃ。家族は助け合うものなのじゃ」
「いろはちゃんが転生させた魂は、いろはちゃんと同じ種族になるのよ。だから、神族ってこと。あ、地上ではこれは内緒ね? ややこしいことになるから…」
「そ、そうなんですね、わかりました」
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
個室に案内されると、イロハカルティア様は、ものすごい速さでメニューを手に取った。
そして、僕には見えないほどの速さでページをめくり、デザートのページを見つけ、そこでジーっと固まっていた。
「ライトくんも、どうぞ」
イロハカルティア様にくぎ付けになっていた僕に、ナタリーさんはメニューを渡してくれた。
僕は軽くお礼を言って、少し重めの冊子を受け取り、さっそく開いてみた。
ファミレスとそっくりだが、ページはかなり多い。それにメニューは見たこともない料理がほとんどだった。
「たこ焼きがある!」
僕は、驚いた。たこ焼きって異世界にもあるんだ。
「あー、その丸い不思議な食べ物ね、タイガがどうしてもって言って、無理矢理メニューに載せさせたのよ…」
「タイガさんって、僕と同じ国の出身なんですか?」
「そうじゃ。時代もほとんど被っておる。だから、タイガをキミのお世話係に任命したのじゃ!」
「あー、でも、性格に難ありだから、適当にあしらっておくのがオススメよ。でも、私達の中でもダントツで強いからね、そこだけは頼りになるわよ」
(タイガさんって、関西人か…)
関西弁バリバリだと怖いな。普通に話しても、怒られているように聞こえるんだよね…。
「あー バリバリじゃろ。いつもケンカ腰で、言葉がキツイのじゃ。おまけに脳筋じゃ。そのくせ妾にはケンカ売らぬとか言いおって…。ケチなのじゃ」
「えっと……そうなんですね…」
そして、注文を済ませ、僕は財布を探した。ギルド横の店で、食べる前に精算したのを思い出したのだ。
「ん? お財布出してどうしたの? 今日は、いろはちゃんのおごりだから、気にしなくていいわよ?」
「なっ、なぜ妾がおごるのじゃ? 逆じゃろ、ふつう」
(そのふつうが、僕にはわからない…)
「個室のときは、いろはちゃんが支払うって、決めたんじゃなかったかしら? その方が自由に居座れるとか…」
「あ……そうじゃった。忘れておった…」
「ん?」
「あ、ライトくん、個室は使用料を取られるのよ。だから次々と注文を繰り返してたら、凄いことになっちゃうの」
「えっと、注文を繰り返して長居したいから、女神様が支払いをするっていう理解で正しいですか?」
「うん、そうよ。完璧ね」
女神様は、このやり取りをジト目で見つつ、またメニューを睨んでいらっしゃる…。
僕の中で、女神様のイメージがだんだんと残念な方へと変わっていった。まぁ親しみやすくていいんだけど。
注文した料理が運ばれてきた。ふつうにファミレスだ。僕は、日替わり定食にしてみたんだ。
まず揚げ物をかじって驚いた。鶏のから揚げかと思ったら、紫色の肉だった。鶏肉っぽい味がするけど。やはり異世界なんだと実感した。
スープはあっさりとしたコンソメ系かな? サラダはかなり量が多い。パンはおかわり自由らしいが1個で充分だった。
そして味は、どれもふつうに美味しい。ギルド横の店は、マズイ店だったのだろうか。
「どう? 驚いた? ここの居住区って、いろいろな異世界から集まってるから、味にうるさい人も多くて」
「あ、はい。美味しいです。ギルド横の店と違って驚きました」
「ギルド横って、えっとロバタージュ? あの店なら、地上では美味しい方だと思うわよ」
「そ、そうなんですか」
「うん、あそこは商売人も多いから、ね」
「僕の前世の味覚は、ここの店の方が馴染みがあるんですが…」
「やっぱり、タイガと同郷ね。同じことを言ってるわ」
「あ、そういえば、あの、さっきの話なんですが、ギルドで測られた能力、だいぶ低く出るのですか?」
「ん? 見せてー」
僕は登録者カードを出し、顔写真をしばらく触って、結果表示を出して、ナタリーさんに見せた。
「ん? ライトくん、魔法の使い方まだわかってないのかな?」
チラッと、女神様の方を見ると、めちゃくちゃデッカいパフェを黙々と食べてらっしゃる……だから静かだったのか。
「ちょっと、手貸してー」
と、僕の手を掴むと、ナタリーさんは、光った。
(えっ?)
僕は驚いた。
ナタリーさんの手を伝って流れてきた何かが、僕の身体の中を駆けめぐった。いや、駆けめぐるなんて、生半可なものじゃない。僕の身体の中で台風が発生したような感じだった。
「これでよし。あ、数値はねぇ、たしか半分くらいに出るんだったと思うよ〜。ライトくんは回復系だねー」
(半分? ってことは実際は、倍の数値? 残念なままじゃん…)
「あの、いま、なにを?」
「ん? マナの循環がおかしかったから整えたわよ。これで普通に魔法を使えるわ。でも攻撃魔法は、無理みたいね」
「あ、ありがとうございます」
「それで、いろはちゃん、ライトくんは何色なの?」
「ん?」
「その話をしに来たんでしょ?」
「あー、そうじゃった。黄色じゃ。珍しいじゃろ? 妾とお揃いじゃ」
(だから何? って思ってしまった。これが重要なことなのかな?)
「えっ? 黄色なの? 私もお揃いじゃない!」
(………で、何?)