107、迷宮の入り口 〜 王宮の調査隊に参加する
「ここ、どうやって降りればいいだ?」
大地の大きな裂け目を覗き込み、ベアトスさんは戸惑いの表情を浮かべていた。
僕も、裂け目がこんな、まるで落とし穴かのように、ポッカリと空いているとは思わなかった。
「おまえ、適当な魔道具ないんか」
「どこかに固定する場所あればいいだが、ここの土は火山灰だから、無理だ」
「あ、じゃあ、僕、一緒に降ります」
「アイツら使うんか?」
「いえ、これくらいなら僕ひとりで大丈夫なんで」
「なんや、ほな、俺は先に降りるわ」
(ん? 生首達、気に入ってるの?)
そう言うと、タイガさんは、裂け目に飛び込んだ。えっ? 大丈夫? と思った瞬間、叫び声が聞こえた。
驚いて『見る』と、タイガさんは、先に転移で移動した王宮の人達の上に落ちたらしい。下敷きになった人達の悲鳴だったようだ。
ベアトスさんも『見て』いたようで、あーあ、と呟いていた。
「ちゃんと、下を確認しないで飛び込んだんですね」
「いや、タイガは、ありゃわざとだよ」
「あはは……迷惑な人ですね」
「んだ」
「では、僕達も降りましょうか。手を繋いでもらっていいですか?」
「ん? どうやって降りるだ?」
「飛んで降ります」
「えっ! 俺は、そんなことしたら死ぬだよ〜」
「ふふっ、大丈夫ですよ。僕の能力は、透明化と霊体化です。重力魔法も少し使えます」
「でも俺は、重いだよ?」
「大丈夫です。行きますね」
僕は、透明化! 霊体化! を念じ、持っているもの、つまり手を繋いでいるベアトスさんも半分霊体化した。そして、そのまま、下に降りて行った。
下に着くと、霊体化と透明化を解除した。ベアトスさんは、なぜかテンションが上がっていた。
「ライトさん! いま、俺も霊体化してただか?」
「はい、半分だけですから、実体はそのまま見えていたと思いますが、壁くらいなら、すり抜けることができますよ」
「じゃ、じゃあ、行けない場所のものも、取りに行けるだか?」
「ん? はい、たぶん」
「すごいだ! 俺、素材集め放題ってことだな」
「素材って?」
「こういう石や砂や岩だよ」
「へぇ、じゃあ、素材だらけなんですね、ここ」
「んだ。あー、でもこのへんのは、いらねーだ。珍しいものを探すだ」
「ふふっ、いいなぁ。僕の素材は、薬草や果物ですからね」
「それは、なさそうだな」
「ですよね」
「あ、あっちで手招きしてるだ」
「集合ですかね。行きましょう」
僕は、ベアトスさんと、集合場所へと移動した。
ここは、ハデナ火山のふもとにある、迷宮の入り口と呼ばれている、大地にできた裂け目の中なんだ。
この裂け目は、ケトラ様が言うには、あちこちの、精霊のすみかから少し離れた所に、できているらしい。
それらがもし、すべて繋がっているのなら、この迷宮は、あまりにも広いということになる。
(まさか、そんなわけないか)
裂け目の中は、上からの光で意外に明るく、広い空間が広がっていた。
火山のふもとだとは思えないほど、ヒンヤリとした空気が、どこからか流れ込んでいた。
岩壁は強く触れると怪我をしそうなほど、ゴツゴツしていた。一方、地面は人工的に作られたのか、不自然なほどツルンとした印象を受けた。
(王宮が、地面を整備したのかな?)
迷宮というから、僕は狭い洞窟をイメージしていたが、この大きな空間の先には、大きなドラゴンでも余裕で通れそうな、広い通路がまっすぐにのびていた。
(通路も、人工的に作られたのかな?)
王宮の人達は知らないはずだが、他の星の神々が、この裂け目に関係しているようなんだ。
もしかしたら、この迷宮を作り出したのは、その神々なのかもしれない。
僕は、迷宮で呪いを受けた人を、女神様の城で治療したときに、その呪いをかけた神と話をした。なぜかスカウトされたんだけど…。
その話を聞いていたタイガさんは、ここの迷宮に神々が何人か隠れていると考えたみたいなんだ。
「おい、ライト、怪我人や」
「へ? どうしたんですか?」
「うぅ……タイガさんが降ってきて…」
冒険者風の人が、左肩をダランとさせて座り込んでいた。さっきの叫び声は、この人だったのかな?
僕は、彼の肩を『見て』みると、肩が外れたのかと思っていたが、肩に血の塊が出来ていた。
「あー、ひどい内出血ですね…」
「左肩から先がマヒしてます。腐るんじゃ?」
「んー、大丈夫ですよ。ちょっと溜まっている血を抜いてから治療しますね」
僕は、いつものナイフを出し、火魔法で消毒した。
「えっ? 切るんですか?」
「はい、少し切って血を出します。その方が治りが早いと思いますから」
「わかりました」
そう言って、上着を脱ごうと彼はもがいていた。
「あ、そのままでいいですよ。透過魔法みたいなのを使いますから」
「え? はい。じゃあ、お願いします」
僕は軽く頷き、そして血だまりの近くにスッと手を入れた。そして、その辺りを凍らせて、痛みを感じにくくさせ、皮膚をナイフでスッと切った。すると中に溜まっていた血が肩から腕に流れ出た。
肩を『見た』が特に異常はなかったので、そのまま回復を唱えた。うん、大丈夫だね。
最後にシャワー魔法をかけて、血で汚れた服をキレイにした。
「終わりましたよ。腕の動きはどうですか?」
「えっ? あ、はい」
彼は、腕を回して確認していた。まぁ、大丈夫そうだね。
「大丈夫です。それに、カラダがシャワーでも浴びた後のようにさっぱりとしています」
「血で汚れてしまったから、ちょっとキレイにしたんですよ」
「すごいっ! 助かります」
「いえいえ〜」
「ライト、俺にもシャワー魔法かけてくれや」
「えーっ?」
「ケチケチすんなや、減るもんでもあるまいし」
(魔力が減りますってば…)
僕は、仕方なく、タイガさんにシャワー魔法をかけ、ついでに自分にもかけた。じーっとこちらを見るベアトスさんにも…。
「おもしろいだ。ライトさんがいると便利だな」
「あはは、そうですかねー」
コホンと、セシルさんの咳払いが聞こえた。あ、僕達、うるさいんだ。
僕が、セシルさんの方を見ると、手招きされた。
(あれ? なんか、嫌な予感がする)
でもだからと言って、無視するわけにもいかないので、セシルさんの方へと歩いて行った。
「ライトさんは、こちらのメンバーの指揮を任せます。無理せず、安全第一でお願いしますね」
「えっ? あの……どうして僕が?」
「先程も話しましたが、魔導士が指揮官をする方がいいのですよ。特に白魔導士が最適です」
「ですが…」
「大丈夫ですよ。みんな、ライトさんの指示に従いますから」
「はぁ…」
(嘘でしょ、勘弁してよ)
僕が振り分けられたのは、フリード王子と、その護衛であるエリート警備隊、そう、さっき僕に敵意丸出しだった5人全員がいる隊だ。他に冒険者風の人達が3人いる、僕を含めて10人のパーティだ。
冒険者風の人達は、みんなベテランっぽい感じだった。たぶん、高ランク冒険者なんだろうな。
「ライト、そんなに緊張しなくて大丈夫だ。迷宮の中では、みな、ただの冒険者だ」
「フリード王子、でも、僕に指揮官だなんて重責は務まりません」
「いやいや、ライトには『眼』があるだろ? 遭難した調査隊を探し、進路を指示するには最適な人選だと思うんだが」
「え、あ、まぁ…」
「そんなに気負わなくて、かまわないよ」
「は、はい」
僕がビビっている様子を見て、警備隊エリート達は、やはり!というように、コソコソ話をしていた。別にいいんだけどね…。
警備隊の人達は、フリード王子と、もっと親しい感じなのかと思っていたが、意外にも仕事上の付き合いのような、ちょっとドライな感じがする。
人間関係って難しいよね。特に権力がからむと、出世欲の強い人達は、次から次へと、より力のある人を求めてしまうのかもしれない。
もしかしたら、僕の願いを叶えると宣言してくれたことによって、フリード王子の立場は悪くなったのかもしれない…。
「ライトさん、一緒に行けないだな……残念だ」
「もし、めぼしいものが見つかったら、また来ましょうよ。今回は、遭難した人達を探すのが目的ですし」
「んだな」
セシルさんは、この調査隊を3つのグループに分けていた。タイガさんとベアトスさんもそれぞれ違うグループだった。透視や遠視ができる『眼』を持つ神族を分けたんだな。
「では、その大回廊の先は、それぞれ、別のルートを行きますよ。危ないと思ったら、すぐに引き返すか、迷宮から地上へ転移してください」
セシルさんの指示で、皆で、ドラゴンでも通れそうな広い通路を奥へと進んで行った。
進むにつれて、なんだか妙な居心地の悪さを感じた。警備隊エリートが嫌だとかいうタイプの居心地の悪さではない。どこからか、ねっとりとした視線を感じるんだ。
「タイガさん、あの…」
「あぁ、わかってる。やっぱり当たりやな」
「ですね…。でも、どこに居るかわからないですね」
「当たり前や。俺らよりは、格上や。奴らの中でいくらザコだと言うてもな」
「はぁ」
「まぁ、俺らには手におえんことがあれば、ババアが動くやろ。そんな気にせんでええ」
「はい、気持ち悪いですけど…」
「壁すべてが、目のようなものもんやろな。確かに気色悪いな」
僕達は、通路を進んで行った。その先は、道が3本に分かれていた。ここからは、ドラゴンは無理そうだが、人なら2人は並んで通れるくらいの道が続いている。
セシルさんは、それぞれの隊に、どの道を進むかを割り当てていった。
「探すべき遭難者は、今回の調査隊とほぼ同数の28名です。他の迷宮に飛ばされた可能性もありますから、転移魔法陣の有無も忘れずに確認してください」
「「ラジャー」」
「おい、セシル、みんなこの裂け目から入ったんか? 裂け目は他にもあるで」
「タイガさん、皆、ここから入ってます。他の裂け目の迷宮へは、踏むと作動する転移魔法陣が仕掛けられているようです」
(え……うっかり踏んだら意識飛んでしまう)
「ライト、うっかり踏むなよ? 『見れば』わかるからな」
「あ、はい…」
「だいたい、行き止まりを戻ろうして飛ばされるようです。気をつけてください」
「はい、セシルさん」
「では、それぞれ担当ルートの調査を開始します。何かあれば、連絡係は、すぐに連絡を入れるように」
「「ラジャー」」
僕達、フリード王子の隊は、真ん中の道を進むことになった。
「ライト、この先は少しひんやりするが、軽装で大丈夫か? 」
「フリード王子、あ、はい。冒険者の服も持っていますから、寒かったら着ます」
「ん? 魔導ローブはないのか?」
「えーと、そのうち買うつもりですが…」
「じゃあ、セシル、有り余ってるだろ? ひとつライトに渡せ」
「えっ! いえいえそんな」
僕は戸惑ってタイガさんを見た。はぁとため息をつきつつも、フォローしてくれた。
「ライト、コーヒー牛乳1本出せ。それと交換なら文句ないやろ」
「あ、確かに」
僕は、カルーアミルク風味の魔ポーションをセシルさんに渡した。
「じゃあ、これと等価なローブをお譲りしますね。付与効果のない、ただのローブですが…」
「はい!」
僕は、初めてのローブを手に入れた。
(なんか嬉しい〜)




