105、ハデナ火山 〜 守護獣ケトラとの再会
僕はいま、生首達のワープで、ハデナ火山のふもとの転移魔法陣の近くに来たところなんだ。とても久しぶりな気がする。でも、ここって、こんなに暑かったっけ?
一緒にワープしてきたタイガさん以外の3人は、きょとんとしていた。まぁ、頭の中の切り替えに、少し時間がかかるよね。
「ライトさん、これすごいだ!」
先輩『落とし物』係のベアトスさんが、目をパチパチとして、驚いていた。
「そうなんです。移動が速いから酔わないんですよ」
「んだ。すごいだ」
「ライトさん、同じ魔物ですか? アマゾネスのワープワームは、転移とほぼ同じく、空間の歪みを感じますが、貴方のは、移動したことさえ気づかない」
王宮の上級魔導士セシルさんも、驚いていた。
王宮には、アマゾネスという種族が滞在していて、その女王がワープワームの支配権を持っているそうだ。
だから、セシルさんは、ワープワームのワープを経験したことがあるようだった。
「進化して、スピード上がったんですよ」
「確かに、浮かぶ動きがなくなったけどな。でも、あんま変わらへんで」
「少し知能が上がったみたいですけど」
「あー、なんや、芸を覚えたって言うとったな? 寸劇でもやるんか?」
「あ、はい。実演してましたね〜」
「はぁ? 冗談やで? マジか」
「新たに加わった能力を僕に見せるために、実演してました。といっても全然ダメダメでしたけど…」
「何しよったんや?」
「治癒魔法を覚えたようで、わざと火傷して治してました。全然、完治してなかったんですけど」
「あ? 何ふざけとんねん、おもんない冗談やめとけ」
「ん? いえ…」
「ライトさん、それ、たぶん勘違いですよ? ワープワームは魔法は使えません」
「でも、火とか…」
「あれは、魔法ちゃうで。火の息を吐いとんねん」
「じゃあ、治癒の息? 」
「はぁ、もうええわ。そんなことより、おまえら、何しとんねん」
タイガさんは、セシルさんをキッと睨んでいた。セシルさんを、というより、待機していたはずの、王宮の調査パーティの人達に怒っている。
僕は、タイガさんの視線の先を『見た』
そこには、火の雨を降らせている王宮の魔導士カールさんがいた。さらに、剣を抜いて戦っている数人の剣士や、戦士達…。
その相手が、真っ赤な大きな狼……ケトラ様だ!
「あんなことしとるから暑いんやんけ。アホか、アイツら」
「なんてことだ! 迷宮にもぐる前に全滅しかねない…」
セシルさんは、そう言うと、バックルさんの方を見た。ふたりは目が合うと、軽く頷き、その争いの場に、参戦しに行った。
「はぁ、おまえ、止めてこいや」
「えっ? 僕がですか?」
「おまえ、ワンコ好きやろが」
僕は、ベアトスさんの方を見たが、ベアトスさんは、手を前でクロスさせていた。ペケマークだよね、たぶん。
「クマは、戦闘は無理やで。防御も弱いから、なんの役にも立たへんで」
「はぁ…」
「はよ、止めてこいや、暑いやんけ」
「とりあえず行ってきます…」
「あぁ」
僕は、事情がわからないなぁと思いつつ、争いの場へと向かった。
転移魔法陣の横を通り過ぎたとき、突然、目の前に、小さな何かが飛び出してきた。
「わっ! びっくりした」
「いろはちゃんとこの子じゃない! ちょっとあれ、なんとかしなさいよー」
目の前に現れた怒りっぽい女性は、確かクリスタルの妖精だよね。自由すぎる性格で、振り回されたっけ。
「いきなり、目の前すぎる場所に現れないでくださいよー。心臓に悪いですから」
「あ、あら。そうだったわね。私みたいな綺麗な女性が目の前に現れると、ドキドキさせてしまうんだったわ。忘れていたわ、ごめんなさいね」
(あ、そうだ、こういう人だった…)
「次からは、もう少し離れた場所に現れてくださいね」
「仕方ないわね、難しいのよ?」
「貴女ほどの方なら、それくらい、簡単なことだってわかってますよ」
「ほんと、貴方は、よくわかってるわねー」
「ありがとうございます。ところで、あの争い、何が原因なんですか?」
「なんか、人族が集まってきたから、ケトラが偵察に来たのよ〜。あの子、最近、守護獣の仕事わりとやってるのよ」
「そうなんですね、ケトラ様、頑張ってるんだ」
「うーん、空回りばかりだけどねー。で、ケトラを見た人族がいきなり、魔法ぶっ放しちゃって」
「なるほど…。人族は、ケトラ様を恐れて攻撃した感じですか?」
「もしかしたら、守護獣だとわかってない人族が、魔物だと思って攻撃したのかもね」
「そっか、わかりました。ちょっと仲裁してきます」
「うん、そうしてちょうだい。暑くて敵わないわ。火の守護獣に、炎攻撃とか…バカやってるんだもの」
「ははっ、はい」
「と言ってたら、まともな魔導士が出てきたわね。ケトラのこと、わかってるみたいね。完璧に、弱点ついてるわ」
「えっ、やばいですね、行ってきます」
「はいは〜い」
僕は、バリアをフル装備でかけ、争いの場へと飛び込んだ。
「何やってるんですか! やめてください」
僕が叫んでも、氷の槍の雨が降り注ぐ音で、誰にも聞こえていないようだった。
あんな、氷の槍、ケトラ様に刺さると無事ではすまない。僕は、ケトラ様に向かって走りながら、ケトラ様にバリアを張った。
見ると、ケトラ様は、すでに氷の刃で、身体のあちこちに切り傷ができてしまっていた。
僕が張ったバリアが、氷の槍を防いだことで、ケトラ様は、僕に気づいた。
「あ、お兄さん! 来ちゃだめ」
「ケトラ様、争いを止めにきました」
僕が、ケトラ様に近づいていくと、魔法攻撃は止んだ。魔剣の氷の刃は、飛んできていたけど、すべてバリアで弾いていた。
「なんだと? またバリアだと?」
「あれは……人族か?」
王宮の人達も、僕に気づき、セシルさんが、バックルさんの攻撃をやめさせていた。
ケトラ様は、その隙に彼らに反撃しようとしたので、僕が立ち塞がって、止めた。
「ケトラ様、これ以上はダメですよ」
「どうしてよ、いきなり攻撃してきたのは、アイツらの方だよ」
「たぶん、こんなふもとにケトラ様が来るとは思わなかったんですよ。恐怖から攻撃したんだと思います」
そう言いながら、僕は、回復!を念じ、ケトラ様の怪我を治療した。
「でも!」
「このあたり、かなり暑いですよ? この温度は、草花にはつらいはずです」
「それは、アイツらが!」
「あちらの人達にも、キチンと話をします。まずは、ケトラ様が落ち着いてください」
「うー」
「人の姿になってください。そうすれば、彼らは怖がらない」
「そんなこと、わかんないよ」
「人の姿のケトラ様はかわいいですから、大丈夫ですよ」
「え? あぅ、うん、わかったの」
そう言うと、赤い光に包まれ、ケトラ様は、人の姿に変わった。ぶすっと拗ねた表情が、相変わらずの、やんちゃな妹のようでかわいかった。
「うん、その方がかわいいですよ」
「え? うん」
すると、ケトラ様は、突然、きゅーっと抱きついてきた。僕は、今は、バリアフル装備しているから、あまり苦しくはなかった。
「ふふっ。相変わらず、甘えん坊さんですね」
僕は、ケトラ様の頭を優しくなでなでした。
「うん」
「守護獣の仕事、頑張ってるそうですね。えらいですね」
「うん。あ、まだもう少しかかるの」
「中腹の休憩施設の再建ですか?」
「施設はもう終わったけど、まわりがまだなの」
「もう、施設使えるようになったんですか?」
「うん、そうなの」
「すごい、早いですね」
「うん。お兄さんが来るまでに直そうと思って」
「ふふっ、すごい頑張ったんですね、ケトラ様」
「うん!」
ライトが、争いを止めに入ったときに、どさくさに紛れてライトを仕留めようと考えたバックルは、ライトに向かって攻撃魔法を撃っていた。
だが、ことごとく、バリアによって弾かれていた。そのことに気づいたセシルは、バックルを止めた。
「なぜ止めるんですか」
「魔力の無駄遣いですよ、バックル」
「せっかくのチャンスなのに」
「貴方は、力量差がわかっていない。こんな戦火の中に平気で飛び込むような人を、簡単に殺せるわけはないでしょう?」
「でも、アイツが居なくなれば、フリード王子も妙なことは言わなくなるって、セシルさん言ってましたよね?」
「ですから、それは断念したと言ったでしょう? 彼が番犬だとは知らなかったんですから」
「番犬って、そんなに恐れる存在なんですか? どう見ても、ザコじゃないですか、アイツ」
「そう見せかけているだけですよ。もしライトさんがザコなら、タイガさんが争いの仲裁をするはずですよ」
「でも、アイツのワープワーム、アマゾネスのより優秀だから、やっぱり欲しいですよ」
「主人の能力に依存するのではないかと思いますよ。ライトさんの能力が高いから、奴らのワープスピードも半端ないんでしょう」
「えっ」
「さっきも治癒魔法だとか大げさなことを言ってましたが、もしかしたら、ほんの僅かでも体力を回復できるのかもしれませんね」
「ワープワームがですか?」
「ライトさんの回復魔法力の一部が、ワープワームに与えられたのなら、あり得るかもしれません」
「知能の低い下等な虫ですよ?」
「魔族の国には、防御魔法のようなものを覚えた一族がいるそうですからね」
「そ、そうなんだ」
「だから、貴方がもし、ワープワームの支配権を持つことになったら、虫は貴方に似た別の能力を持つんじゃないですかね」
「ワープスピードも、変わる?」
「おそらく。ライトさんは、スピードを操る補助魔法力が圧倒的に高いんだと思いますよ」
「確かに、この星の人族の1,000倍近い能力に見えますね。あれは隠していないのか」
「いえ、あれも低く見せていると思いますよ。あの倍あってもおかしくない」
「しかし……え? うわっ!」
セシルは、バックルが目を見開いて驚いている視線の先を追い……セシル自身も驚きで身動きができなくなった。
王宮の、先程ケトラと必死の攻防を繰り広げていた者達も、完全にフリーズしている状態だった。
「アイツ、一体、なんなんだ…」
「いや、まさか、あのケトラが人に…」
彼らの視線の先には、人の姿に変わったケトラが、ライトにきゅーっと抱きついている光景があった。
そして、ライトが、そんなケトラの頭をなでて、何かを言い聞かせているようだった。
「タイガ、あの子は、手懐けるのが上手いだ」
「もともと、手懐けとるわ。アイツはワンコ好きなんや」
「へぇ、ん? 犬じゃなくて、狼じゃないだか?」
「同じようなもんやんけ」
先程までの戦火が嘘のように、王宮の探索隊は、シーンと静まり返っていた。
「おい、おまえら、なに呆けとんねん! さっさとフリード王子を呼んで、迷宮にもぐるで。こんな暑いとこにいつまで居る気や」
「あ、はい、すぐに連絡を!」
タイガの怒鳴り声で、ハッと我に返ったように、セシル達は、準備を始めた。
「はぁ、ほんま、世話のかかる奴らやで」
「あはは、んだな」