102、イーシア湖 〜 ライト、二度目の告白
ライトが、ワープワームを使って、女神の城から地上へ戻った後、虹色ガス灯広場では、まだライトの話が続いていた。
女神イロハカルティアのまわりには、ライトの知らない、女神の番犬と呼ばれる側近も集まっていた。
「いろは様、あの新人さんを番犬も兼任させるのには、私は反対していましたけど…」
「なんじゃ? セリーナ、まだ文句があるのか?」
「俺も反対してたが、別の意味で反対したくなってきたよ」
「はぁ、オルゲンは、心配性なのじゃ!」
「おまえら、あっちの国の担当やろ? ライトと関わることなんて、ないやんけ」
「違いますわ。私は、反対していましたけど、力量的に悪くないってことですわ。反対を撤回しますわ」
「ふむ」
「俺は、ワープワームなんかの支配権を持つような、愚かな行動が心配なんだよ」
「なぜじゃ?」
「誰もが支配権を欲しがっているんだ。今後ずっと命を狙われることになるじゃないか。バカだよ、あの子」
「ふむ。ライトから支配権を奪うことは、オルゲンでもできぬぞ?」
「それは、俺よりも強いということか? 数値だけで見れば、あの子はゴミレベルだが」
「おまえは、賢すぎるから、あかんねんや」
「タイガとは真逆だと、よく言われるよ」
「はぁ? なんや、それ」
「バカ兄貴、大魔王メトロギウスが、ライトくんを警戒しているのよ〜」
「策略の大魔王が、あんな子供をか?」
「バカ兄貴は、相手の力量を探るのが得意だからね。単純な数値じゃ測れない能力を見抜く力があるから、大魔王になれたのよ」
「ライトは、普段はどーしよーもないザコやけどな、アイツは怒ると激変するんや」
「そこの調整が、心配なのよねー」
「自我を保つことは、一応ギリギリできているようやったで、暴走してもな」
「ライトは、守りたい者ができたようじゃ。だから心配はいらぬのじゃ!」
「それは、逆にマズイですわ。その守りたい方のことが、もし、敵に知られると、新人さんの弱みになりますわ」
「なぜじゃ?」
「人質にでも取られたら、新人さんは、敵に操られることになるじゃないか」
「おまえら、アホか! あれを人質に取ろうとしたら、血の雨が降るわ」
「え? その方は、そんなに強い女性なのですか?」
「強いなんてもんちゃうで。めちゃくちゃやりよる」
「人族で、そこまでタイガが苦手な女性がいるんだね」
「人族ちゃうわ」
「あ、神族?」
「そっちの方が近い」
「タイガ、もう、そのへんでやめておくのじゃ」
「気になりますわ」
「守護獣のひとりよー」
「えっ? 守護獣? 獣人なの? ナタリーも知ってるの?」
「ふふっ。見ちゃったものー」
「オババ、やめとけ」
「はーい」
ナタリーは、話したくて仕方ないようだったが、意外にも素直に引き下がった。どうせ話すなら、本人の前の方が楽しいと考えたのだろう。
「そんなことより、ライトは、輝きポーションをなぜあんな大量に持ってきたのじゃ?」
「さぁ? 知らん」
「売りにくい物って言ってたわねー」
「タイガの言ってたように、ただのお肌ツルツルになるポーションだと思っておるようじゃな」
「あぁ、まぁ、そう思わせておく方がええやろから、特に説明はしてへんで」
「下手に効果がわかると、ライトくんの性格からして、作って届けなきゃって負担になりそうだものね」
「うむ、それでよい。これだけあれば、次元の綻びのせいで失われた魔力を、完全に取り戻すことができるのじゃ」
「そうしたら、計画実行できるわね」
「うむ、念のため、宝玉をさらに集めるのじゃ!」
「明日から行く迷宮には、かなりあるんちゃうか? ライトは、セシルに行動しばられるから、誰か暇な『落とし物』係、なんなら連れて行ってもええで」
「でも王宮の調査よね?」
「せやけど、他の星絡みやで」
「ふむ。そうじゃな、タイガの補佐ということで誰か連れていくのもよいかもしれぬ」
「クマちゃんあたりがいいんじゃないかしら?」
「アイツは何もできへんやないけ」
「だからよ。下手に戦闘力の高い人を連れて行ったら、奪われる危険があるわよー。スカウト好きな神がいるみたいだもの〜」
「まぁ、確かにな…。クマがヒマしとるとは思えんけど」
「妾が、ベアトスに聞いてやるのじゃ」
「ふふっ。それがいいわ〜」
イーシア湖には珍しく、少し強い風が吹き、その湖面は風によって波立っていた。
そのキラキラとした美しい光景を見るアトラの目は、大きく見開かれていた。
「ライト、ただのイーシアの民って…」
「アトラ様、僕は、イーシアの森の名もなき集落で生まれ育ったんですよね。前の身体の持ち主の記憶はないけど…」
「そ、そうだよ」
「アトラ様は、この僕の姿を、ずっと見守っていてくれてたんですよね」
「う、うん、あたしは精霊イーシア様の守護獣だから、イーシア様の代わりにこの地を守るのが役目だもん」
「だったら、僕は、アトラ様に見守られてきたイーシアの民ですよね」
「え、あ、うん、でも、ライトは女神様の転生者で…」
「僕は、この姿は、イーシアの民ですよね」
「う、うん。北の方の人族な感じだよ?」
僕は、スゥーっと大きく深呼吸した。やばい、緊張してきた。なんだか話が変な方向へ向かっている。
「アトラ様は、この地では、イーシア様の巫女と呼ばれているんですよね」
「あ、うん。アトラだとわかると、警戒されちゃうからね」
「じゃあ、アトラ様も、イーシアの民ですよね」
「ん? うーん、ん? そうかも」
「守護獣じゃなく、イーシアの民としてなら許されるんじゃないかと思うんです」
「んん? 何? ライト、またわけわかんないこと言ってるー。ふふっ」
「僕と……」
「ん?」
僕は、緊張マックスだった。やばい、変な汗が出てきた。
「アトラ様、僕と…」
「えっ?」
僕達は、しばし、じーっと見つめ合っていた。彼女は、僕が言おうとしていることがわかってきたみたいで、だんだん、頬が赤くなってきた。やばい、マジでかわいい!
「あの…」
「は、はい…」
「僕と…」
「う、うん…」
「アトラ様、僕と…」
「うん…」
「け……げほっ」
「うん?」
やばい、緊張して、頭が真っ白だ…
アトラ様は、顔が真っ赤になっていた。たぶん、僕の顔も真っ赤だと思う。
僕は、再び、深呼吸した。スゥー、ハァー。よしっ!
「アトラ様!」
「は、はい」
「僕と、結婚してください」
「ふぇっ? えっ? あー、え?」
(言った! 僕は、言えた!)
彼女は、とても驚いていた。なぜ? 僕の言おうとしてること、だいたいわかってるみたいだったのに。
ハッ! 僕は、まだ付き合ってくださいとも言っていない! 順番、間違えた?
「あ、あの、ライト? 本気?」
「はい、本気です」
「えっ、どうして? 他にいっぱい女の子いるでしょ? 女神様の番犬なら、モテるでしょ?」
「モテないです。いや違う。モテても、モテなくても、そんなこと関係ないです」
「え、でも、これからも、かわいい女の子に出会ったりするかもしれないよ?」
「あなたより、かわいい女の子なんていません!」
「えっ! あ、えっと、あの……ありがとう、じゃなくて、えっと」
アトラ様は、真っ赤になって、うつむいてしまった。僕は、そんな彼女をそっと腕の中に閉じ込めた。そして、彼女が少し落ち着くのを待った。
でも心臓の音がうるさい。僕の音なのか彼女の音なのかはわからないけど…。
僕の腕の中で、彼女は、スゥーハァーと深呼吸をしていた。そして、パッと顔をあげた。
僕とアトラ様は、そんなに身長差はない。僕の方がほんの少しだけ高いくらい。
彼女が顔をあげると、僕の顔もすぐそばにあった。僕は、思わずキスしたくなる衝動を必死で抑えた。
近すぎる距離に、彼女は一瞬、戸惑っていたが、また軽く深呼吸をして、僕の目を見た。
「本気、なんだ」
「はい」
「いまは、できないよ」
「はい」
「イーシア様がチカラを失っている今、あたしが勝手なことはできない」
「はい」
「でも、イーシア様が復活したら…」
「はい」
「イーシア様が、いいよって言ってる」
「えっ、は、はい」
「あたしも、ライトのこと好きだから」
「はいっ」
「でも、イーシア様の復活は、まだまだ先のこと…」
「はい」
「それまで待っててなんて、言えないから…」
「待ちます!」
「えっ」
「僕は、おそらく不死です。だから、何百年でも何千年でも待てます」
「ふふっ、もうっ!」
「ん?」
「ライトってば、必死すぎー」
「あ、あはは、すみません」
「精霊は殺されてしまったら復活に千年かかるけど、イーシア様は死んでないよ。チカラを失っているだけ」
「あ、はい」
「たぶん、数十年先になると思う」
「はい。えっ? はい」
「そのときに、ライトの気が変わってなかったら……いいよ」
「は、はいっ!」
「ふふっ。なんだか恥ずかしい」
「僕も、恥ずかしいです……。でも嬉しいです」
「うん。あたしもー」
僕は、彼女の唇に、僕の唇を重ねた。このとき僕達は、同じことを考えていたと思う。これは、大切な……とても大切な、約束のキス。
(あなたを、ずっと大切にします)
そう思い、そして誓う。すると、僕は、僕の心の中では、大きな変化が起こった。僕の心の中には、強い欲が芽生えてきたんだ。
(僕は、彼女をずっと守りたい)
僕は、ふと、目の前を、ふわふわ漂っている奴らを見た。いつもならすぐ消えるのに、奴らはなぜかここにいた。彼女も、僕の視線を追って、奴らを見ていた。
僕は、奴らが配下になったことで、この地に一瞬で来ることが出来るようになった。
見た目はキモイけど、でも、奴らが居ないとイーシアに来るには時間がかかってしまう。
奴らのワープは、転移が苦手な僕には、とてもありがたい能力なんだ。
それに、奴らには、スパイのような偵察能力がある。奴らがいることで、僕は離れた地の映像を見ることが出来る。
もし、彼女の身に危機が迫ったとき、奴らがいればその様子を見ることができる。念話ができない僕にとって、唯一の、誰かに頼らず情報を得る手段なんだ。
僕は、今までずっと奴らを嫌っていたけど、でも奴らは、懲りずに僕のチカラになろうとしてくれていた。僕は、すごく、奴らに悪いことをしていたな…。
僕は、深く反省した。見た目はキモイけど、でもだからといって、冷たくあしらいすぎていた。ごめん…。
「あ! ライト! あれ」
「うん?」
彼女が、指差す方向に目を移すと……えっ?
いつの間にか生首達が、1ヶ所に集まっていた。いつもの寒がってるのとは様子が違う。
奴らは、蛍が光るように、個々にピカピカと輝き始めた。集まっていない奴らも、あちこちでピカピカと点滅しているように見える。
赤黒い奴らの赤く淡い光が、イーシアの緑の草原に映え、まるでクリスマスのイルミネーションのようだった。
僕は、この世界に転生する前に見た街のイルミネーションを思い出した。あの時は夜だったけど…。
「キレイ…」
そう呟く彼女に、僕は見惚れていた。イルミネーションを背景にした彼女は、言葉では言い表せないほど、とても綺麗だった。