101、イーシア湖 〜 ワープワーム
僕は、治療院の初老の紳士に挨拶をして、虹色ガス灯広場に戻ってきた。
なぜか、女神様、ナタリーさん、タイガさんがついてきた。たぶん、治療院の用事は済んだから、一緒に出てきただけだと思うけど。
広場は、生首達があちこち、ふわふわ飛んでいて、さっきの数倍以上の人が居た。
僕が広場に戻ってきたのがわかると、奴らはサーっと僕の元に集まってきた。別に、僕が呼んだわけではないんだけど…。
「いろは様〜、この子達は、どうしたんですか?」
「何を食べるのー? エサがわからないの」
(そういえば、僕も知らない)
すると奴らを追いかけるように、住人達が集まってきた。かなり、チビっ子が多いような気がする。
「こやつらは、火の魔物じゃ。主人に擬態しておるのじゃ。性別を逆転して、主人に媚びておるのじゃ」
「ふぅん。ん? 女神様が主人じゃないの? 女の子だよー」
「妾は、主人の主人じゃ」
「女神様、コイツら、何を食べるんですか?」
「ライト、エサでもやる気になったのか?」
「いえ、何も知らないなぁと思って…」
「こやつらは、適当な虫を食っておるようじゃ」
「虫、ですか」
「雑食だから、なんでも食うはずじゃ」
「へぇ」
「おぬしらは、みな地上へ戻るのか? ここの広場にいたい者はおるか?」
女神様がそう問いかけると、奴らは相談でもするかのように、キョロキョロと互いを見ている。
「ふむ。そうか、わかった」
「ん? 女神様、何て言ってるのですか?」
「主人と一緒にいるそうじゃ。妾よりも、ライトの方がよいそうじゃ」
そう聞くと、集まっていた住人達は、残念そうにしている。でも、また来るよね〜とか、新人くんが主人なのか〜とか、口々にいろいろ話題にされているようだった。
女神様は、住人達の方を見て、ふむ、と頷き、僕の方を向いた。
その女神様の様子を見て、住人達はこれから話されることを聞き逃さないよう、シーンと静かになった。
「ライトが、まだ念話ができないことも教えてある。じゃが、こやつらは、そのことはわかっておったようじゃ」
「はぁ」
「それにじゃ、ライトが今までの主人と全く違うと、戸惑っておる」
「ん? これまでの主人は、世話をしていたということですか?」
「いや、逆じゃ。常に働かされておったようじゃ。住処の防衛や、敵の探索、あちこちのワープで、休む暇もなかったようじゃ」
「へぇ」
「いまは、ライトが、たまに何かを知りたがったり、移動するだけで、ほとんどの奴らが暇すぎるようじゃ」
「暇だとマズイのですか?」
「ライトに必要とされていないと、不安なようじゃ。このままでは、捨てられると思っておるようじゃ」
「はぁ」
女神様は、住人達の様子を見渡した後、生首達の様子も見ていた。住人達は、ジーっと聞き耳をたて、生首達は、僕の足元に集まってきてソワソワしている。
「おぬし、わざと冷たくあしらっておるのか?」
「え? いえ別に……生首だし、キモイし…」
「もう、そろそろ大丈夫なようじゃが?」
「何がですか?」
「ワープワームの、特殊な飼い方が、じゃ」
「ん? 全く意味がわからないですが」
「知らぬ間に、実践しておるようだから、何も言わないでおいたのじゃ」
「えーっと…?」
「まぁよい。そのうちわかるのじゃ。もうここまで、奴らを掌握したのじゃから、手放せぬぞ」
「別に何も…」
「ライトが捨てると、こやつらの一族は、滅ぶのじゃ」
「えっ? 他の主人に擬態するんじゃ?」
「それは、今までどおりの主人ならばじゃ。過剰な蜜を与えると、その蜜がないと生きられぬようになるのじゃ」
「ん? 何も与えてないですけど」
「与えすぎなのじゃ。空を飛ぶ能力、ふらふらする自由…。奴隷にこんなものを与えると、他の主人には仕えることができなくなるのじゃ」
「奴隷?」
「そうじゃ、こやつらは、強き者に従い、その主人の役に立つことで生きながらえてきた種族じゃ」
「へぇ」
「おまけにライトに擬態したことで、あちこちで、かわいいとチヤホヤされておるじゃろ」
「はぁ、まぁ」
「大切にされたことのない奴らが、甘やかされておるのじゃ。この主人は、絶対に手放してはならないと感じておる」
「えー」
「あちこちで優しくされ、主人からは自由を与えられ、こやつらは楽しくて仕方がないのじゃ」
「はぁ」
「だからこそ、ライトに捨てられぬよう必死じゃ。主人だけが、他の者達と違って、自分達をチヤホヤしないのが不安で仕方ないようじゃ」
「だって、生首だし…」
「まぁ、何かのキッカケで、ライトの感情が変われば、そのときに、この成果はでるのじゃ。意図的に引き出そうとしておらぬから、楽しみじゃ」
「ん? 意味が全くわからないです」
「ライトは、感情を隠せぬから、話すと、たぶん今すぐに始まってしまうのじゃ。自然に任せる方が上手くいくはずじゃ」
「何かが起こるのですか?」
「起こるかもしれないのじゃ。失敗なら、何も起こらないのじゃ」
「失敗?」
「だから、特殊な飼い方じゃ」
「ん〜…」
「成功するには、強い信頼関係が必要なのじゃ」
「はぁ」
「楽しみじゃ」
僕は、何がなんだかわからなかった。でも、特殊な飼い方をすると、何かが起こる可能性があるようだ。
特殊な飼い方って何だろう? 僕は奴らの世話をしていない。放置するってことなんだろうか?
それに、何が起こるんだろう?
あ! コイツらの前の主人のレアに擬態していたとき、コイツら、数十体が合体してレアの子供のような大きなサイズになっていたよね。
あのレアも世話してなさそうだし、もしかして合体するのかな?
でも、そんなことになると、パニックになるよね。デカイ生首が飛び回るなんて……ホラーじゃん。
もしそんなことになったら、全部討伐するしかないか。
僕がそんなことを考えていると、奴らは僕の思考を察して、また集まり始めた。奴らは、怖いと寒気がして、1ヶ所に集まる習性があるらしいんだ。
何も言ってないのに、集まって怖がっているって、どういうこと? 別に睨んでいたわけでもないのに!
そう思いつつ、奴らを見る僕の目は、たぶん……イライラして睨んでいたんだと思う。
奴らは、焦ってパニックになっているようだった。
(はぁ…)
「ライト、はよ、水汲み行けや。ほんま、知らんで」
「あ、はい、そうでした。王宮の方との待ち合わせは、場所とか決まってるのですか?」
「一応、ロバタージュのギルド前に、赤い太陽に変わる頃に集合や」
「え? ギルド前ですか?」
「セシルの補佐は、ギルドミッションの形やからな。行く前に、その手続きするらしいで」
「あ、じゃあ、手続きがあるなら、早めに行く方がいいのですか?」
「手続きは、セシルが済ませるやろから、気にせんでええ」
「わかりました」
「もし何か変更あれば、ババア経由で連絡するわ」
「なっ? なんで妾が連絡係なのじゃ!」
「たくさん、魔ポーションもらったやろ? それくらいせーや。嫌ならポーション返却するか?」
「うぬぬ……今回だけじゃぞ?」
「ライトが念話できるようになるまでや」
「な? いつになるか、わからぬではないか」
「…はは。すみません……あの僕…」
「まぁよい。妾は、もうひとり探さねばならぬから、忙しいのじゃ。はよ、水汲みに行くのじゃ」
「え、あ、はい」
僕がそう言うと、頭の中にイーシアの映像がいくつか浮かんだ。湖の見える場所、と思うと、足元に生首達が集まってきた。
僕は、キモイなと思いながら、生首達の雲のようなクッションに乗った。すると、足元に居なかった他の生首達も、焦って寄ってきた。
「では、失礼します」
フワッと少し浮かんだと思った次の瞬間には、僕はイーシア湖にいた。数が多いと、めちゃくちゃワープスピード速いな。
僕が少し驚いていると、生首達は、ドヤ顔をしていた。すぐに調子に乗るんだよね…。と、僕がうんざりすると、また心配そうな顔になっている…。はぁ。
「ライト、何? その子達」
突然、後ろから話しかけられ、僕は驚き、慌てて振り向こうとして足がもつれ、草原に……すっ転んでしまった。
「きゃはははっ! もう、ライトってば〜」
「あ、アトラ様が驚かせるからですよ。突然、背後に現れて…」
「違うよー。ライトが、突然あたしの目の前に現れたんだからねー」
「そ、そうなんですね、気づかなかったです」
「ふふっ。で、なぁに? この子達…。場合によっては、イーシア様に近づけさせるわけにはいかないよー」
生首達を見ると、奴らはなぜかアトラ様を警戒しているようだった。僕が見ているのがわかると、急にオドオドし始めたんだけど…。
「アトラ様、コイツらのこと、知ってるんですか?」
「うん、知ってるよ。でもどこの一族かは知らないけどね〜」
「コイツら、アトラ様のことを警戒してるみたいで」
「そりゃそうだよ。あたしは、基本的に、この種族がイーシア様に近づいたら、抹殺するもの」
「えっ!」
「実は、もう、この距離は……正直なところ、許せる距離じゃないんだよ。森の中ならまだ様子を見るけど、草原に入ってきたら普通ならすべて始末する」
「す、すみません。僕が湖の側を指定したから」
「ん? うそ! ライトが指定した? ってことは、ライトが、この子達の主人なの?」
「は、はい…」
「えーっ! どうやって支配権を取ったの?」
「えーっと、玉湯で、コイツらの主人のレアモンスターを倒して…」
「ライト、戦えたっけ?」
「あんまり…」
「でも、ワープワームは、より強い者にしか従わないんだよ? うーむ」
アトラ様が悩んでる…。悩んでる顔もかわいい!
「僕の闇を、暴走させちゃったみたいなんです」
「えっ? あー、なるほど! 相手は水属性だった?」
「はい」
「そっかー」
「ん? はい…?」
(あれ? なんだか様子がおかしい…)
アトラ様は、湖の方を見ているような、ボーっと何かを考えているような顔をしていた。
「ライトって、ほんとに番犬になっちゃったんだね。なんだか、どんどん遠い存在になってく…」
「え? どうして、遠い?ですか?」
「だって、ついこないだは、あんなに何もできない子犬だったのに…。ワープワームを従えるなんて…」
「だめですか? 僕…」
「なに言ってるのかなー? 神族として、女神様の番犬になれるなんて、凄いことじゃない!」
「でも……遠いなんて言わないでください。アトラ様がそんな風に思うなら、僕は、番犬やめます!」
「えっ? なに言ってるのよー」
「僕は、アトラ様が……あなたのことが一番大切だから」
僕がそう言うと、アトラ様は、目を丸くして驚いていた。そして、だんだん、その頬が赤く染まっていった。
「も、もうっ! なに言って…」
僕は、思わず……彼女を抱きしめた。
「遠いなんて、言わないで」
「で、でも……あたしは、ただの…」
僕は、聞きたくない言葉を、そっと封じた。
彼女はまた、目を大きく見開いていた。
「こういうときは?」
「め、目を閉じる」
僕は、再び、目を閉じた彼女に近づいて、唇をそっと重ねた。
(やっぱり、僕は…)
そして彼女に想いが届くようにと、願いをこめて囁いた。
「僕は、ただの、イーシアの民だよ」




