10、ロバタージュ 〜 警備隊レオンとの約束
僕は、警備隊のレオンさんと、ギルドの買取ブースに戻ってきた。
まだ、僕は、自分がチートじゃなかった、いやそれどころか残念なステータスだったことに落ち込んでいた。
まぁ、僕は前世でも、人より優れていることよりも劣っていることの方が多かった。転生者だからって、こんな僕が急にヒーローになれるわけはないんだ。
(勝手に思い込んで期待して落ち込んで……ほんと、ピエロだな、僕…)
「坊や、元気ないな。ポーションの価格査定が不安なのか? 変な査定をされたら俺が文句言ってやるから、安心してろよ、な」
「あ、いえ、はい。ありがとうございます」
(レオンさんって、ほんといい人だな。こんな大人になりたいな…)
僕は、もしかして? と、思い出した。
あの日、僕がこの世界に来た日、村を焼き払っていた兵士達、いや隊員達、その中で一番嫌な役目をしていた人、あれはレオンさんだったんじゃないかな。
任務で村を焼き払いに来て、地下にも火を放って……僕のいる安置所の方へも火を放つ指示をしたとき、『感染者を外に出すわけにはいかないんだ、許せ』って言っていた声、すごく辛そうだった。
そもそも、この世界は、なぜ伝染病くらいで、集落を全滅させようとするんだろう。
インフルエンザが流行したからみなさんさようならってことだよね。ありえない…。もしかすると、医療事情が、著しく悪いのかもしれない。
「お待たせしました、ライトさん」
(あ、やっと査定が終わったんだ)
「はい」
「いろいろ調べさせていただき、他のギルドとも相談しました結果、1本銀貨1枚という価格に決めさせていただきました」
「はぁ? 安すぎるだろ? ダブルだぜ? 味も確認したのか?」
いきなり、レオンさんが、本気でぶち切れている。
「あ、あの、銀貨1枚って、銅貨何枚ですか?」
「え? 銅貨の方がよろしいのですか? 銅貨なら100枚になります」
(ん? いくらだっけ? 確か銅貨1枚100円、ってことは銀貨1枚って1万円? え? そんなに高いの?)
「なんで銀貨1枚なんだ? せめて銀貨2枚だろ? 頭おかしいんじゃねーか?」
「でも、10%回復薬の上質品は銀貨1〜2枚ですし、ギルドは最低価格としての価格査定をさせていただいているわけですから…」
「あれは、上質品なんて比べ物にならない味だぞ! どこぞの貴族なら、その10倍以上は出すぞ!」
「ギルドでの買取は、最低価格でお願いしておりますから。それ以上の価格は自由競争ということで、露店や行商でお願いします」
「他のギルドが銀貨1枚って言ってんだろ?」
「まぁ、はい、そうなんです。価格がややこしくなるからと…。ダブルでも10%では固定値100を適用することはないでしょうから、10%と同じでいいと…」
「じゃあ、30%や50%なら、査定を変えると?」
「えっ! 50%あるのですか? ぜ、ぜひ!ぜひ! 買い取らせてください! そちらの言い値でかまいません」
「だとよ、坊や」
「あ、あの、これ1種類しか持ってないんです、すみません」
「はっ! わっ、いえ、こちらこそ、慌ててしまいました。失礼いたしました」
「じゃあ、今日はとりあえず、検査に使った分と、手持ちの数本の買取ってことで、いいよな、坊や」
「はい、それでお願いします」
「かしこまりました。出来るだけ多く買い取らせていただきたいのですが…」
レオンさんを見ると、首を横にふるふるしていた。
僕は、とりあえず、リュックから2本出した。職員さんがすごい目ヂカラで、じぃーっと見ている。仕方ないので、もう2本出した。
「とりあえず今日は、これで」
僕がそう言うと、職員さんは、精算をしてくれた。
銀貨4枚と、銅貨100枚を渡された。さっきのことを気にしてくれたらしい。
「あ、財布もないんだった…」
そう言うと、職員さんは、革袋を出してきて、
「お待たせしたお詫びに差し上げます」
本来ならギルドで売っている商品なのですが、と言いつつ渡された。
そして、またポーションの買取をさせてほしいと頼まれた。僕は、思わず、わかりましたと言ってしまった。ああ、もう、ほんと断るのは苦手だ。
ギルドの買取ブースを出て、レオンさんに連れられてギルドの2階に上がった。
そこはたくさんの紙が貼り出されていて、このすべてがミッションの依頼だと教えてもらった。
受注できるランク指定があるものは、ランクごとに貼り出されていた。
探しやすいように工夫されているようだけど、これだけの数があると見るだけでも大変だ。
「肉、肉、にく……うーん、手頃な肉がないなー」
「え? レオンさん、肉ミッションですか?」
「いや、違うよ。くはははっ。上手い肉が狩れる場所での依頼を探してるんだ」
「な、なるほど」
「肉、肉……やっぱ、クセのない上手い肉じゃないとな〜。デカすぎる奴も扱いにくいしなー」
レオンさんが、熱心に肉探しをしてくれているのを僕はついてまわっていた。
「隊長! 大変です! 昨日出発したパーティの遭難です!」
突然、警備隊の制服を着た若い人が、駆け込んできた。
「ちょっと待て。俺は明後日まで休みなんだ。他にリーダーいるだろ?」
「それが無理なんです! Aランク以上じゃないと救出にも行けないアレです」
「あ? 女神の落とし物か?」
「はい! 遭難したのがオールAランクの3人パーティらしく、経験不足な上に人数不足かもしれません」
(僕は、ドキッとした。女神の落とし物って、えっ?)
「女神の落とし物っていうミッションなんですか?」
「ああ、女神様は、さすがにわかるよな? イロハカルティア様だ。」
「は、はい」
「定期的に、あちこちに、天から落とし物を振り撒いて、拾ってきてくれという依頼が入るんだ。どれもだいたい厄介な場所でな…。Aランク以上の限定ミッションにされてるんだ」
「わざと、落とし物を振り撒いてるんですか?」
「さぁな。神様が何を考えてるかわからん。まぁ、報酬は破格だし、落とし物を取りに行く途中でレアな魔物に遭遇したら、討伐した素材も高く売れる。超高ランク冒険者は、最優先で受注しようとするんだ」
「稼げるミッションなんですね」
「ああ、そうだ。俺も受注したいのに、なかなか取れねーんだよな」
「隊長〜」
「はぁ、わかったよ。ライトわるいな……約束破っちまう…。近いうちに埋め合わせするから、宿が決まったらギルドに言っておいてくれ」
「はい、わかりました。え? ギルドに宿を言うのですか?」
「ああ、伝言板みたいなんがあるからな。冒険者同士ってなかなか連絡つかないから、ギルドに伝言を頼むのが一番効率がいいんだよ」
「なるほど、確かに」
「宿を取るときは必ず、冒険者だと言って冒険者カードを見せろ。商人だと思われたら、高い宿代をふっかけられることがあるからな」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあ悪いな、またな」
「はい、あ、これ持ってってください!」
僕は、ポーションを3本出して渡した。
「えっ、いや、坊や…」
「いろいろ教えてもらったお礼です。冒険者が遭難してるなら…」
「助かる。ありがとな」
「いえ、お気をつけて」
「ああ、ちょっくら行ってくる」
レオンさんを見送ったあと、僕は、ギルドから出て、宿を探しつつ少し街を歩いてみようと思った。
石造りの街並みは、異国に来たような旅行気分を味わうことができた。
(異国じゃなくて、異世界だけどね)
そして、水車小屋からの水しぶきがキラキラして美しい場所を見つけた。
なんだか、イルミネーションみたいだなぁ。僕は、前世最後の日を思い出した。あの日も、街がキラキラしてたなぁ。で、変な猫が……って、あれ?
水車小屋の屋根の上に、あのときに見た猫みたいなヤツがいた。
(他人の空似? あ、ちがう…他猫の空似?)
なんて考えていたら、猫っぽいヤツと目があったような気がした。ヤツはサッと屋根から降りて、歩き出す。そして、立ち止まっては、こちらをチラ見する。
(え? もしかして、ついてこい?)
猫っぽいヤツの方へ向かうと、ヤツはさらに先の、街の出入り口の方へ移動していた。
(これ、ついて行ったら、またどこかの異世界に飛ばされるんじゃ?)
僕は、足元に気をつけながら、ヤツの方へ歩いていった。
(あの時と違って、明るいし、足元にも穴はなさそうだし、大丈夫かな…)
ヤツは、こちらをチラ見しつつ、なんだかすまして歩いていく。
途中、人にぶつかりそうになっても、誰も驚かないし、ヤツは誰にもぶつからない。
(やっぱ、アイツ、忍者か? 人だかりも平気で通り抜けるし…)
僕の方が、何度も人とぶつかりそうになり、ペコペコ謝りながら、ヤツを追いかけた。
そして、街の出入り口を出た瞬間……また、あのときのような、強い光と、めまいでグラッと…。
(まじか…)
そして、僕は、その場所からスッと消えた。
「おーい、起きるのじゃ! なんで、キミはすぐ寝るかなー」
僕は、のんびりとした声に起こされた。
(あれ? どうしたんだっけ? 頭が痛い、気持ち悪い……うっぷ)
「キミ、乗り物に弱いのか?」
「は? あ、あれ? イロハカルティア様?」
「ちがーう! いろはちゃん、じゃ!」
「あ、すみません、いろはちゃん。あの、僕はまた死んだのですか?」
「は? キミ、頭でも打ったのか? なぜ死ぬんじゃ、転移ごときで」
「えっと……頭いたくて、意味がよくわからないです」
「それは、転移酔いじゃろ。全く、2回目で、しかも身体があるくせに酔うとか、かよわすぎるのじゃ」
「いろはちゃーん、身体がある方が酔うと思いますわよ」
(誰だろ? キレイな人…)
「ん? 妾よりも、この意地悪オババに興味があるのか?」
「え? オババさんっていう方なのですか?」
僕は、その女性を見た。女神イロハカルティア様よりも年上の上品なマダムという感じの美しい女性だった。
しぐさも、妙に色っぽい。高級クラブのホステスさんとかにいそうな感じだった。
「ひっどーい!婆さん扱いしないでよー」
「意地悪ばあさんじゃろー」
「もう、いろはちゃんったら……ヤキモチね? かわいいっ」
「…ちがーう! 妾は、やきもちなんて焼いておらぬ!」
(わっ。イロハカルティア様が、たじたじになってる…。もしかしたら、この女性の方が上司?)
「ちがーう! この城の主人は、妾じゃ!」
「えっ? なになに? 念話でおしゃべりしないでー。私にも聞こえるように声に出してくださいな」
「あ、すみません。念話? とかじゃなくて、思ったことを読み取られてしまうというか…」
「そうなのね。いろはちゃん、すぐ覗くんだから……エッチねー」
「なっ! 妾は、そんな破廉恥ではないのじゃ! 勘違いするでない!」
僕は、まさかの展開に言葉が出てこなくなってしまった。神様が、からかわれていらっしゃる…。
「あ、ライトくんだっけ? はじめまして、ナタリーと申します。仲良くしてね〜」
「は、はい。ライトです。よろしくお願いします」
(あ、もしかして、ナタリーさんが、僕のお世話係になった人なのかな? 前に女神様が言ってた…)
「ちがーう! キミのお世話係は、脳筋の中年オヤジじゃ」
(え? あ、また、思ったことを読まれてしまった…)
「まぁたぁ〜、いろはちゃん、すぐ覗くー、ほんとエッチねー」
「ちがーう! 妾は、破廉恥ではないのじゃ!」




