第四回廊 行進曲
只今4時15分。
清々しいどころかまだ周りはほんのり薄暗いビター的な感じです。こんな明け方は憂鬱です。
「阿呆か!なにやってる!作者!?」
む?何をやっているとは失礼な。今の貴方の気分を文字にしてあげてるだけではありませんか。
「いらん!!大きなお世話だ!さっさと何処かいけ!!!」
アレ〜・・・あははは。
「何がアレ〜だ。最後笑ってるじゃねえか」
寒くなったのでとりあえずここはどうでも良い所ですからすっ飛ばしちゃいましょう。
「ま!待て!!誰のせいでこうなったと思ってる!おま!」
現在時刻は6時半。
清々しい朝を迎えたというのに颯人は憂鬱だった。
それもそれのはず。今日は日曜日。一昨日から今日一日はメンバー集めに没頭すること宣言により実行しなければならないからだ。しかもよりによって全員による勧誘なので逃げ切れない状態にあった。
「も〜、そんな膨れっ面しないでよ兄さん」
「そりゃしたくもなるさ。大事な日曜日をこんなつまらないことで潰されたんだからな」
「つまらないとは何事か!これはとても大切なことでな勧誘することで他の生徒との交流をふまえているのだぞ!!そもそも・・・・・・」
「勝手に言ってろよ」
ポケットに右手を突っ込んで流す。凌とすれ違った時香水のいい匂いがした。
(フレグランス?・・・凌のやつ香水なんかつけてたか?)
疑問が浮かぶがそれが何かわからない。
この学園に来て頻繁に発生しているこの現象。手掛かりはあるが目的地にたどり着くことはない。ある一定の位置で靄がかかり、いつの間にか元に戻る。そんな曖昧な事がループしているのだ。
「でもよぉ、メンバーを集めねぇと意味ねぇんだろ?あんま乗り気にはなれねぇけどよ」
「うむ、だが此も修業の内、又凌の言っていることも正しかろう」
「一々言わなくても知ってるさ」
振り向いた颯人の表情は華やかで繊細な百合のような笑顔だった。魅菜と紅葉はその笑顔に見とれていた。
琉杜と弘太は2人の顔の前で手を上下させている。どれだけ大きく腕を降ってもびくともしない。弘太は鼻を鳴らし腕を組み、目を細める。琉杜は魅菜の頬に指を当て、指を回す。
「止めて!!」
瞬時に琉杜の指を噛む。一瞬で目を白くする。
「痛って―――――!!!!何しやがる!!!!」
「グリグリするから!!」
二人のシャウトで紅葉がびくつく。
その後目を丸くし、辺りを見回す。原因が琉杜と魅菜と気がつくと溜息をついて、元に戻る。その状態を見ていた弘太は吹き出しそうになるがそこは堪えた。
「どうした?」
颯人は2人の顔に近付けた。
「な、何でもないです!兄さん!!」
「・・・う、うん」
首を傾け、目を細めた。
「そうか?なら、いいが」
「お前ら!!!」
後ろで吠える犬が一人。
「無視するな!!さびしいだろうが!だいいち二人とも分かりやすい!!!」
「・・・何が?」
冷たく、見下すような紅葉の一言。その場だけ一気に氷点下と化した。少しだけ青ざめる凌。
「あれ?オレ、地雷踏んだ?」
「南無」
手を合わせる弘太。紅葉は凌を鷲掴みにし、少し離れた。
「うぎぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」
「あわわわ」
「恐らく紅葉が最強だろうな」
「あ、ああ」
「へ?なんのこと?」
琉杜だけがこの場を理解してないようだった。
ゴミ屑になった凌を弘太が担ぎ、学園を歩き回る。グランドやフェンス向こうのテニス場には部活に勤む学生が輝きを放ち、声を張り上げる。麗らかな春が気分を清らかにする。
中学にいた時はこんな気分になることはなかった。凌が卒業してつまらない日常が来て、凌以外のメンバーと一緒にいる時しか楽しめなかったあの頃の自分はもういない。そう思う今日この頃。
今俺たちはメンバーを探している。
「なぁ、皆で探すより個人で探したほうがよくないか?」
「せやな。気いつとったんやけど言う機会逃しとったわ」
「とゆうことで各自で探すこと・・・・解散!」
颯人の一本締めでちりじりに別れるメンバー。
ゴミと化していた凌は空中に投げられ見事な人工4回転を披露しつつ、茂みの中に消えた。
校舎内を探す颯人だったが、今更になって気がつく。
「休日の日に学校にいるやつなんて暇人か部活やってるやつしかいないんじゃないか?」
つまり部活動のない颯人たちは暇人となってしまう。
その事を自覚した途端に少し鬱結になる。しかし、こんな些細なことで落ち込むわけにも行かないので、とりあえず教室に行くことにした。
教室の前に着き扉を開く。
「なんと・・・」
そこにはいそいそとペンを走らせる波風皐がいた。たった一人で作業をしている彼女はどこはたとなくさびしく見えた。
「波風さん、なにしてるのですか?」
「え?・・・・あわわわわわ!!!!布石くん!わきゃああ」
皐は豪快に椅子と共に倒れた。
「おっと」
頭を打つ前に手首を掴み、引き上げた。小柄な皐は簡単に颯人の胸に収まった。以前にもこんなことあったなと思いつつ皐を放す。
「ふあ〜、びっくりした〜」
「すまない」
「別に謝ることじゃないから。ところで学校で何してるの?」
「メンバー探しだよ。凌に付き合わされてな」
「凌?・・・・・・どなた?」
この学園にいて自分たちと一緒にいる湊凌を知らない人物がいることに驚いた。この人はある意味すごいと思ってしまう。
「2年生の湊凌先輩だよ。俺たちといつも一緒にいるだろ?」
「あ、ああ、うん分かった」
「ところでなにをしてるんだ?」
「学級委員の仕事してるの。掲示物の張り替えと学級日誌更新ね」
「いつもこんなことしてるのか?すごいな・・・・」
「別にすごくないよ?当たり前のことしてるだけだから」
「そんなことないさ。人は時として当たり前のことでさえ怠る。当たり前を当然として行なうことは凄いと思う」
「ふ〜ん。そんなものなんだ」
シャープペンシルを風車のように華麗に回していた。
「手伝うよ」
「えっ、別に・・・・・!」
マナーモードにしてある携帯が震える。
皐は携帯を開き、目を通す。いつもオドオドとして何でもゆっくりと行なう皐だが、携帯のボタンを押すスピードは普段では考えられないような早さだった。携帯を両手に挟みつつ、重ねた手を頭の上に持っていった。
「ごめんなさい!!大切な用事入って行かなきゃ駄目なの!・・・それで・・・」
上目遣いで会話される。つまり、後の仕事をお願いします。それを察した颯人。
「いいよ」
その一言で満開の向日葵が咲く。
皐自身から訳のわからない光線が発せられ、それが後光のように見えた。思わず手を合わせたくなるが、そこは我慢。
「じゃ、お願い!終わったら私の机の中に入れといていいから!」
大急ぎで教室を出ていく皐。
仕事に入ろうとしたとき、皐の悲鳴が聞こえたが、放っておくことにした。
掲示物を貼り終わり、時計を見るともうすぐで12時になろうとしていた。
「もう、こんな時間か」
教室を出ようとするが、何かが気になり、振り返る。
勿論そこには何もない。
首を傾げ、教室に出る。
扉を閉めたとき、颯人の机にこの学園の制服でないセーラー服を着た少女が外を見ながら、座っていた。寮に戻る途中に葉と出くわす。
「よう。どうだ?」
「ぼちぼちでんな、と言いたいところやけどサッパリや」
「くす、そうか。オレもだ」
二人は肩を並べて歩く。太陽が身体を温める。それがまた心地良い。
「颯人はんには、礼、言わないかんな」
「何故だ?」
「・・・・颯人はんに、いや、イノセントチルドレンに入らなワイの高校生活は退屈なものやったと思うわ」
「それならオレに礼を言わず、皆に礼を言ったらいい。オレはただお前が入ることに了承しただけだ」
「それでもや。イノセントチルドレンは颯人はんを中心として集まっとる感じがするねん。颯人はんが了承してくれたのはデカいと思うわ」
「・・・・・それはどうゆうことだ?」
足を止める。葉は止まらずに牛歩になる。
「・・・・そのうちわかるやろ」
葉が初めて見せたこの行動。
凌と同じ何か大事なことを隠してでもいるような、そんな違和感が背筋を這いずる。
だが、その違和感が分かるまで颯人は動かない。いや、動けないのだ。
「はよ行こうや。皆待っとるわ」
「あ、ああ」
歩いて行く。
いつの間にか春風が止み、花の香りもしなくなっていた。
寮食堂に着くと落ち着きのない人物が座っていた。
「よ、どうした?」
「あっ・・・・・葉さん。ついでに兄さん」
「おっす」
「待て。オレから話しかけたのについでか?」
席に座る。
どうやらほかのメンバーが来るまで待っているらしい。
紅葉はさっきまでいたが、御手洗に行ったらしい。弘太と琉杜は争い中で、凌は何故かテニス部とテニスの試合をしているらしい。
こんな風になるだろと予測はしていた。そんなことはどうでもいいのだが。
「兄さんどうだった?」
「葉含めサッパリだな」
「そう」
魅菜・紅葉組も駄目らしい。
無論あの3人が引っ掛かるわけもなく収穫は0だ。
弘太・琉杜は傷が絶えないくらいボロボロに凌に至っては涼しい顔をしていた。そんな食事時に凌から新たな提案が発表された。
「皆聞いてくれ」
箸を止める者はいない。
「昼からはメンバー集めを止めて違うことをしようと思う」
皆の箸が止る。
「何故だ!?何故そこだけ興味を示す!!」
「・・・メンバー集め」
「「「「「「つまんないから」」」」」」
「軽くショック・・・いや・・・第一次石油ショックばりにショックだ!!!これを第一次カルショックと呼び、新たな日本史に加えよう」
誇らしげに日本史を更新し、日本を馬鹿にしている日本人が一人。
「え?なんだ?新たな日本史を作っていいのか?なら全ての人物をオレにしよう」
「それは紛れもない改竄だ。第一日本史はそう簡単に書き替えれるわけないだろうが」
「え?そなの?てか、かいざんってなんだ!アレか!?何処かの山か?」
「ここまで阿呆か・・・主、やるな」
「かいざんは新たな鼠だ」
「ふぅ〜ありがとよ。これでまた賢くなったぜ」
この展開は大分予測出来た。
発案しようとしていた凌は御丁寧に靴を脱ぎ、椅子のうえでのの字を指で描きながら拗ねていた。
「で?午後からは何をするのだ?」
その言葉が聞こえた時の凌の顔は輝きを取り戻した。その姿は新しい玩具を見つけた子供のようだった。
「よくぞ聞いてくれた。午後からは運動をしてもらう」
凌の意外な発表に皆が注目し、琉杜が目を輝かせた。こうなれば凌の独壇場になる。
「いきなりどないしたんや?」
「俺たちが参加するアレは学力と体力が必要になってくる。学力は何時でも出来る。夜にでもすればいい。だが、体力は日が出ているときしか出来ない。それでオレが考えたプランがこれだ」
テーブルに数枚の紙が置かれる。紙には運動の種目と補足が書かれていた。その種目と補足はこうだ。
1.野球 脚力・腕力向上、早く動く物に反応出来るようにする。
2.サッカー 瞬発力・判断力向上、長い時間細かく動きにする
3.バスケットボール 跳躍力向上、狭い場所で動けるようにする
4.水泳 肺活量向上、水でも動けるようにする
1.2.3共通 体力向上、制球力を付ける。
5.弓道 集中力向上
「これはほんの一部だ。他にも・・・・・」
「あーいい。ここまでくればもう分かる」
数枚の紙を束ねる。束ねた紙を丸め凌に渡す。凌はすんなりと受け取った。しかし、その手は震えていた。余程悲しかったのだろう。
「やるなら2、3種目でいい。野球とドッチボールそれにいつものように何かをすればいい」
席を立つ。
「部屋に戻っている。お前のことだ。場所は取ってあるのだろう?後でメールをよこしてくれ」
颯人の背中は何でか寂しげだった。
「兄さん・・・・」
「・・・颯人・・・・・・」
そんな颯人を見ると魅菜と紅葉の表情も寂しくなる。
そして凌は睨みをきかせ、颯人を見送っていた。
部屋に戻った颯人はハード本と同じくらいのノートに何かを書いている。
その表情は無表情でそこからは何も読み取ることは出来ない。
どれだけ凄い器でも中身が無ければ無価値になるように今の颯人は無価値になっている。そうそれは逆でも同じ事。中身が無価値ならそれは中身だけが無価値になる。颯人はそんな臨界に現存している。いや、それは颯人だけにあらず人自体がそんな場所に生きているのだ。
ノートを書き終わった時に丁度扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ある程度机を片付ける。
「失礼する」
凌の声だった。片付けながら話す。
「どうした?さっきも言ったとおり場所ならメールしてくれればよかったのに。まあ座れよ」
凌は座らなかった。それどころか敵意の籠った気配を漂わせていた。
人間の六感は敏感なもので自分の死やマイナスになるものには過剰に反応してしまう。それに例外はあまりなく、幾ら颯人とてそれには敏感だった。座ることになく立ったままだった。
しばらく睨みあっていたが、凌が瞼を閉じると敵意は瞬間蒸発したかのように消えていた。更にその場に座り出した。さっきまでは鬼神のようなたたずまいが今は隙が空きまくりの常人に戻った。
そのギャップの激しさに颯人は拍子抜けしてしまう。
「いきなりどうしたんだよ」
「いやつまらんことだ」
「本当か?あんたがそんな形相でくるってことは何か重大なことがあると思っていたのは俺だけか?」
「さぁな」
お茶を用意する。
颯人の部屋には一番最初のメンバーと最近追加された葉の湯飲みが置いてある。
これは颯人が用意したわけでなく、各自が勝手に持って来てわざと置いて帰るという悪徳商法的な手口をしてゆくのだ。主にテーブルの前でいつの間にか引き出してきた漫画を片手にお茶を飲んでる人物が。
「で?本当になにしに来たんだ?」
「・・・・・・・はて、何しに来たんだっけな?」
「人の部屋に入った途端に敵意むき出しで睨めっこして、座ったと思ったら急に漫画読み出しているとゆうわけわからん行動をした上でその発言か?」
「はは。まあいいじゃねぇか。練習場所はグランド。集合場所は写真部の部室だ」
「了解」
そうして凌は出て言った。半開きになった扉をマジマジと見る。
(何か言いたかったんだろうな)
そう思ってはいた。だが、言わなかった。そのまま扉を開け、出て行く。
虚空の箱に鍵の閉まる音が木霊する。カーテンが閉められた暗室のような空間は誰かを迎え入れるには何かが足りなかった。
部室には全員来ていた。どうやら颯人が最後らしい。
「おせぇじゃねぇかよ!!待ちくたびれて筋トレするところだっただろ!!!!」
いきなりむさ苦しい奴が絡んで来た。
「死ね」
目を丸くした後、指で、のの字を書く御決まりの拗ね方をしだす琉杜。
それをあやすのは紅葉だった。
「やっと役者が揃ったな。では、みなさんには野球をしてもらう」
ホワイトボードを思いっきり叩く凌。
「な、なに・・・アレ」
「どうせ映画かテレビか漫画の見過ぎでござろう」
「なるほど」
「野球をやるのに異論はないが、何をする気だ?6人なんて対したことできんぞ?」
「せや。出来るゆうたらノックやキャッチボールぐらいやろ?やりようによれば他にも出来へんこともないやろうけど・・・・」
「そうだな。だが・・・・それの何が悪い?」
その言葉に皆は納得した。
古来より言葉には力があった。どのような境地に立たされようとも言葉で覆す現実だってある。その力を持っていると言われているのが言霊。その霊的力は人を善き方向に導けば悪き方向にも誘う。言葉とは恐ろしいものなのだ。7人はバットとグローブ、ミットを持ち、グランドへ出る。
グランドでは野球部及びソフトボール部が声を張り上げ、練習に勤んでいる。
「光岡!!滓辺!!」
凌は野球部とソフトボール部の部長を集め、交渉している。
「ほんまに大丈夫なんか?」
「大丈夫だよ。凌だもん」
「そないなもんかねぇ〜、って弘太はんと琉杜はんは何処?」
「・・・あそこ」
紅葉が指差す方向には琉杜が弘太を追いかけ回していた。
「まて!ゴォラァ!!」
「ははは。貴様の足で追いつけるかな?!」
「何故に追いかけっこ?」
「さぁな。いつものことだ」
「いつも?」
「・・・あの2人馬鹿だから」
「・・・・ふっ・・・・」
「・・・・・クスッ・・・・・」
颯人たちは微笑む。それを見て首をかしげる。
「?」
その時、凌が大声を出し、呼ぶ。
「おーい!!!いくぞ!!」
「うん!!」
「・・・・」
「おうっ!!!」
葉を残し凌の元へ駆け出す3人。
それを立ち尽くしたまま見つめる。
「魅菜いくぞ!」
「うん!」
「「とぉおおおりゃややゃ!!!」」
「うおおおおぉぉぉ!!」
「どぅらあああああ!!!」
遠くで颯人は弘太に、魅菜は琉杜にドロップキックをおみまいしていた。
「まぁ、それぐらいにしとき。いくらその二人が頑丈やからゆうても限度、っちゅうもんがあるやろ」
後ろから葉がゆっくりと歩いてくる。
「・・・・・・そう・・・だな・・・なら・・・お前が食らえ!!!」
颯人のおはこ十八番超低空高速ドロップキックが葉の向う脛を狙う。
これを食らって死ななかった奴は一人とていない。なら避けた奴は何人かと尋ねられたら・・・・それですら誰もいない。しかし今奇跡が起きた。葉は意図も簡単に避けたのだ。
「甘いわ。それぐらい御見通し・・・ぃぃ!!」
目は隠れて見えないがその声の裏返りかたから驚愕していることは明白だった。
颯人は避けられたと確信した瞬間、その低さを利用し地面に手を着き、その腕を軸にし、方向を変え、超低空遠心力ブースト付ローキックをふくらはぎに入れた。
「あ、痛っっ!!」
そしてそのままバランスを崩し、追い討ちの地面に顔面激突。えびぞりになり、後ろに倒れ踵が琉杜の脳天に当り、二次災害。
「うっ、ぎぁぁぁあ!!!!」
「まさかここまでいくとは・・・・颯人、記録更新だな」
「あ、ああ」
「ふぅ〜」
颯人は汗を拭きつつ先に歩く。
「いい汗かいたね!」
「・・・うん」
颯人の後ろに魅菜と紅葉の女子2人組が笑顔の花を満開にさせていた。しかし、その後ろは大分五月蠅かった。
「弘太、てめぇ!あの時わざとぶつけただろ!!」
「そんなわけあるか!!アレは葉殿が打った球が背中にあたったのだ!」
「ちょい待ち!人のせいにすなや!アレは弘太はんが当てただけやんけ!!!」
雑音三角無法地帯(バカ3人組)が言い合いを激突させていた。
颯人はいつ凌がそこに加わり、雑音四角無法地帯になるのかと冷や冷やしていたが、凌は部長達のところに礼を言いに行ったみたいだが、いつの間にか野球部に参加していた。
「い、いつの間に?」
「ある意味、アイツも馬鹿だな」
夕陽が山に顔を隠すまで続いた。颯人達を残して。
凌達と分かれ部屋に入る颯人だが、今はシャワーを浴びている。珍しく誰もいないので、シャワーの音だけが、暗い部屋に響く。
「ふ〜」
明りをつけ、ベットに腰掛ける。右手には冷蔵庫から取り出した黒い清涼飲料水を、左手にはサンドイッチを持っている。
トントン。
扉を叩く音。
「・・・・どうぞ」
扉が開き、可愛らしく顔だけチョコッと出し、魅菜が来た。
いつものサイドポニーではなく、ストレートになっていた。毛先がカールしている。どうやら湯上りのようだ。
「兄さん失礼しま、す、ね・・・・・・?」
颯人の格好を見た瞬間、魅菜の行動及び思考回路が停止した。颯人は上半身裸だった。
「き、きき、き、ききききき・・・・・・」
「どうした?猿みたいな声を出して?」
「きゃゃゃあああぁぁぁ!!!!」
奇声を発した。
だが、集まることはない。
なぜなら魅菜がイノセントチルドレンのメンバーで発生もとが颯人の部屋だからだ。男子と女子の大方はまた馬鹿をやっていると勘違いする。
だから、来たとしてもイノセントチルドレンのメンバーぐらいになる。顔をリンゴやトマトみたいに真っ赤にさせ、左手で顔面を覆い、右指で颯人を指す。
「に、ににに、兄さん!!!上!!」
「上?」
そう言って、天井を見る。無論何もない。
「んん?・・・上には何もないぞ?」
「そ、そんな御決まりのボケはしなくていいから!!わ、わたしが、いっ、いっ、言ってるのはじょ、じょじょじょ、上半身のことです!!!」
「ん?ああ・・・・悪ぃ、悪ぃ。そうだったな」
服を着る颯人。それを見届けて、安心した魅菜は安堵の溜息をつき、座布団に座る。
「はぁ〜・・・・・ビックリした」
「あのな〜。たかが上半身裸を見ただけで叫ぶな」
「そ、それは叫びたくもなるよ!入ったら上半身裸なんて思わないもの」
「別に上半身だからってなんなんだ?下を見たわけじゃないだろ?第一、海やプールでは大抵上半身裸だろ?何が違う?」
「ち・・・違いますよ!場所に応じた格好でいてください!」
「・・・・・・さっきの格好でも問題ないと思うが、・・・・・・」
「何か言いましたか?」
「いや・・・・それよりなにしに来た?」
「あっ・・・・そうだった・・・・アレ?」
何かに気付き、辺りを見回す。
ジェスチャーで探し物を表す。筆を走らせ、本を開いた。
それがノートと理解するまで少し時間がかかった。
(そういやさっきまで何か持っていたな)
持っていたノートはさっきの騒動で何処かに飛ばしたらしい。
颯人も辺りを見回す。それは簡単に見つかった。
窓の真下に散らばった本の屍。プリント類も乱雑していた。
「探し物はアレか?」
颯人の指差す方向へゆっくりと顔を流す。
「・・・・きゃああああ!!!な、なんで?!」
「お、ま、え、が・・・投げた」
「む・・・・むぅ〜」
「ほらほら、唸ってないで拾えよ」
「手伝ってよ!」
「はいはい」
結局手伝うことになった。
妹の頼みは断れないのか、それとも下心があってなのかは知らない。それでも颯人は魅菜と紅葉には優しかった。だが、それに気がつく者は凌一人だけだった。
「ほら」
「ん!ありがと♪」
「はぁ〜・・・・・・ところでそれ、なんだ?」
大事そうに抱えているノートを指差す。
そのノートは薄汚れていて年季が入っていた。
魅菜は力強く握り締める。反対にその表情は穏やかで、愛しいものを見つめる優しさが籠っていた。
「・・・・・・・・宝、物・・・・・これは・・・・私にとって掛け替えのない宝物。・・・・・・あの頃の、唯一の証し」
「?」
「そ、それより!兄さん!聞きたいことがあるの!」
「な、なんだ・・・?」
その感情の変り様にたじろぐ。颯人は昔から魅菜のこれにはついて行くことは苦手だった。もしこの状態の魅菜について行けば酷い目に合うのはいつも颯人だった。
例えば、ハイテンションで酔払いに喧嘩を売ったり、皆が恐れている上級生に対して下剋上しようとして、宣戦布告をけしかけたりと何故か暴力沙汰に関わることしかしなかった。その尻拭いは颯人の役目だった。それに沿って、喧嘩と言うより、防衛することで喧嘩が強くなっていた。グランドで見せた超低空遠心力ブースト付ドロップローキックはそれで生み出された技なのだ。
「兄さん!・・・・・・・今日のテストどうだった?」
「あ?」
な質問に思考回路が凍った。
「だ・か・ら!今日の英語の簡易小テストどうだったって聞いてるの!!」
「ああ・・・・そう言えばそんなのもあったな」
「そんなのもって・・・・・・まさか・・・・・覚えないの?」
「ああ。あまりにも簡単で、内容なんて一つも記憶してない」
「・・・・・う・・・そ・・・・」
目を見開く。どうやら本当に意外だったようだ。
「嘘も何も、こんなことで嘘ついて何になる?」
さらりと言う颯人。少し泪目に、変わった。
「えっ・・・ちょっ・・・!!み、魅菜!ど、どうした!?」
「う〜〜」
眉を八の時にして俯く。唸ったままで話そうとしない。
「・・・・・」
頭を掻いてなにかかける言葉がないか検索するが、何も浮かんでこない。
「あの、なんだ?・・・・・まぁ〜気にすることねぇよ。たかが簡易テストぐらい・・・・・なんてことない・・・・うん。なんてないさ!!」
魅菜は肩を振わせている。そして腹を押さえてしゃがみこんだ。
「み、魅菜!!どうした!?腹、痛いのか?正露丸あったかな・・・・」
震えが大きくなっていくに連れ、颯人の不安も倍加する。
「参ったな〜」
「・・・・・っく、くく・・・・・」
「く?」
「アハハハハハハハ!!っく、くクク・・・アッハハハハハハ!!お、おっかしぃ〜!!イ〜ヒヒヒ!・・・・・ヒィ、ヒィ・・・・・笑いすぎて・・・・・お腹、痛い・・・・・」
「・・・・・・魅菜・・テメェ・・・まさか・・・」
顔を赤らめ、動揺する。それに対して魅菜は目尻に涙を溜めている。
「魅菜!兄貴をおちょくるな!!」
「アッハハハハハハ!!!・・・・フゥ〜・・・・うん・・・・ごめんね兄さん。でも・・・・うれしかったよ?」
「ば、ばかが」
その『馬鹿』はとても優しかった。
魅菜と2人の時にしか見せない颯人の別の顔。
それは兄妹以上の何かで、恋人以下の存在と言える。
颯人は魅菜を守り、魅菜に見守られて生きて来た。恐らく二人を繋ぐ幾多の鎖は、天の鎖より頑丈で断ち切ることは難しいのかも知れない。もし、断ち切られたとしても今の状態ならば、二人は時待たずとして崩れてゆくだろう。少なくとも颯人といつも彼等に接してメンバーのことを理甲斐していた凌には、それが理解出来ていただろう。
だからこそ、魅菜がこっちに編入することが分かっていたのかもしれない。
そう思いたい颯人。決められた道筋だとは思いたくはなかった。
「で?本当に何しに来たんだよ?」
「テストの答え合わせしようと思って」
「そうか。どれ、見せてみろ」
「うん!」
五月蠅いながらも楽しい兄弟だけの時間が宵闇の一つの空間に存在していた。