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第参回廊 変心曲

カーテンから漏れる朝日は部屋中を明るく照らし眠気を吹き飛ばす糧となる。颯人もまたそれを糧とし、目覚める。

現在の時刻は朝食時間を過ぎていた。所謂いわゆる寝坊というものである。まだ少し眠い。瞼は半分しか開いていない。手を顔に押し当てる。


「・・・・・・・しまった。寝過ごした・・・・・・」


朝食の時間は過ぎているので自分で作ることにした。燕学園寮の間取りは広く、キッチンとシャワー室が付いているもので、そこいらの下宿より部屋の設備は良い。簡易冷蔵庫の中身を確認する。そうして決まったのが、スクランブルエッグ。とりあえず胃袋に詰めておく。そうして学園へと足を運ぶ。

教室に入るとイノセントチルドレンの面々は不在で、第二体育館で暴れていると虫の報せが届いた。第二体育館は教室から少し離れたところにあるので行く気にはなれず、適当に近くを歩くことにした。

廊下を歩いていると頭だけ出してプリントの束がこっちに向かって歩いてくる。プリントを持ってフラフラと歩いているのは魅菜の隣の席にいる波風皐だった。皐はゆっくりと颯人の横を通り過ぎる。とても危な気だ。手伝おうと話かけた。


「大丈夫か?」


「あっ布石くん・・・・・・あととと」


「おっと」


話しかけたのがいけなかったのか皐はバランスを崩し、プリントの束を落しそうになる。そこをすかさず颯人が受け止めた。見ただけではわからないが、皐は結構小柄だった。


(結構小さいな)


「そのプリントどうしたんだ?」


「先生に頼まれちゃって・・・・・」


「そうか。・・・なら半分くれ。手伝うよ」


「いいよ〜。私が頼まれたことだし。それに布石君も忙しいだろうから」


「いや、暇だよ。それに危なくてみてらんねぇから」


「あっ、うん。なら、よろしく」


皐からプリントを半分取る。どうやら1限目に使うものらしかった。

教室までの道のりを色々話していた。イノセントチルドレンのこと。自分たちのこと。魅菜のこと。どうやら彼女には5つ上のお姉さんがいるらしく、教育実習生としてこの学園に勤めているらしかった。だからこの学園に来たのだという。

いつの間にか2人は教室の前にいた。皐は顔を上げる。


「ここでいいよ」


「そう、か」


プリントの半分を返す。また頭一個分しかでない状態になった。


「ありがと」


颯人は最後に扉を開けた。皐は笑顔で返し、教室に入って行った。颯人はポケットに手を突っ込み、後ろの扉から入って行った。

自分の席に着く。いつの間にか教室にいた弘太たちに話しかける。


「遅かったな。いかがなした?」


「寝坊だよ。寝坊」


「兄さんが寝坊だなんて珍しいね」


「自分でもビックリしたよ」


「・・・朝ご飯、どうしたの?」


「自分で作ったんだよ」


「「何ぃ!」」


弘太と琉杜の目が光る。


「俺にも」


「拙者にも」


「「食わせろ!!」」


「また今度な」


2人を流す。鞄から1限目の教科書とノートを取り出す。そんな中、一人の少女が歩いて来る。さっき廊下でプリントを一緒に運んでいた波風皐だ。


「布石君。さっきはありがと。助かったよ〜」


「いや、構わないよ。手伝って欲しかったらまた言ってくれ」


「うん。そうする」


「お前何かしたのかよ」


「プリントを運ぶのを手伝っただけだよ」


「へ〜」


これを切っ掛けに弘太や琉杜は皐と話し始めた。紅葉は入学当初から話し始めたので、抵抗はなかった。唯一魅菜だけは颯人の後ろに隠れている。


「あら〜まだ駄目か〜」


「すまない」


「ううん。全然大丈夫だから」


そんな陰湿の中一人の少女が颯人の教室に飛び込んでくるように突入してきた。それはまさに恐い物知らずの戦車のように。

その少女は肩に掛かるくらいのツインテールで前髪をセンター分けしている過剰な程に元気な子だった。少女はそのまま皐の元に走ってきた。急いで来せいか膝に手を置いて、息が荒れている。皐は心配そうに少女に手を伸ばしたが、少女は勢いよく皐の両肩を掴んだ。


「皐っち!!!! 」


「ひゃああぁぁぁぁあい!!ど、ど、ど、どうしたの!?憂麗渚ゆいなちゃん」


「辞書、貸して」


「え?」


あまりにも勢いより単純な物だったので、皐は目を丸くした。憂麗渚なる少女は繰り返す。


「英和辞書、貸して」


「あっ、うん」


皐は自分の机に戻り、辞書を探す。戻ってきたが、その手には何も持ってない。


「ごめ〜ん。今日英語ないから忘れてきた」


「そっか。なら仕方ないね。困ったな〜」


「電子でいいのか?」


颯人が珍しく話しかけていた。


「えっ?う、うん」


「何で持っておるのだ?」


「電子辞書はいつも机中に置いてある」


琉杜は頷くのだが、他の者は目を丸くしていた。


「兄さん、勉強、どうしてるの?」


「寮の部屋に英和・和英辞書があるからな。何ページに何があるのかくらいわかる」


「記憶、してるんだ」


驚愕を隠せないまま憂麗渚は自分の教室にかけて行った。それを見ながら皐はボソリと言った。


「早い」


「和英辞典の186P15行目」


「はうわぁ!」


颯人は自分の持っている辞書で『早い』とゆう単語があるページを返答していた。


3時限目が終わった時だった。チャイムがなったと同時に憂麗渚が走って入ってきた。走っていったもとは颯人だった。手には何かを持っている。


「布石君ありがと」


素っ気無い言い方だが渡された電子辞書には紙が挟まっていた。そこには『貸してくれてありがと♪何かあったときまたよろしくね』それを見た時颯人の口元は緩んでいた。


「に、兄さんが笑ってる・・・」


「なんだ?ラブレターか?」


「そんな大層なものじゃないさ」


そうしてその手紙をポケットの中にしまった。


退屈だった授業も終わり、イノセントチルドレンは写真部の部室にいた。部室は意外にもしっかりとした設備で部屋の隅にはネガから焼ける部屋まで存在していた。ホワイトボードには『新・写真部発足会』とデカデカと書かれていた。ついでに『イノセントチルドレン集会』とも書いてあった。そのホワイトボードの前に凌が立って司会進行していた。


「え〜、部活の内容を発表したいと思う」


「色々ととんでるな」


「今更だよね」


「静かに。写真部だから写真を撮らなければならない。従って部員にはこの学園の謎を撮ってもらう」


「なんでや?普通は風景とか撮るんとちゃうんか?」


「イノセントチルドレンはアレだ」


「どれや?」


「・・・・・颯人パス」


「却下。弘太頼む」


「仕方あるまい。元々拙者たちは3年の謎を解き明かすために作られた」


「3年の謎?なんやそれ」


「この学園って3年生少ないでしょ?その謎を解明しようって凌が言ったの」


これまた珍しく魅菜が説明していた。もう誰一人として驚くことはない。魅菜の変化に皆気付き始めたからだ。


「そう言えばおらへんの。生徒会と役員しか見たことないわ」


「うむ。そのための一番の近道が学園の謎を撮るということであろう」


一同が思ったことは今回颯人出番なかったな、であった。


一人一人にカメラが支給された。カメラを持ち、学園内を歩き回る。颯人が一番最初に撮ろうと思ったのは桜だった。決して枯れることなく咲き続ける桜。この世ではありえないはずなのに誰とて気にも止めず、新聞社や記者でさえ聞きに来ることはない。この桜が謎と言わずどれを謎と言うのか。桜をカメラに収め、丘を後にする。颯人は気付きはしなかったが、透明だがハッキリ見えた。羽衣を纏った女性が桜の木に居座っていた。


桜を撮り終わると散歩していた。正直、桜以外に謎はなかった。だから散歩しながら探すことにした。ただなんとなく欅通りを歩いていると一本だけ妙に大きい。その木を写真に収め、立ち去ろうとした時だった。


「お前、なにやってる?」


頭上から声が聞こえた。見るとさっきの大きな木の枝に2入居座っていた。いたのは爽やかスタイルの向井とツンツン頭の草薙だった。


「写真、撮ってるんです。先輩たちこそそのような場所で何してるんですか?」


「ここは俺たちの特等席だからな」


「ふーん」


そのままシャッターをきる。


「何してんの?」


「凌に謎をカメラに撮れって言われてますから貴方たちを撮らせてもらっただけです」


「俺たちの何が謎なんだ?」


「そんな場所に居座っているから」


欅通りをまた歩き出す。振り返ることなく。まるで興味を無くし次の玩具に走る子供のように。その後は謎という謎もなく、凌から帰還命令が下った。


部室に集まるメンバー。凌にカメラを渡し、データ写真を現像する。撮った写真は撮影した本人の前に置かれた。


「結果を報告する・・・・・・非常に残念だ」


「どうしてだよ!」


「一通りみたが、謎らしい謎はなかった。あって颯人の桜の木ぐらいだ。魅菜と紅葉は風景しか撮ってない。弘太はゼロ。葉は屋上だ」


「ならそう言う貴殿はどうなんだ?」


「俺か?俺はな・・・・」


懐から写真を取り出す。そこにはこの学園の3年と教師、そして学園が写っていた。確かに一番の謎かも知れない。たった数人の3年生。そして大勢いた3年生の残りの行方を知らない教師たち。今考えればそうだと確信する。だが、何故写真を撮っているとき気付かなかったのか。そもそも3年が謎と言っているのに何故3年を撮ろうとしなかったのか。


「まぁいい。一番分けわからんのは琉杜、お前だ!!」


「何故だ!」


「お前はなぜなんでもない普通の人間を撮っている!!」


「俺からしたら武道をやってないやつは皆謎だ!」


「お前主体で考えるな!常識的に考えろ!!!」


2匹の犬が吠えていた。その脇で颯人は桜と3年の写真を見つめていた。写真を見ていると何か不快になる。常識的に何がおかしかった。あっていけないものがそこにはあった。だが、それが分からない。もやもやとしたものが胸に残留したまま部室を離れ寮にむかう。


相変わらず宿題に勤む颯人だが、彼の背後は違った。背後では弘太、琉杜が苦戦しつつも宿題を終了させようとしていた。琉杜と弘太の間に葉もいるのだが、葉は部屋にくるまでに終わらせていたらしい。

葉は葉で頭がよかった。特に英語に関しては学年1位をとる秀才だった。そうなると颯人の苦労は減っていた。


「葉、ここはどうするのだ?」


「ここはcanなのうてableを使うんや。ここでbe動詞使ってはるやろ?」


「ふむ。そうか」


そのうちに颯人も宿題を終わらせ、3人の元に寄る。珍しく琉杜が質問せずシャープペンシルを走らせていた。威勢よくシャープペンを置き、ノートを掲げた。


「出来た!」


「どれ見せてみろ」


ノートを取り上げ目で一通り通し、頭の中で採点しだす。これが神童クラスと言われる大本だ。颯人は紙に書かなくても頭の中で構成してしまう。そして無駄に豊富な知識でその構成を完成させてしまうのだ。神童とはまた違う。だから”クラス”なのだ。


「どうだ?俺の回答はよ」


「100点中36点」


「琉杜にしては頑張ったな」


「・・・・これでか」


琉杜の点数に葉は呆れていた。そんな中凌が分厚い辞典とレポート用紙を持って入ってきた。琉杜はそれを見ただけで頭痛がしたらしく、頭を押さえていた。


「どないしたんですかそれ」


「おいおい。敬語はよしてくれ。聞くだけで背筋が寒くなる」


「そのとおりだ。お前と知り合ってまだ日は浅いが、昔から知っているように接してやってくれ」


「・・・・はいな。で、どないしたんやそれ」


分厚い辞典を指差す葉。凌は辞典を机の上においた。辞典の表紙には『過去の偉人名言集』と書かれていた。


「この中から名言を探し、ノートに書かなくてはいかん。だが俺だけではつまらんからな。お前たちにもやって貰おうと思いここにきた」


「なんでだよ!」


「お前らなら特に琉杜なら面白い解答になるだろうと思ってな」


そういうことならと言うことで琉杜は魅菜と紅葉を呼び出した。

5分ぐらいで2人はきた。男女寮は1階の学校に通ずる渡り廊下ともう一つ2階の渡り廊下で繋がっている。2階の渡り廊下は吹き抜けではないのでかなり暖かい。夏になれば窓を開けると涼しい風が入ってくる。とても過ごしやすい環境だ。更に、上位部の部屋を持つ学生に撮って一々一階まで行かなくていいと評判がよかった。


「事情は聞いたけどさ、なんで自分でやらないの?」


「まぁいいじゃないか」


凌はシャープペンシルと消しゴムを取り出し、記録する体勢に入る。


「そうだなまずは・・・・」


すらすらとペンを走らせる。しかも名言の後ろには誰が言ったものかを書いていた。それだけ凌も頭がいいと言うことだ。


「・・・地球は青かった」


「それは名言か?」


右眉を上げ、ちょっとだけ困る弘太だったが、凌はそれでも良いみたいだった。


「by毛利衛っと、他は?」


皆は何かないものかと考えていた。ちなみに辞典を使っているのは琉杜だけだった。少しだけ静まり返っている所に魅菜が発言した。


「天は人の上に人を作らず。また人の下に人を作らず」


魅菜の意外な解答に皆黙り、目を丸くしていた。


「いい言葉、だよね」


「そう、だな」


「「「「????」」」」


いい言葉であることら正しいのだが、魅菜と颯人が暗くなる意味が弘太たちには理解出来なかった。只唯一凌だけは目を細め、何かを見通すかのように二人を見ていた。だが、すぐにペンを走らせる。ノートには『天は人の上に人を作らず。また人の下に人を作らず。by福澤諭吉』と書かれ、隅の見えない方に『決別』、『何か』と書いていた。


「他は?」


今まで辞典を眺めていた琉杜は辞書を威勢よく閉じた。


「俺はこれだ!!」


「どれだ?」


「ダニエル。お前もか!!!」


皆の視線が一気に氷点下に下がる。だが琉杜には効かないようで平気な顔をしていた。そこで颯人が止どめを刺した。


「琉杜。それは、ブルータスだ」


「へ?そうなの?」


「さっきまで見ていたのに間違えるとは脅威的な頭だな」


何故か分からないが葉が腕を組み、悩んでいた。それに気がつく紅葉。


「・・・どうしたの?」


「いやな。琉杜はんが物凄いボケやったやろ?せやからワイもボケなあかんと関西の血がうずいとるんや」


「・・・アレはボケじゃなくて本気・・・」


紅葉の声は聞こえないらしく、葉は考え続けていた。

そんな中颯人と弘太、魅菜の3人は交互に案を出し続けるので凌はゲームを考案した。それは名言を言えなくなったら負け、と言うものである。そのゲームに3人は賛成した。魅菜は言えるものが無くなり、颯人の部屋にあるライトノベルを読んでいた。しかし、弘太と颯人は火がついたようで暴走列車の如く、名言を雨霰と言いあっていた。よくそこまで出たなと思う程にも関わらず凌は烈火の如く書き続けていた。しかも名前付きで。それに終止符をうったのはさっきからずっと考え込んでいる葉だった。急に立ち上がると天に向かって拳を掲げた。


「我が輩の日記に無理はある!!!」


大ボケであるのに、琉杜より反応は薄かった。


「日記つけてるのか?」


「しかもそれ言ったから」


「アレだけ考えてそれか」


颯人、魅菜、弘太から非難の声が降り注いだ。普段から琉杜のボケを聞いているメンバーにはたいしたことはなかったようだ。膝を抱え、部屋の隅に蹲る葉。紅葉は葉の肩を叩いて励ましていた。


「他には?」


無視したように続けようとする凌。ちなみに琉杜はさっきからずっと訳の分からない単語が飛んでいた為にベットの上で死んでいた。


「颯人。お主の番だぞ?流石にもうなかろうて」


「いや、どうかな?」


フフン、と鼻で笑う颯人。


「お前はまだ誰でも知っている名言を言っていない」


「なに!?」


「それはな・・・・其の疾きこと風の如く、其のしずかなること林の如く、侵掠すること火の如く、知りがたきこと陰の如く、動かざること山の如し、動くこと雷霆の如し、だ!!!」


「なっ!!」


驚き後ずさりする弘太。追い討ちをかけるように補足を付け足した。


「ちなみにこれはかの有名な武田信玄が言ったもしくは戦場で使ったとされているが、もとは中国の孫子が言ったとされている」


「せやな」


いつの間にか葉が復帰し、胡座をかいて座る。


「その意味は『行動するときは風のように素早く、待機するときは林のように物静かに、攻撃するときは火のように激しく、身を隠すときは陰のように息を潜ませ、動かず守るときは山のようにどっしりと、出現は雷のように突然に。闘いの戦法やな』


「よく知ってるな」


「こないなもんやったら知っとる」


「ほ〜」


皆が関心している時に凌は名言で一杯になったノートに『其疾如風、其寂如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷霆』と書いていた。それでノートが満杯になった。ノートを閉じる。


「これで提出出来る。感謝する」


「待て!まだいける!!」


「諦めろ。お前の負けは覆せない。それに・・・・・」


満杯になったノートを開き、時計を指す。もう直夕食だった。


「ノートが一杯で書けん上に夕食だ」


「うおおおおぉぉぉ!!!嘘だあああ!!!!」


衝撃のあまり弘太は転げ回っていた。それを誰も止めることもなく、食堂に向かった。

食堂に着くといつもの席が空いていた。どうやらイノセントチルドレンの指定席化しているようだ。空いていないから何かをされる訳でもないのだが学生の間では禁止となっているらしい。そのうちこのテーブルに『イノセントチルドレン御一行様』と貼られるのではないのかと思う颯人だった。今日の夕食は鍋だった。しかもイノセントチルドレン限定で。そうしておばちゃんが一々自分たちのを作るのが面倒になってきていると確信した。


騒々しい夕食を終え、また性懲りもなく颯人の部屋に集まる面々。急に中央のテーブルを叩く凌。


「皆!聞いてくれ!!」


「ん?」


「何?」


「なんだよ」


「またか」


「・・・ハァ」


「なんや」


「・・・・途中おかしいのがあったが・・・まぁ、いい。それよりメンバー集めをしたいと思う」


「「「「「一人でやってれば?」」」」」


5人のハーモニーが凌をあしらう。少し泣きそうになる凌だが、そこは堪えることにした。


「お前ら酷くね?」


「別に」


そう言って中央のテーブルに集まる。


「で?集めるって言ってもどうやって集めるつもりだ?」


「簡単さ。魅菜と紅葉による女子寮勧誘さ」


「穴だらけちゃうか?」


「やってみないとわからないさ」


嫌そうな顔をする魅菜だったが、紅葉と凌と颯人が進めるので、断れなかったらしい。颯人は魅菜の人見知りをなんとかして治したいので凌の提案に反対はしなかった。魅菜が颯人たちと話している間凌は紅葉に何かを渡していた。女子寮に向かう2人。部屋から出ていったことを確認し、凌に聞いた。


「紅葉に何を渡したんだ?」


「これさ」


「トランシーバ?」


凌がポケットから取り出したのは黒いトランシーバだった。どうやらこのトランシーバは受信用らしく、紅葉に渡した送信用の改良携帯と繋がっているとのこと。渡された紅葉は困惑していたが、凌の優しい説明で納得したらしい。但し、紅葉が渡された送信用携帯電話は音声しか拾えず、聞くことが出来ない。そこでもう一つ通信用のトランシーバも渡したらしい。


「こちらから紅葉にミッションを通達する。紅葉にはイアホン付き受信用携帯と送信用トランシーバを渡してある。こちらからの声は送れるが向こうからは送ることが出来ない仕掛けにしてある」


「相変わらずやること訳わかんねぇな」


「まぁいいさ」


そう言いながらトランシーバのボタンを押す。


「聞こえるか?オバー」


『・・・聞こえる。オバ』


「ちょっとまて。何故紅葉がこっちに声を送信出来る?」


「マイク付きイアホンさ」


さらっと流す凌。

この男に違法も関係ないのではと考えてしまう颯人。

一体幾つこのような発明をしてきただろう。デジカメを小型カメラのように改造し、滑車を罠に使う為に改良し、流木ですら活用してしまう。颯人が絶対敵わないと思う瞬間だった。


「誰がいる?」


『・・・2年生。電話してる』


「2年か・・・・話せるか?」


『・・・難しい』


少し暗めの憂鬱な紅葉の声が聞こえる。上級生には流石に話しにくいらしい。


「分かった。流せ」


『・・・了解』


そんなふうに勧誘仕切れずに探索していると、元気な声が二人を止めた。


『魅菜チャーン!!!紅葉チャーン!!!』


「この声は三波さんか?」


『・・・皐ちゃん』


『あっ・・・うっ・・・ううぅ〜』


どうやら魅菜はまた例の悪い状態に陥っているようだった。


『・・・お風呂?』


『うん!!ね!一緒に入ろ!!!』


『え・・・・』


『・・・どうする?オバ』


そんな質問をしてくる。男陣はお互いの視線を合わせ、頷く。代表として颯人が言うことになった。


「断ったら悪いから行ってこい。オーバー」


『・・・分かった。オバ』


『・・・行く』


『えっ!?ちょ!く、紅葉ちゃん!!!!』


『よし!!いこ!!!!』


『えっ・・・・あわわわー!!!』


ズルズルと引張られる魅菜の姿が容易に想像出来た。魅菜は負けん気と勢いはよいのだが、一度飲み込まれると一気に崩れてしまう。それが欠点だった。


脱衣所に入ったようで健全な思春期の男子には毒な会話がトランシーバから聞こえてくる。


『わ〜いいな〜魅菜ちゃんの胸おっきい〜!!!』


『えっ!?ちょ!?ちょっと!』


「・・・・・」


どうしても手が動かない男子たち。消さなければならないのは分かっているが、消せない。何故入ると分かっていたのに電源を消さなかったのか。それは皆がトランシーバそっちのけで大富豪をし始めたからだ。盛り上がるだけ盛り上がり、気付いた頃にはもう手遅れで、現状にいたる。

紅葉は紅葉で電源を切ることを忘れているらしくイアホンを取っただけらしい。


『紅葉ちゃんもおっきい〜!いいな〜!!』


『・・・そんなことない』


動かぬ男子たちの中で衝動を押さえ、颯人が動き電源を切った。


「ハァ、ハァ、ハァ、や、やったぞ。やってやった!!!」


歓喜のあまりガッツポーズをする颯人。颯人の喜びと自分たちの平和を称え、拍手する他のメンバー。そのうちそれにも飽きて自分たちも風呂に行くことにした。


各自部屋に戻り、風呂に行くことになった。

燕学園の共同風呂は大浴場と小浴場があり、中でも大浴場にはサウナ、ジャグジー完備なうえに晴れの日には露天風呂開放といたせりつくせりな豪華なものだった。普通なら3年生が占領してしまうケースが多いのだが、3年生不在のこの学園には関係ないものだった。更に珍しく1年生が何かを占領しても2年生は何も言わない。逆に1年生が何かを占領すると2年生も違うめのを占領するのだ。だから上下関係の争いも全くない平和な学園なのだ。

例の如く颯人は一番だった。続々とメンバーが入ってくる。だが葉だけは入ってこなかった。しかし、変わりに赤髪のロン毛が入ってきた。こんなのいたかなと思いつつも上がる颯人だった。

大浴場から上がってきた颯人。凌たちも続々と颯人の部屋に入ってくる。

何故颯人の部屋なのかは分からない。言えるのは皆自然に集まってくる。只それだけ。最後に葉が入ってきた。空いたテーブルのスペースに胡座をかく。


「お前自分の部屋の風呂使ったのか?」


口をポカンと開ける葉。


「せないなわけあるか。いつもならともかく今日は皆と同じ大浴場や」


颯人たちは目線を合わせアイコンタクトをとる。5分間かかって得た答えは『知らない』だった。それもその筈だ。葉は学校でも寮でも何処にいてもマフラーを巻いてニット帽をかっぽりと被っていて誰も葉の素顔を知らないのだ。


「それだけ顔を隠していたらわからろうにも分からないだろ?」


「あっ・・・・・そやったな」


そう言ってマフラーとニット帽を外す。


「なっ!」


そこにはさっき大浴場でみた赤髪のロン毛の兄ちゃんがいた。


「あーーー!!!お前か!!」


急に立ち上がり、驚く颯人。ここまでの驚く颯人も珍しかった。


「あんなロン毛いたかと思ったがお前か!」


「せや。まぁ、ニット帽被ってたからしゃあないか」


そんな騒々しい中疲れ果てた魅菜と平穏な紅葉が入ってきた。二人とも頬を紅くし、ちょっと色っぽい。


「大丈夫か?」


掌で颯人に座れのサインを送りつつ、凌が問う。


「大丈夫じゃない・・・・疲れた」


「風呂に入って疲れてたのなら意味なかろうて」


「何をしたらそこまで疲れるんだ?」


「・・・遊ばれた」


紅葉が代弁した。

急に話しに入ってくるのは紅葉の得意分野だった。しかし、誰とて苛つくことはない。紅葉が出す雰囲気に皆が呑まれおとなしくなる。或る意味『魔法』とも言える芸当だった。だが、この世に『魔法』は存在しない。だが或る。そんな曖昧な位置に『魔法』はある。一体誰が初めて『魔法』とゆうものを造ったのだろうか。

奇跡を起こさせる術。それが魔法。だが近代に近付けば近付くほど『魔法』は価値のないものになってゆく。なぜなら『魔法』と言う“言葉”は奇跡でも何でもない場所に多々使われる。

それは『魔法』の意味を打ち消し、意味のないものにしているのではないだろうか。

さて、話がそれたがここいらで話を戻そう。


「別から見るとなんかいやらしいな」


「兄さんがそんなこと言わないで!」


何故か分からないが怒られた。魅菜にとって颯人の存在は高く、神聖とまではいかないが、純粋であってほしいらしい。


「でも仲良くなったんだろ?ならよかったじゃねぇか」


「・・・簡単にだった」


「魅菜の場合そこまで簡単にいかんだろ」


何かを感じ取っている凌の言い回し。颯人はいつもこの言い回しに疑問を持っていた。全てを見透かしてでもいるようなそのような言い方。そして大概言っていることは正しく、その通りになってしまう。神出ない限りわからないことも凌は分かっているのではないかといつも思ってしまうのだった。


「話せるようにはなったんかいな?」


「うん。なんとか、ね」


「ならよかったじゃないか」


「うん・・・・てか誰?」


初めて見る赤髪の人物を指差し、聞く。


「・・・誰?」


入ってきてからかなり時間がたっているのに気付くのが今とは驚愕するしかなかった。


「さっきまで話してたろうがよ!」


「うっさい!!」


容赦なく鳩尾を突く魅菜。琉杜は叫び声もなく倒れ、痙攣している。


「・・・哀れ」


「紅葉、お主少しは琉杜のこと労ってやったらどうだ?」


「・・・馬鹿に労る言葉はない」


この6人には遠慮の2文字は存在しない。逆に遠慮することは縁の切れ目といえるほどだ。それだけ強い信頼感と友情をメンバーは持っている。親友以上家族未満。メンバーに最適な言葉ではなかろうか。


「ワイやワイ。荒谷葉磨謙三郎や」


「えっ!よ、葉くん!嘘――――!」


「・・・信じられない」


「な、なんや?!酷い言われようやないか!?」


問題無し(モーマンタイ)


とりあえず,とゆうことで人生ゲームを始めた6人。

颯人の部屋のロフトには遊び道具が山のようにある。

颯人は決してそのようなものは買わない。それなのに何故ロフトが一杯か。それは凌のせいだった。凌は暇になると新しい遊び道具を探し出し、颯人の部屋で実行し、置いて行くとゆうたちの悪いことをしてゆく。

まだ一週間も過ぎていやしないのにこの量となると寒気がする。1ヶ月もしたら廃品にだそうと考えている颯人。だが、凌が許すわけもない。その時はどうやって制するのかも計画しなければならない。それだけ凌を出し抜くのは大変なのだ。


「6で上がりだ」


「なんでや!!3回中3回も琉杜はんが一位やなんておかしいやろ!!いかさまか!イカサマなんやな!?」


「違うよ。琉杜は馬鹿だけど運は強いの。初めは分からなかった。だけど、人生ゲームで連勝するから凌がこんなのあり得るかー!って、言うものだから占師さんの所に行ったの。琉杜を占ったらさ、占師さんがね、この子は稀に見る幸運な子です。業界上言いたくはありませんが、彼は精霊か女神に愛されし聖児かも知れません。って」


長々とかつ淡々とした苛つくこともない話し方で琉杜の幸福を語る魅菜。


「ほ〜、なんや、けったいやな。ほんであないに頭わるいんか?」


「いや、それはない」


さっきまで琉杜と戯れあっていた凌が真横にいた。その瞳は薄く哀しげだった。


「アイツの頭の悪さは別だ。多分ほかの何かを失っているはずだ」


魅菜、凌、葉は琉杜をみる。琉杜は颯人、弘太、紅葉と戯れている。

その幼い顔から零れる笑顔は無垢そのもので、何かを失っているとは信じられない。人より知識のない武道馬鹿で、ムードメーカ。それが大橋琉杜でそれ以外なんでもない。今は只それだけでいいと思う3人だった。


見回り時間が刻々と近付く。廊下でも生徒がいそいそと移動を始めるのが確認出来た頃、メンバーは自分たちの部屋に戻った。片付けをしている颯人。テーブルの上にある人生ゲームを見て呟く。


「何かを失った幸福、か」


あれだけ騒いでいたのに聞く所は聞くのである。乱雑に片付ける。そのままロフトの奥にしまう。あの人生ゲームはもう二度と開けられることはないだろうと思う颯人。

照明を消す。上弦の月が辺りを怪しく照らす。夜になれば皆が皆不安に陥る。だからこそ光を求める。光と闇は対にあるからこそ意味がある。この世は全て表裏一体。表裏のない世界は破滅の世。もしくは地獄。逃げることのできない牢獄の箱庭。

世界は上手く出来ている。


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