第壱回廊 集合曲
3週間前なんの未練もないあの中学とおさらばし、この旭戯学園に入学した。
私立旭戯学園。
和歌山だったか三重だったかいや山梨だったかよく覚えてないが、全寮制の進学校にこの春めでたくもなく俺は入学した。
立地条件はどちらかと言うとまだいい方で瀋陽川を挟み、学校と町が別れている。
勿論町に行く生徒も少なくはない。
だから、学校外出は許可なく、出歩いていいが、寮が決めている時間に帰って来なければならないと説明会でつまらない先生が言っていた。
外からの見掛けは一言で表すと貧相。
だが、そこに生徒が交ると華やかに見えてしまう。
そんな学園に唯一つ飾らなくとも美しいものがある。
それが旭戯学園のシンボルで、校章にもなっている、散らない桜。
通称“天樹の桜”。
中庭の軽い丘に咲く桜色の大樹は誰にもなく威風堂々と立っている。
霊的要素でも入っているのか誰も近寄ろうとはしない。
体験入学の時、彼に話かけた上級生以外は。
入学式当日にその人は桜の下で眠りこけていた。
自分もまた入学式の前に学園をウロウロとしている暇人でしかないのだが。
彼はポケットに両手を突っ込んで上級生の元に歩いて行く。
上級生の前まで行くと見下ろしながら話しかけた。
「おい。上級生がこんな所で居眠りしていいのか?」
彼に気付いたのか重たそうな瞼を片目だけ開き、返事を返す。
「颯人か。別に俺自身に関係ないことだからな。この学園じゃ俺は人気者だからな。渾名で“愉快な道化師”と言われるほどだ」
身体を起こし、座りこむ。芝生を叩き、お前も座れと催促する。颯人は鼻で溜め息をつき、言われた通りに座る。
芝生は柔らかく、上質な物だった。
「相変わらずだな凌」
「まぁな。それよりこっちに入学したんだな」
「ああ。メンバーは魅菜以外こっちに来たさ」
「魅菜が?何故だ!?アイツはメンバー以外と話せない極度の人見知りだろ!?」
これほどにない驚愕の顔をされる。この男のこんな顔を見るとは思って見なかった。
「自立したいんだと」
「無理だ」
冷たく表情は悲しそうだった。
「アイツは俺たちに依存している。アイツが一人で生きることは不可能だ。それは兄であるお前が一番分かっているはずだ。」
魅菜は颯人の双子の妹で、一卵性双生児で顔がそっくりなのだ。
どちら顔かと言うと颯人が魅菜よりで、颯人は美少年なのだ。
颯人が美少年なら魅菜も美人であることは言うまでもない。
「それは、分かるが・・・・」
「アイツが自立するにはアイツ自身が強くならなければならない。だが、アイツには心が強い、尚且つ心の支えである兄がいる。兄であるお前がアイツから離れない限りアイツが自立することは不可能だ」
立て膝で座り、肘を乗せ上目使いで話す。
「・・・・」
確かに凌の言っていることは確かだった。
いつも自分の後ろを歩いていたあの子がいきなり自立出来るはずがない。
世間体も基本しか分かっていない。常識だって表面上で知っているにしかすぎない。
魅菜が自立するには知識が少ないことは知っていた。
だが、何も決めることが出来なかった妹が初めて言った我儘を自分はどうして止めることが出来ようか。
「かも知れないが、だが魅菜が変わろうとしたことは確かだよ」
「決意だけでは簡単に変われない」
「・・・・・。教室に行く。ホームルーム、始まるからな」
「それは1年だけだな。俺たちは今日から授業だ」
「ちゃんと出ろよ」
「へいへい」
歩きだす。
名残惜しいが正直言って間に合わない。
初日から遅刻と言うのも気に食わないので少し歩調を速める。
「直にアイツは戻ってくる」
そんな凌の戯言も耳を傾けることもなく、自分の教室へと歩いて行った。
颯人の後ろ姿を見つめ、佇む凌。
飽きたのか桜を見つめ独り言を話し始める。
「どれだけ足掻こうと無駄なことだ。ここに来る生徒は皆、闇を持っている。誰かが助けなければ救えないほどの深い闇がある。この旭戯学園はそんな所だ。そんな中でお前が接してゆく友たちが強い闇を抱えている。お前は何処まで行けるのかな?」
西風が吹き、桜を散らせ、髪をなびかせる。
桜を見つめ、己の戦場である教室に足を運んだ。
凌と別れ1年2組へと辿り着く。
中では担任が話をしている。
遅刻したようで嫌な気持ちになる。
念のため上を見る。
(黒板消しはないな)
引き戸を開け教室に入る。
「すみません。遅れました」
「おーう。ちゃっちゃっと席に着け〜」
「はい」
窓側2列目の前から4番目の席に座る。
「おい。どうした?授業に遅れるなんてどうした?明日は快晴だな」
「いや、凌と話していて遅れた。後な。どうしたと二回言ってる上に快晴じゃなくて雪な。快晴ならたいして変化ないぞ」
「そ、そこは流せ。俺が馬鹿に聞こえるじゃないか」
「安心しろ。琉杜、お前は馬鹿だ」
隣の身体168くらいの少年が声をかける。
彼、大橋琉杜は凌と同じで颯人の幼馴染みで、勉強より武道を重んじる格闘馬鹿。
一日中武道のことしか考えてなく、成績が救えないほど悪い。
しかし、武道の知識は異常で全ての武道をこなすある意味化け物。
「え〜、以上。次の時間、さっき言った編入生紹介するから」
生徒名簿を教卓で叩き出て行った。
「編入生?」
「ホームルームの前半に言っていたんだ。編入生がくると」
「こんな時期にか?」
「珍しいやつもいたもんだよな」
颯人に話かけた青年は服部弘太。
180cm近くの長身かつ、細身でモデルをやっているのではないかと思うほどなのだが、実際は部活もやってはおらず、週末になると何処かに消えるという意外と謎が多い人物だ。
「でもよ。凌だったら面白いの一言で付きまといそうだな」
「そうだな。馬鹿」
「おう」
「何故に笑顔なんだ?」
「いやな、いっそう俺のチャームリングにしよってな」
思い更けるように腕を組み力説しだす琉杜。
弘太と颯人は目を合わせ肩を落とす。
「あのな、琉杜。チャームリングではなくチャームポイントだ。少しは理解しろよ」
「ありゃ?そうなの?さっすが颯人頭いいぜ!」
「「お前がアホなだけだ」」
見事なシンクロで教室の一部で拍手が鳴り響いた。
「見ろ。貴殿のせいで人気者になっただろ」
「・・・大丈夫。そんなことしなくてもあなた達はすでに人気者だから」
か細い声が、ハッキリと聞き取れる声が聞こえた。
颯人たちの隣には小柄で清楚な少女が立っていた。
少女は見た目弱々しいのだが髪の美しさ可憐な顔立ちから神聖な何かを表していた。
「紅葉」
少女の名は夏目紅葉。
中学まで一緒にいたなかで唯一の常識人。
暴れ出す他メンバーを抑える役目も颯人と共に彼女がおっていた。
普通なら怒り出すところだが、彼女自信がおっとりとしているせいかそのような自体にはなっていない。
「それよりどういうことだ?拙者たちが人気者というのは」
「・・・まず颯人は神童クラスの頭脳の持ち主」
「ふむ」
「・・・弘太は自分を拙者、第1人称を貴殿と呼び、部活に入っていないのにずば抜けた運動神経」
「ほう?」
「俺は?俺は?」
目を輝かせ、期待に胸膨らます琉杜。
まず琉杜なら武道家とか馬鹿とか名前が珍しいくらいだろうか。
琉杜をマジマジと見てしばらく経ち、口を開いた。
「・・・・・・・・・武道馬鹿」
場が固まる。
周りは『すげぇ!短刀直入だ』とか『夏目さん。もの凄い勇気ある〜』などとざわついていた。
自分を指差し、固まった琉杜は自分の後頭部を抑え絶望していた。
「うおおぉおぉ!!!なんで俺だけ間が開いてさらに一言なんだぁぁぁぁ!!!!」
「はーはは!!!まさに琉杜を示しているじゃないか!」
「弘太。笑い、すぎ、だ・・・・・。ブハッ!!!あーはっはははは!!!」
「・・・・・みんな琉杜に悪いよ。クスクス」
「うおおぉおぉおおおぉ!!紅葉にまで笑われたぁー!!!いっそう殺してくれぇぇ!!!」
紅葉にまで笑われたと言うが琉杜が紅葉を好いているわけでなく、紅葉は本当に笑わない。常に表情を読み取ることが出来ない。
人はそれを無表情と言う。
そんな彼女を笑わせることは物凄いことだった。
「紅葉を笑わせるとは見直したぞ!」
「そんなんで見直されても嬉しくねぇ〜よ〜!!」
のたうち回る琉杜。
とたんに起き上がる琉杜。
その瞳は明後日の方向を向いている。
「どうした?」
「今日から頭、よくするっ!!強くて頭もいいスッテキな男になる!!!」
決意のガッツポーズ。
その後、颯人を見て肩を掴む。
だが、颯人の方がちょっと高いのでなんか情けない。
「頼む!神童クラスと言われているお前しかいない!どうすれば頭がよくなる!?」
「そうだな。まず予習で3時間、復習6間。授業は寝るな。真面目に受けろ。休み時間も予習復習を欠かすな。そうすればさすがのお前でもよくなるだろ」
「うぅ〜、っう」
そのままの状態で苦しんでいた。
「・・・・・颯人。駄目だよ。琉杜がそんなに勉強したら天地がまたくっつく」
「そう、だな。そうなればギルガメシュに悪いな」
そうしているうちにチャイムがなる。教室に担任が入ってくる。未だに琉杜は白くなっていた。
「え〜、それではさっきの時間に言っていた編入生を紹介する。入りなさい」
「はい」
扉を挟んでいるせいか少し低めに聞こえる。
ガラッ
扉が開く。
腰まで届くポニーテール、美人と言える顔つき。それなのに色っぽさを感じさせないぐらいの幼稚的な笑顔の美少女だった。
教室中から聞こえる歓喜の声。
「入学前に編入してきた布石魅菜です。よろしくお願いします」
ガタン
机が倒れる音がした。
その発生元は颯人だった。颯人は魅菜を指差し口を開けていた。
指している手は震えていた。
「み、み、魅菜!!」
「あっ、兄さん」
『なーにー!!!!』
教室中の声が歓喜から驚愕に変化した。
クラスの視線など目もくれず、魅菜と話を続ける。
「な、なんで!?独り立ちするんじゃなかったのか?」
「始めはね。でも一ヵ月間独りで生活してみて駄目だなって、そしたらここの編入試験受けてた」
笑顔で言ってのけた。
それに対し額を抑え、呆れる颯人。
「よっ」
「あっ、琉杜。久し振りぃ〜!相変わらずの馬鹿面だね」
「へ、ありがとうよ」
「馬鹿にされてんだよ」
「ありゃ?そうなの?」
「結局貴殿も来たのか」
「うん。弘太も元気だった?それよりその拙者とか貴殿とかまだ直してなかったんだ」
「まぁな。これは拙者の持ち味でござる」
とりあえずということで、颯人は弘太を引きずり、教室の端まで持って行った後、無残な状態になるまで踏み付けていた。
その様子を魅菜は頬を掻いて見ていた。
その反対側の裾を引っ張られた。
そちらの方を向く。
そこにはおっとりとした大和撫子がいて、顔を見つめていた。
その人物を見た瞬間に魅菜の表情に花が咲いた。
「・・・・。来た・・・・・っ!」
「紅葉ちゃん!ひさしぶりぃ〜!!ほら、すりすりぃ〜!!!」
「・・・・」
魅菜は紅葉に飛び付き、頬と頬を擦り寄せる。眉をひそめ、少し嫌な表情をするが、頬を赤くして、抵抗しない所を見ると本当は嫌ではないらしい。
「あ〜そこ。仲良いのは結構だが、そろそろ席に着けよ」
「あっ、は〜い。・・・・・え〜と・・・私の席は・・・・?」
「ん?ああ。布石のそこ。波風の隣だ」
担任が指したのは窓側3列目の前から2番目。颯人の1つ挟んで斜め前。
「はーい」
ゆっくりと席に着く。他の戯れあっていたメンバーも席に着く。
ただし、弘太だけは教室の端でのびていた。
「布石さん。私、波風皐。よろしくね」
「あっ・・・・うっ・・・。・・・・」
「どうしたの?」
魅菜は困った様子で慌てふためていた。仕方がなく颯人が立ち上がる。
「ん?どうした?」
「いえ、私事ですので」
「そうか」
颯人は魅菜の元へ行く。
「ど、どうしたの?布石君」
「すみません。魅菜は極度の人見知りで、俺達以外と話せなくなるんです」
「へ〜そうなんだ。うん。オッケー」
右手でOKサインを作る。
頭を下げ、席に着く。
「お節介じゃねぇのか?」
「・・・・・。最後かも、しれないからな」
「?」
教卓を叩く担任。
生徒全員が前を向く。
「え〜、今ので分かったように、布石颯人と布石魅菜君は兄妹だ。皆よろしくしてやってくれ」
担任の簡単な紹介が終わる。
「先生!質問!」
ある女子生徒が元気よく手を上げた。
「ん?なんだ?」
「先生の歳は?」
「今はそんな授業ではないのだが・・・・。まぁ、かまわんか。歳は25。未だ未婚、彼女募集中。趣味は釣りとパソコンいじり。特技は全ての解体。他に聞きたいことは?」
「はい!!」
隣りの琉杜が手を上げる。
琉杜の質問は珍しい。
「先生の名前は?」
いくらなんでもそれはない。
まだ一日しか経っていないとは言え担任の名くらいは覚えておくのはセオリーである。
「お、大橋・・・・・お前・・・・。後で職員室来い。みっちり教えてやる」
担任から負のオーラが見えた。それを察したのか流石の琉杜も訂正した。
「じょ、冗談ですよ。渡辺迅露先生」
少しだけ雰囲気が和らぐ。担任の渡辺も鼻息をついた。
「冗談か。焦らせるなよ。え〜、では午後から授業に入るぞ〜。次の時間は授業の担当と授業内容を発表するからなぁ〜」
悲哀の声を浴びつつ担任渡辺迅露は悠々と立ち去った。
ホームルームが終わり、いつものメンバーが集まる。
「懐かしいね。こうやって皆で集まるのって」
「そうだな」
「・・・颯人、まだ怒ってる?」
「少しな」
「なんだ?まだ怒ってんのか?ちまちました奴だな」
「そうだぞ。来てしまったのは仕方ないだろ」
「来ることに怒ってる訳じゃない。俺が怒ってるのは兄妹である俺になんの相談も無かったことを怒ってるんだ」
意外な言葉に皆目を丸くした。
まさか颯人からそのような言葉が出るとは思っても見なかった。
魅菜の事を守って来たのは皆知っているが、そんな拗ねるような態度をしたのは初めてだった。
「貴殿、そのような人物だったか?」
「違う!絶対違う!!こんなの兄さんじゃない!!!」
「全否定かよ」
腕を大きく振り絶対的な否定を魅菜なりに表していた。
「まぁ、いい。それは置いといて」
「置いとくんだ・・・・」
颯人の切替えの速さはかなりのモノで神懸り的だった。
「もう一人いない」
「一人?・・・・ああ凌か」
このメンバーを集め、色々としでかしたある意味の首謀者。
実際は首謀らしいことはやらず、学校中の教室に黒板消しトラップを仕掛けたり、廃棄予定の机を引っ張りだしナスカの地上絵を描いたりと可愛らしいものだ。悪ばかりかと言えば、そうではなく、学校の清掃活動を行い一日中掃除したり、壊れている町の備品を直したりとよい事も行なったりと町の人達からは『お茶目な反抗演奏者』と有名だった。
「アイツがいなきゃ俺達じぁねぇ」
「それは勿体ない言葉だな」
廊下から聞こえる凛とした声。
紛れも無く湊凌本人だった。
凌は堂々と自分の教室であるかのように歩いて来る。
「やっと集まったな」
凌は近くの椅子を引き寄せ座る。
「このメンバーで集まるのも久し振りだな」
「今まで凌いなかったからね〜」
「・・・・・。うおおぉおぉ!そうだ!!お前らがいない間どれだけ寂しかったことか!!」
「・・・・出た。いつもの凌馬鹿節」
「これも久しいな」
「だね〜。こうなると凌って琉杜以上の馬鹿だから」
「魅菜!おめぇそれはどういうことだよ!!!」
「そのままの意味」
「クッ、理解できねぇ」
「アホだ」
この6人が揃うと異様に騒がしくなる。
この6人の特性なのかもしれない。
上級生の凌がいるにも関わらず普段と同じように過ごすクラスメイト達。普段と言ってもまだ1日しか経ってはいないのだが。
「それよりさっきの寂しいって嘘だろ?俺たちがいない間、四天王として君臨したという噂が入ってるのだが?」
「・・・・・」
黙り込み、冷や汗を流す凌。そんな凌を見て弘太が聞く。
「なんだ?その四天王とは?」
「あれだろ?知ってるかどうかだろ?」
間を割ってくる琉杜。
「なんでそうなるの?」
「知ってんのー!からだ」
「見事だな」
「ああ」
凌と颯人だけが発言し、皆呆れていた。
「・・・・。琉杜の馬鹿話しは置いといて、どういうこと?」
「紅葉ちゃんってときたま凄いと思う」
「置いとくなよ!」
「いや、この学校には7つの怪談たらぬ7つの伝説がある」
「流すなよ!」
「うっさい!」
「うっ・・・・ごめんなさい・・・・」
魅菜が琉杜の脇腹に拳を入れていた。中学の時も何度かいや、しょっちゅう脇腹に入れられていたせいで琉杜の脇腹は全身の中で一番強化されていた。
「続けて兄さん」
「ああ」
「・・・・・魅菜ちゃんには負ける」
「こいつ俺達の時のように他に3人を巻き込んで色々とやっていたらしい」
「また?しつこいね〜」
手の甲を腰に置き、呆れる。だが、凌には効いてないようで爽やかだった。
「勝手に言ってればいいさ。一つも効かないぜ!」
胸を張って言い切れるので、他5人は攻めてみた。
「あの頃は酷かった。こちらは実行班でも企画班でも無かったのに凌だけ逃げて俺たちばかり怒られてたな」
「ぜんっぜん、平気だぜ」
「確かにな。こっちは乗り気じゃねぇって言ってるのに引っ張られて酷い目に合うのは俺たちだった」
「はっ!・・平気さ」
「うむ。で緊急と言って呼び出されてみれば、結局つまらぬことだったり」
「・・・・・平気・・・・さ」
「全てにおいて凌だけ無罪放免だから結構、ね」
「・・・・・・」
「・・・最低」
「うあああああぁぁぁぁ!!!!」
ショックのあまり転げ回っていた。
「よし、これで皆揃ったな。これでまた暴れることが出来る」
「・・・・まぁ、ほどほどにな」
呆れてはいる颯人だが実際は嫌ではない。他のメンバーも同じ心境だろう。呆れるくらいどうでもいいことだが、癖になるくらい気持ちが踊る。いつもそうだった。下らないことを提案し、だがそれは下らないほど楽しかった。凌が中学を卒業して、真似して5人で馬鹿騒ぎをしてみたが楽しいという実感が沸かない。そんな時いつも思っていた。凌は凄いのだと。だから凌の言った通りこの6人で何か出来ると思うと感情が高ぶるのも分からない訳では無かった。だからこそ皆凌を完璧に征し、止めることは無いのだ。
「四天王で暴れるのも悪くはなかったがやっぱお前らと騒ぐほうがワクワクするぜ!!」
子供のように遊ぶことを楽しみにしている笑顔。颯人たちもそれは同じだった。2年の半ば凌が進学活動に忙しくなると日常がつまらなかった。だが、そんな日常も今日で終わり。これからはまた待ち遠しい日々が始まる。
「皆行くぞ!!!」
「「「「「応ッ!!!」」」」」
意気揚々と威勢を上げるが鐘がなる。
「・・・・・授業始まった」
「やべぇ!次、移動教室だ!!」
凌は完全疾走で教室に戻った。皆は思うが、颯人が代弁した。
「・・・・哀れだ」
クラスメイトが次々に席に着き始めると担任が入ってきた。
「湊は授業に遅刻決定だな。次の湊のクラスは五十嵐先生だったな。南無」
無惨な台詞を残し授業に入った。
授業が終わり、琉杜が直ぐさま寄って来た。
「学食行こうぜ」
「それは構わないが、場所は空いてるのか?聞けば開始3分で一杯らしいが」
「問題ない」
後ろの席で凌の声がする。後ろを見ていることを確認した。凌はちゃっかりそこにいて、ウインクをしてアピールした。
「さて、どうする?」
「待て待て!!!無視するな!!!」
目を細め質問する。
「なんだ?一体。勝手に人の教室に入りこんで」
「さっき学食の席の話をしてたろう?それが問題ないと言っている」
さぁ行くぞ、と食堂へ向かう凌と渋々と付いて行く他メンバー。食堂に着くとそこは異世界だった。中々広い食堂には半端では無い数の人だかりが出来ていた。凌はその人込みを縫うように抜けて行く。颯人達も凌の後ろにいたが、凌ほど上手く渡れ無かった。唯一颯人だけは凌と同じように人込みを苦もなく抜けて行った。不思議な事に食堂の中央部には周囲よりは生徒が少なかった。その中で空いてる席が6つあった。凌は迷いもなく席に向かった。近付くと一人の上級生が肘より上だけ手を揚げた。
「遅かったな。待ちくたびれたぜ」
「すまない。幼馴染みを誘うのに手間取った」
話をしながら凌は左手で皆を呼んだ。5人は顔を合わせ席に着いた。
「あんたたちか、凌がよく話す幼馴染みは。俺は向井。凌と同じ四天王だ。そしてそこにいる2人も四天王だ」
隣の2席を指す。そこにはツンツン頭の上級生と眼鏡をかけた上級生がいた。颯斗は眼鏡の上級生が気になった。
「どうした?」
弘太に話しかけられた。
「いや。何でもない」
「まぁ、他の四天王の説明は後ほど。コイツらの紹介はいいよな?」
「ああ」
「「・・・・・・」」
向井は返答し、ツンツン頭上級生は1つ頷き、眼鏡上級生は眼鏡を上げた。
「よし。それより飯食おうぜ!!飯!!」
凌は真っ先に人込みの中に突入した。
「紅葉ちゃん。私たちも行こうか」
「・・・・うん」
「では拙者たちも行くか」
「おう」
「ああ」
他5人も騒いでいる凌の元に向かった。
「一つ気になるだが」
食事しながら颯人が聞いた。
「この食堂はなぜ中央部がこんなに空いている?しかも2年生ばかりのような・・・」
「ばかりじゃなくてだけ、なのさ」
凌の代弁するように話す。
「2年生に有力者が多いからだろうね。生徒会、委員長の半数以上、そして四天王。3年生の有力者は生徒会の副会長と残りの委員長、後、寮長ぐらいだろ」
「何故ですか?本来なら逆なのでは?私の世間論ですが」
それを聞かれた途端に向井は辺りを見回した。そして5人にしか聞こえないように話し始めた。
「じゃあ一つ聞くけどお前たちこの2日間で3年生見たか」
「そりぁ見るでしょ。だって・・・・・ありゃ?3年生いたか?」
腕を組み、考え込む琉杜。流石の琉杜でも気付いたらしい。そう、自分達は一回も3年生に合ったことがない。いつも出会う腕章は2年生の緑と1年生の青。だが3年生の色である赤は見た事が無かった。そのうち黙っていた凌が話しかけた。
「今の3年生の人数は俺たちより遥かに多い。だが、四天王である俺たちでさえ会うのは生徒会と寮長、少しの委員長格だけ。なら他の3年生は何処に消えたのか?」
「元々いなかったとかじゃないの?」
「いや、現に俺たちは3年生の顔を知っている。だがそれは2年生までのこと。3年になった途端消えた。・・・・不思議じゃないか?」
「・・・・・だから四天王を作ったのか」
「ご明察。さすがは颯人だな。神童クラスは嘘ではないらしいな」
「・・・・なんで作る必要があったの?凌なら一人で解決出来そうなのに」
「俺だって完璧じぁない。それに探すな一人よりも大勢がいい」
自信を持って発言する凌。他のメンバーは当たり前すぎて反応はない。ちょっとだけ寂しいと思う凌だった。
「これからはこの9人で探す」
この発言にツンツン頭上級は眉を上げ、席を立つ。
「どうした?」
「下りる」
「は?」
凌は口を開け、固まる。
「1年の頃騒ぎすぎた。今年は静かに過ごす。だから下りる」
食堂を後にするツンツン頭の上級生。
「おい!草薙!!」
「・・・・・だな。悪いな凌。俺も下りるわ」
「向井もか?!」
向井も草薙を追うように食堂を去っていった。残った四天王は凌と眼鏡上級生だけ。凌は不安げな表情で眼鏡上級生を見る。眼鏡上級生は凌をしばし見つめた後、眼鏡を上げ食堂を去っていった。
「凌・・・・」
寂しげに凌を見る魅菜。だが、そんな心配を余所に凌の顔は楽しそうだった。
「まぁいいさ。お前達がいるからな」
「うん」
「そうでござるな」
「ああ」
「そうこねぇとな」
「・・・凌に戻った」
「でどうすんだよ。チーム名はよ」
「いらん」
「いや、ここは昔のように付けるべきだ。チーム名はそうだな・・・・・イノセントチルドレン!!!」
「抜ける」
ノーセンスなチーム名を聞いて真剣に拒絶する颯人。
「長かったお前たちとの付き合いもこれで終わりだ。ではな」
上級生のように去ろうとする颯人。急に走り出す魅菜。
「この馬鹿兄貴ー!!!」
「ん?ゴフッ!」
颯人の背中に魅菜の拳がめり込み、颯人はその場に倒れた。
「なんで素直になれないの!本当は嬉しいくせに!!ねぇ!聞いてるの!?」
倒れたまま動かない颯人。もう一発入れようとして蹴りの構えにはいった魅菜を弘太が止めた。
「魅菜。颯人は聞いてない訳ではなく、気絶してるだけなのだが・・・」
「えっ!?そうなの?・・・・キャ〜兄さん大丈夫!?」
慌ててしゃがみこむ魅菜。
「なぁ、アイツにお前の拳は危険だと教えたほうがいいと思うか?」
「糖分だぜ」
「・・・当然たから」
結局颯人は魅菜の拳で、三途の川から帰ってきた。帰還した後颯人は魅菜に厳重注意を言いつけた。
「寮の部屋割り張っておくからちゃんと確認しとけよ〜」
担任渡辺が掲示物専用の壁に紙を張って出ていった。クラスメイトたちは我先に見にいく。これから一年共にする部屋なのだ気にならない訳がない颯人たちも人込みを掻き分け掲示物に目を通す。部屋の割り振りは男子寮188号室大橋琉杜・服部弘太。190号室布石颯人。女子寮120号室夏目紅葉・布石魅菜。
「キャー!紅葉ちゃんと一緒だー!!よろしくね!」
「・・・うん」
嬉しくて喜びを隠せない女子組。対して男子組は全くの逆だった。
「コイツと一緒かよ!!」
「うむ。よろしく頼むぞ琉杜」
「一人部屋か・・・。つまらん」
顔をしかめる。不服には不服だが一人部屋も嫌いではなかった。
放課後イノセントチルドレンの面々は颯人たちの教室に集まった。集まったというより凌が勝手に颯人たちの教室に来ただけなのだ。
「で、こうやってみんなで集まった訳だが。何をするんだ?お前のことだ。3年を探す他に何かやる予定なんだろう?」
「・・・・」
凌はその言葉を聞いた瞬間に目を細め、睨みつけてきた。まるで自分より強い敵を見つけた蛇の威嚇のように。だが、目を閉じた。颯人にのしかかっていた重圧がいっきに消え去った。
「そうだな。確かに+αがないと俺たちじゃないな」
「・・・考えて無かったんだね」
「悪いか?」
「こやつ確信犯か?」
「分からんが、言えることが一つある」
「何?」
「琉杜。型はもう止めとけ」
授業中は死んでいる琉杜だが、放課後になると急に立ち上がり、型を組み始める。それが琉杜の特性でもあった。端から見ればかっこいいのだが傍にいれば暑苦しいこのうえないのだ。
「なんだよ。これからって時によぉ」
「うざい」
「今度はなんの型なの?」
「こら魅菜!続けるな!!」
「中国拳法の八卦掌だ」
ついに国を抜けた。外国拳法の始まりは八卦掌らしい。
「琉杜。少しはおとなしくしたらどうだ?」
しばらくじっとしていたが、また暴れはじめ、雄叫びをあげはじめた。
「うるさいぞ!!大橋!」
遠くから生徒指導の先生が吠えた。
「・・・・・・」
無理なようだった。結局その日にはまとまらなかった。
ここは男子寮の颯人の部屋。
一人部屋だが、かなりの大きさがある。颯人たち6人が入ってもまだ余裕がある。その部屋には立派な卓袱台が設置されており、6人はそれを囲んで座っていた。
「で、俺たちは何をするんだ?」
「・・・お前たちはこの学園にある特別学園行事を知っているか?」
急にふるが誰として驚きはしない。だてに小さい頃から幼馴染みをやってはいない。信頼感や友情はそこらにいる親友には負けないと一人一人が思っているが、それは長所であり、短所。6人全員が依存してしまい、魅菜のように極度の人見知りになるのだ。
ひとまずそれは置いておこう。
「アレだろ?1ヶ月に一回の周期に行われる何とかカッコウだろ?」
「周期なんて答える琉杜に感動した俺が馬鹿だった」
「ああ、全くだな。最後の最後にやられたな」
颯人と凌はいっきに底辺に落とされていた。
「まぁ、仕方なかろう。琉杜の馬鹿に期待しても無駄であろうて」
慰め程度に琉杜を侮辱しつつ弘太が颯人の肩を叩く。
「ああん?なんだよやんのかよ!」
「上等だ。やってやろうじゃないか!」
「止め・・・・!」
「うっさい!!ここで暴れるな!兄さんに迷惑でしょ!!」
魅菜が弘太と琉杜の間に入り、空中開脚蹴りを弘太の胸と琉杜の顔面にくらわしていた。
「うっ・・・、面目ない」
「・・・・・・」
胸に蹴りを入れた弘太は謝ることが出来たが、顔面に食らった琉杜は白目を向いて立ったまま気絶していた。
「・・・あの2人にかまっていたらきりない」
「だな、凌、続けくれ」
「ああ。カッコウじゃなく。合戦だな。旭戯学園には他にはない行事として、旭戯学園合戦がある。それに参加しようと思う」
「待て、簡単に言ってくれるな。俺たちはこの学園に入学してまだ2日だ。合戦だって説明会でしか知らない。詳しい情報を与えるべきだ」
「・・・うん」
「確かにね」
3人の意見は一致していて、弘太は無言で頷いて自分も同意見の意思を見せた。琉杜は今でもまだ死んでいた。それを紅葉が呼び戻した。
「・・・琉杜。帰っておいで」
「ん?おお、新たに見つけた川を泳ぎきるとこだったぜ」
「こやつ三途の川を泳いで渡ろうとしたのか・・・・」
今死にかけていた琉杜に説明をし、同意見を得た。
「まずはそれからか。旭戯の合戦は10〜30人の間でチームを作り、2組みで戦を行なう。しかも、一回の合戦には2組だけ参加資格を獲得することが出来る。つまり例でにするなら赤対青でその月の合戦は終了する。格チームには駒と眼鏡が与えられる。駒には特殊技術が組み込まれ、使用する生徒は眼鏡をかけ、駒を操る。リアルタイムホログラムってやつか?それで敵の王を打ち取れば終了」
「チェスや将棋みたいなものなの?」
「それとはまた違う。第一駒の性質が違う。駒は全部で6種類ある。王、参謀、騎士、傭兵、祭司、魔術師となっている。原則として王と参謀は一人だ。他は何人でもいい」
「・・・何で一人なの?」
「おそらく王と参謀は要であり、統率者。そんなのがごまんといたら、皆が混乱するからだろう」
「颯人の言う通りだ。他に質問は?」
全員が手を上げる。
「ビックリだぜ」
「・・・対戦相手は?」
「2年及び一部の3年」
「戦闘能力の基準は?」
「月終わりにある小テストと簡単な実技試験」
「琉杜の質問はなんだ?」
「意味が分からん。1から説明してくれ」
どうやら凌の説明は琉杜にとって難易度が高いらしかった。見ればいつの間にか横になり、腕だけ上げている格好になっていた。
仕方ないので颯人がノートを取り出し、図を用いて分かりやすいように説明をしていた。それを聞いていたのは琉杜だけでなく、魅菜、紅葉、弘太も聞いていた。どうやら凌の説明で分かったのは颯人だけだった。そのことを理解した凌。
「・・・・・・ショーーーック!!!」
扉を勢いよく開けて飛び出した。
「凌、出ていったよ」
「アイツなら問題ない。続ける」
「貴殿、いい度胸してるな」
廊下から走ってくる足音。足音は颯人の部屋ね前で止り、足音をたてていた人物が開きっ放しの部屋に入ってきた。
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ・・・・誰か止めろよ!!!!」
「言っただろ?問題ないって」
「「「「・・・・・」」」」
ある程度の時間が過ぎ、外出禁止の時間になり、颯人と凌以外のメンバーは自分たちの部屋に戻っていた。いつもはかすかにしか鳴らない秒針も今夜に限り、大きく響く感じがした。
「人を呼び止めといて何も話さないのは無礼ではないのかな?」
「その話し方止めろ。・・・・・・何を知っている?」
「何のことだ?」
「惚けるな。あんたは魅菜がこの学園に来ることを知っていた。つまり、予知夢か何かをしないと普通分からない。確かにあの魅菜ならこうなることは予測出来たかもしれない。だが、それは憶測にしかすぎない。それでもあんたは肯定した。これは原因がないと出来ない意見だ。これも憶測だが、あんたはこの1年で皆がしらない何かを見つけた。違うか?」
「近からず遠からずってとこだな。お前ほどになればここまで予測出来るだろうとは思っていたが、これほど早いとは思いもしなかった。だが、お前は根本的に間違っている。それに気付かない限りお前はその謎を解決することは出来ない」
部屋を出ていく凌。
戸が閉まって行く。扉が完全に閉まり、足音が遠ざかる。卓袱台に拳をぶつける。
「なんだよそれ。意味が分からん」
秒針が嘲笑うかのように颯人の部屋に木霊した。
世の中のほとんどは不条理だったりする。だが、この学園にはそれは関係ない。条理を説かなければ道は進まない。この学園の秘密。それは・・・・闇。