表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東雲大和のものがたり  作者: 佐藤 一
9/19

第九話 ほんとうのものがたり

 それは、突然やってきた。

「なんだ、あれ?! でかすぎるだろ!!」

 京ちゃんの切迫した声が、横から聞こえてくる。

 私は、声をあげることすらできなかった。

 秋らしくない強い日差しが、一瞬にして遮られる。

 マヨイモノという化けものを知ってからと言うもの、自分の目を疑ったことは少なくない。

 巨大な牙をもったライオンに、歪に見える爪を携えた熊——その生物たちは、一匹たりとも常識で理解出来るものではなかった。

 だからもう、なにが来ても驚かない。そんな不思議な自信が芽生え始めていた時だ。

 それでも今、空を泰然と漂う『それ』を、現実のものだと認識するには、少し時間がかかった。

『どんどこ』の規則的で、変わらない音が、なぜか妙に心を落着かせる。




 雪ちゃんの誕生日から一晩。

 いつもの通学路を、いつも通り一人で歩いている時だった。


 どん どん どん どん どん どん—————


「えぇ~朝から~??」

 珍しくテスト勉強やったのに・・・・

 多少の不満が顔にでる。そこで、パチンと頬を張って頭を切り替える。

「しっかりしなきゃね。やられたら、終わっちゃうんだから」

 ポケットからケータイを取り出し、昨日の写真を画面に映す。

「いや~何回みてもおかしな顔だよね。これが終わったら、もう一回雪ちゃんと京ちゃんと写真とろう!」

 二人とも写真が嫌いらしくて、って別に私も好きな訳じゃ無いけど。

 それでも、やっぱり思い出は形にして残したい。

 こんな世界を生きるからこそ——

「よし! ちゃっっちゃと終わらせて、二人とコスプレ写真とろっと!!」

 決意あらたに。白い光が私を包み込む。

 徐々に平衡感覚がなくなっていく————




「京ちゃん、おはよ!!」

 親の敵の様に、小さな扉をにらみつけている京ちゃんに、手を振りながら近づいて行く。

「ああ、おはよ。ってなんでそんなテンション高いんだ?」

 バカにするような、心配するような、どっちにもとれる表情で問いかけてくる。

「え~?? なんでもないよ~」

 さっき固めた決意を、今伝える訳にはいかない。

 だって、普通に頼んでも、絶対嫌だっ! って言うから。

「そっか・・・・ほんと、お前は強いよな」

「・・・・・・??」

 いつもの強気で、勝ち気な京ちゃんじゃない。

 変身するための結晶を握る手が震えている。


 どん どん どん どん どん どん————


「京ちゃん?」

 自虐気味に痛々しい笑みを作ると京ちゃんが口を開く。弱々しい声音で。

「情けないよな。真実を知って、最初はマヨイモノ、許せねえって思ったんだ。絶対に倒してやるって。それと同時に恐怖もあったんだ。怖くないわけ、無いよな?」

 京ちゃんが同調を求めてくる。

 私は大きく頷き、

「うん。怖いよ、すっごく怖い」

 殺意だけが、広い空間で、でも常に向けられている世界。

 一瞬の判断が、命に直結する。

 怖くないわけ、ない。

「だよな。でも、世界がかかっていることを知って、守りたいって思ったのも事実だ。怖いけど、世界を守れるならって。でも、本当に死にかけて・・・・」

 そこで京ちゃんの言葉が止まる。


 どん どん どん どん どん どん—————


 前回の闘い。

 スカンク型のマヨイモノが放った攻撃が、京ちゃんを直撃した。

 なんとか防御が間に合ったことで大事には繋がらなかった。

 それでも、一歩間違っていれば。

「死んでいたんだ。それで心に身につけたメッキは簡単にはがれたよ」

 なにが言いたいのか、なんとなくわかる。

 そして、それは絶対に言わせてはならないんだということも。

「京ちゃん、それ以上は・・・・」

 言ったらダメだ。そう言おうとして、京ちゃんの視線に封じられる。


 どん どん どん どん どん どん————


「世界なんてどうでもいい。自分さえ生きてれば。あの戦闘以来、そんな感情が俺の心を占めた。怖い。死にたくない。・・・・例え世界が滅んだとしても、こんな思いをするくらいなら。なんで俺が命をかけなきゃいけない? 俺が、何をしたってんだよ!!」

 語気を荒らげ、心の叫びの強さを、音にして表す。


 どん どん どん どん どん どん————


「京ちゃん・・・・」

 慰めの言葉が見つからない。

 いや、慰められない。だって自分も、そう思ったことがあったから。

 結局人って、自分中心なんだ。自分が怖い思いをするくらいなら、世界なんて滅びればいいって。そう思うのが、たぶん普通だ。

「それでも・・・・私達は、選ばれた英雄なんだよ。この世界を守る、義務がある」

「知らない。あんな怖い思いしたくない。・・・・世界なんて、どうなってもいいんだ」

「そんなの、許されないよ。例え命をなげうってでも、世界を守らないといけないんだ」

「どうせ世界は、いずれ死ぬのに・・・・か?」


 どん どん どん どん どん どん————


 ふっと言葉に込められた力が弱まる。

「な、どう・・・・いうこと??」

「こんな閉鎖された空間で、敵は無限にわき出てくる。こっちは守ることしか出来なくて、その上闘えるのは選ばれた新世代だけ。数は有限だ。放っておいても世界は死に向かう。そんな世界、守る必要あるのかよ?!」

 こんなとこで言い合ってる場合でも、言いあう事に、意味が無いことも分かっている。

 でも、京ちゃんの真っ直ぐな言葉からは、なぜか逃げる事ができなかった。

「なあ、大和。知ってたか??」

 突然声音が優しくなる。

「な、にを・・・・?」

「その腕の怪我、全く塞がらないだろう?」

 京ちゃんが私の右腕の、肘辺りを指さす。

 初めての戦闘で、マヨイモノの表皮にかすり、擦り傷になっている所だ。

「うん・・・・」

 あれから二ヶ月近く経つが、傷は今も赤く煌々としている。

「それな、一生治らないぜ」

「え・・・・?」

 治らない? こんななんてこと無いかすり傷が??

「マヨイモノに受けたダメージは、体に永遠と刻み込まれる。人間の力では治癒できない」

「そんなこと! ・・・・」

「あるわけ無い、とは言えないよな。俺も、ずっと気になってたんだ。最初の戦闘で受けた傷が、全く塞がっていないこと。火傷とは言え、軽度なモノにもかかわらず、熱がとれないこと。どれも普通なら二週間もあれば治る。でも、この傷は全く治らない。それで、先生に聞いてみたんだよ」


 スカンク型のマヨイモノと戦闘をした翌日の放課後。教材を重そうに運んでいた先生を呼び止める。

 先生は、何かを察して、指導室に来るよう促した。


「なあ、先生。この傷、この間の戦闘で出来たんだけど、全然治らなくって・・・・って先生? どしたん?」

 険しい顔で、京の傷を見つめている。

「この傷は、どうやって出来たんですか?」

 温度のない、冷たい声で聞かれる。

 不穏な空気を感じた京は、少し空元気を回して答える。

「あいつの牙がちょっとかすっちゃって。でも、ただのかすり傷だろ? それが塞がりもしないなんてさ、おかしいよな」

 しかし、そんな工夫もむなしく、先生は大きなため息を吐くと視線を床へと落とす。

「せん・・・・せい??」

「神巫さん。落着いて聞いてくださいね。・・・・その傷は、二度と塞がりません」

 肩を抱かれ、さっきとは一転、穏やかで、その声には温もりが混ざっていた。

「ふさ・・・・がらない・・・・? なにを言ってんのさ、ただのかすり傷だぜ?」

 うす暗い指導室の中、京の体が小刻みに震えている。

「・・・・マヨイモノとの戦闘で受けた傷は、人間自身が直すことは出来ない。神様の力によってしか、治すことは出来ないの」

「そ、そんな!! じゃ、じゃあ! 治してくれってお願いすれば・・・・」

「無理よ。結界の中が、戦闘によって破壊されても、次の戦闘時には元通りになっていることは、分かっていますよね?」

「あ、ああ。でも、それとこれは・・・・!!」

「神様の理なのです。結界が破られれば治す。海が穢されれば清める。山が荒らされれば直す。だが、人間の損傷は治さない。ずっと、古くは多々良様の時代から続く理なのです」

「そんな・・・・なんで・・・・なんで!!」

 そう叫んで詰め寄ろうとする京を、視線で御す。

 また、冷酷な表情が垣間見える。

「それが、神様の道理なのですよ」


 先生は、同じ内容の言葉を繰り返す。

「ただし、神様は、治癒を行わないかわりに、『反力』と呼ばれる力を英雄たちに与えました」

「はん・・りょく・・・・?」

「ええ。攻撃を受ければ受けるほど、傷を負えば負うほど、体内に宿る新世代因子が強固となる。そして、圧倒的な力を手に入れる事となるのです」

「意味が・・・・わからない」

 傷は治さないけど、強くはしてやる?

 傷は治癒されないけど、力は授ける?

「そんなのって・・・・」

 英雄

 新世代

 多々良

 神

 反力

 マヨイモノ

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・

 ・・・・・・・

 ・・・・・・

 そんな単語だけが、頭の中をグルグルと駆け回る。

「そして『新』は、その『反力』に着目し、身体能力を引き上げるだけでなく、それに応じた装備の顕現を・・・・」

 ・・・・・・

 ・・・・・・・

 ・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 先生が一生懸命話しているが、それは意味をなさないノイズにしかならない。

 こんなことを隠していた『新』も。

 わかっていて、なお闘わせようとする先生も。

 英雄という役割に持っていた誇りが、熱が、ろうそくの火の様に、簡単に吹き消えた。


 もう、嫌だ。



「だから、もう・・・・闘いたくない」


 あまりの事実に、頭がついていかない。

 神? 理? 『反力』?

「何をいってるの・・・・かな・・? 私、バカだから、よく・・・・よく・・わかんないよ!!」

 この場から、逃げてしまいたい気持ちになる。

 漠然と感じていた恐怖が、ハッキリと形をなしたようで。

 でも、脚が動かない。

 そんな話を聞かされた直後だというのに、

 心はもう、背を向けて逃げ出したいと、声高に主張しているのに。

 なのに、体は意に反し、地上へと向かう小さな扉に向いている。

 なお恐怖よりも、世界を守りたいという心が勝ったのだろうか・・・・

 自分でも、よく分からない。

 それでも一つ言えるのは、雪ちゃんを守るためには、3人でコスプレ写真を撮るためには、闘わないといけないという事だけ。

 そんな私の様子を見ていた京ちゃんは、自嘲気味に笑うと、

「ほんとに、なんでお前はそんなに強いんだろうな・・・・俺だって、立ち直るのに少し時間かかったってのに」

「うん・・・・って、え?!」

「な、なんで驚く??」

「え、だって、すっごいセンチメンタルな感じだったから、今から慰めたりしないといけないのかな・・・・って」

「うん、なんでちょっと面倒くさそうなの?」

 納得いかない、と口を尖らせる京。

「そりゃ、完全に立ち直った訳じゃ無いし、なんかモヤモヤしてる所はいっぱいあるよ。でも・・・・昨日誕生日会をして、思ったんだ。別に、世界なんか守らなくてもいい。・・・・こいつらさえ、守れれば・・・・って。そしたら、なんか怖いとか、どっか飛んでった!」

 そういってはにかむ京の笑顔には、迷いや恐怖の感情は、一切見て取れなかった。

「でもさ、いざ闘いが始まるってなったら、やっぱりちょっと怖くって。それで、少し弱音吐いちゃった」

「そうだったんだ」

 初めてかも知れない。京ちゃんが弱音を吐いているのを聞いたのは。

 京ちゃんは、なんだかんだ言いながら、ひょうひょうと何でもこなしちゃうから。

「ごめん、大和。闘いの前に、余計なこと言って。でも、これでもう迷ったりしない!」

 真っ直ぐに、暗く、小さい本殿の中で胸をはる。

「やっぱり京ちゃんは、格好いいよ」

「な、いきなりなんだよ・・・・それより、大丈夫か・・・・??」

 神妙そうな顔になって、私の顔をのぞき込む京ちゃん。

「大丈夫って、何が??」

「何がって・・・・」

 さっと京ちゃんの顔が曇ったのが分かる。

 いじわる、しちゃったかな?

 大丈夫じゃ無い。

 闘いたくない。

 怖い。

 逃げたい。

 のどまで出かかった弱気を、つばと一緒に飲み下す。

「大丈夫だよ。だって、怪我しなきゃ、良いんでしょ?」

 笑顔と一緒に強気な言葉で心を奮い立たせる。

 どのみち、やられる訳にはいかないんだ。

 ・・・・

「ていうか、京ちゃんがあんなこと言うとは、驚きだな~」

 すると、京ちゃんは、ボッと顔を赤くして、

「う、うるさい!! 忘れろよ!!」

 テンプレな反応を返してくる。

「こいつらさえ、守れれば・・・・って」

「お前、マジで覚えとけよ??」

「いや、ほんとごめんなさい。調子のりました。ほんとすんません」

「とにかく、そう思ったもんは、思ったんだよ。文句あっか!」

「ううん。嬉しかったよ。これからも、よろしくね」

 そっと、背中を向けている京ちゃんに抱きつく。

「や、やめろ! うっとうしい!!」

「とかいいつつ、全然引き剥がそうとしないんだから~」

「う、うっさい!」

「ごめんって~・・・・さあ、そろそろ、行こっか」

 なんだかんだで、ここに来てから結構な時間が経ってしまっている。

 マヨイモノの進撃も始まっているかもしれない。

「ああ」

 京ちゃんの短い返事が聞こえる。

 右手に持った結晶に、闘う意志を込める。

 瞬間、先ほどの様に、世界が眩く光り、平衡感覚が失われる。

 光がおさまり、目を開けると、そこはもう四度目、見慣れた景色が広がっている。

「本当は何度も見てる景色だってんだから、驚きだよな」

 横には、真っ赤な西洋式の鎧に身を包んだ京ちゃんの姿がある。

「うん。ここが、オリジナルの神村街なんだよね」

 木々が生い茂り、所々は絶壁に。

 険しい山々と、穏やかで壮大な海とのコントラストに心が揺さぶられる。

 生まれ故郷ながら、なんて美しい風景だろうか。

「化けものに、壊させてたまるか!」

「いや、わりと毎回ぶっ壊されてねえ?」

「そこは空気読んでよ、京ちゃん」

「え?」

 ほんとに、この人は・・・・

 神様が毎回治癒してくれているというのには、薄々気づいていた。

 だって、毎度毎度抉られたはずの木や、削られた崖が、次の戦闘にはまるで差し替えられた様に、綺麗さっぱりしているのだから。

 あれだけの戦闘の痕跡を、「なかったこと」にするなんて、さすがに人間の力とは、思えない。

 その代償が私達の治療だとは思わなかったけど・・・・

 とにかく、闘うしかないんだ。

 一度目を瞑り、弱い私を心の外に追い出す。

 ふっーっと息を吐き、崖下、小さく見える、黒い鳥居を見据える。

 必ず、生きる。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ