第五話 『マヨイモノ』のものがたり
はたして、私の願いが通じたのか、先生の姿はすぐに見つかった。
先生は——乃木神社の鳥居の前で、両膝をつき一心不乱に祈りを捧げていた。
「せん・・・せい??」
京もさすがに、戸惑っているようで、いきなり掴みかかったりはしないみたいだ。
「先生、ただいま」
二度目の呼びかけで、やっと顔を上げる。
その顔を見て、絶句してしまう。
厚底のメガネの下に見える目は真っ赤に充血し、まつげは濡れそぼっていて、頬には伝った何かを、強引に拭った後がある。
「二人とも・・・・無事で良かった・・・・」
そう言って、私達を同時に抱きしめる。
やっぱり、先生は、先生だ。
そう思ったら、京や雪と居るときとは、違うあたたかさを感じる。
突然、胸の奥から熱く、こみ上げてくるものが、こぼれ落ちるのを抑えることはできなかった。
「こわか・・・・ったよぉ~・・せん・・・・せい」
無言で頭に置かれた掌は、思っていた以上に小さくて、だけど不思議と安心できた。
「先生、こんなポーズは、いらないんだよ。あんたのせいで、俺たちは死にかけたんだ。それでも、まだ話せないって言う気か?? 俺たちには、真実を知る権利があるはずだろ??」
本当は、京だって分かっている。先生にあたったところで、なんの意味も無いことを。
『新』という私達の手が、届かないところで動かされている、運命なのだと分かっていても。
でも、分かっていても許せなくて・・・・
先生は、優しいから。ついつい、甘えちゃって・・・・
先生は、いつもの笑顔になって言う。
「英雄としての初任務、お疲れ様でした」
そして、笑みを消し、すぐにこう続ける。
「・・・・神様に選ばれたあなた達、『英雄』。人類を滅さんとする化けもの『マヨイモノ』。そして、私達人類を囲う、世界の真実」
そこで一端言葉を切る。
そして、小さく深呼吸を挟む。
「これから話すことは、過酷で残酷な、人類の歴史です。あなた達が耳を塞ぐことは、許されません」
先生の顔が途端に感情を失う。まるで機械のように抑揚の無いしゃべり方が不安を煽る。
「ああ。聞かせてくれ。この世界は・・・・いったいどうなってんだ? あいつは一体何なんだ」
京が即答する。
「・・・・はい。どんな過去でも、向き合わないといけないですから」
あの光景を目にしてしまった以上、そこから逸らすことは、出来ない。
「二人とも・・・・分かりました。・・・・500年前に起きた大災害。これは、知っていますよね? この大災害の真相。それが、この状況を生み出した原因なのです」
「ああ、もちろん。天変地異が起きた『日本終焉の日』、それを救ったのが、東郷神社に祀られている、多々良神。大災害を収め、恵みを与え、日本の危機を救ってくれた。それに感謝を表し、人類は東郷神社と、神村街を作り、以後大切に祀ってきた。・・・・だっけか」
「京ちゃん、頭いいんだね・・・・」
「アホか。小学生でもわかっている歴史だぞ」
「そ、そうなの?! 全然しらなかった・・・・」
「・・・・そう。今の答え、テストなら百点です。そうやって学校では教えられていますから。でも・・・・もし、そんな大災害なんて、起きていないとしたら?? いや、もっと酷い、日本だけで無く、人類そのものを滅亡に追い込む何かが、その時、起こっていたのだとしたら・・・・」
「ちょ、ちょっと待てよ。それってどういう・・・・」
「あの日、日本だけでは無く、世界中が謎の黒い瘴気に襲われました。
その瘴気を浴びた人間は数秒で死に至ったのです。なすすべ無く人類は追い込まれ、世界は黒い悪夢に覆われそうになりました。そんな中、神村街、旧かまくらと呼ばれる土地に住んでいた一人の少女、多々良新様に神のご加護が舞い降りたのです」
「はあ・・・? 多々良??」
「えっ?? 新??」
ツッコむタイミングは全く同じだったけど、気になった所はそれぞれ違う。
「二人の疑問は分かります。が、話を聞いていれば、自然とわかりますよ」
続けても? と促す先生に首肯する。
「多々良様は、神の力で旧かまくらに結界を張り巡らせました。間一髪で被害を免れ、結界の中という安全圏が確保され、人々は安堵したのです。しかし、その平和は長く続きませんでした。神の力を無理に宿した多々良様の肉体は急速に弱っていったからです。さらに、結界の外には、マヨイモノが出現するようになり、結界の維持が難しくなりました」
「待てよ。じゃ、じゃあよ、あのバケモノが世界を滅ぼした訳じゃあないのか?!」
「はい。あくまでも世界を滅ぼしたのは、謎の黒い瘴気です。そして、詳しい研究が行われて、ある重大な事実が分かりました」
先生の顔が、悲痛に歪むのがわかった。
それほどに衝撃的なことなのだろう。
「マヨイモノは、瘴気によって生態変化を果たした生物だったのです」
そういえば、さっき戦った化けものも、どことなくライオンに見えた気もする。
「つまり・・・」
「マヨイモノも、あるしゅは被害者なのです・・・・だからといって、討伐をためらえば、我々人類は本当の意味で終わってしまいます」
その話は少し興味深くはある。でも・・・・
「ははは、ためらうなんて・・・」
そんな余裕は全くない。
命をかけて本気の殺意を滾らせならなければ、あのバケものの、前に立つことすら出来ないだろう。
「マヨイモノもやはり謎の多い生物ではありますが、二つ確かな事があります。奴らの目的は、多々良様の眠る東郷神社の破壊。もう一つは・・・・戦闘時にこちらの武器を使えないようにしようとすること」
「・・・・? 意味がわかんねえ」
京が首を傾げる。
今の説明だけじゃイメージするのは難しい。
私は、身をもって実感していたからわかる。
さっきの闘いで、ゾッとした所の一つだから。
とことん刀を握った右手を攻撃してきた化けもの。
動物としての理性が、そう命令しているのだろうが。
「まあ、それがわかってりゃあ闘いやすくもなるな」
「それはそうだけど・・・・」
だからこそ武器を持つのが怖くはならないのだろうか。
「だって、どっちにしろ攻撃されるんだから、関係なくね?」
仰るとおりではあるけど・・・・
自分がビビって、動けなくなっていた事は忘れてしまっているのだろう。
「マヨイモノについては、そういった特徴が有りますので、覚えていてください」
「忘れようにも忘れられねえよ」
「うん・・・・」
テスト勉強なら簡単に忘れられるのに。自分の有能さが憎い!!
「東雲さん? 大丈夫ですか?」
なんて思っていたら、顔に出ていたのだろう。先生が心配そうに顔をのぞき込んでいる。
「す、すみません・・・」
「いえ。大事なのはこれからですから。この世界の真実を」
「そうだ。そんな災害・・・・? が起きて、世界はどうなっているんです??」
「この街以外壊滅しました。いや、我々人類が営みを続けてきた地上に、もはや人間の住むことが出来る場所はありません」
「もう、驚かなくなったな・・・・」
「それは、どういう事なんですか・・・・?」
「多々良様が、結界を作り守ったこの街ですが、先も言ったように、そう長くは保ちませんでした。何よりも解決しないといけないのは、多々良様の肉体、もっと言えば、神の力を宿しておくことのできる社の存在。それを人々は、地下に作ろうと画策したのです」
「あ、もしかして、それって・・・・」
「ええ。そして作られるのが『東郷神社』です。二人も、元となった鳥居や本堂を外で見たでしょう? 本堂の大きさは今とは比べものになりませんが。しかし、そう簡単に作れるモノで有るはずも無く、多々良様は次第に力を失い始め、結界は崩壊寸前となったのです」
話の流れで推論は出来た。でも、東郷神社が地下に作られた・・・・? なにを言っているんだろう・・・
「多々良様は、最後の力を振り絞り、神の力を七つに分散させ、七人の少女に託したのです。それが今の新世代、英雄と呼ばれる人々の起源です」
「もしかして、そのうちの一人って」
「東雲さんは、良い勘をしていますね。そうです。今日の御三家は、その七人の初代英雄達に機縁しています。乃木も、その内の一つです」
「雪ちゃん、本当にお嬢様なんだね・・・・」
「いや、今更かよ?」
「なんか、ショックだよ」
少し、雪が遠くに行ってしまった気がする。
そこで、コホンという咳払いにより、先生が注目を集める。
「いいですか? ・・・・多々良様をサポートし、地下に社を作る。その責任者が御三家の一つ、東郷家の人でした。彼女は多々良様と、初代の英雄を守る組織として『新』を設立。神の力を研究し、英雄の武器制作や、戦闘服を開発。それが脈々と受け継がれて、今のものへとたどり着いたのです」
「なんで多々良様を祀る神社の名前が、東郷なんだろうって思っていたけど、そういう事だったのか」
え、京ちゃんは、何にうんうん頷いているんだろう?
「初代の英雄がなんとかマヨイモノを食い止めている間に、地下神社の建設は急いで進められました。多々良様はいつ事切れてもおかしくない。初代の英雄達も、一人また一人と倒れていき、人類には絶望が広がりました。そして、多々良様にもついにその時が。息を引き取るまさに直前、その社が完成したのです。多々良様は、本堂に入ったと同時に力つきました。しかし、多々良様と同化していた神様は、東郷神社へと依り代を移し、そして————奇跡を起こしたのです」
「奇跡・・・・なんか、昔の宗教みたいな話だね」
なんだかきな臭い方向に話題が入っていくのを感じる。
先生は、無表情の、抑揚ない顔で淡々とあり得ない逸話を語る。
「結界の中にあった街を、そのまま地下に移し、人類の生活圏を大幅に回復させてくれたのです。さらには生きていくための、恵みまで与えてくれた」
とそこで、興味津々に聞いていた京が、突然噴き出す。
「なんだそれ?? ご都合主義も良いとこだな。誰がそんな話・・・・」
そんなことをいう京に対して、先生が初めて明確な怒りを向けた。
「ええ。あり得ない話です。人類にとって、ご都合主義な展開でしょう。それでも——これだけの理不尽で、惨い仕打ちを受けて、神の奇跡無しには立ち直れない状況に追い込まれた。だとしたら、そんな奇跡がおこったとしても・・・・起こっても、良いはずじゃないですか」
今までのしゃべり方とは、全く違う。
「・・・・」
罰が悪そうに目を背ける京。
先生の言葉には、強い力が込められていた。
なにがあったのかは分からない。でも、なにかが有るというのは分かる。
そんな反応だった。
「すみません。言わなくても良いことまで・・・・これが私の知るこの世界の真実です。なにか、聞きたいことは?」
「正直、頭がいっぱいいっぱいで・・・・疑問も出てこないんです」
余りに多くの情報が一辺に入ってきて、脳みそが混乱してしまっている。
「それもそうですね。とにかく、お疲れ様でした。二人とも、ゆっくり休んでください。幸いにも明日からは夏休みです。マヨイモノがいつ侵入してくるかは分かりませんが・・・・」
あっ! そうだ。これだけは聞いておかないと!
「先生、あの化けもの——マヨイモノが現れると同時に『どんどこ』がなり始めて、倒すと同時に終わったのですが、あれは・・・・?」
「もともと『どんどこ』は、マヨイモノが結界ないに侵入したことをしらせるハザードでした。それがさらに改良され、マヨイモノの生体エネルギーを感知し、残り体力を私達に、音の速度で教えてくれるようになったのです」
「つまり、ライフゲージみたいなものってことか」
「いや、それは違うんじゃ・・・・」
「ああ、そんな感じですよ」
「ええ?! あってるんだ!! ていうか先生分かるんだ?!」
すると、先生は、胸を大きく張って、ドヤ顔でいう。
「もちろん。一般教養です」
「教養の範囲が広すぎるよ」
なんてツッコミを入れる。
三人の間に笑顔が広がる。
たぶんこうやって三人で笑えたのは、今日初めてだと思う。
笑いがおさまると、
「二人とも。大きな役目を渡されて、戸惑いはあると思います。でも、だからって気負う必要はありません。あなた達は、世界のヒーローでも無ければ、人類の希望でもありません。ただの女子中学二年生なんですから」
「なんか、いい話でまとめに来てるけど?」
「でも、そんなに・・・・だよね」
「大人をからかわない! まったく・・・・」
最後にもう一度『新』モードに戻ると
「今日の話は、『新』でも、トップの人間しか知らないトップシークレットです。くれぐれも他言しないように」
そして、ふっと先生の顔になり
「東雲さん、神巫さん。では、また」
そういって、来た道を、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに歩いて行く。
「さらっと爆弾発言したな。あいつ」
「うん」
「こっちはあんなのと戦わされてボロボロだっていうのにな・・・・」
辺りはオレンジのクレヨンで色づけしたかのように、のっぺりとした夕焼けが広がっていた。
「帰るか」
「うん、そだね」
乃木神社を後にし、私達も来た道を真っ直ぐに帰っていく。
真実を知り、何気ない日常は、終わりを迎えた。