第四話 大変な『任務』のものがたり!
「うん?? これって・・・・『どんどこ』か?」
「こんなところで・・・・とりあえず、戻ったほうが良いのかな?」
「そうだな。ここにいても仕方ねえし、先生に聞きたいことは山ほどあるし。そろそろ戻ろう」
「うん。そうだね」
来た道を振り返り、帰路につこうとしたその時だった。
ドパッッッッッッッンという爆音が、海のほうから響いてきた。
さっきまでは、波音なんて一切聞こえなかったのに・・・・
振り返ると、二人で見ていた穏やかな静寂が一変している。
海は怒り狂ったかのように、大波小波が浜や、ここの崖下を打ち付けている。
どん どん どん どん どん どん———
「すっごい・・・・」
木々がたわみ、今にも折れそうになるほど風が吹き荒れている。
綺麗な赤い花が根元から吹き飛んでいく。
「どうしたんだ? 突然・・・」
どん どん どん どん どん どん———
風は強くなるばかり。
波は崖下にぶつかり、轟音を伴って爆ぜる。
天変地異——そんな言葉が脳裏をよぎる。
「と、とりあえず避難しよっか」
「そうだな。街に戻ろ・・・おい、大和。あれ、なんだ・・・??」
「ええ?」
踵を返してすぐに肩を掴まれ、元の向きにもどされる。
「あれ・・・・は??」
京が指さしている方に、目をこらす。
鳥居の真下、さっきまでは穏やかで静かな海を映していた何も無い空間。
そこに、大きな波紋がうまれていた。
「ええ? なに・・・・あれ」
「・・・・」
なにが起きているのか全く理解出来ない。
その波紋は段々と大きくなる。
そして———
「なんか・・出てきて・・・・」
その波紋の中から黒い霧が流れ込む。
!!!
何かが、鳥居の真下に立つ京に向かって振り下ろされた。
「危ない!!!!」
京を押し倒し、なんとか軌道上からそらす。
「だ、大丈夫??」
「・・・・」
「きょ、京ちゃん?? しっかりして!!」
黒い霧が晴れていく。
そして、『そいつ』が姿を見せる。
「あれは・・・・犬?? かな??」
いや、犬には見えない。
どう考えても、ライオンとかそういう類いの生物だろう。
ただ、体毛は漆の様に真っ黒で、牙や爪といった器官は、大きく、鋭く尖っている。
体長は動物園でよく見るそれとほとんど変わらないから、滑稽な気もしないではない。
まさに、化けもの
どん どん どん どん どん どん———
「・・・・」
さっき押し倒された京は、未だに起き上がらない。
「京ちゃん!! ツッコんでくれなきゃ、滑っちゃっうよ!」
呼びかけにも全く反応しない。
気、失っちゃってるのかな・・・?
「やばいよ・・・・」
完全に姿を現した『そいつ』———
ナイフのように鋭い目が、私を射貫く。
脚に力が入らない。
手が震えて、握り拳も作れない。
生物ならざる何かの殺意。
「ライオンって、かっこいいと思ったことないんだよなぁ」
・・・・こんな状況で、こんなことが頭をよぎるのはなぜだろう。
「私なんて、おいしくないよ? それでも、食べるの??」
恐怖は、なんだか感じない。
人は、本当の意味で死を悟ると、その現実から目をそらそうとするらしい。
「これ、大発見じゃない?! まあ、誰にも伝えられないけどね・・・・」
その化けものが、手を薙げば、簡単に命を刈り取ることのできる距離。
走馬燈のように、雪や、京との思い出が頭の中を駆けめぐ・・・・
「あれ?? 走馬燈が・・・・流れない??」
人は死を直観したら、過去の出来事が一瞬にして頭に浮かぶという現象が起こるらしい。
「あれ? なんで・・・・」
それは、二人との思い出が少ないからだろう。
一番の親友達なのに、ほとんど遊んだりといった思い出がない。
だからこそ、今年の夏は、たくさん遊んで、今までの分までハメを外すつもりだったんだ。
化けものが、私の行動観察を終えたのだろう。今にも襲いかからんとしている。
・・ダメだ。まだ死ねないよね。せめて、三人で海に行くまでは!!
でも、こんな化けもの、どうやって・・・・
必死に頭を回転させる。
なにか・・・・なにか対抗出来る手段は・・・・
なにか・・・・なに・・・か!
『意志を——』
どん どん どん どん どん どん———
思索に没頭してしまい、化けものがその鋭い爪を振りかざしているのに気づかなかった。
「!! ・・・・あ」
視界をよぎる死の感触。しかし、その攻撃が、私に傷をつけることは叶わなかった。
「やっぱり・・・・これが、戦う力・・・・」
乃木神社で、先生に手渡された結晶。
先生は、何かあったとき、意志を示せといった。
明確に見せた『戦う意志』
どんな仕組みなのかは分からない。
それでも、不思議な光が、命を刈り取られるその瞬間に私を包んで、守ってくれたのは確かだ。
そして——
青白い神秘的な光が体を包み、心地よい感覚が伝わってくる。
その光が強く輝く。心地よい感覚が、次第に物的質量を帯び、形取られていく。
強く輝いた光が消失する。
「か、かっこいい!!」
さっきまで制服だった私の衣服が、黒の光沢を放つ美しい甲冑へと変わっていた。
右の腰あたりには日本刀が収められている。
「なんか、自分の体じゃ無いみたい・・・」
根拠のない不自然な、でも全く不快ではない力を体全体に感じる。
どん どん どん どん どん どん———
私の変身に戸惑っているのか、化けものの動きは止まっていた。
しかし、今度の制止は短かった。
私が反撃してこないと分かるやいなや、両手の爪をクロスさせて振り下ろしてくる。
「わわっ?!」
かわすつもりで、小さく後ろにジャンプしただけなのに?!
私の身体能力以上の力で化けものと大きく距離をとることに成功する。
これは、すごい・・・・
猛然と私を追いかけてくる化けもの。
「さっきまでは、怖くて逃げることも出来なかったけど・・・・」
鞘から抜き、右手に掴む刀を見る。
刀身は銀色に輝き、私の顔を反射させている。
「お前、本当に情けない顔をしてるなぁ」
京は依然として動けなさそうだ。
私がやらなきゃ———
刀を軽く振ってみる。
「うん。本物は初めて振るけど、こんなに軽いんだね。それに・・・・」
ゴツゴツとしていて、一見すると鈍重そうな甲冑も
「なんにも着てないみたいに軽い・・・・」
多々良様の力———なのかな
なんにせよ!
「これなら、戦える」
どん どん どん どん どん どん———
突進してくる化けものを、右に飛んでかわす。
「いったぁい!!」
まだ強大な力を扱いきれず、着地に失敗してしまう。
その隙に向きを変えた化けものが、大きな爪を振り下ろす。
やばい、避けきれない・・・・
右手の刀で攻撃を真っ向から受け止める。
腕が痙攣を始める。
受け止めるだけじゃ・・・・だめだ!!
「うおおおおおおおおぉぉ!!」
力任せに前へと押し返していく。
そして、地面を思いっきり蹴って跳躍。
爪を押し返すと同時に、化けものが後ろにひっくり返った。
「今が・・・チャンス!!」
刀を下に突きつけ、そのまま化けものの腹の上に着地
ぐちゃっ、という柔らかい何かを貫く音が鈍く轟く。
化けものが動きを停止させる。
どん どん どん どん どん どん———
「はあ・・・やったのかな・・・?」
刀を引き抜き地面に降りる。
光彩を失った瞳
痙攣が始まった身体
やがてピタッと動かなくなる。
「倒せた・・んだ。良かった」
激闘の傍らで暢気に響いていた『どんどこ』は、まだ鳴り続けている。
「よし、京ちゃん連れて、街にもどろ・・・・」
「大和、危ない!!」
「えっ?!」
背中に声をかけられ振り返ると、殺意をまとった真っ白な牙が目前に迫っていた。
死んでなかった・・・・の??
もはや、回避も防御も間に合わない。
不思議なもので、牙に私の意識は集中していた。
ああ、真っ白で、なんだか綺麗だなぁ。これになら———
その牙が、私の命を食らう・・・・
その瞬間、またもあの光が私を包んでくれる。
ギュッと抱きかかえられる感覚があった直後、バキっという破壊音が耳に入る。
「待たせたな、大和」
「京ちゃん!!!」
その光がおさまると、私を抱きかかえ、化けものの牙を一身に受けた、京がいた。
「きょ、京ちゃん?! だ、大丈夫・・・・?」
「ああ、全く効いてないぜ。・・・・それよりも、かっこわりいとこ、見せちゃったな・・・」
「そんなこと無い!! 今私を守ろうってしてくれた!! 京ちゃんは、最高にかっこいい!!」
「そんなこと言える、お前の方がかっこいいよな・・・・ありがとう」
「ううん。そしたら、私達は、どっちも格好いい! でいいじゃん!!」
「相変わらず、意味わかんねえな。でも、それでいいよ。俺も、お前もかっこいい」
「うん!!」
依然として、化けものは私達への殺意に従順だ。
「さて、さっきの一撃も回復するってんなら、お前の刀じゃ火力不足だよな?」
「たぶん・・・・ごめん」
渾身の力を込めた一撃でも、倒し切るには至らなかった・・・
「なんで謝るんだよ。足りないもんは、誰かが補う。そんなの当たり前だろ」
「京ちゃん・・・・!!」
なんて心強いんだろう。
「俺の武器は・・・・これだ!!」
後ろ手で持って隠していたつもりなのだろうけど。
「わっと、意外と重いな」
身長の倍近くの長さを持つ、斧だ。
先端は尖っていて、槍としても機能するのであろう。
よく見れば京は、目がちかちかしてしまう程に鮮烈な赤色の西洋鎧に身を包んでいる。
まさに京の性格を表した、燃えるような炎を彷彿とさせる。
武器も柄から、何から何まで赤く塗りつぶされていて。
「京ちゃん、あんまり近づかないで・・・・」
「なんでそんなこと言う?!」
だって、目が痛いんだもん!
「化けものも、勘弁してって言ってるよ?」
「だとしたら歓迎だな! 大和だけ狙ってくれよ?!」
「そ、それとこれとは違うじゃん?!」
気づけば雑談が飛び出るほどの余裕が生まれていた。
いや、余裕ではないか。友達がいるっていう安心感なのかな・・・?
自分を攻撃する存在が二人に増え、化けものも慎重になっているようだ。
「こいつ・・・・理性があるのか??」
確かに、そう思う行動は凄く多い。
例えば、さっきも真っ先に、刀を握る右手を落としに来ていた。
だから回避も間にあったんだけど。
ジリジリとにらみ合いが続く。
どん どん どん どん どん どん
「大和。こんな事頼むのは、どうかと思うんだけど・・・・」
「何でもいってよ。京ちゃんからの頼み事なんてそうそうないし!」
ていうか、初だと思う。
それを聞き、京は大きく頷き、笑う。
「わかった。じゃあ、遠慮なく。大和、囮になってくれ!」
「やだよ?!」
「ええ?! お前さっき・・・!」
嫌に決まってるじゃん!
囮って、あんなの相手に出来るわけないし!!
「さっきはさっきだよ! そんなの怖いし・・・・」
「でも、お前にしか出来ないんだよ」
「え、どうして??」
「この武器なら火力は出せるかも知れない。でも、そんな簡単にはあいつだって食らわないはずだ」
それは、その通りだ。あいつは、頭がいい。
「だから、軽い刀を持っているお前が囮になれ・・・・と」
「ああ。・・・・頼む。これしか、ないんだ。」
両手を顔の前で合わせて頼み込んでくる。
・・・・ていうか、それだと選択肢、無いじゃん。
「わかったよ。やる。だから、帰ったらジュース奢ってね?」
「おう! もちろん! 鳩形クッキーもつけてやるよ!」
京の顔がパアっと明るくなる。
仕方無いよね・・・・怖いけど、やるしか無いなら・・・・
「ね、ねえ京ちゃ~ん! どうしたらいいの??!」
囮役を引き受けたはいいけども・・・・
「早くなんとかしてくれないかなぁ!!」
追いかけ回されること数分。
「まだ、もう少し待ってくれ!!」
「さっきからそればっかりじゃん!!」
「なんだか、タイミングがとりづらくて・・・・」
「わわっ!」
寸でのところで爪をかわし、刀を当てる。
ダメージにはならないが、気を引きつける位には効いているみたいだ。
「はあ・・はあ・・さすがに、疲れてきたよ」
いくら化けものの動きが鈍重で、かわすには労しないとは言え、一歩間違えれば死に一直線の状態だ。精神の限界が先に来ちゃう。
「よし! だいたいの感覚は掴めた! あとは大和のタイミングで頼む!!」
「やっとだね」
待ってました!
クルッと体を反転させ、向かってくる化けものと正対する。
「さあ、反撃だよ」
突進してくる巨体を、横に滑ってかわす。
そして、がら空きの脇腹を斬りつける。
「くらえぇ!!」
一閃——二閃——三閃・・・・
斬りつける度に、黒い液体が飛び散る。
この化けものの血液のようなものだろう。
それを頭部から全身に浴びる。
でも、そんなのどうでも良い。
「いけ! くらえ!! この街から、出て行け!!!」
どどん どどん どどん どどん どどん———
『どんどこ』のリズムが速くなっていた事には、二人とも気づいていなかった。
強引に体をひねり、鋭い爪が、牙が襲いかかってくる。
しかし、牙を刀で受け止め、爪は体をひねって回避。
そのまま左腕で化けものの顔を一回殴る・・・・
「かったぁ。すっごい痛いんだけど・・・・」
素手でコンクリートの壁を殴ったかのような痛みが、拳を通して全身を駆け巡る。
それでも、化けものには効果があったようで、たまらず後ずさった。
それを深追いし、さらに連撃を加える。
空間を抉る様な、爪の一撃を回避しながら、脇腹、顔、腕をランダムに切りつける。
たしかに、これは京の巨大な斧では出来ない芸当だ。
ただ、これを全て可能にしているのは、化けものの動きによるものが大きい。
「なんでだろう・・・・右手に執着してる? というか、刀に??」
さっきから、執拗に刀を持つ右手が襲われる。
だからこそかわしやすく、反撃にも出やすいのだ。
どどん どどん どどん どどん どどん———・
「そろそろ、クライマックスだよ」
何度目の激突か。
突進してくる化けものの爪を刀を横にして受け止め、牙を突き立てる顔面を蹴りつける。
しかし、ダメージにはなっていない。
それでも———
「囮役ご苦労。おかげで、視界良好だぜ!! これで終いだぁ!!」
京が近くの岩場から跳躍し、化けものめがけて、巨大な斧を叩きつける。
私に集中していた化けものは、巨大な斧を振る京に全く気づかない。
上半身と、下半身を二分するように当てられた刀身。
肉がちぎれ、ブチブチッという音が、辺り一面に響き渡る。
どどどどどどどどどどどど・・・・ どどん
それと同時に、『どんどこ』が連打を始め、締められた。
そして、真っ二つにされた化けものは、黒い砂となり、消えていく。
「はあ、はあ、はあ・・・・やった・・のか??」
「うん。そうだよ!! 京ちゃん! あの化けもの、私達が退治したんだよ!」
「ああ、そうだよな・・・・何がなんだかわかんねえけど・・・」
辺りを見渡せば、大きな穴がいくつも空いている。
化けものの攻撃で出来たものだ。
乱雑ではあったが、それ故に崇高さのあった風景は、ものの数分で地獄絵図となっている。
生活圏ではなかったため、被害が拡大しなかったのは不幸中の幸いだろう。
「そもそも、ここがどこなのか、って話だけどね」
「そうだよな。とりあえず、早く戻ろう。あの野郎に聞かないといけない事が、山ほどあるからな」
「うん。とにかく、帰ろう」
そういった途端、白い光が二人を包む。
白い世界に覆われ、平衡感覚がなくなる。
意識までも、その世界に覆われる寸前、急速に光が弱くなり、消えていく。
「ここって・・・」
「乃木神社の扉をくぐって、すぐのところだよね??」
あの強烈な、鉄の匂いが鼻を襲う。
「とにかく、戻ってきたんだよね・・・・?」
「扉あけたら異世界でした、なんてことでも無ければな」
「京ちゃん、そんな冗談言うんだ・・・・」
「なんだそのジト目は?! 俺だってたまには・・・・な」
帰ってこられたという安堵が大きいのだろう。
いつもより、心なしか優しい表情になっている。
「開けるぞ」
「うん」
京の変な冗談のせいで、嫌な緊張感が生まれる。
「ただいまって、あれ?」
京が、扉を掴み、ガタガタッとスライドさせる。
扉をくぐると、そこは異世界・・・ではなく、簡素な内装をしている、乃木神社であった。
「あれ? なんで先生いないんだろう?」
見渡す限り、この狭い部屋の中に先生の姿は見つからない。
「あの野郎! 逃げたのか?! こんな危ない目に合わせといて!!」
隣では、さっきまで穏やかにしていた京が、怒り狂っている。
今にも祭壇などを壊してしまいそうだ。
「と、とにかく外にでて探そう!」
あの先生が、私達を・・・・そんなこと、思いたくない。
たとえ、学校の先生としての顔は、偽りだったとしても・・・・