表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東雲大和のものがたり  作者: 佐藤 一
3/19

第三話 あたらしい『日常』のものがたり

「明日から夏休みだぜ~!」

「ど、どうしたの? いきなりテンション高いわね」

 そりゃそうさ!

「雪さん、なぜ学生は勉学に励むのですか?」

「そのキャラきもい。やめろ」

「京ちゃんいきなり強烈すぎない?!」

 終業式も終わり、明日からのきらめく日々を思うとワクワクが止まらない。

「やまとちゃん、それでさっきの答えは??」

「ああ、忘れてた! 答えは、夏休みを迎えるためさ!」

 ビシッとポーズを決めて、ドヤ顔を作る。

「よし、雪かえろうぜ」

「うん」

「辛辣すぎやしませんかね?!」

 そこまで冷ややかな目で見なくても。

「でもさ、中学校二度目の夏だよ? こんどこそ、どこか遊びに行きたいじゃん!」

「そりゃ、まあそうだけどよ」

「うん、やまとちゃんと遊びに行けたらって思うけど・・・」

「じゃあ、行こう! 海も、山も、ゲーセンも!!」

 去年は雪が家の都合とかで全然遊べなくて、京も忙しかったらしくて。

「そういえば、京ちゃん、今年は遊べるの? 去年は結局一回も遊べなかったじゃん?」

「ええっ?! あ、ああ。だ、大丈夫だ。今年は・・・うん」

「よかった~雪ちゃんも、家の都合は大丈夫??」

「ええ。ダメでも、なんとかしてみせるわ」

 二人とも大丈夫だね。それなら・・・

「これなんてどうかな?!」

 手に隠し持っていた用紙を、二人の眼前に突きつける。

「ああ? なんだこれ」

「七月三十日 京ちゃんと雪ちゃんと海水浴。八月一日 京ちゃん、雪ちゃんとハイキング! って、これ夏休みの予定??」

「うん! いま皆のケータイにデータ送ったから! 各自良く目を通しておくように」

 一年温めたおかげで完璧な予定を立てられた。

 怪我の功名ってやつだね。

 若干二人が引いてる気もするけど、気にしない。

「大和、俺にだって予定の一つや二つ・・・」

「去年、海行こうねって、山登ろうねって、約束したのに全部断ったのは、どこの誰かな?」

 すっごい哀しかったんだからね!

「う、そ、それは悪かったって・・・」

 だから、今年は何がなんでも二人と遊び倒すんだ!

「わ、分かったよ」

「楽しみね」

 二人、主に一人だが観念したようだ。

 これで夏休みが最高に楽しくなる!!

「それじゃあ、細かい予定を詰めていきましょうか」

「とりあえず明日はどこ行こうか?」

「明日から遊ぶのか?!」

「当たり前じゃん。夏休みは長いようで、短いんだよ」

「いや、そんな達観されても・・・」

 そんな、時間もわすれて話し合っていた私達を、現実に引き戻したのは、あの音だ。


 どん どん どん どん どん どん———


「な、『どんどこ』かよ。めんどくせえ」

「そんなこと、言うものじゃありませんよ。前科もあるのです。早く移動しましょう」

「そ、そうだよね。またサボったりしたら夏休み毎日補習! とかなりかねないね・・・」

「そういう事。どうせすぐ終わるのだから。終わったら、また話の続きしましょう」

「ちっ、しょうがねえな」


 どん どん どん どん どん どん———


「なんかさ、『どんどこ』聞いてるとお祭り気分にならない?」

「たしかに。夏祭りなんかでも和太鼓が叩かれるものね」

「いや、ならねえだろ」

 実はそんなこと全く思ってない。

 小さいころはとにかくこの音が嫌いだった。

 乾燥した皮を力いっぱいに叩くことで奏でるリズム。

 最初の方は良いんだ。


 どん どん どん どん どん どん———


 でも、時間がたつにつれ、そのリズムは焦燥感を煽るものへと変化する。

 まるで、何かの終わりに共鳴するように。

 東郷神社の鳥居は、いつ見ても不変だ。

 その圧倒的存在感はまさに神のそれ、だと思う。


 どん どん どん どん どん どん———


「あ、あなた達。今度はちゃんときたのね」

「はい! 夏休みが無くなるのは嫌なので」

「え? なんの話?」

「「こら、余計な事言うな(言わないで)!」」

 口を二人にふさがれてしまう。

「ご、ごめんって~」

「なんでもいいですが、もうお祈りも始まっています。あなた達もすぐに」

 お祈りとは、教室でいつもやってるあれのことだ。

 今度は間違えないようにしなきゃ。

「って京ちゃんは・・・相変わらずだね」

「神なんて存在しない。だから、祈る必要もない」

 ここ、その神様祀ってる本拠なんだけどなぁ


 どん どん どん どん どん どん———


 規則正しく、ただ一定のリズムが繰り返される。

 そこで、私はある違和感を覚えた。

「あれ? なんか、やたら長くない?」

「ええ、確かに長いわね」

 いつもなら十分もあれば鳴りやんでいる。

 それがもう、倍以上はたっているだろうか。

 周囲の人々も、かすかに不安になっているようで、鳴り止まない破裂音のこだまする空を、ふらふらと見上げている。

「乃木さん・・・怖い」

 気づけばクラスメイトのほとんど、いや、ほとんどの生徒が私達のところに集まっている。

 神村の住民全員が入っても、東郷神社の敷地を埋め尽くすことなど到底出来ない。

 それでも、鳥居の付近にこれだけの人数が集まってしまうと、混乱は免れない。

「会長、なんなんですか?」

「会長・・・」

「乃木さん、どうなっているんですか・・・」

 雪の方を見る。雪も何が起こっているのか分からないようだ。

 それでも、

「雪ちゃん、とりあえず橋を渡って本堂の方に行った方が良いんじゃ無いかな?」

「!! そうね。ありがとう、やまとちゃん。みなさん、落着いて! ここで立ち止まっては混乱を生むだけです。とにかく本堂へ、広いところへ向かいましょう!」

 雪が先頭にたって、みんなを引っ張っていく。

「さすがだね~」

「乃木の娘だ。あれくらいできなくてどうする」

「あ、そんなこと言って、その顔は何かな?」

 友達の誇らしい姿に自然と頬が緩んでいるようだ。

「うるさいよ。さあ、俺たちもついて行くか」

「うん。そうだね」

 最後尾について、橋を渡り、洞窟の様なトンネルをくぐると本堂が姿を現す。

「やっぱりでかいねえ」

「こっから見てもこのでかさだからな。相当だぜ」


 どん どん どん どん どん どん———


 実際には、そこから山をかなり登らないといけないのだが、上から私達を見下ろしている本堂の迫力は、凄い。その一言に尽きる。

「バカっぽいこと考えてんな」

「心読まないで!」

 ほんと、変なところで鋭いんだから。

「・・・ねえ、本堂の中ってどうなってるのかな?」

 神様を祀る、日本最大の社——それが東郷神社だ。

 本堂の中は、乃木家を始めとする、『新』のトップしか立ち入ることの出来ない、選ばれたものの空間。以前、雪もまだ入ることは出来ないと嘆いていた。

「興味ねーな。てか、本当に何がどうなってんだ?」


 どん どん どん どん どん どん———


『どんどこ』は、鳴り止む気配がない。

「う~ん。あんまりにも気持ちよくて、神様が本堂で寝ちゃったとか? だとしたら、やはり本堂には、何かがある?!」

「アホなこといってんな」

 いつも通りの厳しいツッコミを受ける。

 そんなやりとりを交わしていると、聞き覚えのある声が、さっき渡った橋のほうから聞こえてきた。

 それも、切羽詰まった様子で・・・・

「東雲さん!! 神巫さん!! どこにいますか?! 聞こえていたら至急鳥居前に来てください!!」

「ああ? いまのって、先生の声だよな??」

「うん。すっごい焦ってる感じだけど、どうしたのかな?」

 あまり活発そうに思えない先生が、橋を渡り必死にこちらに駆けてくるのが見える。

「う~ん、なんだろう。なんか悪さした?」

 特に悪気があった訳じゃ無いけど、結果として京を疑っているようになってしまったようだ。

「な、なんにもしてね~よ?! 言いがかりはやめろ」

 ブンブン両手を振り回して否定する京。

 どう考えても、なにもしてない人の態度ではない。

「ちっ、面倒くさいけど、バックれる訳にもいかねーし。とりあえず行くしか無いだろ」

「うん。そだね。じゃあ、いこっか」

 珍しく教師に従順な京が、心変わりしないうちに早く落ち合わないと。

「お~い先生~!! どうしたんですか~??」

 京と、先生のところへ走って行く。

「ああ、二人とも。近くにいてよかった」

 先生は、私達の姿を確認するや、ほっとした顔をする。

「これ、なんなんですか」

 とりあえず疑問を口にしてみる。

「ええ。それに関係して、あなた達を探していたんです・・・」

「・・・はい?」

『どんどこ』の異常に私達が関係している?

 意味が分からない。

「おい、何言ってんだ? 詳しく説明しろよ」

 京も全く同じ事を思っていたようだ。うん、そりゃそうだよね。

「分かっています。でも、今は多くを語ることができません。とにかく、行きましょう」

「だから、どこになんだよ? 語れないってどういうことなんだ!」

 決して頼りになりそうでは無いけれど、生徒達を第一に考え、誠実に向き合ってくれる。

 そんな普段の先生の姿は全くない。

『新』としての顔。

 だとするならば・・・

「わかりました。行きましょう。京ちゃんも、ここで言い合ってもしょうがないよ」

「いや、待てよ大和! 危ねって・・・」

「分かってるよ」

 京の言葉を遮る。

 危ないのは、分かっているんだ。

 未だにリズムすら変わらない『どんどこ』

 明らかに異変が生じている。

 それに唐突な関係者宣言。危険にも程がある。

「でも——私達が、行かないといけないんですよね?」

「はい。君たちじゃないと、いけないんです。すみません・・・・」

 そう言った先生からは少し、いつもの雰囲気が感じられた。

「二人とも・・・・行きましょう」

「はい」

「・・・・・」

 なにも言わず、黙って私の後ろをついてくる京。

 ついて行く事に決めたようだ。

「今、伝えられる事は一つ。あなた達の番がきた、ということだけなのです」


 どん どん どん どん どん どん———


 東郷神社の鳥居をくぐり、正面、誰もいない御前通りを真っ直ぐ駆ける。

 商店の並ぶ街並みをぬけると、景色は、無個性な住宅街に変わる。

 やがて舗装された道が途切れ、次第に木々が立ち並ぶ林道へ。

 この森林を抜ければ、ああ、海にでるよね。

 そんなことを考えながら、少しいくと、三叉路が現れる。

 海水浴に行く時には、必ずこの道を通らないといけない。

 まあ、右を選んでも、左を選んでも、道は海へと続いている。

 真っ直ぐいけば海へ一直線だ。

 でも、真ん中の道を通ることは、『新』によって禁止されている。

 なんでもその先には、多々良様にたてつき、神村街を追放された邪神がいるんだとか。

 しかし、先頭を行く先生は、躊躇なく真ん中の道へと入っていく。

「ちょ、先生?! そっちは・・・」

「構いません。とにかくついてきてください!」

 小さいころから禁止されていたためか、体がとっさには反応しない。

「先に行くぜ?」

 ここまで、黙って後ろをついてきていた京が、生き生きと私を追い抜いていく。

「むぅ・・・この非国民めが」

 国に逆らう事だけは、嬉々としてやる。

 たぶん、ずっと真ん中の道を行ってみたいって思っていたんだ。

 それを合法になったからって・・・

 まったく。

 やれやれ、といった体で二人を追うが、内心は、

「この道の先って、どうなってるのかすっごい気になってたんだよね」

 その道は、酷く歩き辛い。当然道は舗装されていないため、根っこはむき出し状態。乱立した木々は、人の方向感覚を狂わせるのに十分だ。

 それでも、先生の後ろについて、真っ直ぐに進んでいく。

 三叉路の真ん中から、真っ直ぐ進むこと五分ほど。

『それ』は突如姿を現した。

「な、これって・・・」

 街のシンボル、東郷神社のものと全く同じ色、形をした鳥居だ。

 ただ、大きさだけは異なっている。

 といっても、感じる圧が、対して変わらないのはなぜだろう?

 その鳥居の先、小さな本殿だろうか? 黒を基調とした質素な社が見える。

「ここって・・・?」

 鳥居をくぐると、ある違和を感じた。

「すっごい、きれいだよね」

「ああ。鳥居の外は手が入れられていないくせに、くぐったら街の中心部よりも全然きれいだ」

 まだ、ここが何を意味するものなのかは分からない。

 それでも、ここがとても大切にされている、というのは分かる。

「先生、ここは・・・」


 どどん どどん どどん どどん———


 気づけば、一定だった『どんどこ』のリズムが、ほんの少し早くなっている。

「先生??」

 先生は、少しホッとしたような表情を浮かべているように見えた。

「ああ、はい。すみません」

 といって、また表情を引き締める。

「ここは、東郷神社と対をなす存在、軍神を祀る場所。———乃木神社です」

「え? 乃木って・・・?」

 軍神? 乃木? 

「ごめんなさい・・・どういう・・・」

 かっこつけてついてきたは良いものの、完全にキャパをオーバーだ。

「それは・・・いまのあなた達には、話せないの・・・」

 また、それか。いまの? じゃあ、いつになったら教えてくれるのだろう・・・

「ふっざけんな!! ここであいつの名前がでた以上、もう黙ってなんかいられねーよ!」

 さすがの私でも、この神社とあの子との関係性を無視できるほど、バカじゃない。

 それが、京の口から出てくるとは思わなかったけど。

「分かっています。それでも! 今は、話せないのです・・・」


 どどどん どどどどん どどどどどん どどどどどどどど———


 空気を裂くような音が、私達三人を包む。


 どどどどどどどどどど・・・・・・ どどん


 焦燥感を煽る連打が、一拍をおいて、締められる。

 やっと、『どんどこ』が鳴り止んだ。

 結局、何だったのだろうか??

 音の余韻も消え、静寂が場を支配する。

「二人とも、ここを動かずに、待っていてください」

「はあ? なんで・・・」

「これは、『新』による、最高位命令です。逆らう事は許されません」

 言い返す京に、毅然と言い捨てると、本殿へと駆けて行く。

「くっそ、なんなんだよ!!」

 駆けていく背中に、激昂をぶつける京。

 程度は多少ちがくても、思っていることは同じだ。

 この状況に対する困惑と不安。それに、先生への疑念、怒り。

 でも、そんなことを言ってても、状況は変わらない。

 そう自分に言い聞かせる。

「ねえ、京ちゃん。ここって、すっごい静かだね」

 気持ちが落着いてくると、今まで気づかなかった事にも、気づける様になる。

「はあ? なにが言いたいんだよ。こんな時に」

「いや~これだけの木々の中だよ? 虫の声一つ聞こえないのって、どうなのかな?」

 どんなに耳を澄ませてみても、聞こえるのは木々が揺れ、葉っぱが擦れ合う音だけだ。

 他の生き物の気配を全く感じない。

「たしかにな。不気味だぜ」

「だよね。これぞ、神の力って感じだね!」

「バカ言うな。神なんて、絶対にいない。たまたま全部の虫が出払ってたんだろ」

「なんていう暴論を・・・」

「いや、それに関しては、どっちもどっちだと思うぞ・・・?」

 やっと京が、少し笑顔になる。

 東郷神社を出てから、ずっとブスッとした顔してたもんね。

「やっぱり京ちゃんは笑っていた方がいいよ」

「ああ? 突然どうした??」

「いや、なんでもないよ~」

 いつものやりとりだ。

 そう思ったら、自然と笑みがこぼれてくる。


「お待たせしました」

 十分ほど待っただろうか。

 先生が戻ってくる。

「あれ、先生?? どうしたんですか? 目が・・・」

「!! な、なんでもありません!!」

 なにか、まずかったのだろうか。先生は、目を見開いて驚くと、さっと後ろを向き、顔を見えないようにしてしまう。

 その後ろ姿は、少し震えているようにも見える。

「いや、なんでもねえって・・」

「本当に、なんでもないですから!! ・・・さあ、ついてきてください」

 京の言葉を大声で遮り、また本殿へと戻っていく。

「でも・・・」

 先生、泣いてたのかな・・・?

 さっきまでは、機械的で、事務的で。

『新』の構成員として、任務を全うするために感情を殺して。

 でもそこには先生の温かさが少しあって。

 だけど、本殿から戻ってきた先生からは、その両方も感じられない。

 なんというか、悲しみと、怒りのような、そんな感情を、殺そうとしているのが見えて。

 ・・・相当に辛そうだ。

 先生の後について、本殿に入っていく。

 質素な外観からも分かるように中は、祭壇がぽつんとおかれているだけで、意外と広々としている。

「ほんとに、ここはなんのために・・・?」

 二人して、中をじろじろと見回していると、ある違和感に気づく。

「あ、あれって?? とびらだよね?」

「ああ。でも、どこにつながってんだ? ていうかここ、なんかおかしくないか?」

 そう言われて、もう一度中を見渡してみる。

「確かに。なんかおかしいよね?」

 東郷神社の本殿を見たことはないが、この国、特に神の宿場街とも言われている神村街には多くの神社、礼拝堂が存在する。

 小さいころから、そういった場所に慣れ親しんできている私にとっては、この本殿の内装は異常に思えた。

 本来、本殿に入って正面には祭壇がおかれ、左右対称的に緻密な彩色が施される。

 しかし、ここの祭壇は向かって左側に、極端に寄せておかれている。

 そして、本来なら祭壇の置かれているはずの場所には、その不思議な扉がある。

「先生、この扉って??」

「・・・あなた達には、この扉の先に行ってもらいます」

 一瞬考え込む様な顔をした後に、一度うなずき、そんなことを言う。

「え、どこにつながってるんですか?」

「それは・・・・今は言えません」

「またそれか・・・・もういいよ。行けばわかるんだろ?」

「ええ。必ず」

 二人で顔を見合わせ、やれやれ・・・と大仰に首をふる。

「京ちゃん、行こうか」

「ああ」

 扉の先、何があるのかも分からない。

 そもそも、社の裏はただの森だったと思うけど・・・

 それでも、行けと言われれば行くしか無い。

 意を決して扉を開こうとしたときだ。

「二人とも、待って」

 扉に手をかけ、開けようとしたとき、先生に呼び止められる。

「これを持って行きなさい」

 そう言うと、先生は二人の掌に小さくて不格好な、石のようなものを置く。

 結晶といえば、聞こえは良いだろうか。

「?? これは・・・?」

 私のは、漆を塗りたくったかのように、不自然なほど真っ黒だ。

「俺のは・・・」

 手渡された結晶を見て、京はあからさまに嫌な顔を浮かべる。

「なんか・・・縁起でもない色してるよね・・・」

 赤は赤でも、東郷神社の鳥居のような闘争心を駆り立てる鮮烈の赤、という訳では無く。

「なんか、ごめん。良いたとえが浮かばなくて」

「いうな」

 そんな顔には見えないけど・・・?

 強いて言うなら、時間が経って固まった血のような色だろうか。

 というか、もうそれにしか見えない。

「それで、先生これはなんなんですか?」

 正直なところゴミにしか思えないけど。

「もし、この先何かがあったとき、その結晶に意志を示しなさい。必ずや助けになってくれるはずです」

「はい???」

 もう毎度おなじみ。要領を得ない回答。

 あえて、そう答えているのだろう。

『新』は秘密の多い組織だから。

「行けば全てが分かる。大和、行こう」

「うん。でも、ねえ京ちゃん、なにをワクワクしてるのさ?」

「なっ?! ワクワクなんてしてねえよ?」

 そんなに目を輝かせて、白々しい。

「まあ、そのくらいの方が頼もしいしね」

 ふぅと一息入れ、扉に手をかける。

 先生はいつの間にか外に出て行ってしまっている。

「よし、開けるよ?」

 京にアイコンタクトを送り、それを受け取った京がコクンと頷く。

 ガタガタっという音と共に、横へスライドさせると、真っ暗な通路が見える。

 通路というよりは穴のようなもので、先は全くの闇だ。

 扉を開けた瞬間、鉄からでるような饐えたにおいが鼻をつく。

 また、夏にクーラーをつけた部屋から、外に出たときのような息苦しさを感じた。

 少しその通路に脚を踏み入れることを躊躇していると、

「おい大和? さき行くぞ?」

 目をランランと輝かせた京が、体を小さくして、ずんずんと進んで行ってしまう。

「しょうがないなぁ・・・」

 入り口こそ体をたたまないといけなかったけど、中に入ってみると意外に広いらしい、というのがわかった。

「あっついねえ」

「ああ。熱気がこもっているんだな」

 壁に手を当てる。壁の土はとても冷たく感じた。

「とりあえず・・っと、これは、階段・・・??」

 確かに姿は見えないが、段差のようなものが足先にふれる。

「本当だね。整備はされているんだ」

 だとしたら、なぜ照明は置かれないのだろうか。

 まあ、考えてもしかたないか・・・

 暗闇の中、階段を踏み外さぬ様にゆっくりと登っていく。

 饐えたにおいは、いつの間にか無くなっていた。

 そんな暗闇を歩き始めて五分ほどだろうか。

「なんか、やっと目がなれてきたね!」

「だな。こんなに広かったのか」

 暗順応を終えた視覚が通路をぼんやりと認識し始める。

 階段はまだまだ続いているみたいだ。

 入り口は手を広げたら壁に触れてしまう程度の広さだったが、今は二人並んで両手を広げても、なお余りある。

「ほんと、どこに繋がってんだ?」

「ううん、もしかして、海中とか?!」

「上に登ってんだぞ?」

「ああ、そっか! じゃあ、空に向かってんだね!」

「ここは地中だ!」

「ああ・・・」

「ほんと、お前と喋るの疲れる・・・」

「ご、ごめん。そういえば! 雪ちゃんは無事かな?」

 なんだかこのままだと、京を怒らせてしまう気がしたから、話題を変える。

「無事もなにも、なんも起きてないんだから、大丈夫だろ」

「それは・・そうだけど! そういうことじゃ無くて・・・」

「心配ねえよ。あいつは、乃木の娘だ。簡単には折れねえよ。いつも言い合ってる俺がいうんだから間違いない」

 わしゃわしゃっと乱暴に私の頭を撫でる。

「そう、だよね。雪ちゃんは凄い子だもんね!」

「なんか、その言い方だとバカにしてるみたいだな・・・」

「戻ったら、すぐに夏休みの話しないとね!」

「そうだな。とっとと終わらせて、早く帰ろう」

 ・・・でも、この漠然とした不安はなんだろう。

 なにか、重大な見落としをしている気がする・・・

「大和、どした? 急に黙り込んで」

「う・・・ん」

 何が引っかかってる? 

 なんでこんなに不安になる?

 なんで? なんで? なんで・・・・

「ああ!!」

「なんだ?! 今度はどうした?!」

「ああ、ごめんごめん。ドラマ、予約してないの思い出して・・・」

「ビックリすんだろ。そんなことで叫ぶな」

「そんな事ってなにさ! 毎週欠かさず見てきたドラマの最終回だよ? 主人公の奥さんが突然性転換して、ヤクザの組長になるって、広島に行ったところで終わっちゃったんだよ?!」

「そ、それは、ちょっと同情するけど・・・・ていうか、ぜんぜん間に合うだろ?」

「いや、木五枠だから・・・そろそろ始まる」

「木五?! 木曜十七時?! 何の需要があるんだその枠・・・・」

「失礼な! 木五のドラマは本当に質が高くて面白いんだよ?!」

「だとしたら、木五なんて枠では放送されねーよ」

「うぅ・・・・面白いからこそ・・・」

 ・・・・誤魔化せた、かな?

 さっき思いついた仮説は、あまりにも非現実的すぎる。

 確証もないし、外れている可能性が99.9%なんだ。

 それに、京ちゃんに要らない心配はかけさせたくないし。

 でも、その仮説なら、違和感に全て説明がついちゃうんだよね・・・

「なんか、明るくなってきてないか?」

 そんなバカ話をしながら歩いていると、京がそんなことを言い出す。

「ほんとだ・・・これって・・・!」

「うん。外に出るんだ」

 ドクンと心臓が大きく脈うつ。

 次第に外からの光が強くなり、そして出口が姿を見せる。

「なんだ、これ?」

 出口には、私のウエストほどの太さのしめ縄が張られている。

「まあ、超えられないわけじゃないし、行くか」

 ひょいっとしめ縄を飛び越えて先に行く京。

 しめ縄を飛び越えるのはどうかと思い、私は下をくぐる。

「どこだ? ここ」

「神村街・・・ではなさそうだよね」

 外に踏み出した瞬間、猛烈な熱波と、潮の香りにあてられ、少しめまいを感じる。

 なんだろう・・・でもこの景色、なんだか見覚えがある気が・・・・

 一方には険しくも泰然とした連峰が。

 一方には穏やかに煌めく海が。

 相当な高台にいるのだろう、周りには木々が生い茂っているが、それでもその隙間からこの土地を見下ろす事ができる。

 出口をでて、真っ直ぐに下っていく。雑草をかき分け、木々をよけながら。海の方へと歩いて行く。

 どれだけ歩いただろうか。それこそ、東郷神社から、乃木神社までの距離ほどだろうか。

 生い茂る草花をかき分け、並び立つ木々をすり抜け、視界の開けた広場にでる。

 ・・・・そこには『それ』があった。

「この鳥居って・・・・」

「うん。乃木神社の入り口にあったのだよね・・・・」

 それは、東郷神社の大鳥居を模して作られたのだろう。

 大きさだけが異なる赤い鳥居が、開けた広場にぽつんと立っていた。

 鳥居の真下まで歩いて行く。あれだけ乱雑に育っていた草木が、この鳥居を中心に、ここら一帯だけ刈りそろえられている。

「なんだって、こんなものが・・・・?」

「乃木神社の奧って、海になっているはずだよね・・・・」

「うん? ああ。だって東郷神社から真っ直ぐ・・・・に・・」

 そこで京が何かに気づく。

 そして、二人同時に後ろを振り返る。

「な、嘘・・・・だろ・・」

「やっぱり・・・・」

 今いる鳥居から真っ直ぐ後方。

 丁度私達が、外に出てきたあたりだ。

 そこには、見覚えのある私達の街のシンボルが置かれていた。

「なあ、でもあんな色って・・・」

「うん。どういう事なんだろ・・・」

 街のシンボル、東郷神社の大鳥居は、鮮烈な朱で、人間の建造物とは思えないほどに煌めいている。

 でも、形も、場所も、大きさも全く同じのその大鳥居は、酷く黒ずんでいた。

 もとは、鮮やかな朱だったのだろう。所々に見えるそれが、ひどく痛々しく感じられた。

「あれ、壊れている・・・・よな?」

「え? あっほんとだ。どうやったらあんな壊れ方に・・・・」

 形はシンプルで、二つの脚があり、それにまたがるように彩色を施された屋根や島木が置かれている。

 その屋根と島木における右半分が、斜めに抉られている。

 まるで何か大きな爪をもった怪物が一薙ぎしたかのようだ。

 ・・・・何がなんだか分からない・・・

 脚に力が上手く伝わらず、へたりこみそうになるが、

 どさっという音と共に、京が力なく倒れ込む。

 ブルブルと肩をふるわせ、目は焦点が合わないのか、いろんな所を飛び回っている。

「京ちゃん・・・・しっかりして。大丈夫だって!」

「な、なにが大丈夫なんだよ? あれって・・・・」

 京の顔が、より一層強ばる。

 たぶん、考えた事は、私と一緒だ。

「京ちゃん、あれはたぶん、シロアリの仕業だよ!!」

「・・・・はあ?」

「ほら、あんなにでかい木造建築物だよ? アリさんにとっては願ってもないものじゃん!!」

「・・・・アホか。なんだってこんな好物のデパートみたいな所で、あんな食べづらい所行くんだよ」

「そう言われればそうか・・・・じゃあ、ハクビシン?」

「害獣から離れろよ・・・・どう見ても・・・・」

 そう言うと、私の顔をじっと見つめる。

「そうだな。シロアリの仕業だろうよ。あんなことできんのは」

「うんうん! そうだよそうだよ!!」

「・・・・ごめん。ありがとう」

「いえいえ」

 むしろ、ごめん、はこっちの方だ。

 京が先に倒れてなかったら、

 京を助けなきゃって思わなかったら、恐怖に負けていた。

「どういたしまして~」

 手を差し出すと、京は両手で掴んで、思いっきり後ろに体重をかける。

「わわっ!!」

 バランスを失い倒れ込む。それを京が抱き留めてくれる。

「ナイスキャッチ!」

「いや、京ちゃんの自作自演だから!!」

 いきなり何するのさ!

「いや、こっからの景色、すっげぇ綺麗だなって」

「ほんとだ・・・」

 海側、小さい鳥居の下から、覗くように二人で座って壮大な景色を眺める。

 人工的な赤い鳥居と、海や木々の織りなす大自然。

「この景色、雪ちゃんにも見せてあげたいな~」

「でもあいつ、景色とか興味ないんじゃね? この前も海見ながら、本当に綺麗な景色なのか、とか言って、意味わかんない計算してたぜ?」

「な、なんか雪ちゃんらしいね・・・・でも、やっぱり三人で来たいよ」

「・・・・ああ。そうだな。あいつも次は連れてきてやろうぜ」

「うん!!」

 少しずつ日が落ち始めるが、依然として気温は今まで感じた事が無いほどに暑い。

 二人、並んで景色を見つめる。

 こんな時が、いつまでも続けばいいのに。

 海鳴り一つ聞こえない穏やかな静寂が続く。

 しかし、そんな平穏は、突如として崩れ去る。



 どん どん どん どん どん どん



 一定のリズムを奏でる雅楽と共に、新しい『日常』が始まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ